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55 ダンジョンのプロ

(え……何?あっ、今日来るはずの───)


(逃げろ少年ッ!)


(っ!了解ですっ!)



 2人の唐突な殺害宣言、一瞬の逡巡の後『徘徊者』の取った選択は『逃げる』ことであった。

 巨体を素早く翻しダンジョンの奥深くへと走り出した『徘徊者』を一瞬唖然としながらも、すぐさま武器を抜き放ち笑顔で追いかける探索者達。

 モンスターが逃げ、探索者が追う。本来は全く逆の立場である筈の逃走劇が『ダイダロス』で繰り広げられていた。



(クソッ、重要な談前だというのに厄介な!よりによって私が表に出られないタイミングで……!ヘレスは何をやっているッ!)


(ひとまず最奥の安全地帯まで走ります!あの2人はっ!?)



 今追いかけてきているのは会談予定の2人の筈。だというのに背後から笑顔で武器を抜いて自分達を追い回す。

 片方は無手だがもう一人がマズい。彼の手に握られているのは闇色の小剣と片手持ちの装飾付き錫杖。

 少年には何も分からなかったが、リューベルはその武装を見てすぐさまその性質を見抜いていた。



(分からん、だが奴が武器を抜いた瞬間怖気が走った。まず間違いなくロクでもない代物だ。それにあの杖、恐らく感覚を狂わせる類の法具だ。隙を見せるな)


(そんな無茶な……と、とにかく走りますっ!)



 覚えている限り最短で安全地帯に向けて『徘徊者』が走る。小剣の探索者が『徘徊者』が背を見せている間に1つ頷いて合図を出し、すぐさま横道に逸れる。

 会合の日まで時間があった為、事前に周囲のモンスターを狩ってしまった影響で周りには壁に出来るモンスターがほとんどいない。

 全力で走るには好都合だがほとんど妨害もできない。走りながらでは沼から道具を引き出すことも出来ない。

 その最中も極力後ろを向かず『徘徊者』はひたすら走る。時に狩り残したモンスターを後ろに放り投げ、時にまだ把握できていない道をジグザグに走りながら翻弄する為に走り回る。

 4階突き当りまで全力疾走すれば到達までそう時間はかからない。安全地帯に入りさえすれば彼らも『禁忌』により一切手出しできない。

 しかしその目論見は阻止されてしまう。背後の探索者の気配が一向に離れずピッタリとついてくるのだ。



(振り切れないっ!なんでっ!?)


(薬か魔法か、間違いなく加護を受けている。しかしこのタイミングで仕掛けるか普通!?奴ら本気、いや正気か!?……マズいッ!止まれッ!)



 走り出してすぐ、曲がり角を抜けようとしたタイミングでリューベルの指示が発せられて急停止。

 そこに背後から襲い掛かるのは法衣の男。片手には闇色に鈍く光る短剣。

 今『徘徊者』の手に握られているのは戦斧、素早い攻撃を受け切る為の物ではない。

 振り翳される錫杖を持ち手で受ければもう一方の短剣を受けてしまう。しかし全力で振り切れば横薙ぎに胴を裂いてしまう。

 本来武器の扱いが素人の少年ではあるが、今の彼には戦斧を片手で振り回せる膂力がある。加減を誤れば人間1人容易く爆ぜてしまうのだ。

 それだけはならない。絶対にあってはならない。ならば短剣だけでも徒手で受けるか。

 しかしこれもリスクが高い。先程彼らの武具には何か仕掛けがあると警告されたばかりだ。掠っただけで致命傷となる毒武器でないという保証は無い。

 戦場における最善の選択を最速で行う。本来条件反射で行われる筈のそれを少年はまだ身に着けていない。

 故にこの場で取ったのは次善の策。振り翳された錫杖は懐に潜りこんで掻い潜り、短剣だけは絶対に受けないように手首を押さえて止める。

 反撃するだろうと二段構えを仕込んでいたところの虚を突かれ、男の動きが止まった。そのまま胸襟を掴んで進行方向の壁へと放り投げる。

 背中からぶつかる様に放り投げたがそれをいとも容易く壁に着地、勢いを殺してから地面に降り立つ。

 そして曲がり角の影からゆっくりと、もう1人の探索者が現れる。格闘家の男は先回りをしていたのだ。

 彼らはダンジョンの構造に関して言えば、その構造を体感で覚えている『徘徊者』の2歩先を行く。その動きはまるで日々変化し続けるダンジョンの巣穴をほぼ完全に網羅しているようだ。

