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家庭の危機急接近

 死者の復活、意思疎通可能なモンスター、『商会』支援の元約束された地上での生活。全てのダンジョンタウンが新たな真実に動揺する中、『ダイダロス』は他国から見れば不気味な程に何も起きていなかった。

 全てがあり得ない。あり得ない事が連続しているにも関わらず『ダイダロス』は平和だ。隣人にモンスターを迎え入れたと言うのに、誰一人として取り乱さず日常を謳歌している。

 外からこの街に来た者は誰もが青ざめ、口を揃えてこう叫ぶ。



 「どうしてモンスターが隣にいて平気な顔をしている!?あの街の住人は狂っているのか!?」



 それが正しいか誤っているかはさておき、事実として誰もあのモンスターを忌避していない。

 一度でも見れば震えが止まらなくなるほどの恐怖を感じ、足が竦むあの怪物を誰も怖がってない。それどころか子供が近寄る始末。人間の背丈を大きく超えた怪物騎士にだ。

 それどころか怖がる者を見れば「あぁ、他所から来た人か。すごいだろ?」と自慢までする始末。情報収集の為に飲み屋街で聞いても「例の報告書を読んでねぇのか?」と怪訝な目で見られるばかり。

 わざわざ遠方まで調査に来た者達だ、そんなものは読んだに決まっている。一字一句見逃さず、大筋なら暗唱できるほどに読み返した。読んだ上で訳が分からないのだ。

 中身は14歳の子供?国一番の騎士と一心同体?死後蘇った?そんな世迷言を誰が信じられるというのか。

 モンスターはモンスターだ。人に狩られる、あるいは人を狩る為ダンジョンの中にだけ存在する怪物の総称。それ以外のものではない。

 何よりあれは『禁忌』だ。モンスターを地上に連れ出すのは全ダンジョン共通の『禁忌』に抵触する筈だ。いくらダンジョンごとに『禁忌』が異なるとは言えど、それは全てに共通している筈だ。

 なのにそれに伴う厄災が発生している様子はない。そこまで考え付いてようやく「まさか、あれがモンスターとみなされていないからか……?」という考えに辿り着く。そして公開された情報からその中身が本当に人間であると、少なくともこの街の人間達はそう判断していることを理解してしまう。

 この時期はまだ他国からの来訪を制限しておらず、来ようと思えばどの『国』の人間でも来ることができた。そして街の様子を見ては皆化かされたような顔をしてまた『国』へ帰る。



「あまりに多くの所作が人間であることを主張している。否定材料もあるにはあるが、『ダイダロス』の人々は受け入れていた」



 『ダイダロス』を訪れた全ての『国』の諜報員はそう報告するしかなかった。

 モンスターが地上に現れたのだ。騒動が、暴動が、混乱が、絶望が巻き起こっていると考えるのが普通だ。なのに次々に寄せられる報告は安定して穏やかで平和なものばかり。

 これではモデルケースとして参考にならなすぎる。常識で考えればこんなことを国民が受け入れてくれる筈がないのだ。

 死後モンスターになるかもしれない、死者となった愛しき人が帰ってくるかもしれない、モンスターと共存できるかもしれない。そんな()()()を吐く人間が大勢現れ『国』を大混乱の渦に陥れる。それが予想されるごく普通の反応だ。

 この結果に各国の首脳陣は長い間頭を抱えることになる……。










 そして『ダイダロス』にはもう一人、極限まで追い詰められて頭を抱えている者がいた。『徘徊者』その人、ないし中の人リューベルである。



「えー……とね……ママが一度会っておきたいって言うから、サプライズも兼ねて、的なね?」



 ミリアムの言う来訪者、それは彼女の母親にして『国』の財務官を務める『リナ・ミラン』であった。

 濃紅の髪はミリアムと同じ。日差しを浴びることが少ないのか肌は真っ白で指は細く、箸より重いものを持てないと言われても納得してしまいそうな印象を受ける。

 ミリアムが纏う活発な動の気配とはまるで違う。静謐を身に纏ったかのような女性であった。



「どうして……彼は正座を?」


「(そ、そうしなければいけない気がして……)」



 中の人である少年は必死に何を言うべきか思考を回していた。何から話せばいいのか、何を話していいのか分からない。お茶と菓子の用意はできても弁明と謝罪の文言までは用意していなかった。必要になるとは露ほども思っていたのだからこれも仕方がない。

 何から始めるべきか。始まりは死後モンスターの身体になって娘さん、ミリアムさんの腕を斬り飛ばして瀕死にしたことから始まります。そこから交流を重ねて友達になりました。

