第6話「佐久間さんはたぶん、雨に濡れない」
梅雨の真っ只中。
バイト先に向かう途中、私はずっと空を見ていた。
いや、もう空っていうか、滝。
バケツどころか、ダムがひっくり返ったんかってくらいの大雨である。
コンビニにたどり着くころには、レインコートを着ていた私でさえ、首元からしっとりしてた。
玄関マットは水浸し、店の中も湿気でむわっとしてる。もう、気分は沼。
でも。
タイムカードを押して、ふとレジ前に目をやった瞬間――
私は、思わず二度見した。
「……佐久間さん?」
そこには、いつも通り制服で立ってる佐久間さん。
無表情、無音、いつも通り。
でも、全然濡れてない。
そういう風に見えるんじゃなくて、本当に、一滴も。
髪の毛も、肩も、裾も、くつ下まで――まるで真空パックされたみたいに完璧に乾いている。
「外……降ってますよね?」
「はい。本降りですね」
「えっ、傘は? 着替えは? えっ?」
「……?」
佐久間さんは首を少しだけかしげた。
いやいやいやいや! おかしいでしょ!? なんでその状態で平然と立ってるの!?
私は「ちょっとすみません」と言いながら、おそるおそる彼の髪に触れてみる。
乾いてる。さらっさら。撥水加工どころの騒ぎじゃない。
「……ワイパーついてます?」
「ありません」
ですよね。
その後、レジに入っても気になってしかたがない。
私はどうしても納得できず、休憩中に店長に聞いてみた。
「店長、佐久間さん、雨の日でも濡れてるとこ見たことあります?」
「あー……そういえばないなぁ。うち来るときいつもピシッとしてるよね。髪型崩れてないし」
「ですよね!? おかしくないですか!? あれ!?」
「いや〜、気合じゃない? 精神力で水はじくタイプとか」
「人体、そういう仕様じゃないですよ!」
午後、雨はますますひどくなる。
水たまりを超えて、小規模な川みたいになっている道路を見ながら、私は思う。
(あれで濡れてないとか、無理でしょ。ワープでもしてる? いや、傘持ってる姿も見たことないし……)
ふと脳裏によぎる言葉。
“水遁の術”。
……いやいやいやいやいやいや。
さすがにそれは無い。うん、ないない。
私は女子大生であって、陰陽師でも魔法少女でもない。リアルとファンタジーの区別くらいはつく。
でも、でもだ。
雨の中、自転車の傘がぶっ壊れた宮島さん(深夜シフトの陽キャ仲間)が「やっば、びっしょびしょ〜、テンション下がる〜」とバックルームに駆け込んできたそのすぐあと、
無言で店に入ってきた佐久間さん(休憩明け)が、またもやパリッパリの乾燥状態だったのを見て確信を抱いた私に、宮島ちゃんが話しかけてきた。
「ねえねえ、日向ちゃん、佐久間さんって……あの人、傘さしてるの? どこかに?」
「知らない……私も知らない……でもたぶん、降ってないんだよ……あの人の周りだけ……」
「うわ、やば、それもう無敵結界じゃん。パーソナル防御エリア。最強じゃん」
陽キャに軽く言われると、すごく真実味があるのが悔しい。
帰り際。雨はいまだ強く、店の出入り口には水しぶきがバチバチと当たっていた。
「日向さん、今日は傘をお持ちですか?」
「……はい、でも、あんまり意味ないです。防水力、限界です」
「お気をつけて。排水口のあたり、水があふれてましたので」
そう言う佐久間さんも、相変わらず完璧に乾いている。
本当に、どこも濡れていない。なんなの。人間じゃないの?
思わず聞きたくなってしまった。
「佐久間さん……濡れない体質なんですか?」
「いえ、体質というよりは……技術ですね」
「技術!?!?」
それ以上は何も言わず、彼は傘も差さずに、スッと店を出ていった。
水たまりを踏む音すらしなかった。
佐久間さんはたぶん、雨に濡れない。
……じゃなくて。
あの人、どういう原理で存在してるんですか。
いかがでしたでしょうか?
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