 逃げを打つ『徘徊者』に追いつく速度と知識、それが牙を剥いて襲いかかろうとしている。



「ちょーっと、何投げられてんのぉ?」


「そちらこそ。仕掛けた罠を無駄にしたではありませんか」


「向こうの鼻が利くんだ、俺は悪くないよぉ。……おっと、仲間外れにする気はないからね」



 どこか軽薄そうな男と厳格さが滲み出る方。まったく違う様相の2人に共通するのはどちらも戦闘態勢にあること。

 しかし当の『徘徊者』からすれば何が何やら分からない。今日あたりに彼らが正式な手続きを踏んでから対談の為に来るとは聞いている。

 それが何をどう捻じ曲げたら2人の殺し屋が来ることになるのか、今の『徘徊者』には皆目見当がつかない。

 確実なのは今自分が死の危機に瀕していることだ。


 一先ず何とか2人を突破して引き返し、始端の安全地帯を目指すか思案する。しかしこの短い距離で二手に別れ挟み撃ちを成功させ、かつ引き離せない程度に足が速い相手だ。時間稼ぎは出来ても、いずれ罠に絡めとられる可能性が高い。

 ならば両方を何とか抑え込みヘレス達の到着を待つのはどうか。理想的ではあるがどれほどかかるのか、肝心の時間に目途が立たない。

 体力は十分だが相手が虚弱とも限らない。むしろこのような事態を引き起こした相手だ、腕に自信がなければ仕掛けては来ない。そんな彼らを相手にどれほど持たせなくてはならないのか。


 動揺を隠せない。しかしそれを伝える手段も無い。殺すわけにはいかない。殺していい筈もない。

 『戦う』選択を取ることもできる。しかし表の思考を少年が担当しているのがここで仇となる。

 二人の人格がはっきりと分かれてしまったことが原因か、戦闘中に二人の思考が混ざる為二人三脚での戦闘精度が落ちているのだ。

 それもあってリューベルはなるべく早く少年に自衛手段を持たせたかった。会談を終え自分達の安全が保障されれば十分な時間も取れる。そうすれば今は素人と言えど基礎くらいは叩き込めるだろうと。

 だがこれほど早く困難が降りかかってくるとは予想できなかった。上にいるヘレス達は何故彼らを抑えていないのか。まさか気づいていないのか。

 今考えても仕方のないことだが、少年が危機に及んでいるという事実に怒りが勝る。



(今の私達は全力を出せん。入れ替わる当てもない以上、とにかく逃げて相手を振り回せ。彼らも人間、体力も頑強さもこちらが上。先に息切れを起こすのは向こうだ。安全地帯に逃げ込む隙も生まれる)


(分かってます、でもただ逃げても追いつかれるだけです。彼らを振り切れない……!)


(落ち着くんだ。彼らはさっき「置いてきた」と言っていた……表層の彼らが異常に気づけばすぐにでも来る筈。耐えるか逃げ切れるか、どちらにせよこちらの優位は未だ揺らいでいない)



 言葉にしては見るが、仮に彼らが1時間先んじて行動しているとしたらその予想はかえって希望を挫くことになる。1時間を超える逃亡戦など軍を率いてならともかく、ダンジョンのような閉所で想定するものではない。起きてしまった以上『体力』以上に『精神力』の勝負となるだろう。

 しかし少年の『精神力』は決して強靭なものではない。長い間ストレスに晒され続けるのは精神に大きな負荷をかける。孤独に耐える力と恐怖に立ち向かう力は全くの別物なのだ。

 焦りを思考に滲ませつつも何か使えるものは無いか、少年は必死に沼に収納された物に思考を巡らせる。

 思いつくのは少しだけ溜まった探索者カード、遺品の数々、精巧な武具、行き倒れた探索者用の瓶詰め食料、魔力を帯びてぼんやり光るスクロールと短杖、そこに用途不明のアイテムがいくつか。それ以外はモンスターの死骸傍に落ちていた奇妙なアイテムばかり。

 幾つか使えそうな物を脳裏にピックアップし、それらを応用して使う方法をリューベルが再度思案する。



(しかし妙だ。奴らは何故最短で回り込む道が分かった?いくらダンジョンの知識が豊富だったとして、日々変化しているダンジョンの構造を把握できる物なのか……!?)


