59 波を終え、嵐に備える
「戻りました。私含め4人共無事です」
4人、ヘレスは確かにそう言った。地上ではモンスターを可及的速やかにダンジョンへと送り返そうとしていた彼女が、不確定要素の塊として警戒し排除すらも考え続けていた彼女が『徘徊者』を人として数えたのだ。
つまるところそれは、彼を街に受け入れる覚悟と準備が出来たと言うことに他ならない。
溢れ出る血の対処はどうするのか、活動範囲はどの程度か、中の人への詮索は控えるべきか。
不確定要素の塊である『徘徊者』を受け入れるに至ったのは何故か。受け入れたメリットが大きいからか、あるいは排除するデメリットが勝ったか。
いずれにせよ、この街が取る方針は決まった。これから時代は彼と共に激動を歩むのだと、ここにいる探索者達は向かえ入れる覚悟を決めた。
そしてその時代を共に往こうとする学者もここにはいる。
「彼が理性を持つモンスターか……失礼、少し彼と話をしても?流石に好奇心を抑えきれん」
「設営準備と彼等への対応に少々時間を頂くので、それまでなら。できる限り本人の意思を尊重してください」
「言うに及ばん、感謝する。アティアムも来たまえ、これは一生に一度の刻だ。1秒も無駄にしてはならない」
「はい教授。初めまして、我々は何とお呼びすれば……」
到着後早々、緊張の面持ちで待っていた商会と協会職員が各々行動し始める。
商会職員は調書を作成する為の簡易テーブルと椅子の設営、及びメンバーや機材の最終動作チェック。前者はケインとアジーが、後者はクローカが協力して回る。
ダンジョン協会職員達は事前に用意していた質問票の最終チェック。これらをスムーズに行う為にミリアムと打ち合わせ。ヘレスもここに立ち会う。
護衛探索者達はその間手持ち無沙汰だが、ここで全員が情報共有を行う。主にウーズとコウランの顛末についてだ。
全員が訝しみ、特にヴァズは大きく声を荒らげた。
「今日はごめん。皆に迷惑をかけた」
「大騒ぎにしやがって……記録前で内々に治まったからいいものの!何でそういう大事な事先に先わねぇんだこのバカ坊主!」
「追い詰められてそうしたという状況が必要だったんだよ!ここ最近俺達の立場は何もかもが急激に変わろうとしていて……皆怖がっているんだ。俺達はそれを導かなきゃいけない……!」
モンスターを狩って生活をしている探索者は非常に多い。それ以外で生活をしている人間は稀だ。
そして強くなれば稼ぎも増え、稼ぎが増えれば自信を持つ。そうしたサイクルの繰り返しの中で歪みが出る者がいる。
モンスターを殺す事に意義を見出し、自分は偉いことをしているんだと錯覚してしまう者だ。コウランは仲間に対しこれを決して許さず、何度も矯正してきた。
それでも尚無くならない。モンスターと戦い強くなることが目標である『金剛石』にとって強いことこそが大正義。そう信じて憚らないものは多い。
そして追い詰められ方としては『命綱』の方が致命的だ。彼らは危険なダンジョンから人を救い出す為に結成されている。その理念はモンスターが敵であることが大前提だ。たとえ個人がどう思っていても、声を大きくする彼らにとって『徘徊者』は異物でしかない。
モンスターは人を助けない。たとえどれほど実績があっても覆してはならない。7階捜索時に彼と他を見分ける術は存在しない。一瞬の迷いに繋がるなら分別するべきではない。
一見して正論だが、その論理では悪人と善人を区別することも出来ない。相手がモンスターという絶対悪だからそう言っているだけだ。
全員が口を揃えているわけではない。しかし2人のパーティは理由こそ違えど、構成員の立場が大きく揺らぎ不安に揺れているという点で共通していた。
「そりゃあそうかもしれませんが、アンタらの命まで使うこたぁねぇでしょう?それこそ取り返しがつかん。それとも、『金剛石』はそこまで追い詰められているってことです……?」
会話に立ち会っているヘレスはとても渋い顔だ。これまで2人からそういった報告は何も受けとっておらず、概ね順調であると考えていたからだ。
