微笑みと恐怖
まず、何故目の前にいる美少女は自分のような人間と友達になろうとしているのか、それも水沢怜ピンポイントで。
可能性として挙げられるのは…
・好感度が上がったから
・話しても疲れなさそうだから
・単なる好奇心
・何か自分と接点があるから
・気まずい
気まずい、気まずい…あ、多分これだ。なんか申し訳ないな
まあ、そもそも二日目にしては考えられる理由に当てはまらないし…いやほんと申し訳ない、まあ俺の隣の席に着いたのが運の尽きかな。いや、ほんとにすみません
「実は…あまり自分自身のことは言いたくないのですが…ずっと誰かに話しかけられていたので、なんというか…その…」
(あー、察し)
二日目にしては…なんてことを思っていたが、群がられる人の気持ちなんてわかるはずもないわけだし。まあ、学校生活二日目にして早々に嫌気が差したと。美少女は大変ですね(perfect他人事)。
「わかった」
「え?いいんですか?こういうのもあれですけど目立ちますよ」
フッ…君のためなら自分だって捨てられるさ☆
フッ…君のためな ―――
―――いやあ、まあ興味なさそうで疲れなさそうだから俺を選んだのかもしれないけど、下心しかないからなあ
なんて冗談を心の中で言ってみたが、自分が詩音に惹かれてるというか、執着しているとはそこまで感じていないことに気付いた。
「まあ、正直どうでもいい」
そう、実際には美少女とお近づきになりたい、なんて結局のところ普段と違う日常が欲しいってだけかもしれない。
いや、ただの好奇心で相手を選ぶ?そんなこと水沢怜に限ってあり得るか!俺は下心の塊だ!
(最悪だよ)
「…ありがとう」
提案しておいて何故、本人が乗り気でなさそうなのかはわからないが、
「いや、気にするな」
「それで、早速なんですけど。この時間、恐らくクラスの大半の人がこの席に来ると思うから」
「授業一時間分乗り切れと」
「まあ、そういうことです。話が早くて助かります。すみません」
(まあ、こっちは助からないんだが)
いや、知らない奴と急に話せ、と言われるよりある程度話せる奴の方が圧倒的にハードルが低い。きっと。
「むしろ好都合だ」
「どういうことですか?」
「一時間、黒瀬が時間を潰してくれるということだろ?他の奴等に話しかけなくて済む」
「あ、そういうことですか…」
呆れられたような気もするが、まあいっか
そして一対一で誰かに話しかける、という鬼畜イベントは隣の美少女に話しかけられ続ける「地獄」に進化した。
結局、怜は詩音と小説の話をして盛り上がっていた。途中で何回か詩音を呼ぶ声がした気がするが、詩音の様子を見て申し訳なく思ったのか、引き返していった。
いや、どちらかというと詩音が気づかないフリをしていたんだと思う。
やだ、怖い
「おい、なんであいつ黒瀬さんと仲良さそうに話してんだ?」
「いや、たまたまだろ。席隣だし。なんであいつなんだよ」
次の授業までの休み時間はこの会話で持ち切りだった。
なんでちょっと話しただけなのに責められなきゃならないんだよ―――あー嫉妬か。それなら仕方ない、仕方ない
「あ、ちょっとだけ噂のお方だ」
「なんだ、涼」
まあ、来ると思った。
「いやあ、いつの間に仲良くなったんですかね?」
「仲良く見えるか?二日目だぞ」
正直そこまで話題にならないと思っていたが、そんなことはなかった。影響力すごいですね。まあ、今回ばかりは他人事で済まされないけど。
「まあ、授業一時間分話してたからな。そりゃあね」
「はあ」
人の前でしっかりしたため息が出た。非常によろしくない。
「…マジで嫌そうじゃん」
「まあ意外に…」
「意外に?」
「いや、何でもない」
意外に悪くはなかった。それに、とても話しやすかった。
まあ、それに関しては詩音が合わせてくれたのかもしれないが…
(まるで、俺と話し慣れているように)
「以上。さっさと帰れ」
恐らく、学校一適当な終礼を終えたところで、詩音から話しかけられた。
「さっきはすみません。やっぱり迷惑ですよね」
「ああ、正直に言って迷惑だ」
俺は、自分の気持ちを率直に伝えた。でも、
「…そう…ですよね。あの、もうなるべく話さない方がいいですよね?やっぱり迷惑―――」
「でも案外、悪くないかもしれない。これからよろしく」
こんなキザっぽい台詞を言ってしまったが、事実は事実だ。
理想の青春?俺が思い描いていた理想よりこっちの方が遥かに理想だ。
「…え?怜…くん?」
「ん?なんか言ったか?」
あまりにも小さな声だったため、声が怜に届くことはなかった。
「ううん。なんでもないんです。水沢さん…ありがとう」
詩音は、手元をギュっと握り、ほんの僅かに肩を震わせた。そして、頬を紅潮させながら優しく微笑んだ。
彼女は、見たものの心を奪う程に魅力的な微笑みを見せた。
しかし、水沢怜に映った彼女は…
消えない痛みを感じているような、儚いものだった。
昨日、初めて言葉を交わしたときに感じたものとはまた違う、今にも泣き出してしまうような。
そして上手く表せないが、自分のことをまるで知っているような。
(どうして、俺にそんな風に微笑む?)
この時、水沢怜は恐らく初めて人間の微笑みに理由の分からない恐怖を感じた。
もちろん、そんなことを思っていることを悟られないように、言葉を考えた。
「ああ、気にするな」
そう言葉にしたときにはもう、教室に彼女の姿は見えなかった。