第1話「佐久間さんは、たぶん人間じゃない」
コンビニのバイトは、だいたい何でもやらされる。
レジ、品出し、廃棄チェック、フライヤー、清掃、ゴミ出し、あと――
佐久間さんの観察。
いや、別に好きとかそういうんじゃない。
気にならざるを得ない、というか、なんというか……不可解すぎて。
たとえば今日も。
「……えっ?」
私がジュースの補充中にふと振り返ったら、佐久間さんがいた。
バックヤードのドアは閉まってたし、音もしなかった。
それなのに、気づいたときには、もう制服姿で立ってる。
「おはようございます」
淡々とした声。無駄な抑揚なし。
こっちの動揺をものともせず、いつも通り。
「……あ、おはようございます」
なんとか返事すると、佐久間さんは軽く会釈して、フロアの奥へ。
その背中を見送るたびに思う。
(この人、ほんとに人間……?)
佐久間瞬、23歳。深夜帯の常連バイト。
制服は毎回しっかり着てて、動作はキビキビ。仕事は早くて正確、文句のつけどころがない。
でも、それ以上に――“違和感のかたまり”なんだよね、この人。
立ってるときも、動いてるときも、やけに静か。
変な話だけど、「生きてる音」がしない。
靴音とか、衣擦れとか、呼吸音とか、そういう生活音みたいなものが、全部ゼロ。
もしかして、自分にだけ見えてる幽霊なんじゃ? と本気で思ったことがある。
「ユカちゃーん、フライヤーお願いねー」
店長の小松さんに呼ばれて、我に返る。
時計を見ると、ちょうど1時。揚げ物の補充タイム。
私は厨房スペースに入って、フライヤーの前に立つ。
油はきれいに澄んでて、温度もベスト。冷蔵庫から唐揚げを取り出して、そっと投入。
タイマーをセットして、隣のバットに目を向けると――
「……あれ?」
トングが、ない。
さっき置いたはずなのに。
辺りを見渡しても、ない。おかしい。
そして、よく見たら、フライヤーの底にそれっぽい影が見える。
「……うそでしょ……?」
沈んでる。銀色の、トングの持ち手。
180度の油の中に、完全にダイブしてる。
「……やったな、これ」
さすがに素手で取れるはずがない。
火傷コースまっしぐら。
網? ピンセット? いや、そんな都合よくないし。
オロオロしてると、後ろから声がした。
「日向さん、何か困ってますか」
ビクッとして振り返ったら、佐久間さんがいた。
まただ。音も気配もゼロ。心臓に悪い。
「あ、えっと、トングが……油の中に落ちちゃって……」
「なるほど」
それだけ言って、彼はフライヤーの前にすっと立つ。
私はちょっと距離を取る。
「大丈夫ですって、触ったら絶対――」
言い終わる前に、彼はフライヤーに軽く身をかがめた。
でも、手は出さない。ただ、ほんの一瞬、何かの動作をした気がする。
まばたきをしたその瞬間。
「どうぞ」
気づいたら、私の目の前にトングが差し出されていた。
「……え?」
確かに油の中に沈んでたはずのトング。
それが、ぬれもせず、アツアツでもなく、ふつうに手渡された。
「ど、どうやって……」
聞いたけど、返事はなかった。
というか、佐久間さんはもう厨房を離れて、いつの間にかレジに向かっていた。
私は手にしたトングをじっと見つめる。
ちゃんと金属の重さがあって、現実にそこにある。
でも、落ちたはずの油の中から――どうやって?
(……え、こわ……)
口には出さず、心の中だけでつぶやく。
でも不思議と、怖いというより“納得してはいけないものを見た”って感じだった。
たぶん、見なかったことにするのが正解。
ただひとつ言えるのは、
佐久間さんはやっぱりおかしい。
そして――
(あの人、たぶん人間じゃない)
私は誰にも聞こえないようにそう思った。
それがきっと、正しい直感だった。
忍者をテーマにしたいって思って勢いで書きました...でも主人公には据えずに第三者から見た忍者の不可解さを出していけたらなと思います。