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ダンジョンに歴史あり

「化身?ラグロさん冗談キツいぜ。ありゃ伝説越えておとぎ話だよ」


「私も疑っているよ。出所が出所だけに尚更な。そうか、噂話に強い君達がそう言うならやはりデマか」



 最初からそのリアクションを想定していたのだろう。ラグロに落胆の色はない。

 もしも、万が一があるかもしれない。だから形だけ聞いてみただけなのだ。エボも「だから言っただろう」と呆れ顔だ。

 しかし『化身』という言葉に聞き覚えの無いケインは何のことか分からず戸惑っている。



「『化身』ってなんだ?アジー」


「そうか、お前外から来て探索者になったんだよな。知らねぇのも無理はねぇ。ダンジョンやタウンの名前はそのダンジョンを作った神様の名にあやかってるってのは知ってるな?」


「うん」


「我等に恩恵を与えてくださる神様なんだが、その分身が極稀にダンジョンに現れることがある……っつー根も葉もない地下都市伝説だ」



 地下都市伝説、別名ダンジョンロア。いつからか神秘を探求し探索する者達の間に流れ始めた噂話の集合体である。

 実際にあったとい話から尾ひれがつき、気づけばあったら面白い、恐ろしい、楽しい、悲しい、美しい。そんな物語性を含み始めたダンジョンの逸話。ある時はモンスターから移る伝染病、ある時は命を吸い取る花弁が真っ黒な花、ある時は岩に刺さった煌めく剣、ある時は走って逃げる宝石袋。

 ひょっとしたら本当にあるかもしれない、否定される根拠が今無いだけの法螺話。まことしやかにささやかれては1月も持たずに消えていく噂を噂で薄めたおとぎ話である。この手の話は新人を面白半分に怖がらせたり、それを求めて本当に行動する奴を馬鹿にして笑うジョークの類である。

 そんな地下都市伝説の一つが『化身』の招来。なんと神の分身が直接ダンジョンに赴き探索者と交流を図るというものだ。



「神様が?本当か?」


「真に受けたら笑われんぞ。神様はいるがダンジョンにはいない、それで結論だ。手ずから蟻の巣作って自分から潜り込もうとする人間がいるか?」


「でもアジーは笑ってない」


「その噂も結構長ぇからだよ。流石に聞き飽きた。しかも『アルテミス』だろ?噂の由来も察しがつくってなもんだ」


「そうなんですか?エボ会長」



 突然水を向けられたエボは髭を撫でながら、なるべく言葉を選びつつ穏やかな顔で話し始める。



「『アルテミス』は街を上げてダンジョン信仰を掲げる珍しいタウンだ。当然制作者である神への信仰にも篤い。そんな奴らが声を上げたのなら……()もまた無関係ではあるまい」



 『アルテミス』の名前を聞いた瞬間、アジーが思いっきりしかめっ面をする。ケイン以外の2人はそれを苦笑いして見ていた。

 この世界においてもっともメジャーな信仰はこの世界そのものの創造神であり、これは『大教会』が主として振興を掲げている。だがその地域のダンジョン、その創造神を信仰することは決して珍しくない。創造神から別たれた神である以上『大教会』も他宗教の信仰を禁止していないのも理由の1つだ。

 余談だが、ダンジョンそのものを信仰する奇特な人間は少ない。この街ではヴァズがその1人として数えられている。彼らの信仰の源は知的好奇心である。ダンジョンは封じられた神秘であり神聖である、故に敬意を持って踏み荒らし、何もかもを暴き出すのが人間の使命と言ってはばからないのが彼等だ。


 しかしこの街から遥か遠くに居を構える『アルテミス』は神に捧げる信仰の延長線上にダンジョンが存在する。あらゆる人々に開かれた神秘に感謝し、踏み入る際は当然身を清め、死すればダンジョンへの供物となったことに感謝する。

 他所から見れば狂気とも呼べる信仰がかつてそこにあり、多くの『国』とダンジョンタウンから忌避される地として探索者の間では悪い意味で有名な地域だ。



「そこのところもっと詳しく」


「流通ルートの無いダンジョンタウンだ、情報が少ないのだよ。連中他所のダンジョンを異教認定して雑な対応しとるからな。それにあそこはなぁ……まぁさておき、大方『徘徊者』の存在に何かしら思う所があったのではないかな?」


「『化身』現るなら信仰心篤き我らの所、と。なるほどな。いやすまない。変な話をしたな、忘れてくれ」



 そう言うとラグロは2人に一礼し、エボに別れを告げてその場を去って行った。エボもまた忙しそうに商会へと戻っていくのだった。

 残されたケインは「何だかよく分からない話だった」と呟いて隣にいるアジーを見やる。アジーはというと、むっつりとしたどこか不機嫌さすら感じる表情で佇んでいた。

 今の話にどこか不機嫌になる要素があっただろうか?ケインは不思議に思い尋ねてみた。



「どうしたんだ?」


「なんでもねぇよ」


「そんな顔してないぞ。『化身』の話か?」


「……はぁ、言うまで聞きそうな顔してるぜお前」



 観念したような顔でアジーは渋々応えた。



「『アルテミス』だよ。俺はあそこが嫌いなんだ」


「どうしてだ?」


「エボさんは濁したが、あそこには割と最近まで生贄文化があった」


「い、生贄?ダンジョンにか?何の意味があるんだそれ?」



 生贄と言う言葉にケインが目を大きく開いて驚愕する。今日日生贄などやるような集団がまだ存在するのかという驚きだ

 そもそもダンジョンでの人死には珍しいことではない。態々供物として捧げなければいけない程そのダンジョンは人がいないのだろうか?そもそもそんなことをして何か意味があるのか?