 その後いつの間にか同じ体に同居していた旦那さん、リューベルさんに手伝ってもらいながらダンジョンを駆け巡っていました。リューベルさんは最初ミリアムさんが娘だって気づいていませんでした。その後は旧知のヘレスさんの協力もあってこうして家を頂くことになりました。連絡手段が無かった為伝えることができませんでした。

 残念ながらどこをどう切り取っても、奥様の逆鱗に触れるとしか思えなかった。


 そして奇しくもリューベルも同じく頭を悩ませていた。

 今更どの面を下げて妻に会えばいいのだろうかと考えていた所に、まさか向こうから会いに来てくれるとは思ってもみなかった。嬉しさの反面、ノープランでいたために何を伝えればいいのかも分からないままだ。

 何から言えば悲しませないだろうか。何から言えば怒らせてしまうだろうか。何度考えても答えは出ず焦燥が募るばかり。夫として、親としての経験が浅いリューベルにとってこの状況は未曽有の危機にも等しい状況だ。これならばまだ兵隊崩れの野盗10人を相手取った時の方がまだ緊張しなかった。

 たった一度の失言が、自分のアイデンティティを崩壊させる一言を引き出すのではないかと恐ろしくて震えている。

 そう、彼女に離婚を切り出されるのではないかと。



「(今離婚の心配っ!?そんなこと言ってる場合じゃなくないですかっ!?)」


「(そんなこととはなんだ少年!!私にとってリナは初恋で、妻で、世界で一番愛している人なんだ!!彼女から離婚を、ミリアムから離縁を切り出された日には私は……私はぁ!!)」


「(いや離婚とかそういう問題じゃなくないですか!?リューベルさんもう鬼籍入ってるんだから結婚解消されてるでしょ!!)」


「(細かいことだがな少年。君の言う離婚届というものは存在しないんだ。代わりに婚姻解消、結婚そのものを無かった事にする法手続きがある。つまり配偶者の死後、婚姻解消の届け出をしない限り関係は継続されるんだ。……少年、私に代わって届け出てないか聞いてくれ!頼む!!)」


「(この流れで聞けるかぁっ!!ミリアムさんには変な意地張って話さないくせに何でお嫁さんにはそんな弱気なんですか!!)」


「(それは……ほら、ミリアムも私も心の準備が……それに今は少年が主導だし、私の思考はあの子に伝わらないんだからしょうがないだろう……!?)」



 少年の思考だけがミリアムにビシビシギャーギャーと届く。なんとも寸劇の様で笑ってしまいそうになるが、すぐに申し訳なさが勝ち苦笑いとなって表情に浮かぶ。

 今は恐らく父親(リューベル)と口論になっているのだろう。時折出てくる離婚だの結婚解消という言葉から、父も母や自分のことをずっと気にしていたのだろうと容易に想像がつく。

 この世界では配偶者の死後、即結婚解消とはならない。当人の婚姻解消届を『大教会』に提出し、正当に受理されることで初めて解消となる。受理されればまた改めて他の人と結婚することができる。解消しないのは操を立てているか、あるいは余程事情が込み入った人間だけで、ある程度心の傷が癒えてから解消の届け出を出すのが一般的だ。

 そんな父が死んだのは今から17年前。それだけの年月が経つと流石に解消されているのが一般的ではあるのだが、それを少年を通じて聞き出そうとしているらしい。

 ミリアムは自分の知らない父親の一面が見れて嬉しいような、母に愛想をつかされているのではないかと怯えているのが情けないような気がした。

 それはそれとして、自分達との馴れ初めは文字通り血の流れることもあり物騒な話が多い。実際それを聞いた母親(リナ)はショックで倒れたと聞く。しかし改めて言葉にするとなるとどこから話せばいいのやらわからない。

 腕を斬り飛ばされたり、自分達に殺す気で稽古をつけたり、次に会った時は地上で大勢の探索者に殺意剥き出しで囲まれてたり、そして気が付けば同じ空間で茶をしばいている。不思議なこともあるものだ。



「ミリアム。彼はなんと?」


「えっとぉ……何から言えばいいのかなぁー……」


「ありのままで構いませんよ」


「じゃあ、友達の方はまず何から謝ればいいのか悩んでる。パパは多分、ママが婚姻解消してないか凄く気にしてる」


「(ミリアムさんっ!?)(ミリアムッ!?)」



 リナは「そうですか……」とだけ答え静かに席へと座り、フェニエが注いだお茶を口にした。正座するモンスターを前に肝が据わっているのか、あるいは違う所に関心が向いているのか。