しかしそれは問題が表面化していなかっただけでしかない。若い彼らへ経験や時間に見合わない立場を与えたことで、まだ判断を仰ぐという冷静な選択肢を取ることができなかった。そのような状態でギルド化や『徘徊者』の受け入れを推し進めていたことが、ここでようやく判明したのだ。
そして彼らからは、表立って言わなくなっただけで『徘徊者』への敵意が消えたわけではないことを改めて知った。
「この間まで何も知らずに馬鹿にしてた奴が、自分達の敵だと疑わなかった奴が、突然街の人気者になったらいい思いはしないんだろうな……俺じゃないよ!?」
「分かってるわそんくらい」
「そっか。……このままだと『徘徊者』どころか、受け入れに賛成している人にも何かするんじゃないかと気が気じゃない毎日だ……だから、俺達がどうにかしないとって。ごめんなさい会長。俺じゃ力不足だった」
「……この度は大変申し訳ありませんでした。如何なる罰も受ける所存です」
コウランとウーズは揃って皆に頭を下げた。その姿からは悪意や私欲でこのような状況を作ったわけではないように見られる。
2人が置かれている状況は深刻なものだ。日々声を荒げる仲間に対応し、任された仕事に責任を果たそうとした結果行きついたのが今この状況だ。
責めるには彼らはあまりに若い、それに仲間と街を想っての行動を無遠慮に叩くことは憚られる。かといって咎めないことはあり得ない。こんな暴挙が何度も通されては、探索者を統括するダンジョン協会の信頼が疑われる。
『徘徊者』の未来とはまた別に、ヘレスはここでも難しい舵取りを求められている。周囲の探索者もヘレスの発言を待つべきだと沈黙している。考えている時間はない、ここで決断しなくてはならない。
「……貴方達の行動はこの街の存続を危ぶむ行為でした。商会が強引に決めたこととはいえ、今やそれは街の決定となりました。これを反故にすることは、この街に反旗を翻すことに等しい」
「仰る通りです」
「互いに死ぬことも無く、結果だけ見れば望んだ物は得られたでしょう。ですが貴方達が殺すか殺されるかしていたら、事態はより悪化していたでしょう。それもこれも私に何の報告もしなかったこと……貴方達が「もう無理だ」と言うことができない環境を押し付けてしまったことに起因します」
街の未来を明るいものにするはずが、この街の陰を浮き彫りにしていた。
ヘレスはこの街を治める者として大多数が納得できる道を常に模索しなければならない。そうして一つの結論に至った。
「コウラン、ウーズ。貴方達を『ダイダロス』初のギルド代表に推薦していましたが、取り消します。今後はまた1パーティのリーダーとして活動しなさい。新代表はこちらで選定します」
「はい」
「分かりました」
「予定の早倒し以外に実害が出ていないのは幸運です。ですが今後同様の事態を防ぐためにも罰が要る。内容は地上に戻ってから、前例と規則に則り決定します。そして……罰を与えるからには、この事件を公のものにします。経緯から行動、結果まで余すことなく全てを」
ヘレスは決心した。彼らの行動を決して無駄にはしない。この事件はこれから始まる歴史における重要な転機、その最初の未遂事件として、誰もが詳細を閲覧できるようにする。
良かれと思っての悲劇をこれ以上生まないために、そして何より彼らが望んだように教訓とするべきだ。
『徘徊者』にまつわること全てが、この時代に作られたもの全てが後の『ダイダロス』の行く末を左右する前例となる。
彼らはその1ページ目の不名誉として、未来永劫その名を刻むだろう。それこそ彼らが望んだ教訓として、たとえ2人が死んでもその名が忘れられることはない。
だがそれは罪人としてではない。あくまで前例として、二度と同じ過ちを繰り返させない為の措置だ。
「これから貴方達が要職に就くことはありません。カードにその旨を記載する為他国に行っても同様です。立身出世など見込めないと考えてください」
「コイツらには何の罰にもなんねぇだろ」
「これは行動に伴う副次的な罰です。実際には地上にいる彼等の仲間達への楔です。敬愛するリーダーの信頼を失墜させたのが何かを理解してもらう。たとえ逆上したとしても、真実を知った多くの人々は彼らの怒りを肯定しないでしょう」
