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58 信念の礎

 コウランがゴトリと音を立てて転がる。

 その表情は喜悦に満ちたまま変わっていない。『徘徊者』の背後から撃ち抜かれた瞬間からそのまま、まるで時間が止まったかのようにコウランは呆気なく倒れた。

 『徘徊者』が急いで背後を振り返る。そしてそこにいたのは、ようやく来たりし待ち人。

 ダンジョン協会現会長ヘレス。供もつけず、たった一人で4階の中腹手前まで彼女はやってきた。



「……謝罪の前に、まずは彼らを運ばねばなりません。女一人手には余りまして、手伝っていただけますか?」



 仮にもこのダンジョンを預かる最高責任者が中層とはいえ、彼女が一人で出歩いていることに『徘徊者』の中の少年は思わず面食らってしまう。

 左右を見回しても、前後を振り返っても誰もいない。正真正銘単独で来たようなのだ。

 その様子を見て中身がリューベルではないことを察したのか、僅かな安堵を含めて語り掛ける。



「私だけですよ。皆には安全地帯で要人達の護衛に付いてもらっています。護衛につくと言われましたが、断りました。探索者2人に4階のモンスター程度、束になろうと私一人で十分……それに、その方が都合がいいので」



 その時のヘレスはウーズから見て、今まで見たことも無い表情をしていた。

 目こそ閉じられているが、どこか柔らかい自然な顔。笑顔を浮かべているわけではないが、不機嫌と言う訳でもない。

 いつも見ているヘレスはいつもどこか冷たさを感じる、努めて鉄の女でいようとしている節があった。それが今は無い。若干の気持ち悪さすら覚える程である。



リューベル(あのアホ)は元気そうですか?彼は常にバカをやる側の人間でしたからね。貴方には随分迷惑をかけていることでしょう」



 当の本人である『徘徊者』も、地上で話した時とはあまりにかけ離れた印象に困惑している。

 あの時はとにかく関わるのを最小限に、急いで自分達をダンジョンへ遠ざけようとしていたのが、今はどこか優しさすら感じる。

 とはいえ、今は驚くよりもその意向に従うのが優先。『徘徊者』は石のように固まって動かないコウランを横脇に抱えてからウーズにも手を貸そうと近づく。

 その仕草にウーズは少し戸惑いながらも「大丈夫、自分で立てますよ。お陰様で」と断りを入れて立ち上がる。事実加減されたことで怪我という怪我は全く無い。

 むしろ怪我をしているのはコウランと『徘徊者』の2人だ。コウランに至っては『石化』しておりまともな反応を返すことができない。

 『徘徊者』が心配そうにしているのが伝わったのか、ヘレスは振り返って「すぐ解けますよ」とだけ言って歩くよう促した。



「私達を悪し様に罵倒しないのは、賓客の前だからですか?」


「違います。思い至らない私の不足を反省しているだけです。……コウラン!そろそろ動けるでしょう、楽をしようとするんじゃありません」


「うぇー、バレてる……もう降ろしていいよ、ありがとねぇ」


「……もう大丈夫なのですか?」


「直前で背中に気を回したからね、致命傷じゃない。いや衝撃が抜けて来たの凄いな……生まれて初めてだよ、全力の『錬気』()かれたの」



 自分を抱えている腕をペシペシと叩いたコウランの要望に応えて手を放す。そのままの態勢でコウランは器用に手足を使って着地、そのまま立ち上がって歩き始める。先程までのダメージなどまるでなかったかのように歩き始めた。

 しかし時折おーいててと言いながら背中を伸ばしたり丸めたり、深呼吸をしては時折ゴキゴキと音をさせているところを見るに、まだ回復し切っては無いようだ。

 同時に先程まで敵だった2人が今や微塵も敵意を感じないこと。そして敵意と言うものを意識して感じ取れるようになっている自分自身に『徘徊者』は驚いていた。

 しかしあまりに都合のいいタイミングでの登場、これはヘレス会長の仕込みだったのだろうか。そう考えた『徘徊者』が背後からジトッとした目を向けると、まるで背後に目でもあるかのような反応で振り向き、困ったような顔で返答した。



「そんな目で見ないでください。彼らがここにいるのは独断です。その目的を今更ながら察せたから落ち着いているだけですよ」


「会長にも露見してしまったことですし、順を追って話しましょう。先も申し上げましたが私、ウーズは地上で救助専門。コウランは討伐と素材収集専門パーティのリーダーを務めています。立ち上げからそれなりに長くなりまして、随分仲間も増えました。それこそ複数のパーティを一度に組めるほどです」


「今や彼らは独自に寄り合い所を形成する大規模のパーティです。しかし規模が大きくなるなるからには効率化が必要です。そこで以前から計画していた、目的を同じくするパーティを束ねた『ギルド』という制度を導入することに決めたのです。初代代表はそこの2人ですよ」



