第13話「佐久間さんは、音を立てない」
「いま、いた!?」
そう声に出してしまったのは、まったく私のせいじゃない。
だって、佐久間さんが、突然すぐ横にいたからだ。
バックヤードの棚から紙袋を取ろうとして手を伸ばした瞬間、
私より先にスッと伸びた腕が袋を取っていて、あろうことか私の指がその手に触れてしまった。
「すみません、日向さん。こちらをお探しでしたか?」
「い、いえ、その、ありがとうございます……っていうか、え? いつからそこに……?」
振り向いても足音の記憶がない。気配もなかった。
バックヤードの床はけっこう足音が響くのに、一切音がしなかった。
(いやいやいや、気づくでしょ、普通……)
でも、私は気づかなかった。
気配も音もなく“出現した”としか思えない佐久間さんに、完全に翻弄された。
⸻
実は、最近ずっと思っていたことがある。
佐久間さん、やたらと音がしない。
歩いても、動いても、棚に商品を並べても、すべてが静かすぎる。
物音がしないというか、動作そのものが無音というか――
「宮島ちゃん、佐久間さんの足音って、聞いたことある?」
「え、ない。ていうかさ、いつの間にか後ろにいることない?」
「あるある。っていうか、あれ心臓止まるんだよね」
「ほんと。あの人の移動音、マジでゼロじゃない? 鳥かごの中の忍者みたいな」
「なにその例え」
でも言いたいことはわかる。
商品棚の前を通っても、ダンボールを重ねても、レジカウンターの引き出しを開けても――音がしないのだ。
引き戸はカタンと鳴るはずなのに、佐久間さんが開けるときだけ、無音で滑る。
ジュースの箱を補充するときも、紙の擦れる音すらしない。
音って、出そうと思わなくても自然と出るものじゃないの?
⸻
その日、ちょっとした事件があった。
店長が「棚卸し表、間違ってる気がするんだよな〜」とつぶやきながら、防犯カメラの映像を確認していた。
「あれ、この時間、佐久間くん品出ししてたよね?」
「してましたね」
「じゃあ一応、録画見て……ってあれ?」
画面には、たしかに制服姿の佐久間さんが、冷蔵棚の前で補充作業をしている映像。
ただし、店内マイクにはなにも音が入っていなかった。
「え? マイク死んでる?」
店長が何度か再生を巻き戻す。音量を上げても、ノイズひとつ入っていない。
他の時間帯では、レジの“ピッ”という音や、お客さんの声がちゃんと聞こえる。
なのに、佐久間さんの時間帯だけが、無音。
「え、なにこれ。幽霊?」
「言い方……!」
私は心の中で「いや、むしろ忍者では」と突っ込んでいた。
⸻
その後、私は佐久間さんの“音問題”をさらに意識して観察するようになった。
自動ドアの前に立ったとき、センサーが反応しないことがある。
それ、立ってるのに反応しないって、どういうことなの?
棚の上の段から商品を下ろすとき、本来なら「トン」と軽く音がするはずなのに――
スッという空気の動きだけで終わる。
レジカウンターの後ろにある冷蔵庫。
私が開けると「カチャッ」と音が鳴るが、佐久間さんのときは開けたことに気づかない。
なんなら、レジ横のスキャナー台に商品を置く音すら、彼の場合は無音。
無理じゃない? 物理的に?
全部に布でも巻いてるの? 消音魔法でも使ってるの?
⸻
私はついに聞いてみた。
「あの……佐久間さんって、どうしてそんなに音を立てずに動けるんですか?」
唐突な質問だったけど、佐久間さんは少しだけ首をかしげて、こう答えた。
「物に音を立てさせなければ、静かに動けますよ」
「え、それって、どうやって……?」
「力のかけ方と、摩擦を最小限にする角度です」
「……すみません、ちょっと何言ってるかわかんないです」
いや、理屈っぽいことは言ってるけど、要するに全部“人力”なんだよね?
そんなの、訓練なしでできる!? 普通のフリーターが!?!?
でも佐久間さんは、当然のような顔で言った。
「日向さんも、慣れればできますよ」
「いや、無理です! ていうかそれ、誰が教えてくれるんですか!?」
それでも佐久間さんは、静かに首を横に振っただけだった。
⸻
バイト終わりのバックヤード。
私はリュックのチャックを閉める音が、やけにうるさく感じた。
床を歩く靴の音。紙袋のシャカシャカ音。冷蔵庫の閉まる音。
全部、私の生活音だ。
それに対して、佐久間さんは――存在してるのに、何も音がしない。
気配すら立てずに、そこにいて、いつのまにか消えていく。
佐久間さんは、音を立てない。
音がしない人って、存在証明どうしてるんですか……マジで。
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