「その様子見……俺がどうやって回り込んだか気になるのかな?なら種も仕掛けも無いと先に伝えておくよ。君の速度に合わせて最短経路を選んだだけ」


「適当なことをいうものではありません。……失礼、彼は固有の能力を持っており、ダンジョン内の地理と、その階層にいるモンスターの位置を瞬間的にですが把握できます。予てより啓示を受け、その能力を開花させたのです。よって、彼とダンジョン内のおいかけっこで勝つのは不可能だと明言しておきます」



 彼らから齎される情報は更に選択肢を奪うものであった。彼の能力はダンジョン内における『マッピング』能力だ。

 何処とあの場所が繋がり、そこに何がどれくらいいるか。それらを瞬間的に知識として得ることで対応を可能とする。ダンジョン攻略において、余に生きる探索者達が最も欲する能力だ。

 彼らは口にしなかったが能力には致命的な欠点もある。ダンジョン以外で迂闊に起動すると、外の広大な世界を1フロアとして認識してしまい、情報の洪水によって脳に強烈なダメージを与えるという欠点がある。

 だがダンジョン内においては無類の強さを誇るのが『マッピング』だ。彼らはそれを利用して全力で駆け巡りながらも『徘徊者』の移動先を予測し、追い詰めることに成功していたのだ。



(ご丁寧に腹が立つ奴だ。しかしなるほど、探索者をやるにはお誂え向きの能力と言える)


(目薬に光、相手に使われるとこんな嫌なものだとは思わなかった……!)


(マッパーには垂涎の能力だろうな。だがそのせいで逃げは打てなくなった、どうする……?)



 少年の前、リューベルは動揺を隠し努めて冷静な声を振り絞る。

 彼は今この状況を見通せなかった上層の探索者諸兄、そして肝心な時役に立たない自分への煮えたぎる程の怒りと、如何にして少年にこの場を切り抜けられるかの焦りの狭間で絶えず錯綜している。

 以前のように少年が初めから『戦う』ことを選択していなければ、戦闘に自分の思考が介在する余地が生まれる。あるいは自分が身体の主導権を握れていればそのまま戦うことも出来ただろう。

 しかし今は事情が違う。少年自身が武器を持ち、戦う選択を受け入れた。その影響なのか、あるいは地上に2度も進出した影響か、以前ほど明確な意思で剣を振るうことが出来なくなっていた。

 以前なら二人三脚出来ていたのが、気づけば歩幅が合わなくなり上手く行かなくなるような違和感。ならば紐を解き一人で歩くのが正しかろうと少年に武器を持たせたのだが、それがここにきて致命的な弱点となってしまった。

 無論リューベルが身体を使って戦えはする。だがその動きは以前より明らかに精彩を欠く。うっかり加減を誤ってしまえば探索者2人の、あるいは自分達の亡骸を作るハメになりかねない。

 可能ならば少年が自力で抜け出すのが好ましい。しかし相手が悪い、悪すぎる。



「さっきは突然逃げられちゃったし追いかけちゃったもんねぇ、自己紹介しとこうか。俺はコウロン。上じゃ『金剛石(ダイヤモンド)』のリーダー張ってるよ、よろしくねぇ」


「私はウーズ、同じく『命綱(ライフライン)』のリーダーです。とはいえ貴方はこちらの事情に詳しくはないでしょう。端的に言えば彼はモンスター殺しの、私はダンジョン内救助活動の専門家です。今から貴方を殺します」