 それを聞いてこの世界ではまだギルド、組合の概念が浸透していなかったのだと『徘徊者』は理解した。

 少年にとっても少し齧った程度ではあるが、MMO等では入るだけでも恩恵があったり、ギルド専用の倉庫や売店が使えるイメージを持っている。

 世界には探索はしたくないが、ダンジョンに関わってみたいという人も大勢いる筈。会社の様にギルドを勤め先とする、つまり雇用が生まれることにも繋がるだろう。

 話を聞く限り既にダンジョン協会のキャパシティは限界に近いようだ。ならば業務委託という形で協会からギルドに予算を回して仕事を依頼する、謂わば下請け会社のようなものが生まれるのかな?という認識をしている。

 少しずつ、現代社会の枠組みに当て嵌めつつ『徘徊者』の中でヘレスのやろうとしていることに納得と理解が及ぶ。差し詰め彼らは『救助隊』と『冒険者』と呼べるものになるだろう。

 それを内側で聞いていた『リューベル』は少年の暮らしていた現代における教養の高さに舌を巻いた。15にも届かない少年がその一端とはいえ社会構造を理解しているのだ。同じ頃の自分は振り返るも、当時は騎士成り立てで遠慮が分からず手合わせで上官をボコボコにしていたことしか思い出せない。

 ちょっとした恥ずかしい歴史を記憶の隅に追いやりながら、リューベルもまた知り得る探索者の知識と照らし合わせて問題を検証している。

 互いの知識を共有し、いざという時すぐ意見提案ができるようにするためだ。



「その『ギルド』制度なんだけどねぇ……ほら、俺達言うなれば武闘派と救助派の筆頭になるわけで。このままじゃ君との折り合いが悪いんだ。どうせ君のことが嫌いな人間はいなくならない。モンスターっていうのは普通人を襲うもんだからね」



 少年は何となく、懐かない野生動物を凶悪にしたら自分になるのではないかと置き換えた。

 動物は滅多なことでは住処を離れて出てはこないが、万が一出てきたら街を挙げての大騒ぎになる。動物なら逃げることもある。何事も無く騒ぎが収まることもあり得るだろう。

 だがモンスターは原則逃げない。その命尽きるまで人を襲う生き物だ。

 対話は出来るかもしれない。害はないかもしれない。有益かもしれない。だがそれらは全て仮定と自認の話であり、客観的に見れば突然豹変して襲い掛かるかもしれない怪物だ。そんなものが街中に野放しとなれば、絶対一緒には生活したくないという意見が出るのはごく自然なことだ。むしろある程度受け入れる下地ができている『ダイダロス』の方がおかしいとすら言える。



「だから俺達リーダーが代表して先に戦って、負けたって結果を先に作っておきたかったんだよね。……最悪の話、俺達が死んで理解してくれるんならそれでもよかった。あっ、もちろん進んで死ぬ気はなかったけどね!でも会長ならきっとうまく抑え込んでくれる」


「彼らは、この街はもっと先に進まねばなりません。7階を超え8階へ、あるいはその先へ、私達を礎に……彼等もきっと理解してくれる。貴方や会長からすれば大迷惑でしょうね。ですが私達にとっては重要なことで、必要な事なんです」


「例え俺達が死んでも、俺達の信念と誓いは受け継がれる。それこそ、この前君が教えてくれたようにね」



 始まりは互いに1人だった。あらゆる苦難を乗り越え強くあろうとする信念、どれほど困難でも人を救う理念から始まり、少しずつ賛同者を増やしてきた。

 自分達への憧れからパーティを組んだ、そういう人達と手を取り合い一丸となって活動してきた。『ダイダロス』は他所に比べて探索者への福祉が手厚いこともあり、その繰り返しでこの街の探索者達はドンドン強くなった。

 だがそのペースはあまりに早く、気づけば自分達にもどう動かせばいいか分からない程大きな集団へと変化していた。

 始めの内は確かに喜んでいたのだ。探索者が強くなればそれだけで街の戦力になる。強くなればより深部を目指せる。そしうてこの街はダンジョンを糧に育っていく。

 だが今の集団化したパーティには肝心なものが足りていない。大きくなるのが早すぎるあまり、骨子となる筈だった理念がまだ浸透していないのだ。



『モンスターが人間のフリをして愛想を振りまいてる』

『醜く悍ましい。見るに堪えない』

『地下から出てきて欲しくない』



 奇しくも2人はほぼ同時に、仲間だと受け入れた彼らが『徘徊者』を大声で貶めそれを恥じてもいない所を見てしまった。

 どんな理由があれども善行を積む者を、誰かの為に生きようとする者を、命を救う者を愚弄するなどあってはならない。

 そこで気づいたのだ。自分達は彼らに、本当に大事なことをまだ何も伝えられていなかったのだと。



 強くなりたいのならば、向き合うべきはどこまでも己。

 救うと決めたのならば、己を律し惑わない。



 パーティ立ち上げの時に掲げていた筈の信念。それはいつしか彼等を強くする事、纏め上げることばかり考えるようになって、その想いを正しく伝えることに手が回らなくなっていた。

