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血騒・1




 ミリアムが目を覚ました時、そこはたった一度だけ見たことのある天井だった。

 もう見ることは無いと思っていたが……どうやら幸運にも死を免れたらしい。

 体を起こして周りを見渡す。そこには見覚えのある顔が3つ並んでいた。



「ぷっ、なんつー顔してんの」


「……別に」


「ご無事で何よりです……本当に……!」



 片や仏頂面だけど目元には涙の痕、片や今も涙を目に溜めて今すぐにでも飛びこんできそうな笑顔。

 ミリアムの顔に思わず呆れたような笑みが浮かぶ。

 せっかくだしと目を合わせない悪人面の男にも声をかける。



「見捨てて行ったんじゃないの?」


「……色々あったんだよ。言っておくが俺は見捨てたし助けにも行ってねぇ」


「言わなくても分かってるわよ。私でもそうしたから」



 探索者からすれば常識、しかしケインからすれば最低最悪のやり取りとも言えた。

 だがそれを言い合う二人の関係性に亀裂が入っているとは到底見えず、口を挟むことなどできなかった。

 仲間を見捨てることが最善である状況に直面したことがないケインは、未だ潔癖であった。

 今回の一連の遭遇により認識を改めつつあったが、納得までは出来ていないようだ。



「あんたねぇ、これからこういうことは腐るほど……とまでは言わないけど、必ず起きるわよ。慣れときなさい」


「起きねぇよ」


「あんたが起こさなくても周りが起こすから。意地張らないの」


「……分かった」


「よろしい!……さて、何から聞いたものかしらね」



 だが冷静に、先輩の意見を聞き入れるくらいには分別もあった。

 今回の出来事を受け止めた上で、これからの『行動を選択』するだろう。


 そこまで話したミリアムはかねてから疑問に思っていたことを聞くことにした。

 即ち、何故《《右腕が残っているのか》》。



「ねぇアジー。私、あいつに初手で右腕取られなかった?なんでくっついてんのよ、『再構成』?」


「そういう聞き辛ぇこと平然と聞くなよ……」


「別に?無きゃ無いで足技でも覚えて戦うつもりだったし。というかなんで私生きてんの?」


「言い方ァ!」



 そもそもあの状況では絶対に生きて帰れないと認識していた。なのに自分はここにいる。

 悪運だけでは説明がつかないこの状況に、ミリアムはただただ疑問だった。

 奴と遭遇して格下の探索者が五体満足、かつ全員生存。そんなご都合主義のお約束などありえない。

 その場で皆殺しでもおかしくない。むしろその可能性が一番高かっただろう。

 軽く右手を開いては閉じ、肩から指先までの動作に問題がないことを確認してから三人に確認する。




「あの状況で全員生還なんて奇跡が百回起きても無理よ。何かあったんでしょ」


「……あぁ。一回目は主観は除いて事実だけ話すぞ。いいか、俺達が地表に出てから───」










「ふぅーん……あいつが私の腕をね……」


「言っとくがマジだぞ、あん人達も驚いてた」


「そこは疑ってない。そっか、あれが……」



 一連の内容を聞き終わり、そう言うとミリアムはじっくりと考え込むように目を閉じた。

 自分を殺そうとしたモンスターがダンジョンを抜け出し、斬り飛ばした腕を大切に持ってきた。

 他所で話せば鼻で笑うか世界の終わりを予感するか、そんな事態をまるで旅の思い出の一幕のように消化する。

 それを見たケインは口を出さずにはいられなかった。



「恨んだりしねぇの」


「しない。そういうの嫌いだし。でもそうね、色々納得いったわ……よっと」



 周りがざわつくのを大して気にも留めず、軽快にベッドを飛び降りる。

 今のミリアムは治療術後に患者が着る簡素な衣類しか纏っていない。

 それがミリアムは気に入らなかった。常在戦場とまではいかなくとも、気の緩みに居心地の悪さを覚える程度には戦いの中で生きてきた身であるからだ。

 こんなところで静かに休息を取るなど却って気が休まらない。



「装備はどこ?」


「オイオイオイ馬鹿言ってんじゃねぇよ、まだ右腕繋がったばっかだぞ!?」



 最高峰の神職によって成し得る『奇跡』の一つ『再構成』。これは身体の損壊が激しい、かつ生きている状態という極めて限定的な状況でのみ叶う。

 どれほどボロボロになっていても、たとえ灰になっていても。身体のパーツさえ残っていれば()()()()()()()()()()()()()()

 高度な奇跡を起こせるほど『信仰』に篤く、人体の『耐久度』への理解度を有し、施術中怪我の直視に耐える『精神力』を持つ。

 このレベルの神官はダンジョンを有する街には一人必ず配置することが国から義務付けられている。しかしこれらを全て兼ね備えた神官はまだまだ少ない。

 それ程の大手術がミリアムには必要だった。しかし当の本人はそれを意にも介さず肩をグルグルと回す。



「そう、関係ないわね。とっとと鈍った身体叩き起こさないと気持ち悪いの。この調子じゃ2日は寝込んでたっぽいし、さっさと感を取り戻さないと」


「お、お前なぁ……」



 アジーからすれば所詮探索者協会によって一度組まされただけの同業者でしかなく。止める義理も無い、むしろ普通の探索者なら一度の邂逅では教会に連れてくることすらしないだろう。

