鈴の願いは神に届けられた
私の目の前には、冷たくなったご主人がいた。
必死にみぃみぃ、と鳴いて呼ぶけど反応がない。
いつもだったら、仕方がないなという顔を向けて頭を撫でてくれるのに。
何度も、何度も、呼んだ。
でも、この声では人間の言葉して、通じることがない。
ご主人の遺体を発見した家政婦さんは、小さな悲鳴を上げてどこかへ行ってしまった。
後からバタバタと騒がしくなるお屋敷。
かっちりとした制服を着た知らないおじさんたちが、調べている。
そして、ご主人の身体をどこかへ運ぼうとしていた。
(やめて!ご主人は寝ているだけなの!動かさないで!)
みぃみぃ、と必死にしがみついて離さないでいると、家政婦さんからそっと抱き放された。
「ごめんねぇ……ごめんね、鈴ちゃん……レン様は、亡くなられてしまったのよ……」
亡くなるって何。知らない言葉。
もしかして、それは、死んじゃったってことなのかな。
頭上から落ちる家政婦さんの涙。あぁ、これは「悲哀の涙」だ。
大事な人が死んじゃった時に流すものだと教わった。
その時ようやく、ご主人が死んだことを自覚した。
しばらくの間、私は家政婦さんのお部屋にいた。
そしてお別れの儀式が終わったらしいご主人の部屋に連れていかれた。
そこには、何もない。ご主人がいたはずなのに、何も。
残っているのは、ご主人と一緒に眠ったお布団だけだった。
お布団に入り込み、みぃみぃ、と小さく泣く。
(お願いします、お願いします、神様。どうか、どうかご主人が望んでいた健康な身体を、生まれ変わったら与えてあげてください。この命を捧げます。だから、どうか、ご主人が幸せになりますように)
だんだんと視界が閉じていく。
ご主人のほのかな残り香に包まれて、意識が消えていく。
最期に、誰かが私に囁いた。
「気に入った。君とご主人の子を、同じ場所に異世界転生させよう。あちらで幸せになりなさい」
中性的な男の人の声が、そう聞こえた後。
私の呼吸は止まった。
止まった、はずだったんだけど。再び呼吸が再開した時、私は産声を上げていた。
顔の近くには女性の胸が感じられる。たぶん、人間のお母さん、なんだと思う。
周囲から色々な声が聞こえる。あぁ、私は人間の女の子として生まれ変わったようだった。
「産まれてきてくれてありがとう、可愛い次女……」
その日、私は人間の次女として再誕したのだった。