地獄の始まり?
入学式の次の日、俺は昨日のことを考えて眠れなかったため半分寝ている状態で学校に行った。教室についたら、まず自分の机に突っ伏した。
モブ主人公っぽくて、それはそれで悪くはないのだが…
「ねえ、黒瀬さんはいつもどうやって学校まで来てるの?一緒に行かない?」
「スマホ持ってる?連絡先交換しない?」
(…いや、うるせえよ)
隣の席にいる美少女に人が集まっているせいで寝れない。非常に厄介な席になったなと思う。
昼休みになっても、クラスメイトの熱は冷めないようだったので、校舎の裏庭で過ごすことにした。
すると、目の前に涼と煌夜が来た。
「おはよう、怜。まあもうお昼だけど」
「よっ。あれ?怜なんか今日目つきめっちゃ悪いね。どうしたの?」
「あっ、ほんとだ。でもその台詞を怜にいうのは確実に皮肉だよね」
どうやら、詩音ではなく自分に話しかけにきたらしい。二人ともあの空気は疲れるらしい。
もしかしたら、今日話しかけられなかったのも、周りに人が大勢集まっていたからなのかも知れない。
「悪かったな。目つきが悪いのは元からなんだ」
「冗談だって、もしかして隣の席の転校生が気になって眠れなかったのか?」
涼は、何故か特定の人物のことを言った。
本当に何故だろう。
「あー、そうじゃないのか」
「そんなことなさそうだな。怜、全然興味なさそうだもんな」
どうやら、人を騙すときのコツは嘘をつかないことらしい。友達を騙しても心は痛くならないのか、という問題はなるべく考えないようにしている。
ついでに言うと、詩音のことはめちゃくちゃに気になっている訳だが。
「にしても人気がすごいね。すっごいかわいそう」
煌夜はまるで地獄を知っているような顔をして言った。
まあ、煌夜も立ち位置的には変わんないし大変さも身に染みて感じることだろう。
俺には全く持って辛さがわからないな
何でだろう
「まあ、あれはもう必然だろ。にしても二人は全く興味なさそうだな。なんでだ?」
「そりゃあ、無謀な恋愛はしたくないからな。それに、異質というかなんか不気味だから?」
「ある意味自分と似ているからかな。まあ話したことないのにこんなことは言いたくないけど、自分みたいな人は好きになれる気がしないし、自分に重ねてしまうというか」
なんか、二人とも詩音に対する第一感厳しくない?と思ったが、意外にその通りだとも思う。
「なるほどな」
なんてことを話してたら、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「お前ら席に着け、これから数学の授業を…」
朱華は机に荷物を置き、教壇に足をかけたところで動きを止めた。
「あー、まだクラスメイトの名前と顔、全然覚えてないだろ。だから、適当に二人組作って話せ。最初は隣のやつな」
そう言うと、どこからか本を取り出し読み始めた。
(…絶対なにか言いかけただろ、というか今思いついただろ)
「先生、何読んでるんですか?」
一人の勇気ある生徒が口を開けてしまった。
(あー、俺知らない)
怜は、なんてことを聞いてるんだ、と思ったが極力そちらを見ないように努めた。
「…数学の参考書だ。私のことはいいから早く始めろ」
そういうとまた下に視線を落とした。
(嘘つけ)
なんてことは全く思っていないが、一応何を読んでるのかは気になったので見てみたい。
まあ、大事にならなくてよかった。危なく一人目の犠牲者が出るところだった。
それよりもまずは考えなければならないことがあった。
恐らく、陰キャが自己紹介の次点で悲惨な結果を残すことになるイベントが来た。いや、抜け道がない限り誰かと一対一で話すイベントは、自己紹介以上に絶望的な状況を作り出す(厚生労働省ストレス調査引用)。
(まじで今回ばかりは不味い)
一応先生がいなければ、スキル「潜伏」でどうにかなる。しかし、このクラスの生徒の数は残念なことに偶数なので、時間が立てば誰かが探しにくる。
涼と煌夜に助けを求めるのは最善の策だが、それは流石に迷惑だと思う。
「黒瀬詩音です。お願いします。怜くん」
「ああ、よろしく」
本格的に不味いことになった。唐突過ぎて考える暇がなく、頭の整理が全く出来ていない。今相手がなんて言って、自分がどう返したかさえもわからない。
と思ったが、目の前にいる美少女はなぜか動揺している。こいつ、なんかやらかしたのか?
そう思ってきたら落ち着いてきた。周りの人に落ち着きのない人やおかしい人がいると、何故か自分だけ冷静になる。
「水沢さんは、妹とかいる?」
「え?いや、いない。なんでだ」
急に話題を振られて馬鹿みたいな声が出てしまった。でも、なぜそんなことを聞くのだろうか。
「なんとなく気になって?そういえば水沢さんは小説が好きですよね、私もなんです」
「いや、小説が好きなんて言ってないがなんでわかったんだ?」
「え?いや…えっと、なんとなくっていうか…あ!ほら前の自己紹介のときに言ってたから。私、記憶力には自信があるから」
そう言われればそんなことを言ったような気もする。
え、自分のことをクラスメイトだと認識されてた。え、嬉しいんだが。え、脈ありですか?いや、自惚れるにも程ってものがあるでしょ。冗談じゃなく。(陰キャほど自意識過剰気味)
「そうか」
「…うん。それで相談があるんだけど」
「何?」
今更だが俺、口数少なすぎないか?
なんかめっちゃ感じ悪いと思われてそう。だがここで無駄に話しかけるのも性に合わないし…
いや、何でそんな奴に相談するんだよ!
「私と友達になってくれませんか!」
「は?」
怜は話し始めてから初めて、彼女と目が合った。怜にとっては、ここまでハードルの低い言葉に心と体を動かされたのはもしかすると初めてかもしれない。