 しかしここまででアジーはケインのカリスマ性に魅せられ、更に生来のお人よしが相まって見捨てるに見捨てられなくなっていた。

 情が深い探索者もまた、死にやすい。しかし情が無くては長生きできないのもまた常であった。



「あっ、院長にお礼言わないと。ねぇ着替えと荷物は?」


「俺はお前の荷物持ちじゃねぇからな?……そっちの保管庫に纏めて入ってる。鍵は院長が管理してるから挨拶がてら貰ってこい。留守番しといてやる」


「はいはい、ありがとね。それじゃよろしくぅ」



 それだけ言い残し、ミリアムはそのまま通路へと歩き去ってしまった。

 途方に暮れるケインとクローカに、アジーは頭を手で押さえながら告げる。



「普通の探索者はあんなんじゃねーからな?あいつの頭がおかしいだけだからな?勘違いすんなよ」


「いや分かるけど。あのタフネスとメンタルどうなってんだよ、尋常じゃねぇ」


「……ひょっとして殿を務めた時に、ミリアムさんになにかあったんでしょうか?」



 何かって?そう二人が聞き返す前に病室の扉が開く。

 奥から白銀の甲冑を着込んだ偉丈夫、『血みどろ甲冑』戦で指揮を務めたあの男がやってきた。

 三人からすれば雲の上の存在『エリート』に類するこの街最高峰の騎士だ。



「失礼する。……なんと、入れ違いか」


「ども、ついさっき目が覚めて院長とこ行きましたよっと」


「なんと凄まじいガッツだ、感服した。アジーにケイン、そしてクローカと言ったか、皆息災か?」


「ども。まぁ、ぼちぼち」


「っす」


「お陰様で」



 そうであるか、と呟くと周りを見渡し、自重に耐えられそうな椅子がないことを確認してから、壁際に立つ。



「目が覚めてたら聞きたいことがあったのだが……ここで待っていてもよいか?」


「大丈夫っすよ。いいサプライズになる」


「いや、私が来たところで驚くまい。むしろ予測までしていると見た。……改めて自己紹介を。ゴウカフだ、よろしく頼む」


「アジーっす」


「ケインです」


「クローカと申します」


「うむ。しかしなんと、大成しそうな面々である。将来が楽しみだ」



 穏やかな笑みを浮かべながら三人を見る目は、起き抜けのミリアムの笑顔と重なった。

 護るべきものを見つめる時の、陽だまりのような優しい笑顔だ。

 アジーにとってはむず痒く、ケインにとっては憧れる、クローカにとっては安心感を覚える表情である。



(盾役ってのは、どいつもこいつも……だから苦手なんだ)



