表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

第5話「佐久間さんはたぶん、何者かから忍んでる」

 うちのコンビニには、毎週決まった時間に来るおじいさんがいる。

 杖をつきながらゆっくり歩いてくる、品のある白髪の老人。買っていくのは、たいてい羊羹とミネラルウォーター。


 一見すると、ただの常連さん。

 ……なのに私は今、このおじいさんを「危険人物なのでは?」と疑っている。


 なぜならさっき、レジで佐久間さんに向かって、こう言ったからだ。


「……まだ抜けてはおらんようじゃな。影の者」


 何そのワードチョイス。

 ちょっと何? 抜けてない? 影の者? 何、何から? そしてそれを佐久間さんに言う?

 どう考えても普通の会話じゃないでしょ!?


「かしこまりました。袋はご不要ですね」


 佐久間さんは、羊羹と水をそっと袋詰めせずに差し出し、ぺこりと一礼。

 おじいさんも軽くうなずいて去っていった。何この落語みたいな空気感。


 私が商品を冷蔵棚に並べながら、ふつふつと疑問を煮詰めていると、背後から気配ゼロで声がした。


「日向さん、商品の検品は私が代わります」


「うわぁっ!?」


 驚きすぎて検品していたサラダチキンを投げそうになった。

 ほんとにやめてください。足音、出してください。


「……あの、さっきのお客さん。よく来るんですか?」


「ええ、毎週この時間に」


「……あれ、普通の人ですか?」


「そうですね。とても礼儀正しい方です」


 いやいやいや、影の者とか言ってましたよ!?

 それに対して普通に接客してたけど!?

 ていうか、否定しないんですね!? 「影の者ってなんですか?」って聞かれても「袋はご不要ですね」じゃないんですよ!?




 休憩中、私はこっそり店長に聞いてみた。


「店長、さっきのおじいさんって、どういう人なんですか?」


「ああ、小笠原さんね。いつも来てくれるよね。渋いよね〜ああいう雰囲気の年配の方、憧れちゃう」


「え、でもちょっと変なこと言ってましたよね?」


「そうだっけ?」


「影の者とか……抜けてないとか……」


「あー、また佐久間くんを揶揄っていたのかもなあ。あはは、佐久間くん、今日も“忍んでた”しねえ」


「はい?」


「いや、ほら。あの子、レジの横にいつの間にかいるじゃん。気づいたら棚の上にいることもあったし。なんか“忍んでる”って言いたくなるっていうか。ふふ」


 笑いながら店長は缶コーヒーを開けて飲む。

 笑いごとで済ませていいの!?


「店長、もしかして……佐久間さんが何者なのか知ってます?」


「え? いやぁ、彼、普通のフリーターでしょ。でも面白いよね。採用して正解だったわ」


 ごまかした! 絶対ごまかしましたよね今!!




 そのあと、例の謎のおじいさん(名前は小笠原さんらしい)を見かけたので、こっそり接近してみた。


「あの、お買い物、いつもありがとうございます」


「ほう……これはまた、珍しい方から声をかけられたな」


「えっ? そ、そうですか?」


「君も……少しは“気づく側”の人間かもしれんのう。あの者の動き、目で追えるのなら」


 やっぱりなんか言ってる!!! 怖っ!!


「え、ええと……“あの者”って、佐久間さんのこと……ですよね?」


「名はどうでもいい。人は“音”と“影”で見分けるものだ。音を立てず、影を残さぬ者――それが“影の者”だ」


「いや、全然意味わかんないんですけど!!?」


 そのまま小笠原さんはレジに並び、再び羊羹と水を買って帰っていった。

 佐久間さんはまた、「袋はご不要ですね」とだけ言っていた。


 もう何この店。普通の人、いないの?




 ――帰り道。

 自転車を押しながら、私は深くため息をついた。


 佐久間さんのこと、なんとなく私だけが気にしてるつもりだった。

 でも、店長も、あのおじいさんも――うっすら何かを「知ってる」顔をしてる。


 もしかして。

 もしかして――私の知らない“何か”を、もう知ってる人たちがいるの?


 この人たち、全員グル?

 それとも、コンビニって、こういう職場?


 いや違う。たぶん違う。ぜったい違う。


 でも一番わかんないのは、やっぱり佐久間さんなんだよな。


「……あの人、なにから隠れてるの?」


 ぼそっとつぶやいた声に、答える人はいなかった。

 それでも私はなんとなく、夜空を見上げて思う。


 佐久間さんはたぶん、何者かから忍んでる。

 私の謎はただただ、深まるばかりだった。


いかがでしたでしょうか?


評価、コメント、感想など励みになります。

いただけたら嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