Re:新しい春
入学式当日
校門の前には「入学式」と書かれた看板が立てかけられ、その周囲には緊張した表情の生徒とカメラを手にした親の姿が見える。
水沢怜は校門を素通りし、舞い落ちる桜には目もくれず入学式の会場に向かっていた。途中には、クラス分けの名簿表とそれに群がり一喜一憂する在校生たちの姿が見られた。ここには彼の興味を引くものはなかった。
…ないはずだった。しかし、怜の視線はそれを見ていた。
ちょうど、名簿表と群がっている生徒の真ん中より後ろの少し離れた場所に、少女が立っていた。
その少女は遠目からみても、きれいだった。光に反射する長く黒い髪は、風に揺られていた。
まるで自ら輝きを放っているようにさえ見えた。そして、いつの間にか足は引き寄せられていた。
少女は前を向いている。遠目からだとわからなかったが、この世のものとは思えないほどに美しい顔をしていた。そしてどこか懐かしいような、そんな気がした。
しかし、怜は少女の顔を見ると足を止めた。気づかれるほど近くではないが、その顔を鮮明に見ることが出来る位置にまで引き寄せられていたことに気づいた。
その横顔は、どこか疲れていた。しかし、少女は名簿表を見ると、驚き、戸惑い、そしてどこか今にも泣き出しそうなほどに悲しいような、そんな複雑な表情をしていた。そして最後には、安心したように笑った。そんな風に見えた。
(クラス分けに人生かけてんのか)
少女に見惚れていた自分に気づき、我に返るためにそんなくだらないことを思っていたら、突然肩に衝撃が加わり、体が傾いた。
怜は衝撃の原因を確認するために後ろを向くと、そこには見るからに人当たりのよさそうな青年がいた。
彼の名前は藤井涼といい、怜とは去年からの付き合いだ。眼鏡をかけ、知的でおとなしそうな印象とは相反し、明るく誰とでも打ち解けあえる。クラスの学級委員長をやっていたぐらいだ。なんで俺みたいな奴と関わりたがるかわからない程に男子からも女子からも人気が高い。
「よっ、怜。また同じクラスだな…ってお前、さっきっからボーっと突っ立って何やってるんだ?」
「…いや別に」
視線を戻すと、もうそこには誰の姿も見えなかった。今思えば、自分以外誰も彼女の存在に気付いた様子は感じられなかった。クラス分けの興奮で、誰も気づかなかったのか。それとも…彼女は
「おーい」
涼は訝しむように俺のことを見ていた。
「何だ?」
「お前、なんか今日おかしくないか?ずっと呼んでんのに反応ないし。頭でもぶつけたか?」
涼は心配そうにこちらを見てくる。友達に余計な心配をかけたことを少し申し訳ないと思った。
「すまん。考え事をしてた」
「は?お前どうしちまったんだよ!いつもなら平気な顔して罵ってくるのに!」
え?まじで?俺ってそんなに酷かったっけ
「まあ、いいや。煌夜も待ってるから早くいくぞ」
確かに待たせるのは良くないし、何より立ち話より座った方が楽だ。
「ああ。もしかして煌夜も同じクラスなのか?」
「そうだ。三人とも同じクラスだ。お兄ちゃん感極まって泣いちゃいそう」
大袈裟な。そんな風にツッコミたくなるが、正直に言うと嬉しかった。基本的にその二人としか会話をしない怜からしたら、その二人がクラスにいるだけで心強い。それに涼は、他にも仲が良い奴はいるだろうにわざわざ俺と同じクラスになったことを喜んでくれた。それが何よりも嬉しかった。
「いつから俺には兄妹がいる設定になっているんだよ。まあ確かにクラスは比較的ましだな」
「おうおう、素直じゃないのう。そういうところも俺は好きだよ」
涼はウインクをして言った。
イケメンなら何を言ってもそれっぽくなるのは事実だと思う、が…
「気持ち悪い」
これもまた事実である。
「はあ、二人とも遅いよ」
俺と涼は、声がする方向を見た。そこには、丁度話に出ていた煌夜の姿があった。
霧月煌夜とは、最近よく話すようになった怜の数少ない友達だ。数少ない。白い髪と青い瞳を持つ彼は、運動神経が抜群によく、成績もいいらしい。人と話すことは少ないが、話してみると優しく紳士的な性格をしており、涼とは違う視点でどちらかというと女子からの人気が高い。
去年は違うクラスだったためよくは知らないが、一時期学校に来ていなかったらしい。理由は誰にもわからないようだった。
涼は手を合わせて片目を閉じた。
「ごめんごめん。そこで怜にあってちょっと話してた」
「もう、僕なしで話すなんて酷いじゃないか」
本人は怒っているつもりなのだろうが、全く怖くない。というか、可愛い。
女の子に転生するのもいいが、可愛い系の美少年も捨てがたい。
「煌夜が同じクラスになって嬉しいって話をしてたんだ」
「え!同じクラスなの!」
煌夜は驚いたように目を見開いた。
「なんだ、まだ見てなかったのか?」
「うん。緊張しちゃって…それに人がたくさんいたから後で三人で見に行こうと思ってたんだけど。まあいいや、二人ともよろしくね!」
「ああ。よろしく」
「よし、俺が可愛がってやるからな!」
「涼ってたまに気持ち悪いこというよね」
涼は二人に気持ち悪いと言われ、ちょっとかわいそうだった。二人のうちの一人は自分なわけだが。
結局、三人で話をしながら入学式の会場へと向かった。
怜は先ほどの会話での自分の発言で、何か大切なものを見落としている気がしてならず、二人の話は頭に入っていなかった。しかし、入学式が終わる頃にはもうそのことは忘れていた。
今日、水沢怜は高校二年生の新しい春を迎えた。そう、二年生の。