彼らの派閥は素行や内面はどうあれ高い実力を誇る。万が一激昂でもされたら大事だ。
そうでなくても迂闊な対応をすれば不満が爆発し、せっかく築き上げてきた状況が台無しになるかもしれない。
そこでヘレスが選択したのは、彼らの名を貶めることで影響力を大きく削ることだ。
独断専行した2人にはあらゆる要職への干渉を不可としつつ、2人のパーティメンバーにはそれを飲み込んでもらう。
それを屈辱だと受け取り去るのならば構いはしない。この件を着地させる為の必要経費だ。ヘレスは街を最大限安全に治める為にその方針を決定した。
「名声を失って尚2人に続く者こそが、探索者としての本懐を果たす者でしょう。それを見極めることが貴方達の次の役目です。今後も精進するように」
「……ありがとうございます、ヘレス会長」
「お前ら、生涯出世の目が潰えちまったな。ざまぁみろ」
「思ってないくせに。……でも、期待に応えられなかったことは事実だ。『徘徊者』にも謝ってくる。地上に戻ったら、皆を説得しないとだ」
「協力して事態に当たりましょう。もう一度やり直す機会を与えてくれて、ありがとうございます。会長」
緊張していた空気は少しずつ穏やかさを取り戻し、歴史の転換点を迎える準備は恙なく行われる。
この場にいるのは皆ヘレスが直接声を掛けた者、今後の『ダイダロス』が行くであろう方針に賛同の意を示した者達のみ。
まだまだ反対意見も多い。それは決して無くなる物ではなく、これからの舵取りをより難しくするものであった。
ヘレスはこの反対を押し切って今回の計画を推し進めている。それがこの街の未来に必要だと判断し、受け入れることこそが未来に繋がると確信したからだ。
そしてそれが正しかったのかは今日これから行われる聴取の結果と、それを受け止めた民衆の態度によってハッキリするだろう。
「会長。自動、手動調書共に問題なし。マイクの調整完了しました。いつでもいけます」
「分かりました。では始めましょう」
ヘレスが杖をコツと叩く。その音に気付いた探索者達の視線が集中する。
湧き上がる緊張と焦燥を押し殺し、ヘレスは宣言した。
「現時刻を以てこれより『徘徊者』への聴取を行います。総員、配置につきなさい」
聴取担当にはヘレス、ヴァズ、そして魔術師の2人。
周辺には万が一に備え探索者が控え、出入り口である扉の前にも陣取って外部からの妨害に備える。
ダンジョン協会職員は座席に着き事前に用意された質問票、そして返答を記入する為の用紙を用意して待つ。
そして中央にて大型の椅子に静かに座る『徘徊者』。首元から溢れる血を避けるために小さく脚を開いており、威風堂々とはいかないが礼節を以て応対している。
その傍に立つのは翻訳者であり有事の際のストッパー、ミリアム・ミラン。物静かな『徘徊者』の緊張を敏感に感じとっており、肩に手を置いてにっと微笑んだ。
この世界でたった2人、言葉通りの意味で心の通じ合っている2人だけの空気を醸し出す。それを中で見ているリューベルは非常に複雑な思いであった。
職員が録音マイクを起動したのを確認し、荘厳に言葉を紡ぎ始める。
「……これよりダンジョン『ダイダロス』に発生した意思疎通可能と思われるモンスター、呼称『徘徊者』へのインタビューを開始します。質問者代表は『ダイダロス』ダンジョン協会会長ヘレス、並びに同所属探索者と職員。並びに魔術研究所より2名が同席」
「質問方法は口頭。回答方法は血液を共有したことにより意思疎通が可能となった探索者、ミリアム・ミランによる代理返答。記録は音声と用紙筆記による2つ。この記録はあらゆる方法による複製、転写は許可されない。これは『誓約』であることを明言します」
「先の理由より『徘徊者』は質問に対し虚偽の返答は出来ません。したがって黙秘の権利を有します。……このインタビューは貴方の未来を大きく左右します。その事を熟考した上で回答することを推奨します」
「本日行うインタビューは今後の『ダイダロス』、並びにダンジョンを持つ全ての国……即ち世界に示すべきものとなります。その重要性は各々理解していることでしょう。いつかこれを聞く者が同じ境遇となった時、正しき導となることを祈っています」