 ケインとクローカ、アジーはあまりに静かな着席に反応することができず固まっている。

 一国の財務官と会うだけでも中々ない体験だと言うのに、それが仲間の母親で、しかも推定修羅場である。一体どんな発言をすればいいのか見当もつかないのだ。



「ミリアムのお友達、なんですよね?なら……あまり堅苦しくされても、困ってしまいます」


「(そ、そう仰るなら……)」


「婚姻解消は、していません」


「(よぉっしッ!!信じていた!私は信じていたよリナの愛を!!)」


「(じゃあ聞かないで下さいよ……)」


「(愛と現実は違うからな。同調圧力でやむを得ずと言う可能性もある。その時は関係者全員詰めに行くので是非協力してほしい)」



 これには少年も半分呆れて(考えておきます)とだけ伝えた。

 しれはそれとして、改めてリナ・ミランと向き合う。今の『徘徊者』は緊張で目が強めに光り、指先が僅かにカタカタと震えている。

 例えるなら友達に失礼を働いたことをしばらく経って忘れかけていたところに突然その親が、それも国仕えのお偉いさんが出てきた心境だ。

 突然「娘に無礼をしたんだって?この家取り上げるね」と言われても不思議に思わない。しかし目の前の彼女は何も語らず、目の前に亡くした夫がいる筈だというのに静かに座ってお茶を口にしているだけだ。

 彼女が何を考えているのか分かる人間は本人を除いて誰もいない。彼女が言葉を口にするのを皆が待っていた。



「ミリアムが元気そうで、本当に良かったです。いつもとっても無茶をするから……」


「ご、ごめんなさい……」


「あーっとですね。その、ミラン財務官は一体」


「リナでも、ミランでも結構ですよ、アジーさん。役人として来たわけではありませんから」


「そ、そうすか。んじゃあ、ミランさん。その、今日はどうしてこちらに足を運ばれたんです?ああいやご息女を大事に思ってんのは分かります。ただ『波』直後の財務って死ぬ程忙しかったと思うんですがね」


「仕事のことは、お気になさらないでください。もう2か月、落ち着くには十分な時間です。ただ一目、お会いしたかっただけですので……」



 一目見たかった。彼女はハッキリとそう言った。言葉にすれば至極単純なことである。あまりに単純であるがゆえにその言葉は全員を困惑させた。

 アジーは知っている。『波』直後の財務は目が回り過ぎて前後不覚になる程多忙を極めるのだ。品質検査を終えた大量のモンスターのドロップ品の買い付けとその決済。それが終わったら国外への輸出品項目の整理。その計上が終われば国庫の資産管理。他部署から急かされながら予算の振り分け。

 他国の『波』に合わせた紙幣価値の管理も彼らの仕事だ。つまり収入と歳出が増えれば触れるほど彼らの仕事は膨大なものになる。今日だって経験豊富な財務担当が1人抜けるのは決して楽ではない筈。

 だがそこまで考えてアジーは思う。モンスターがお膝元に家を建てるとなったらそりゃあ誰か寄越す、むしろ遅いくらいか?と。



「(……感覚麻痺してたけど、確かに市民権を得たコイツに会うのも『国』の仕事としては最優先事項だ。そう考えると送る人材も適切だと思う。疑う意味はあまりねぇか……?)」



 それにしたって、普通の親ならとりあえず状況を分かりやすく説明しろと求めるものだ。たった1人の大切な娘が、美名か汚名かはさておき歴史のそこら中に名を残し続けている。もはやわんぱくを通り越して縦横無尽だ。