 神が実在するこの世界で人間の血と肉を供物に捧げて喜ぶ神の逸話など聞いたことも無い。

 そしてそんな場所に行って無事帰ってきたアジーのタフさにも驚いた。



「無い。断言するがダンジョンを造りし神々は人間の生贄なんざ求めちゃいない。連中のカルトは何もかもが無意味だ」


「どうしてそう言い切れるんだ?」



 アジーは古傷が痛むかのように顔を顰め、ぽつりと呟いた。



「直接聞いただけだ。神様にな」



 アジーはそう言うと黙り込んでしまった。ケインがどれだけ聞いても返事をしてくれない。

 その言葉にどれ程の意味が込められていたのか。それをケインが知るのは当分先のことである。











「こちら本日付けで届いた書類です。確認をお願いします」


「ありがとうございます。そこに置いてください」



 時を同じくして、ダンジョン協会のトップであるヘレスはまたもや頭を悩ませていた。

 今回の案件は以前と比較すれば胃が痛むようなものではなく、どちらかと言えばとても呆れているという様相であった。

 対処のめんどくささに唸っているヘレスの目の前には補佐役の男が立っている。かつて『帰還所』に『徘徊者』が現れた際、ヘレスの共をした男だ。

 彼の報告によって齎された情報が現在の議題である。



「探索者希望の急な増加。厄介事ですな?」


「本当に。所属くらい隠してきてほしい物です。隠せばいいと言うものでもありませんが」



 彼女の手元にあるのは直近1か月の入国、ないし移住希望者の一覧である。

 増加傾向にあるそれにさっと目を通してみれば、少し読めば分かる程に探索経験者、所謂《《腕利き》》ばかりだ。

 金の匂いに敏感で常にアンテナを張っている彼らは入国時も堂々としたもので、移住希望の理由を聞けば口を揃えて「今は『ダイダロス』が一番熱い!」と宣言して見せた。

 従来の価値観で言えばこれは非常に喜ばしいことである。ダンジョンで得られるリソースは今の所底なしだ。どれだけ回収しても『再生成』によって資源は満ちる。

 となれば回収担当は多ければ多い程いい。持ち帰る素材が多くなればなるほど街は栄える。無論ドロップアイテムだけで街の運営が成り立つものではないが、財源の1つであることには変わりない。

 学も身分も来歴も必要ない。最低限の腕っぷしと協調性、そして命懸けの日々を送る覚悟さえあれば人並みの生活を送れる。なんなら人並み以上を目指すことだって夢じゃない。

 それこそが探索者の探索者たる由縁。そして他所の街で腕を磨き、腕利きとなった探索者達が今『ダイダロス』を目指す目的だ。



「失礼して……ほほう、『ヘファイストス』、『アテナ』、『アレス』。また遠くからお越しになられたものです」



 『ダイダロス』は他の街に比べ探索者の取り分は少ない方だ。本来探索者に割り振られる報酬の一部をダンジョン協会の運営費用、ないし探索者全体の福利厚生として回している。つまり税金という形で探索者の安全保障と街の治安維持を賄っているからだ。

 だから住む分にはいいが探索者をやるには少々窮屈だ。なにせ手取りが少ない。にも拘らずこれまで類を見ない程に移住と探索希望者が集まっている。これは何故か。

 その答えは単純で、この街は今『徘徊者』の出現により世界中の注目を集めているからだ。今この場に届いている移住届は全て『徘徊者』の存在が明らかになり、だというのに『ダイダロス』からそれにまつわる悲劇を一つも聞かないことを訝しんだ、謂わば情報の最先端を追っている者達なのだ。


 通信鏡の普及により街から街の情報伝達は早くなったとはいえ、小型の物はまだ国外への通信が出来ない。結局国が「急ぎ国民に伝えるべき」と判断した情報しか降りてこない。したがって市井の一般人からすれば、情報とは自分の目と耳で集めるものだと言う認識はまだまだ強い。

 そんな世の情報に耳ざとい連中がどれだけアンテナを張っても、『ダイダロス』で未曽有の大混乱が起きているような噂はちっとも聞かない。一時期の混乱により『ダイダロス』産アイテムの流通は減ったが、それもすぐに落ち着いた。

 しかし噂の発生から二か月、三か月経った頃に彼等は気づいたのだ。どうやら噂のモンスターは本当に敵対的ではないらしい。即ちこれから長期間に渡りダンジョン内に居座る可能性が高く、そうなれば噂はどんどん広まり『ダイダロス』は否が応でも注目の的になると。

