第12話「佐久間さんは、時間を外さない」
朝のホームって、なんであんなに人が多いんだろう。
しかも今日は、事故で電車が遅延している。
私は改札の前で携帯を開き、急いで店にメッセージを送った。
《すみません、電車遅れてます! 5〜10分くらい遅れます》
シフト開始は午前7時。
慌てて乗り継ぎをして、店に到着したのは7時7分。ほんの少しの遅刻とはいえ、やっぱり申し訳ない。
私は急いで自転車を止め、タイムカードを押す。制服に着替える余裕もなく、まずは挨拶をと思ってバックヤードの扉を開けた。
「おはようございます、佐久間さ……」
「おはようございます、日向さん。7分26秒遅れですね」
「えっ!?」
自分の声が裏返るのがわかる。
なんで、秒単位で遅刻の時間わかってるの!? GPS追跡でもされてるの!?
「電車、遅れていたようですね。お気をつけて」
まるで天気予報みたいなトーンで、佐久間さんは棚に並べる商品を手に取っている。
「いま来たばっかりで、タイムカード押したところなんですけど……」
私がそう言うと、佐久間さんは軽くうなずいた。
「タイムカードの音は、ドアが開く直前に聞こえました」
「聞こえた……いや、聞くの早くないですか!? ドアの前、いませんでしたよね?」
「……観察の範囲です」
どういう範囲!? 店のどこにセンサー貼ってるの!? ていうか私、そんなに読みやすい動きしてる!?
私が困惑しているうちに、佐久間さんは涼しい顔で商品を並べ続けていた。
そこには“遅れた人間を責める感じ”は一切ない。むしろ、すでに全部わかっていたかのような――
(いや、待って。……この棚、全部もう終わってない!?)
⸻
私は制服に着替えてレジに戻った。
なんとなく気になって、商品棚をぐるっと見回す。
ドリンク補充済み。お菓子コーナー整理済み。発注リストも完成している。
全部、私の朝の持ち分。
「……あの、佐久間さん。これ、全部一人でやりました?」
「日向さんが到着するまでに、できる範囲で」
「いや、できる範囲ってレベルじゃないですよ!? これ1時間分の仕事じゃないですか!?」
「おそらく、42分23秒ほどです」
「なんでそこも秒単位なんですか!!?」
怒る気にはなれない。
だって、完璧すぎて、逆に文句のつけようがないのだ。
⸻
それから私は、気になって佐久間さんの“時間感覚”を観察するようになった。
たとえば、自動ドアが開く前に「おはようございます」と声をかける。
ドアの開閉音より、わずかに早く。
たとえば、品出しが“終わった”と誰かが思った瞬間に「完了しています」と言う。
それもぴたりと、タイミングを外さない。
あるとき、冷蔵庫の棚に商品を並べていた佐久間さんが、後ろを向いて言った。
「日向さん、そろそろ納品が来ます」
「え? そんな予告アリなんですか?」
その十秒後、バックヤードのチャイムが鳴った。
私は鳥肌が立った。
「なんでわかるんですか……?」
「時間帯と過去の傾向を観察していれば、おおよその範囲で予測できます」
「“おおよそ”って範囲じゃないですよ!?」
ちなみに、その納品トラックの運転手が遅刻してきた日は、佐久間さんは何も言わなかった。つまり、“来ないこと”も読んでいたらしい。
⸻
極めつけは、ある常連のおじさんが財布を忘れてレジに来た日のことだった。
「あれ、あれれ……財布が……?」
おじさんがポケットをまさぐり始めたその瞬間――
「こちら、お忘れでは?」
佐久間さんが差し出したのは、客の落とした財布だった。
それは店の雑誌コーナーの横に、うっかり置きっぱなしにしていたものらしい。
「え、あ……そうですこれ! いや、でもなんで……?」
おじさんがポカンとする中、佐久間さんは特に表情を変えることもなく会釈した。
「どうして今、忘れたのをわかったの!? って顔してたよ、あの人」
宮島ちゃんがレジ奥でひそひそ言った。
私は無言でうなずいた。私も聞きたかった、それ。
⸻
その日の閉店後、私は思いきって聞いてみた。
「あの……佐久間さんって、なんでそんなに、タイミングがぴったりなんですか?」
「……?」
「私より先に私の行動わかってる感じっていうか、見てる時間が……一歩先っていうか」
佐久間さんは少しだけ考えて、それから答えた。
「時間とは、ずれていくものです。だから、見て調整するのが自然かと」
「調整って、秒単位で!?」
「はい」
なんかもう、ついていけない。
だってこの人、時間に合わせるんじゃなくて、“時間を合わせさせてる”みたいなんだ。
きっと、目覚まし時計も必要ないんだろうな。
腹時計すら、誤差ゼロとかなんじゃないか。
⸻
帰り道、私はため息をついた。
道を歩いていて、信号が変わるタイミングで渡れるとちょっと嬉しい。
でもたぶん、佐久間さんは毎回、それを狙って成功させてる人なんだと思う。
そう考えると、もう人間ってなんだろうってなる。
佐久間さんは、時間を外さない。
それってもう、生活じゃなくて、“何かの任務”なんじゃないの……。
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