第4話「佐久間さんはたぶん、尾行されているのに気づいてる」
佐久間さんは、たぶん忍者なんじゃないか――。
そう思ってからというもの、私の頭のなかは佐久間さんでいっぱいだ。
バイト中、バイト外、寝ても覚めても、あの静かすぎる背中がチラついてくる。
これはもう、調べるしかない。
自分の目で、確かめてみるしかない。
というわけで今日、私は人生初の尾行を試みている。
ターゲットはもちろん、我らが佐久間さんである。
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「それじゃあ、お先に失礼します」
「お疲れさまでした、日向さん」
シフト終わり、23時きっかり。
私は更衣室の影に身をひそめて、佐久間さんが出ていくのを確認する。
今日の服装は、黒いパーカーにキャップ。
完全に怪しいが、深夜の住宅街ならバレないはず。
「……よし、行ける」
一定の距離を保ちながら、私はそっと後をつける。
佐久間さんはいつもどおり静かに歩いていて、足音がしない。
ていうか、ほんとに歩いてる? 浮いてない? ちょっと心配になるくらい静か。
でも、私の尾行技術もなかなかのものだ。
角を曲がるタイミングも、街灯の影も意識して、完全に“気配を消してる”つもりでいる。
そして、私はついに、佐久間さんがアパートの前で足を止めるのを目撃した。
(やった、ついに……居住地を突き止め……)
そのとき。
「日向さん、何かご用ですか?」
「ぎゃああああああああああああ!!!!!!」
全力で叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
だって佐久間さんが、私の背後にいたからである。
いや、待って!? 今、前にいたよね!? 私、追ってたんだよね!?!?
「い、い、いま、前に歩いてたのって――」
「配達中の方です」
「え、じゃあ、私がつけてたのは……赤の他人!?」
「そのようですね」
「恥ずかしっ!!!!!」
思わずその場にうずくまりそうになった。
ていうか、いつから背後にいたの!? 私、気配消してたよね!?!?
「日向さん、どうしてこんな場所に?」
「いえ、その、なんか……夜風が気持ちよくて……」
「ここ、工事中の倉庫裏ですが……」
言い逃れ不能。死にたい。忍者以前に私の思考が終わってる。
「……つけてた、とか、じゃないですよ?」
「ええ、承知しています」
ぜったいしてない顔だった。してないけど、優しさでスルーしてくれてる感じ。
「では、お気をつけてお帰りください」
そして佐久間さんは、アパートとは反対方向――工事現場のフェンス沿いにスッと消えていった。
え? そっち道じゃないけど……って思った瞬間、姿が見えなくなっていた。
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次の日のバイト。
私は休憩室の椅子で項垂れていた。
「はぁ……つけてたの、知らない人だったし……」
思い出すたびに恥ずかしさがぶり返す。
けど、どう考えてもあの動き、常人じゃなかった。
尾行を巻くどころか、逆に背後を取られてるって、なんなの?
私、あんなに頑張って物陰使ったのに。
……やっぱり。
佐久間さん、普通じゃない。
わかんない。っていうかもう、忍者でいいよ。認めるよ。
ただ、証拠は……ない。今日も何も残ってない。完敗である。
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「日向さん、今日もお疲れさまでした」
「あっ、はい。お疲れさまです」
帰り際、佐久間さんに声をかけられる。
その顔はいつも通り、穏やかで無表情で――でも、ちょっとだけ笑ってるようにも見えた。
まさかね。気のせいだよね。
いや……わかんない。忍者って、そういうとこ器用そうだし。
佐久間さんはたぶん、尾行されているのに気づいてる。
……ていうか、なんで毎回私の背後にいるんですか?
第4話いかがでしたでしょうか。
このシリーズはあまり長々とせずサクッと読めることを意識してます。
合間にクスってもらえたら嬉しいです。
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