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君の好きなものを教えて

作者: ブラックコーヒーを甘くしたい

投稿後、違和感のあった序盤を修正しました。

こまかな描写の追記をしました。

全体の流れとしては変わってません。

普段、本を読まない僕が、どうして学校の図書館に足を運ぶことになったのか――。今思えば、その理由なんてどうでもよくて、ただ一つ言えるのは、あの日、僕が図書館に行かなければ、栞と出会うことはなかったということだ。


「その本、面白い?」


窓際の席に座っていた女の子のことが、どうしてか気になった僕は、そう声をかけていた。


最初は自分に声をかけられたとは思っていなかったのだろう。そのまま本を読み続けていたが、再び声をかけると、ようやく自分に対してだと気づいたのか、ゆっくりと顔をあげた。


本を読んでいたのは――同じクラスの栞だった。


「え? あ、はい、面白いですよ」


少し戸惑いながらも答えると、栞は穏やかに微笑んだ。


「本好きなの?」とか「いつも図書館にいるの?」なんて世間話をしながら


「僕、全然本を読まないんだけど、おすすめの本ってあるかな?」


僕がそう尋ねると、栞は「そうですね……」と少し考え込み、そっと本棚から1冊を手に取った。


「これなんかどうですか? 学校の教科書にも載ってたりするんですけど、あれって一部分しか載ってなくて、一度全部読んでみると面白いかもしれませんよ?」


僕は渡された本の表紙を眺める。教科書で見たことがある気がするけれど、全編読んだことはなかった。


「じゃあ、それを読んでみようかな?」


そう言うと、栞は「どうぞ」と優しく微笑みながら本を差し出した。


僕は少し気まずさを感じながらも、それを受け取り、ページをめくる。

最初はただ文字を追っているだけだったが、しばらくすると、意外と内容が頭に入ってきていることに気がついた。


ふと顔を上げると、栞は静かに自分の本を読んでいた。

ページをめくる音だけが響く空間が、思いのほか心地よく感じられた。


-----


次の日も、自然と僕は図書館に向かっていた。

昨日、栞に勧められた本を半分ほど読んだのだけれど、思いのほか面白くて、続きを読もうと思ったのだ。


いつもならスマホをいじったり、友達と話している時間。でも今日は違った。

静かな図書館で、本の世界に没頭する――そんな時間が、意外にも心地よかったのかもしれない。


「続き、気になります?」


不意に声をかけられて顔を上げると、昨日と同じように栞がそこにいた。

どうやら僕の近くの席で本を読んでいたらしい。


「うん、意外と面白い」


素直な感想を言うと、栞は少しだけ目を丸くした後、ふっと微笑んだ。


「それは良かったです。本を読むの、嫌いじゃなかったんですね」


「まあ、食わず嫌いだったのかも。昨日までは、活字が多いだけで避けてたけど」


「じゃあ、これを読み終わったら、次も何かおすすめしますね」


栞はそう言って、自分の本に視線を戻した。

僕もそれにならって、再びページをめくる。


静かな時間。

でも、一人でいるときとは違う、心地よい空間。


昨日と同じように、ページをめくる音だけが響く。

でも、今日は違った。


本の内容だけじゃなく、時折、栞の存在が気になる。

僕はいつの間にか、本を読むことそのものが楽しくなっていた。


-----


「最近、よく図書館にいますね」


本を開いていた僕に、栞が声をかける。


「まあね。読んでみたら意外と面白くてさ」


僕がそう言うと、栞は嬉しそうに微笑んだ。


「あの本、もう読み終わりました?」


「今読んでる所、今まで来たことなかったけど図書館って静かでいいね」


「よかったです、私もこの雰囲気が好きでいつも来てるんですよ」


そんな会話をしつつ、僕らは最近の定位置になっている場所で読書を始めた。


「ん、面白かった」

少し固まった体を伸ばしつつ呟くと、栞と目が合った


「凄いですね。初めてなのに、そんなに集中して読めるなんて」


「気付いたら一気に読んでたよ」


本を読まない僕が、こんなに夢中になるなんて。

自分でも不思議だったけれど、読んでいる時間は嫌いじゃなかった。


「じゃあ、次はこれなんかどうですか?」


そう言って、栞は新しい本を僕に差し出した。


「今度はどんな話?」


「今話題のドラマの原作になっている小説なんですけど」


「あ、これって……あのドラマの?」


タイトルを見て、すぐにピンときた。最近よく話題に上がるドラマの名前が、表紙の帯に書かれていた。


「そうです。原作はもっと細かい心情描写があって、ドラマとはまた違った面白さがありますよ」


「へえ……じゃあ、読んでみるよ」


本を受け取ると、栞は満足そうに頷いた。


この時間が、僕の日常の一部になりつつあった。

昼休みや放課後、気づけば僕は図書館に足を運ぶようになっていた。

本を読むのが楽しい。

