第3話「佐久間さんはたぶん、忍者なんじゃない?」
日付が変わる直前のコンビニには、ちょっとだけ独特な空気がある。
昼間みたいな慌ただしさもないし、朝みたいな静けさとも違う。
ちょっとぼんやりしてる客と、ちょっとぼんやりしてるバイトたちが、なんとなく店内に漂ってる感じ。
で、そんななかでも唯一、ぼんやりしてないのが佐久間さんである。
私が「うわ、まだ客いる……」って内心ぐだってるとき、佐久間さんは棚の隙間をぬうように、無音で商品を補充している。
その動きがまた、やたらと滑らかで――正直、人間味がない。
「……なにあの動き。ステルス?」
って、さっき心の中でぼそっとつぶやいたら。
「何かおっしゃいましたか、日向さん」
って声がして、思わずジャンプしかけた。
いないはずの距離に、いた。しかも、フツーの顔で。
「……あの、お願いだから音出してください。ほんとに。せめて咳払いとか」
「気をつけます」
気をつけるんだ……そこは気にするんだ……。
⸻
佐久間さんの不思議ポイントは、あらためて考えると、もはや「不思議」じゃ済まない域に来ている。
・油に落ちたトングを、誰にも気づかれず回収した
・防犯カメラに映らなかった
・私が帰るとき、なぜか毎回そっと背後にいる
これ、偶然とか死角とかのレベルじゃないよね?
というか、もはや超常現象の域では?
私は休憩中、スマホでそれっぽいワードを検索してみた。
「気配がない おかしい」
「音を立てない 人 なぜ」
「コンビニ 働いてる 異常 静か」
「防犯カメラ 幽霊 写らない」
「忍者 現代 見分け方」
――ん?
スクロールしかけた親指が止まる。
「忍者 現代 見分け方」
……いやいやいやいや。
ちょっと待って。何その検索ワード。誰が打ったの? いや、私。
っていうか、そんなことあるわけ――ない、って思いたいんだけど。
「忍者の特徴:気配を消す/音を立てない/高い身体能力/突然現れる/消えるように去る」
出てきたサイトの内容、全部心当たりがあるの、どういうこと?
⸻
「日向さん、フライヤーお願いします」
「ひゃいっ!」
変な声が出た。佐久間さんの声だ。
また背後にいた。しかも、自然にそこにいた。
「……あの、来るとき何か音たててって言いましたよね?」
「はい、努力はしているのですが……」
努力、してるの……? 本当に……?
⸻
私は厨房に向かいつつ、脳内で整理を始める。
トング事件。防犯カメラ事件。そして今の無音接近。
これ、もしかして、もしかして――
(忍者……なんじゃない……?)
頭に浮かんだ瞬間、自分で自分を小突きたくなった。
いやいやいやいや、現代日本ですよ? 忍者って何。フィクションでしょ?
でも、でも、でも。
あの動き。あの気配のなさ。意味不明な行動の数々。
少なくとも、“一般的なフリーター男性”では絶対にない。
これまで「人間じゃない」とか「幽霊かも」とか思ってきたけど、
一周回って、逆にリアルな仮説が浮かんできた。
そう、忍者。
実は現代に身を潜めて生きる忍者が、情報収集のためにコンビニでバイトしてる。
……ないことも、ない……のかも……?
⸻
その夜、佐久間さんがバックヤードで商品整理をしている隙に、私はこっそり忍者関連記事を読んでいた。
「忍者は道具を使う。煙玉、くない、手裏剣など――」
(持ってないよね、さすがに、たぶん)
「語尾は丁寧。話し方は控えめ」
(それは……めちゃくちゃ該当してる)
「任務の際は、人前に立たない」
(あ、それだわ。防犯カメラ……)
読めば読むほど一致してて、逆に怖い。
こっちが本気で信じそうになってきたとき、
「日向さん、もうすぐ唐揚げが上がります」
「ひゃいっ!」
また変な声出た!!!!!
振り返ると、佐久間さんが一歩後ろに立っていた。
そして、フライヤーを指さして、穏やかに言った。
「油の跳ねにご注意ください」
優しい、けど怖い。
記事を読んだせいかもしれないけど、そのたたずまいが、完全に“忍び”に思えた。
⸻
帰り道。夜風が涼しい。
私はカバンの中のスマホを見つめながら、ため息をついた。
「……ほんとに忍者だったら、どうしよう……」
そうつぶやいたら、
「任務には支障は出しません」
「ぎぃゃあああああああ!!!!!」
まただ!!! 背後!!!! 音ゼロ!!!!
もはや呼吸音くらい出して!!!!
私がひとりで暴れてる横で、佐久間さんは静かに言った。
「日向さん、転ばないようお気をつけて」
そう言って、月明かりの下をスッ……と歩き去っていった。
あの人、たぶん――
佐久間さんはたぶん、忍者なんじゃない?
忍者なんじゃない?って行くまで書いてみました。
ストックないのでちまちまのんびり書いてきます。
スーパーまるかみもよろしくお願いします!