 商人からすれば需要の高まりと共に胸の高まりを感じずにはいられない。これは大波、否大津波が来るぞと。

 探索者からすれば、この街は話題流行の最先端。歴史が作られるその現場に立ち会う一生に一度あるかないかの大チャンスだ。

 この街はダンジョンを軸に育った大きな町だが、それでも住居にはキャパシティというものがある。ならば我らが誰よりも先んじていかねばならない。

 まだ『徘徊者』が安全な存在だと周知されるより以前から、慣れ親しんだ今の環境を捨て前乗りしてきた、勇猛果敢にして本物の命知らず達だ。



「血気盛ん、好奇心旺盛で少々扱いに困ります。しかし利用しない手はありません。ある程度の制限は設けつつ受け入れましょう」


「承知しました。では彼らを積極的に受け入れ、教育を施します」



 所変われば品変わるように、ダンジョンタウンにはその地特有のルールと言うものがある。

 力こそ正義。信仰こそ道。利益至上主義。神秘探求。その地域、『国』、国民性、様々の要素によってダンジョンタウンの在り方は大きく変わる。

 『ダイダロス』のそれは明確に定まっているわけではない。少なくともヘレスはそうあれと指示したことはない。

 その代わりにこれまで彼女はずっとダンジョンタウンの在り方に1つの線を引いてきた。人としてのライン、人が人らしく生きていくその延長線上にダンジョンはあるべきだと。

 ダンジョンで英雄的に死ぬなど以ての外。費用(コスト)をかけて危険性(リスク)を抑え、その上で最大限利益を出す。それが今の、そしてこれから求められるダンジョンの理想像だと考えた。

 得た利益を元にダンジョンタウンの設備投資を促し、更なる利益を出す為の下準備をする。そしてその準備を探索者達は福利厚生として享受し、明日のダンジョン探索も不安なく行える。

 繰り返し行われる人の営み、その一風景。彼女はダンジョンを神々の造りし神秘に満ちた宝物庫とは捉えていない。言うなれば()()として認識している。

 今回の件も「実務経験のある新人がよその会社から流れて来た」「その会社との関係性はちょっと悪くなるかもな」程度に認識している。



「いよいよもって、彼を中心に嵐が起きつつありますな」


「上等です。そろそろ7階の調査を進めるべきだと考えていたところです。遠慮はいりません、彼らにこの街のマナーを徹底的に叩き込んでください。我々は嵐も追い風にして進むのです」



 そう告げると男はニコリと笑い部屋を出ていった。彼はヘレスの調子如何にペースを合わせられる数少ない人材だ。それ故ヘレスも安心して依頼出来る。

 彼が去った後、移住希望かつ探索者志望に絞ってもう一度リストに目を通す。探索者カードから分かるのはカードを作成した日から今日に至るまでの来歴だけだ。したがってそれより前の情報は記載されない。

 

 この世界における探索者のカーストは低い。命を賭けずとも生きていく方法はこの世にごまんとある。商会、生産者、国仕え、御者、なんでもいい。長生きしたいのならば命の危険が無い仕事につくべきなのだ。命を賭け続けねば生きていけない人生とは全く健全でないと言うのが一般論だ。

 だがそれは選べる側の理屈である。彼らからすれば、望んでやるなら愚か者、望まずなるなら不幸者だ。外から探索者を見る視線はいつだって冷笑と嘲笑ばかりである。

 だがそれは15年前までの価値観である。ヘレスはそのイメージを完全に払拭するつもりでこの座に就いたのだ。かつて嫌悪と皮肉、嫌味でもって『品行方正』と呼ばれていた『ダイダロス』を世界に通用するダンジョンタウンとして立ち直らせた。

 ならば次は、この街が全てのダンジョンタウンの模範となる未来を目指す。世界の目がここに集まる、そんなダンジョンタウンを造り上げるのだ。

 その為にも7階の攻略は必須。現在ヘレスが知る限り最も探索深度が深いダンジョンは8階に到達している。せめてそれに追いつかなくては攻略最先端の地とは言えない。

 ヘレスは笑った。それならば問題はない。自分の在籍期間中に成し遂げられる公算だ。彼女の頭の中には嵐を乗りこなす算段ばかりが渦巻く。そして今から行うのはその一歩目である。



「さて、思い付きですがうまく行きますかね。まぁダメで元々、期待せず参りましょう」



 机に各種書類をしまい込み錠を2つかけ、鞄を持ったヘレスが席を立つ。

 向かうは『徘徊者』の家。家族団らんに水を差すのも気が引けるが、予想では会話が停滞している可能性が高い。少し様子を見に行くべきだ。

 それにリナは国の使者、どうせなら今回の事実も纏めて持ち帰ってもらう。このタイミングでリナを寄越した『国』の思惑など知ったことではない。精々情報の洪水に混乱すればいい。

不敵な笑みを溢し、ヘレスは部屋を後にした。


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