けれど、それだけじゃない。


ふと顔を上げると、栞が静かに本を読んでいる。

窓から差し込む陽の光に照らされた彼女の横顔は、とても穏やかで、綺麗だった。


本を読むことが好きになった。

でも、それはきっと、本だけじゃない。


いつの間にか見ていたのは本ではなく、彼女の横顔だった。


それでも、その時の僕はまだ、自分の気持ちの正体に気づいていなかった。


-----


図書館に向かう途中、ふと違和感を覚えた。


静かな空間、本の匂い、規則正しくめくられるページの音――

いつもと変わらないはずなのに、何かが足りない。


「……あれ?」


いつもの席に、栞の姿がなかった。


不思議に思いながら席につき、習慣のように本を開く。

けれど、ページをめくる手が進まない。


(おかしいな……昨日までは、あんなに楽しく読んでたのに)


文字は目の前にあるのに、頭に入ってこない。

話の内容も、登場人物の気持ちも、まるでぼやけたフィルターがかかったように、曖昧にしか感じられなかった。


本が好きになったと思っていた。

でも、違ったのかもしれない。


本を読んでいる時間が好きなんじゃない。

栞と一緒にいる時間が、好きだったんだ。


それに気づいた瞬間、胸がざわつく。

彼女に会いたい。話したい。

その気持ちは、じわじわと強くなっていく。


(……明日、ちゃんと会えるよな?)


その日は、本のページをほとんどめくることなく、図書館を後にした。


-----


翌日、栞は休んだことには特には触れず、僕もいつも通りの会話が出来たと思う。


それからも、僕は図書館に通い続けた。


新しい本を読むたびに、栞と感想を話し合う、そんな時間が楽しみだったから。


「こっちの主人公のほうが共感できたな」


「え?でも、こっちの方がリアルじゃないですか?」


本の好みは違っても、話している時間は心地よかった。

クラスメイトの栞、特にクラスでの接点は無く、お互いに話しかけることはない。

休み時間の図書館で、こうして読んだ本の感想を言い合うだけのクラスメイト。

彼女はどんな本が好きで、どんな場面で心を動かされるのか。 少しずつ知るたびに、僕は彼女という存在そのものを知っていく気がした。


そして、そんな時間が増えるほど、僕の中での気持ちが大きくなってゆくのが分かる。


ある日、栞がふいに呟いた。


「最近、好きなものが増えたんだ」


「へえ、何?」


本の話かと思って軽く聞いた僕に、栞は少しだけ間を置いて、そっと微笑む。


「……君と話す時間」


一瞬、息が詰まる。

栞の言葉は、まるでそっとページをめくられるように、僕の心に静かに響いた。

彼女はそのまま少し照れたように続けるー


「この前、私、休んだでしょ?あの時いつも通り家で本を読んでたんだけど…その時間が前ほど楽しくなかったの、その時は体調が悪いからだって、思ってあまり気にしなかったのだけど、こうしてまた君と過ごしていたらその時の気持ちに気付いたの」


その言葉を聞いた瞬間、何かが背中を押すように心の中で動いた。


「栞」


「うん?」


僕はその名前を呼ぶと、彼女の目をしっかりと見つめる。


「僕も…最近、好きなものが増えたんだ」


「なに?」


その瞬間、図書館の閉館を告げる放送が流れ始める。


「──閉館の時間となります。お忘れ物のないようご確認ください」


放送の声が響く。その声が、まるで僕の言葉をかき消すかのように空気をみたしていった。


栞は少し驚いた表情で僕を見つめた後、目をそっと伏せ、言葉を口にした。


「私も」


その声は、まるで放送の音に紛れるように小さく、けれど確かに僕には届いた。


彼女の口元が少し震えているのがわかる。周囲の音が、誰かの足音が、遠くで響く雑音が、すべて僕たちの間の静けさを包み込んでいるようだった。


他の誰にも聞こえないように、彼女のその言葉は、ただ僕にだけ届いている。


その一言に、僕の心の中にあった迷いが消えた気がした。


「今日はこの辺で解散かな?」 僕はそう言って、少し照れた笑みを浮かべた。


「……明日も図書館で会える?」 栞が、少し緊張したような声で尋ねてきた。


「もちろん」 僕は答え、栞と一緒に図書館を後にした。


いつもと少し違う距離感に照れつつもこう願う。


栞と過ごす時間が、今や僕にとってかけがえのないものになった。そのことに気づいた瞬間、僕の胸は少しだけ高鳴る。これから先、どんな未来が待っているのかはわからないけれど、ただ一つ、栞と一緒にいるこの時間がもっと増えていくことだけは、変わらないだろう。


Fin.

最後まで読んでいただきありがとうございました。

気に入ってくださったら、ブックマークやコメントが励みになります。

よろしくお願いいたします。

また、リストには投稿した小説を順次入れていく予定ですのでそちらも是非読んで頂けると嬉しいです。

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