雨は止む
怜と別れ、喫茶店に忘れ物を取りに行った後、詩音は家までの道を歩いていた。
…別れたって別に別れるとかそういう事ではないけどね?
無論、付き合ったこともないけど…
そんなことを置いておいて、今日の出来事について。
一つ議論したいことがある。
勉強会=デートなのではないか
私の意見は、まあ「はい」よりですね。自分で提案しておきながらだが、これは譲れない。
何故このような意見が提唱されたかというと…
客が一人もいない喫茶店(店に対しての何等かの意図はありませn)に、二人きり(剥谷氷翔を人外としたとき)で勉強会。
これをデートと言わないで何と言えばいいんでしょうかね?…
(…思った以上に恥ずかしい)
なんかめっちゃ距離が近くなったりとか、途中から顔が熱くなって…絶対顔赤くなってたじゃん、私!
それに、なんか凄いこともしちゃったし、怜は気付かないし…
どうにも思わなかったってことですかね?そうですか
まあ、私のことは関係なくて、怜の反応も面白かったし、顔赤くなってたし良しとするか。
あ、顔赤くなった原因私か。
もしかして、脈ありですかね。
一応、検証します。
勉強会≠デートなのではないか
まず、私を選ぶ理由が無い。私の学力なんて知るはずがないし、藤井さんは相当頭が良いらしいし。
つまり、そんなはずはない。
あれ?誘ったのは私から?
いやいやいや、私から誘うなんて…あったわ
それでも、ついてきてくれたという事には変わりない訳ですよ。
今回の議論の参加者 詩音 一名
そんなことを考えていたら、雨が降ってきた。
しかし、詩音はそれを気にした様子はなく、ただ歩いていた。
不思議と詩音の頭の中には、ある男の姿が思い出されていた。
そして、それが不思議なことではないということに気が付いた。
あの人は、あれは、世界で最も強いと言われていた存在に近いものを感じた。
名前も、雰囲気も。まるで、世界を横断したような。
平行世界は交わるはずがないのに。
じゃあ、なんで私はここにいるか?
それは私が知りたい。本当に。
全てが分からない、なんて都合のいいことを言えたらどんなに楽だろうか。
無知を悪だと言うが、今はその悪になりたい程に、もしくはその無知を呪いたい程に憎い。
結局どっちが本当のことかなんて考えても無駄だが、しょうがない。考えざるを得ない。
雨は次第に強まっていく。
詩音は、足を止め空を見た。
水沢怜という存在が自分にとってどれくらい大きいか、そんなことは議論の余地が無い程のものだった。
水沢怜と出会ったのは一か月と少し前であり、それ以上でもある。
今の彼がどのような存在なのかなど、今の詩音に分かるはずもなかった。
しかし、何か感じるものがあったのは確かだった。
それが普通の事ではないことでも、現実的ではないものも承知の上だ。
だからこそ、それが今の水沢怜という存在に向いているものかどうか分からなかった。
結局何が言いたいのか、なんてものは私が知りたいぐらいだ。私が言っているのはそうなんだが…
そしてこの一年、何もしてこなかった自分。そして、消え去るもの。それに守られるだけの私。
果たして、黒沢詩音とは何なのか。自分のことですら曖昧になっていく。
やがて雨は止み、急激に冷やされた空気には霧が出来ていた。
詩音は、立ち尽くし目を閉じた。頬は微かに濡れていた。
そして、この瞬間にも人を殺していたと考えるのは堪えるものがある。
私がここに生きているという事は、誰かが死んでいる事と変わらない。
―――命は世界に一つしかいらない
「黒瀬さん、何してるの?」
この異質な場所の中で一人、話しかける存在がいた。
「…」
しかし、詩音が返事をすることは無かった。
「…」
煌夜は、霧の中で立ち尽くす少女の顔を見た。
詩音は、氷のように固まったまま動かない。
煌夜は、この状況に何の恐怖も、違和感も。
まるで何もないような様子をしていた。
この音のない小さい世界で、時間だけが過ぎていく。
そして、
次の瞬間、煌夜は手を握った。
詩音は意識を失った。
それと同時に、詩音は詩音ではなくなった。
そこにあったのは、ある少女と同じように「無」だった。
煌夜の目は、青く煌いていた。
霧が晴れた




