一方的自虐合戦
喫茶店に入ると、店内はいつも通り静まり返っていた。
いや、別に深い意味はない。ないつもりである。事実だから。
「良かった。空いてましたね」
(おいおい、ちょっと待て。いくら客居ないからって)
「…そう、だな。それと―――」
「スカスカで悪かったな」
声のする方を見ると、カウンターの近くにある客席に男が座っていた。男は振り返らずにコーヒーカップに口を付けた。
背中越しだと良く見えないが、さっきの言葉から推測するに店を運営している側だろう。
(あ、あ、あー)
なんか、もうどうでもいいや。あ、お客様神様だからね!
「あー」
俺は、気まずそうに目を逸らしながら言葉を探した。
すると、やっと男は振り返ってこちらを見た。目が悪いのか、少し目を細めながら自分を舐めるように見た。
「お前は来ないだの…それと…」
男は詩音を見るや否や、突然目を大きく開きカップから手を離した。
まあ、分かる。そのぐらい可愛い。で、その人は俺の隣にいます。はい。
「あの…」
「おい、お前。俺のことを知っているか?」
「い、いえ。このお店には来た事がありますが」
(なんだ、新手のナンパか?)
流石に商法が気持ち悪いが。詩音が困っているのは…ちょっと可愛いが、そんなことを考えている状況ではない。
「そうか、席はどこでもいい」
(あ、別にそんなことなさそうだな)
「…はあ」
妙にアクセントに難がある。さっきのこと引きずり過ぎでしょ店主。
それよりも、店主がなんで知っているかなんて聞いたのかが気になる。
二人は氷翔が静かに笑ったことに気付くことはなかった。
「なあ、あの店主は誰だ?」
俺は、なるべく小さな声で聞いた。
しかし、詩音は首を横に振った。
「名前すらわかりません」
まあ、いくら知らない男だからといって、知らないなんてくだらない嘘はつかないか。まあ、人のことは言えないが。
「それなら―――」
「剥谷氷翔だ」
「お前と話しているつもりはないんだが」
あー、めっちゃビビった。めっちゃ聞いてるじゃん。会話全部筒抜けじゃねーか。
なんで、席離れてるのに聞こえるんだよ!ああ、この店内が静かだからか。納得。
「お前、なんか酷くないか?」
少ししょんぼりした様子で店の奥へ消えていった。
なんかすんません。
「その名前…」
「ん?どうした」
本当に思います。この、詩音がめっちゃ小さく言う、聞かせるつもりのない奴、やめてほしい。
「いいえ。なんかこのお店に冷たいな、と」
「…じゃあ始めるか」
詩音は、名前を聞いたときの動揺を表に出すことはなかった。
「この店どうなってんだよ」
氷翔もまた、店の奥で誰にも聞こえることのない独り言を呟いた。
「なあ、何も頼まないのか?」
俺は、非常に迷惑だという事を目で表したところで止めた。
流石に頼まないと。最悪な客になりかねない。まあ、もう遅いと言われればその通りなんだが。
「コーヒーを」
「じゃあ、パンケーキで」
…?
「わかってるじゃねーか」
??
「…煌夜も同じもの頼んでたな」
「わかってますね―――」
―――???
うわー、と叫びそうになった。
こいつはやばい、とそう思い、怜はメニュー表の下にある紙を下に隠した。
「大丈夫だ。今日はいない」
「…」
何でばれた?俺の命がけの行為を?
もし頼まれたらメニュー出せないってことじゃん。メニュー表はあるのに提供出来なかったらクレーム来そう。
いや、ちょっと待て。なんだよその不敵な笑みは!やめろ!
「そうだ、俺も作れる!」
「心を読むな!」
知ってた。
氷翔は店のキッチンでコーヒーとパンケーキ(謎)を作り始めた。
「一応、あれでも店主なのか」
「聞こえてるぞ」
「マジかよ」
怖ッ
「待たせた。あ、人いないからあんまり待たなかったか」
「そうだな」
こんな見た目してるのに、店主とかギャグだろ。と思ったけど意外に様になってる。
こう見ると、漆原朱華に似た感じのイケメンだな。それに、やさぐれてる態度もかっこいいな。
「そりゃどうも」
「もう諦めた」
読心地獄耳ダウナー系店主はまた店の奥に戻っていった。まあ、戻らせたの方が正しいか。
目の前の美少女がパンケーキを食べながら勉強してる。
可愛いな
「大丈夫ですか?」
「なんでも―――いや、やっぱり勉強教えてくれないか?」
流石に見ていたことは言えないので、会話でごまかした。
「ここはですね…」
あ、ちょっとこれは不味いですね。
今、詩音が前のめりになっていることで、非常に目に毒な状況です。
残念なことに、怜は耐性0の状態なので不味いです。
「ここを―――!」
詩音の体勢が崩れ、前に倒れそうになった。
「危な―――」
怜は、詩音の肩を掴み力を入れ、目を瞑った。
「大丈夫…か?」
目を開けると、怜の顔の前には息遣いすら感じられる距離に詩音の顔があった。
そして、顔が朱に染まりきった後の詩音が気まずそうに目を逸らす様子が目に映った。
「―ッ、すまない」
「いえ、こちらこそ」
最高に気まずい空気が生まれた。




