ヒロイン不在のラブコメ
「ただいま」
「おかえり―――あ」
リビングの奥の方から声が聞こえたと思ったら、凛が歩いてきた。
あってなんだ?
「ただいま、凛」
「おかえりなさい、お兄ちゃん♡」
「はい」
突然のことすぎて動揺してしまった。
めちゃくちゃに高い声を出した怜は…
ずっと笑っていた。気持ち悪くニヤニヤしながら。
そして、何故か極度の緊張を迎えていた。妹に。
コンカフェ初見の中年男性みたいな
「テストお疲れ様。ご飯にする?お風呂にする?それとも…わ・た―――」
「あのさ、そういうのは段階を踏んでするべきだと思うんだよ」
凛は、急に表情を強張らせた。
それに気づく様子もなく、怜は続けた。
「いやさ、勿論好きは好きなんだが、やはりそういうのは…まだ付き合ってもないんですよ?新婚シチュエーションは好きな人にしてあげなさい!あー、好きな人が俺なのか…それならしょうがないか。いや、しょうがなくは―――」
「童貞きも」
凛は、見下すような目(物理的不可能)を向けた後、ため息を吐きながら去って行った。
(いただきましたーーー!)
これで無事、今日を生きられそうな気がしてきた。まあ、もう半分きったけど…
前にも言った気がするが、俺は美少女に蔑まれて罵倒されるのがご褒美だと感じる人間です。
勿論、妹にも適応されます。(デジャブ)
怜は、興奮し過ぎて靴を脱ぐ際に前にこけた。
まあこの展開は飯を食う流れだな、と思い凛についていった。
「凛さん、機嫌直してください」
「いや、別にどうもないけど」
めんどくせー
なんてことはこれっぽちも思っていないが、一応この状況は変えなければいけないと思っている自分はいる。かろうじて。
(にしても、むすくれてるの可愛いな。結婚してさっきの奴やってもらおう)
かろうじてもなかった。
「テストどうだった?」
「んー、少なくとも良くはない」
「そう」
やだー
さっきから妹の様子がおかしい。何故かは分からないが(元凶)。
冷たいのも好きだけどね?もうちょっと優しくしてくれても良くない?
「凛はあの後大丈夫?」
「お兄ちゃんこそ、私は記憶なかったんだからそこまで辛くはないよ」
そんなことがある訳があるか、と思ったが口にするのはやめておいた。本人がそう言っているんだから、無駄なことは言わないでおこう。
勿論、それで何か出来る訳でも何でもないんだから。
存在すらも忘れた自分に妹のことを心配する資格は無いのに、不思議とそんなことを考えてしまった。
もう、お節介は出ているが…
いや、お節介じゃなくてただの害。
こんなものはただの自己満足なのかもしれない。
せめて、もう妹には迷惑をかけないようにしないといけない。
このときの怜には、いや、いつの怜にもなかった。
妹の存在を忘れたこと、それを二度と起こさないようにする、と決意したことも、
それは、果たして両手の指で数えられるだろうか。
勿論、怜はそんなことを考えることも、頭に浮かぶことすら無かった。
出来なかった。
「そういえば記憶が無くなった後、一日に何回も意識が飛んでたんだよね。それも短いスパンで」
「流石に疲れてたんじゃない?」
いや、凛が聞きたいのはそういう事ではなのかもしれない。
「なにか私の記憶、存在が戻るきっかけは無いの?」
「んー、パッとは思いつかない」
なにか、きっかけが無いと突然何故出現したのかは説明がつかない。
「あ!それよりもあの日、なんで女の匂いがしたの!」
え?なんだ、嫉妬か?まずいまずい、知られては…
「いや、その日は一人で喫茶店に行って勉強してきた」
うん。そういえば、流されそうになったけど一人で言ったから関係ない。
「おかしいな、私のセンサーが不調だなんて。まあ、でもお兄ちゃんが私以外の女に浮気する訳ないからおかしいのは私の方だった、っていうので説明はつくか」
「あら、怖い」
…で結局あの日、凛が急に目覚めた日、俺が妹の存在を思い出した日、何があったのだろうか。きっかけは何もないはずだが、あの日最後に見たのは…
店主、剥谷氷翔。それと、それと…誰かがいたような?
まあ、気のせいか。
怜と凛はあの一件の後、不思議なくらいに一年以上前の生活と同じような関係性で話していた。
それは酷く冷静で、何事も起きていなかったような、そんなものだった。
そして、凛という代償が消えれば、新たな代償が作られる。
もしかしたら、それは代償そのものになるかもしれない。




