夢と書いて絶望と読む
怜が目を開けると、そこには現実のものとは思えないほどの美少女が佇んでいた。教室の窓から差し込む光の先には、彼女がいた。
「怜くん?」
「いや、なんでもない」
詩音は、怜に微笑んだ。
教室には、詩音と怜の二人しかいない。
「大丈夫?」
「ああ、平気だ」
平気だ。
「…あのね…怜くん」
詩音は、一瞬だけ目を閉じた。
「…」
そして、怜の瞳を見た。真っ直ぐに。
「その…私ね…」
怜は、地面の上を立って空を見上げていた。ただ、それだけ。
怜の頬に衝撃が加わった。痛くはない。
「怜くん、何見てるの?」
「いや、何も」
鳥たちが一斉に飛び始めた。風の音は止み、異常なまでの静けさを見せた。
「ねえ、怜くん」
詩音に話しかけられ、口を開けようとした。
次の瞬間、地面が大きく揺れひび割れた。空は黒く淀み、辺りに光が失われていった。建物は崩れ、地の色は朱に染まっていく。
世界は災厄に見舞われた。
「その…ちょっと屋上で話さない?」
怜は、座っていた椅子から立ち上がった。
「うん」
怜は、小さく頷いた。いつも通り、反応は薄い。
屋上に行くと、風が優しく頬を撫でた。屋上で話すには少し寒すぎる気がした。
詩音は、外の景色を見ていた。空の茜色は彼女の頬を染め上げる。
「実はね…私、君のことずっと前から見てたの。君に出会う前も」
「うん。知ってる」
何故、自分の口からこんな言葉が出たのかは分からない。でも、そのことを知っている自分がそこにはいた。そこにいる自分は自分しかいないのに。
「それでね…」
風の音が止んだ。
彼女の体は段々と薄くなっていく。
「君にどうしても伝えたい事があるの」
怜は、彼女の消えかけている体に手を伸ばした。
「私、君のことが…」
手は宙を切った。
もうこの世界には、誰一人として生き残るものは無かった。
怜は、もはや色すらない地面に体を預けた。地面かどうかすら分からないそれは、ひんやりと冷たく気持ちいい。そもそも、そこにあるかどうかすら認識が出来なかった。
「はあ」
誰にも届くことがないその声は、空中で不自然に消えた。
すぐそこには「無」が迫っていた。
「いい気味だ」
怜は「世界」に向かって中指を立てたが、その部分の感覚はいつの間にか世界に消されていた。
そして、ひんやりと冷たくなっていたのは、地面ではなく自分の体だ、と気づいたころには、
怜の体は無に飲み込まれていった。
このとき、怜は大切な何かを一つずつ失った。
「―――ッ!」
怜は、声にならない言葉を叫んだ。
「え?…は?」
怜は、自分ですら何が起こったか分からない状況に気持ち悪いほど恐怖を感じた。
(夢か?)
何の夢を見ていたかを全く覚えていないので、それが夢だったかどうかすら掴めずにいた。
額には、汗が伝っていた。
寝不足かな?まあ、最近色々あったからね
そんなとき、何故か詩音の顔が頭の中に浮かんできた。
(なんでだよ)
いや、本当に意味が分からない。分かりたくもない。
「あれ?今何時だ?」
ふと、そんなことを思っていると、時計の針は丁度直角に曲がっていた。
…?
怜は、着ていた服を脱ぎ捨て制服に着替えた。荷物は確認せず引っ張り出し、そのまま何も言わずに家を出た。
そして、電車に乗っているときに気づいてしまった。
(今日休日じゃねーか!)
いやさ?何かおかしいと思ったんだよね。電車の中に通学・通勤してそうな人の姿見えないし、なんなら駅まで歩く道にめっちゃ人いたし?いや、気づいてた。そう、実は電車待ってるときに気づいちゃってた。でも、もう遅かったのよ。うん。
このまま帰るのも恥ずかしい(この格好の方が恥ずかしいけどプライドが許さない)ので、学校の最寄り駅から二駅程離れた、少し大きな駅に出た。
何するのかって?これから考えるんだよ
なんてことを思いながら歩いていたのが間違いだった。
「水沢さん?」
(終わったー)
少し前の方から聞いたことのある声がした。
案の定、怜を呼び止めたのは黒瀬詩音だった。
水沢怜は、これが夢であればいいと願う程に絶望した。