第5話「佐久間さんはたぶん、何者かから忍んでる」
うちのコンビニには、毎週決まった時間に来るおじいさんがいる。
杖をつきながらゆっくり歩いてくる、品のある白髪の老人。買っていくのは、たいてい羊羹とミネラルウォーター。
一見すると、ただの常連さん。
……なのに私は今、このおじいさんを「危険人物なのでは?」と疑っている。
なぜならさっき、レジで佐久間さんに向かって、こう言ったからだ。
「……まだ抜けてはおらんようじゃな。影の者」
何そのワードチョイス。
ちょっと何? 抜けてない? 影の者? 何、何から? そしてそれを佐久間さんに言う?
どう考えても普通の会話じゃないでしょ!?
「かしこまりました。袋はご不要ですね」
佐久間さんは、羊羹と水をそっと袋詰めせずに差し出し、ぺこりと一礼。
おじいさんも軽くうなずいて去っていった。何この落語みたいな空気感。
私が商品を冷蔵棚に並べながら、ふつふつと疑問を煮詰めていると、背後から気配ゼロで声がした。
「日向さん、商品の検品は私が代わります」
「うわぁっ!?」
驚きすぎて検品していたサラダチキンを投げそうになった。
ほんとにやめてください。足音、出してください。
「……あの、さっきのお客さん。よく来るんですか?」
「ええ、毎週この時間に」
「……あれ、普通の人ですか?」
「そうですね。とても礼儀正しい方です」
いやいやいや、影の者とか言ってましたよ!?
それに対して普通に接客してたけど!?
ていうか、否定しないんですね!? 「影の者ってなんですか?」って聞かれても「袋はご不要ですね」じゃないんですよ!?
休憩中、私はこっそり店長に聞いてみた。
「店長、さっきのおじいさんって、どういう人なんですか?」
「ああ、小笠原さんね。いつも来てくれるよね。渋いよね〜ああいう雰囲気の年配の方、憧れちゃう」
「え、でもちょっと変なこと言ってましたよね?」
「そうだっけ?」
「影の者とか……抜けてないとか……」
「あー、また佐久間くんを揶揄っていたのかもなあ。あはは、佐久間くん、今日も“忍んでた”しねえ」
「はい?」
「いや、ほら。あの子、レジの横にいつの間にかいるじゃん。気づいたら棚の上にいることもあったし。なんか“忍んでる”って言いたくなるっていうか。ふふ」
笑いながら店長は缶コーヒーを開けて飲む。
笑いごとで済ませていいの!?
「店長、もしかして……佐久間さんが何者なのか知ってます?」
「え? いやぁ、彼、普通のフリーターでしょ。でも面白いよね。採用して正解だったわ」
ごまかした! 絶対ごまかしましたよね今!!
そのあと、例の謎のおじいさん(名前は小笠原さんらしい)を見かけたので、こっそり接近してみた。
「あの、お買い物、いつもありがとうございます」
「ほう……これはまた、珍しい方から声をかけられたな」
「えっ? そ、そうですか?」
「君も……少しは“気づく側”の人間かもしれんのう。あの者の動き、目で追えるのなら」
やっぱりなんか言ってる!!! 怖っ!!
「え、ええと……“あの者”って、佐久間さんのこと……ですよね?」
「名はどうでもいい。人は“音”と“影”で見分けるものだ。音を立てず、影を残さぬ者――それが“影の者”だ」
「いや、全然意味わかんないんですけど!!?」
そのまま小笠原さんはレジに並び、再び羊羹と水を買って帰っていった。
佐久間さんはまた、「袋はご不要ですね」とだけ言っていた。
もう何この店。普通の人、いないの?
――帰り道。
自転車を押しながら、私は深くため息をついた。
佐久間さんのこと、なんとなく私だけが気にしてるつもりだった。
でも、店長も、あのおじいさんも――うっすら何かを「知ってる」顔をしてる。
もしかして。
もしかして――私の知らない“何か”を、もう知ってる人たちがいるの?
この人たち、全員グル?
それとも、コンビニって、こういう職場?
いや違う。たぶん違う。ぜったい違う。
でも一番わかんないのは、やっぱり佐久間さんなんだよな。
「……あの人、なにから隠れてるの?」
ぼそっとつぶやいた声に、答える人はいなかった。
それでも私はなんとなく、夜空を見上げて思う。
佐久間さんはたぶん、何者かから忍んでる。
私の謎はただただ、深まるばかりだった。
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