 しかし当のリナ・ミランは席に着き、フェニエが淹れたお茶を静かに飲むばかり。彼等に何かを聞き出そうとはしていない。それが却って彼らの不安を引き立てている。

 そうして訪れた少しの沈黙の後、リナ・ミランが口を開いた。



「そう怖がらずとも……この機会にミリアムがお世話になっている皆さんに、一目お会いしたかったんです。それと、彼にも……」



 ミリアムと同じ橙色の瞳が静かに『徘徊者』を映す。その色はどこか心配そうな、まるで子供を心配する親のそれだ。

 内心でリューベルが(リナ……まさか、私はついでなのか……?)と愕然とし、少年が(ちょっと静かにしててください)とシャットアウトする。

 正座のまま『徘徊者』は出来るだけ言葉を選び、自分に対する印象を伺うことにした。



「ここからは翻訳するね。……はじめまして。リューベルさんにはいつも大変お世話になっています」


「あら……とても礼儀正しいのですね。初めまして、リナ・ミランと申します。貴方のことは何と呼べばいいのでしょうか」


「『徘徊者』で大丈夫です。あの……怒っていますか?」


「怒る……?」


「沢山あってどれから言えばいいのか。ミリアムさんを傷つけたり、黙ってリューベルさんと一緒にいたり、地上で騒ぎを起こしたり、色々と。沢山迷惑をかけたと思います」



 少年から見てリナ・ミランは「友達の偉い母親」兼「同居人の奥さん」である。社会経験もこれからという少年からすれば、どう接すればいいのか皆目見当もつかない。

 しかし無関心でいると言う選択肢はあり得ない。まず謝らなくてはいけないことが山ほどある筈なのだ。

 自由意思がなかったとはいえ出会い頭にミリアムを斬りつけ、すぐにでも駆けつけたかったであろうリューベルをダンジョンに縛り付け、『国』の中枢部にまで届く大騒ぎを引き起こした。

 いずれも少年の意思でどうこうなる問題ではなかったかもしれない。しかしもし仮に少年がモンスターの身体の中にいなければ、リューベル一人だったら。彼は迷わず地上に飛び出てリナ・ミランの元に駆け付けただろう。

 それをしなかったのは長い間少年を内から見届けたいと思わせる程の深い情があったからだ。それを否定するのはあまりに酷なことだと理解している。少年は自分が自分であろうとしただけ、だが結果的にリューベルは地上に出ることをよしとしなくなった。

 とはいえリューベルには他にもダンジョンに続ける理由があった。地上で真実を知るのが恐かったのも理由の一つではある。

 だが同居人である少年を放っておくのは、騎士として、男として、親だった者としての矜持が許さなかったのだ。彼自身の選択でダンジョンに居続けると決めたのも間違いない事実だ。

 それを受けてリナ・ミランはというと、その瞳は涼やかだった。気にしている様子は一切見受けられない。



「報告書は読んでいます。どれも貴方の意思で左右できる事柄では無かった、と理解しています。謝ることではありませんよ」


「そうよ、結果的にみんないい方向に進んでるわけだし!あんまりクヨクヨしないの!」


「リューベルの生存……はしてませんでしたね。蘇生……も違いますね。転生?についてはとても驚きました。夫は元気にしていますか?」


「そりゃあもう。私達4人相手取って手加減する余裕あるくらいに元気よ、パパは」



 少年の内側でリューベルがギクリ、と固まる。かつてダンジョン内で4人に正面から戦いを仕掛け、結果的に怪我はなかったものの少なくない恐怖を与えた張本人だ。

 しかも立て続けに多くの出来事が巻き起こったせいでリューベルもすっかり忘れていたことだが、流れでケインの剣をへし折っている。その謝罪すらしていないのだ。この件について言い逃れは一切できない。胸中に向けた少年のジトリとした視線が突き刺さる。



「まぁ……戦ったのですか?凄いですね。リューベルの手合わせと言えば、屈強な騎士隊でも震えあがるほどというのに」


「そんなアレな人だったんすか、リューベルさんって」


「失礼ながら、昔から人間離れした噂ばかりだぞ。素手で鎧貫いたとか、現れただけで山賊が悲鳴を挙げて降参したとか、営巣入りして鎖で縛られた時は素手で引きちぎって脱出して、飽きてまた帰ってきたとか」


「概ね真実です」


「嘘と言ってほしかった……」



 そんなバカな……彼らは涙を流しながら喜んでいたぞ……!?というリューベルの言い分をやはり無視し、少年は少しだけ考える。

 あまりに冷静すぎる気がする。20年近く前とはいえ、死んだ愛する人が目の前で生きているとくれば普通は狂喜乱舞するか、死者が蘇ったと怯えるか、どちらにせよ感情が乱れるくらいはすると思う。だというのにこの人は静かだ。まるで深い海の底にいるかのように重く動じない。

 少年はまだ幼く純粋だった。20年という数字は感情を尽きさせないものだと信じている。彼女の心が水を失い枯れた木のようであるとは想像できなかった。


 そしてもう一つ。この人若すぎない……?という大変失礼な疑問だ。

 リューベルが享年25として、そこから17年以上は経っていると聞いていた。無礼は承知だが、自分の常識に当て嵌めればこの人の年齢は40を超えている筈。

 しかし彼女の外見はそれとは明らかにかけ離れている。ミリアムとは姉妹だと言われても疑わない。大袈裟に言えばミリアムとそう変わらない年齢にすら見える。背は流石にリナの方が高いが。

