第16話「佐久間さんは、見えなくない」
「……えっ、いない?」
思わず口に出していた。
バックヤードのドアを開けた先、いつもなら作業しているはずの佐久間さんが、見えなかったのだ。
でも数秒後、棚の影からスッと現れた。
「日向さん、こちらの納品、すでに仕分け済みです」
「わっ!? え、いた!? いつからそこに!?」
「最初からです」
いやいや、ウソでしょ。
視界の端まで見回したけど、誰もいなかったじゃん!?
これまでに何度か「気配がないな……」と思ったことはあったけど、
ここまで“視界に入らない”のは初めてだった。
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私はモヤモヤした気持ちを抱えたまま、レジに戻った。
ちょうど宮島ちゃんがシフトインしてきたところで、さっそく聞いてみる。
「ねえ、佐久間さんって、さっきまでバックヤードにいた?」
「え? いなかったよ。日向ちゃんだけじゃない?」
「……いたんだよ、それが……棚の後ろから急に現れて」
「は? ホラーじゃん」
「そうなの! しかも“最初からいました”って言うんだけど、見えなかったの」
「えっ、それって見えてないけど“いる”ってこと?」
「うん、なんか“気配だけ失踪してる人”っていうか……」
「怖ッ」
佐久間さんが“そこにいた”のに“見えなかった”体験は、実は私だけじゃなかったらしい。
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夕方、店長が休憩室でぼやいていた。
「佐久間くんってさ、気づいたら目の前にいることない?」
「あー、それ、めっちゃあります」
「いやね、この前もさ、“じゃあこの書類まとめておいて”って言おうとしたら、
もうすでに後ろにいて“承知しました”って返されたのよ。背筋凍ったわよ」
それ、私の時とまったく同じパターンじゃん。
「というか、どうやって立ってるの? 音も気配もないし、空気圧すらないんだけど……」
「もうそれ、妖精かなんかですよね……」
みんなだんだん“人”として扱わなくなってきている。
なのに、佐久間さん本人はいたって普通に業務をこなしているのが余計に怖い。
⸻
その日、一番ゾッとしたのはお客さんの反応だった。
夜の混雑時間帯。
20代くらいの男性が、商品を持ってレジへやってきた。
「すみませ……ひっ!!?」
その人、明らかにビビった顔でのけぞった。
「い、いました!? あ、いや、レジに……人、いたんですね……」
そう、佐久間さんが立っていたのだ。
最初からいたのに、お客さんには“いない”ように見えていたらしい。
「申し訳ありません。こちらでお預かりいたします」
「……は、はい……」
なにその、“物理的にいたのに心理的にはいなかった”みたいな存在感。
佐久間さんが見えなかったのは、私たちだけじゃなかったんだ。
⸻
そのあと、防犯カメラを確認する機会があった。
たまたま棚の転倒防止チェックで、ユカと宮島ちゃんで録画を巻き戻していたとき――
例のお客さんが驚いた瞬間が記録されていた。
画面上には、佐久間さんが最初からレジに立っている姿が映っていた。
「ねえこれ……“普通にいる”じゃん……」
「うん、いる。なのに見えてないとか、もうさ……」
「ステルス迷彩でもかけてるんですかね」
「やだそれ本当にありそう」
いや、普通の制服ですけどね? でもその制服がもう“気配断ち装束”なんじゃないかって思えてきた。
⸻
バイト終わり。
私はついに本人に聞くことにした。
「佐久間さんって、もしかして……見えなくなってたりします?」
「見えなく……?」
「いや、なんか、気づいたらいなくて、でもいたっていうか……」
佐久間さんは少しだけ考えて、こう答えた。
「おそらく、視界に入らない位置にいただけかと」
「……でも、どこからどう見ても“視界”だったんですけど!?」
「人は必要なものしか見ない傾向がありますから」
それってつまり、“私たちにとって佐久間さんは必要ない”ってこと……?
いやいや、それはさすがに失礼では??
「気配とか、消してたりします?」
「特別なことはしていません。ただ、動くときは最小限に」
「最小限でそんなに消えます!? ていうか私、動かなくても気配ダダ漏れなんですけど!!」
佐久間さんは少しだけ目を細めて、微笑んだような気がした。
その表情が、逆に一番“見えてない”感じがして、怖かった。
⸻
帰り道。
ふと歩道の角を曲がると、街灯の下にひとりの人影が立っていた。
佐久間さんだった。
私は心の中で思った。
この人は、見えなくない。
見えてる。でも、見落とす。見てるのに、忘れる。
それって、いちばん怖い存在なんじゃないですか……?
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