「主題は2点『彼は何者か』『共存可能かどうか』です。……始めましょう」
ダイダロスの『波』が終息を迎え、街の喧騒も静まりを見せた頃。ダンジョンを抱える各国の上層部、並びに諜報機関へ激震が走った。
原因は言わずもがな『ダイダロス』管理に就く、ダンジョン協会『ダイダロス』支部協会、会長ヘレスの手によって齎された1通の報告書。
人語を介するモンスターの登場。そしてそれに対するインタビュー内容の一部を除いた詳細な記録である。
それを呼んだ諜報員や国家の主導者達は、揃って目を背けていた現実と直視する羽目になった。
報告書の一部を抜粋すると、以下の事柄について詳細に記載されている。
「国家最強の騎士がかつてダンジョン人災で死に、あろうことか死後モンスターへと転生し、身元不明の人間と同一個体に同居し、今は人助けに精を出していて、今後は地上にも進出する予定である」
本来ならば荒唐無稽を通り越し、狂人の戯言にしては手が込んでいると嘲笑われ扱き下ろされても文句は言えない内容。
しかしそれが虚言妄言の類ではないことを彼等は知ってしまっている。『ダイダロス』には人間に友好的な、人語を介するモンスターがいるというのはある程度把握はしているのだ。随分前から裏は取れている。
それを踏まえた上で今回の報告は非常に危険な物だ。迂闊に露見すれば、その街のダンジョン経済を完全に停止させかねないと言えばその危険度が伺えるだろうか。
無論モンスター化したのはその1個体だけであり、他には一切例を見られず条件も不明。現時点では新たなイレギュラー個体の発生は見られていない旨は明記されている。
だが仮にそれが絶対に正しい真実だったとしても、死後の選択肢として「モンスターとなるかもしれない」と人々が知ってしまった時、その混乱は計り知れない。
そんなものは気に留める価値すらない、貰った傍から隠滅してしまえばいい……そうしたい国ばかりであったが、それもするべきではない。
なぜなら、今や全てのダンジョンで『ダイダロス』と同じケースが発生しうるのだ。もしも万が一、今までダンジョンで命を落とした大英雄が蘇る可能性があるとしたら?そうなった時古い価値観のままでは取り返しのつかないことになる。
となれば無視するわけにはいかない。ダンジョンを預かる者達には広く知らせるべきなのは間違いない。
だが大々的に広めてはならない理由もある。大きく露見してしまえば、今度は家族を失い悲しみに暮れる人間がダンジョンに押し掛ける事態へ発展しうるのだ。
見込みは限りなく薄い。でも自分の愛した人だけは……そう願わずにはいられない人は数多くいる。探索者が増えること自体はメリットだが、それよりも大きな治安の悪化を招く可能性の方が高い。
むしろそうなっていない『ダイダロス』と『国』の方が異常なのだ。まだ大きく露見していないだけにしても、少なくとも『徘徊者』の存在は街中で広まっている筈なのだ。だというのに大規模な騒動など起きる気配が無い。
情報を集めに来た他国の人間も口々に、『ダイダロス』の街中では大きな動揺や混乱の兆候は見られないと言う。
一体ヘレスが如何にして情報に規制をかけ、街の住人達を静めているのか。内容が内容故に直接的に聞くのは憚られる、しかし多くの国家が疑問に思っているところだ。
とある『国』の主導者は苦渋を口に含んだような顔で憎しみすら含ませて呟いた。
「ヘレスめ……やってくれたな……」
この報告書は多くの国家にとって劇物であり、しかし備えないわけにもいかない災厄の書に等しい効力を発揮していた。
読んでしまった以上備えないことは許されない。その備えを使うことはほぼほぼない。しかしないとは言い切れない、知識だけでも備えなくてはならない。
大っぴらに相談することも出来ない。するとしたら段階を踏んでからだ。いずれ『ダイダロス』から波及される形で、人々の中に疑念が渦巻く時が来るだろう。
釈明するとしたらその時だ。それまでは公開されるべきではない。ほぼ全ての『国』が取った方針がそれである。
現在、その方針を取っていない国家は現状ただ2つ。品行方正たる『ダイダロス』、質実剛健たる『アトラス』の2国だけである。