 違うのはミリアムの活発なものとは相反する静かな、悪く言えば陰気な気配。日々徒手格闘でモンスターを破壊しているミリアムとは正反対である。

 身に纏う気配はともかく、外見については文字通り魔法でも使わなきゃ説明がつかなくない?と感じた。そしてドがつくほど失礼なことを考えているのは本人に筒抜けである。



「悪かったわね、素手でモンスターを破壊する野蛮な女でっ!……でも意外、アンタそう言う目で人を見れるのね」


「リューベルですか?」


「ううん、友達の方。ちゃんと人間らしい感性を持ってて少し安心」


「(そうだろうそうだろう、リナは綺麗だろう。私の思い出の中にいるリナと全く相違ない……だからこそ、今日この日までどんな生活を送っていたのか、聞くのが恐ろしいよ……)」



 リューベルの脳裏には恐ろしい想像が繰り広げられている。自分を喪い2人きりとなった妻子が今日まで、どれほどの苦労を重ねて今の状況になったのか、考えるだけでも恐ろしいのだ。

 そもそも生活するだけならリナの稼ぎだけで十分の筈。高給取りの自分が死んだからと言って貧困に窮するとは考えにくい。

 にもかかわらずミリアムはリナの元を離れダンジョンタウンで一人暮らしをしていると聞く。一体どうしてそんな生活を送っているのか、しかしそんなことを聞く権利が自分にあるのか。

 今日からまた君達を護る為に生きていく。そう言えたらどれ程良かっただろうか。モンスターの身体、同居する精神、政治的状況。全てがその美しい提案を不可能にしていた。

 少しずつ心に暗い影が落ちるのを少年は鋭敏に感じ取っていた。リューベルの心は自分の心でもある。意を決して少年はミリアムに言葉を投げかけた。



「(ミリアムさん、少しいいですか?)」


「ん?どうしたの?」


「(どうしてミリアムさんとリナさん、お2人は別々に暮らしているんですか?)」


「(少年!?)」



 少年は躊躇わなかった。少しの躊躇いが沢山の悲しみを産むことがあると知っているからだ。

 病気を伝えない(言うべきか)それを聞かない(聞くべきか)表情から察する(するべきか)。それらをあえてしない優しさと悲しさを、少年は痛い程知っている。

 彼らはまだこの世界で生きて言葉が通じる場所にいる、だったらせめて後悔はなくすべきだ。記憶と向き合い固い決心を貫こうとする少年に、ミリアムはただならぬ覚悟を感じ取った。



「そう、そうね……うん、聞いてもらった方がいいのかな。ママはどう?話してもいい?」


「大丈夫ですよ。……ふふ、彼は凄いですね」


「あ、やっぱり分かる?」


「えぇ。リューベルだったら聞けないでしょう。私が傷つくのを一番に、誰よりも怖がっていた人ですから……」



 リナ・ミランはおかしそうにくすくすと笑う。ミリアムに似た顔でそのような笑いをする姿に、少年はほんの少しだけ緊張してしまう。

 それを感じた内側のリューベルと外側のミリアムの視線が同時に突き刺さる。ミリアムに関しては自分に似ていると言う点で嬉し恥ずかしだが、リューベルのそれはただの大人げない非難である。



「そうですね……分かりました。ではあれからの日々を、少しだけ話しましょうか……」


「大事な話になるよな。俺達はお暇すっか」


「そうですね。ではミリアムさん、また後程」



 アジーの言葉を皮切りにケイン、クローカ、フェニエの4人が立ちあがる。

 これから大切な家族会議が始まる気配を察した。となれば配慮は必要だ。



「気にしなくていいのに」


「流石にな。そんくれぇ弁えてるよ」


「えへへ、ありがと。じゃあまた後でね!」



 そう言って4人は『徘徊者』の家を後にする。

 残されたのは強制的に逃げ場を絶たれたリューベルと、そしてやることはやったと満足気な少年。そして笑顔で彼と向き合うミラン妻子だ。



「彼らの手前言えませんでしたが、今日まで会えなかったことは本当に寂しかったんです……私達のことはもう、忘れてしまったのかと……ふふ」


「(ちっ、違うぞリナ!2人を忘れたことはひと時も無かった!本当だ!)」


「(僕になるべく不安を与えないようにあえてのことでもありまして……お手柔らかにお願いします)」


「まっ、その辺も踏まえて沢山話しましょ。アンタからすればとばっちりかもしれないけど、そこは一蓮托生だから我慢してねっ」


「(ミリアムさんのそういう所好きだなぁ)」



 これから始まる家族会議という一大イベント、初めて遭遇する少年は少し浮かれて望むのだった。


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