 自分達がしたかった事。そうあるべきだと信じ誓った大切なもの。それらを蔑ろにしてギルドリーダーを張るなどあってはならない。そんな事はヘレスが許しても己の矜持が許さない。

 だから今日この場所で起きることを教訓にしたい。その結果リーダーの資格無しと誹られようと、この命が潰えようと構いはしない。

 知らず知らずに追い詰められていた2人は同じ結論に至り、ほんの2日前にこの計画を立てて実行した。

 この時までヘレスは彼らを大きく誤解していた。彼らは強く責任感もあるが、それは身を粉にして働くという熱心さではなく、仲間の為ならば命すらも厭わない自己犠牲精神だ。

 彼らは『徘徊者』の進出に伴う状況の変化から結論を急ぐあまり、このような暴挙に出ざるを得なかった。彼らはまだ若い探索者だ。なのに多くを背負わせ過ぎたのだ。



「貴方達、そこまで追い詰められて……申し訳ありません。私は、危うく大きな過ちを……」


「い、いやいやいや、会長は悪くないって!ほら、それに生きてるし。これからはこんなことしないよぉ!」



 彼等を追い込んでしまったのは、元を正せばヘレスが打ち出している探索者への役職付与施策に端を発している。

 強い探索者にはそのノウハウを共有してもらい時代に繋ぐ。それそのものは間違えていなかった。事実としてコウランは『求道者』として多くの探索者に力と強靭な精神を与え、ウーズの理念によって多くの探索者が救われている。

 しかし彼らは組織運営がしたいわけではなく、探索者としての生活を望んでいた筈だ。戦いの中で呼吸をし、今にも絶えそうな呼吸を繋ぐ。その為にダンジョンにいることを望んでいた筈だ。

 彼らは若く勢いがある。多くの人間を引っ張っていくには理想的であり、しかし組織の長をやるには若すぎた。その結果が自死にも近い結論を出させ、剰えそれを当人が受け入れてしまったという事実。

 そのことに気付いたヘレスは、あまりの心苦しさに吐き気すら覚えた。自分の施策が若者に責任感から自死を選ばせた。街の未来を目指す筈の施策が、住人の未来を奪うこと等絶対にあってはいけないことだ。

 そしてそれはまだ起きていないだけで、次のコウランとウーズがいつ現れてもおかしくないことを示してしまった。

 だが……今の彼女には重要な役割がある。頭の中で生まれた強烈な自己嫌悪を奥歯をギリっと噛み合わせて堪え、気を抜けば今にも立ち止まりそうな足を精神力と決意で動かした。

 これからの未来、決して彼らのような犠牲を出すことはしないと固く誓った瞬間でもあった。



「……まっ、割り切れずギルドを離脱する人達については、諦めるしかないかな。あっ、俺達は君のこと結構好きだよ?強いし、人を助けてる。なら君はいい奴だよぉ」


「私からは日頃の感謝を。貴方のお陰で多くの人々が笑顔を取り戻すきっかけを得ました。たとえ今は悲しみの最中でも、やがて安寧を取り戻すでしょう。ありがとうございます。またいずれ、ゆっくりお話しをさせて頂ければと思います」



 そんなヘレスの苦悩とは他所に2人はすっかり気分を切り替えてさっぱりと『徘徊者』と会話し始めた。『徘徊者』は先程襲いかかってきた時の印象と全く違う2人に戸惑っている。

 ついさっきまで思いきり殴って来たり、地面に叩きつけたりし合ったのに、ほんの数分で話をしながら並んで歩く程距離を詰められている。

 公私混同の切り替えが上手いミリアムに少し近いが、殺意と敵意、好意の切り替えが激しくて戸惑ってしまう。

 今まで関わったことのないタイプの人類に若干怯えつつも、事態の当事者としてもこれからやるべきことを思い返ししっかりしなくてはと気合を入れ直す。

 やけにふんすとした気配の『徘徊者』を、何してるんだ?と少しだけ訝しみながら、3人と1体はダンジョンを闊歩する。

 事前にモンスターの群れをある程度処理して進んできた為大きな問題は発生せず、無事に前半安全地帯へと到達する。

 僅かに緊張している風な『徘徊者』を「気楽にね」とコウランが気遣う。どの口が言うんですかと呆れるのはウーズだ。


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