 アジーは心の中で悪態をつくが、決して表情には出さない。

 もちろん心の底から罵倒しているというわけではない。信頼はおけるし、パーティーを組む上で必須の役割である彼らを尊敬している。

 だが、アジーの心の中にはどうしようもなく捻くれたところがあり、素直に彼等を称賛することが出来ない。

 彼をキラキラとした目で見つめるケインを見ていると尚更そう思ってしまう。自覚している悪癖であった。



「しかし、ここ二日は大変であったな。よもやダンジョンからモンスター、それも深層から出てくるとは……」


「前代未聞っすねぇ。国はどうお考えで?」


「真っ二つだ。速やかにダンジョンを封鎖しなければ溢れたモンスターで世界が亡ぶと論じる封鎖派と、経済が成り立たんから開いておけという解放派でな」


「うぅん……前者は根拠が不明瞭、後者は楽観的が過ぎますね」


「あぁ。封鎖派の意見では上層のモンスターが出てこない理由に説明がつかん。解放派は一般人や探索者の犠牲を考えない阿保が多すぎる。頭が痛いよ」



 堀の深い顔に眉根を寄せ、溜息を一つ吐く。彼らは今最も仕事を押し付けられている内の一人だった。

 先日の騒ぎからゴウカフを含む、あの場にいた探索者達は全員召集を受けて聴取を受けている。

 それにより一日潰れたこと、更にゴウカフ達は哨戒ということで1、2階の徹底した探索を命じられてしまったのだ。

 取り急ぎ脅威は去ったことは確認できたが、溜まった心労は重い。今回の出来事はしばらく尾を引くだろう。



「しばらく我々も稼ぎの合間に哨戒が義務付けられる。こうなると探索者から傭兵に鞍替えする者も増えそうだ」


「この一件で貴族諸侯の不安を煽っています。坊ちゃまのご実家の方でも少し影響は出ているそうで」


「あぁ。けど貴族やそれなりの商家にはお抱え戦力がある内はそこまで騒がないだろう。問題は……」


()()()()()()()()()。ダンジョンが大きな収入源となっているこの街でこれは痛手となるであろうな」


「こればっかりはどうにもなんねぇからなぁ……戦時中でもねぇのに戦力不足だなんて笑えねぇ」


 適度に話題を振りつつこれからの身の振り方も考えての情報交換をしていると外から二人分の足音が聞こえる。

 片方はパタパタと、もう一人はコツコツと音を立てている。ゴウカフはようやく待ち人に会えるという心持ちだ。



「たっだいまー。うわ、ゴウカフおじ。来てたの?」


「おまっ、仮にも先輩に……」


「うむ、おかえり。『血みどろ甲冑』の件でな」


「あー、そうよね。分かった、この後情報共有するわね」



 後ろにこの教会の管理人である院長を引き連れ戻ってきたのはミリアムだ。院長も全員の顔を眺めてから恭しく一礼して続く。

 院長の顔には若干だが疲労の跡が見え、アジー達は(あぁ、大分無茶を言われたんだな)と察する。

 道具箱の鍵を開けつつもミリアムの方に視線をやり、とても心配そうな顔で忠告している。



「我々もミリアム様の事情は理解しております。もちろん感謝も。ですが……」


「分かってるって。大丈夫、今回はとんだイレギュラーだったって聞いてるでしょ?いつも通りに戻るだけだから」


「……くれぐれも無茶はなさいませんように。あなたに何かあれば母君に顔向けできません。今回の件でどれほど心労を与えてしまったか」


「うっ、そ、それはそうなんだけど……けど行かないわけにも……ねっ?」


「存じております。……鍵は外しました、代えの服も中に。さぁ皆さん、出てください。デリカシーがありませんよっ!」



 院長はそう言うと手拍子を鳴らしつつ退室を促し始める。

 これから装備点検と着替えが行われる以上部屋にい続けるのは憚られるだろう。

 続々と部屋から人が退室していき、部屋に一人残ったミリアムは患者衣を脱ぎ捨てて装備を整える。

 下着を身に着け、ズボンを履き、シャツに袖を通す。その過程で一度、切り落とされた右肘から先をじっと眺める。


 この時ミリアムの脳裏に、氷解出来ていない疑問のいくつかが過っていた。

 思い返すのは今際の際、あとは剣を振り下ろせば絶命するという状況で自分が生かされた理由。

 いやそれ以前。あれだけの実力差なら打ち合わずとも初手で首を刎ねられていた筈。



(死に物狂いで戦ったから?そんな訳ない、あれは()()()()()()()()()()()()()()()()



 頑張って戦ったから。死力を尽くしたから。諦めなかったから。

 そんなもので戦況は覆らない、死からは逃げられない。


 同格のモンスターに囲まれ逃げ場を無くした時。

 悪辣な同業者に仕掛けられた罠にかかった時。

 毒が身体に回り対抗策を持ち合わせていない時。

 迂闊に宝箱を開け射出された矢が腹を貫いた時。

 地下深くで食料が尽き、飢えた時。

 格上のモンスターに正面から踏みにじられた時。

 ほんの数瞬油断した時。


 探索者は死ぬ。そこに大仰な理由など無い。

 だからこそ、生き延びたのならそこにはかならず理由がある。

 幸運だけでは説明できない何かが必ずある。ミリアムはそれを頭ではなく感性で受け止めていた。



(間違いない。私はあいつに()()()()()。気まぐれなんかじゃない、そこには何か明確な理由がある)


(それに腕を返したと言ってた。だから?さっきから何かに気づけそうな感覚が止まらない)



 右腕には痛みはおろか、違和感すらない。

 しかし全身を何かの予感が走るように、そわそわしている。

 あと一つ、何か一つでも掴めれば大きく変わる。そんな気配。


 シャツのボタンを留め、足甲に手甲を嵌め、盾を担ぐ。

 あの時自分の死に逝く姿を映した、ぼやけて輝く緑色の眼光は何を考えていたのか。

 モンスターの考えることなどう予想はおろか、推察すらおぼつかない。

 けれどやらねばならないことだけは明確になった。



(あいつにもう一度会う。答えはきっとそこで手に入る)


『教会』


 ダンジョンタウンと一緒に設置が義務付けられている聖職者達の集団。聖堂の設置から鐘、説法を行う者達全体を指して教会と呼ぶこともある。


 教会には二つの側面がある。

 神職として、礼拝や説法を行い、死者への祈りや埋葬を行う側面。

 探索者への支援として回復魔法、蘇生術が専門である『癒し手』と呼ばれる医療機関としての側面。

 どちらもある程度の布施を要求されるのは変わらない。


 彼らは全ての国のあらゆる場所で必要とされており、聖職者に適性のある者は将来安泰だと言われる。

 将来的な富と安全を保障された彼らは、日銭を稼ぐために傷つく探索者を癒すことにどのような感情を抱いているのか。

 しかし探索者から聖職者がいなくならないことは、彼らから良心が消えてないことを何よりも証明し続けている。


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