 殺しの専門家など、本来自称すれば赤面ものの称号だ。あるいはそれが今日という日でなければ、それも質の悪い冗談だと一笑に付していただろう。

 しかしながら、今日というダンジョンの歴史の中で大いなる転換点となり得る会談に向けて編成されている人間がこんなフカしを入れる弱者の筈がない。しかも今から殺すという要望を一切隠していない。

 そして何より、彼らの言葉からは強い責任と自負を感じ取れる。それを自慢だとも勲章だとも思っていない。ただ事実として強者であることを自覚している。ハッタリでないのは明らかだ。

 リューベルは彼らの若さから、そして名前に聞き覚えが無いことからそこまで歴史のあるパーティではないことを推察。

 少年はそれを受け、短期間でその選抜に選ばれる程の実力者であることを予想する。そして2人の予想は的中、その中でも最上位中の最上位が現れてしまったのだ。

 彼らは文句なしに、この街で暮らす稼ぎ頭の一角。即ちこの街における最高の探索者、その上位2名である。



「ウーズの方が適当な事言ってる気もするけど……まぁいいや。さっ、続きしよっか。得物はそれでいいの?」



 『徘徊者』が手に持つのは片刃の戦斧。その身の丈よりは小さいが人間からすれば大戦斧にも映る程凶悪に大きく、その柄はハルバードのように長い。

 この武器は技巧を必要とする剣や槍に比べ、比較的ではあるが扱いが容易い。中心に構え断頭の要領で振るえばあらゆる敵を両断することができる。

 膂力さえあれば薙ぎ払いも可能、筋力のお陰で受けもしやすい。しかも身体の()()()()も起きない。少年に持たせるならこれが適性であろうとリューベルが選んだ武器だ。

 借り物である為いずれは返さねばならないが、地上での活動が可能となれば武器の調達にも目途が立つ。そうしたら遺品である武具も全て引き渡そうと考えているのだ。

 しかし少年はこの状況で焦ることを止めた。彼は突然、自分の中の常識が切り替わる感覚を覚えた。



(ふぅー……リューベルさん、確認したいことがあります)


(どうした?)


(探索者って、人よりずっと強いんですよね?そう簡単には死なないんですよね?)



 飛んできた質問の内容が一瞬理解できず、リューベルも思わず面食らう。

 だがその質問の真意をすぐに汲み取って答えた。



(あ、あぁ……少なくとも君の故郷の人達よりも頑強であり、強靭だと言える。人という形は同じだが、違う食い物や空気で育っているんだ。身体の造りが違うのは、ある種当然と言える)



 長い間少年の内に有った疑問。自分の身の丈より大きく、鋼鉄のように頑丈なモンスターもいる中どうしてこの世界の人々はモンスターに勝つことができるのか。

 それは基礎的な身体の造りが自分の知る人間のそれとは違うからだと考えた。食べている物が、飲んでいる水が、吸っている空気が、見えている光が全て故郷の物とは違うのだと。

 身体を構成している物が違うのならば、この世界の種族人間はかつて自分の暮らしていた種族人間とは生物として根本的に違うのではないか。

 自分達が炭水化物やタンパク質を摂取して当たり前に身体を構成していたように、この世界の人達は自分の知らない栄養素で身体が出来ているのではないか。

 それならば納得できる。この世界の人達が強い理由も、危険なモンスター狩りが商売や労働の一環として受け入れられていることもだ。

 そして何より、遠慮は最早不要であることを理解した。彼は今この瞬間、この世界の常識に()()し始めた。



(しかし何をする気だ?私は君に人を傷つけて欲しくない。君はそうあるべきでは……)


(ありがとうございます、リューベルさん。でもこれは、いつか必ず乗り越えなきゃいけないことです。リューベルさんにとって今日が来たように、僕にとってそれは今なんです)



 徐に『徘徊者』は武器を血の沼の中に突き刺して沈める。戦意喪失?否、そう呼ぶには彼の立ち姿はあまりに凛々しい。

 諦めも焦りも今は捨て置き、自分が成すべきことをする。そう決意した人間の気配。モンスターから感じる筈のないそれを探索者の2人は感じ取っていた。

 緑の眼光は今自分達を見ておらず、奇襲を仕掛ける絶好のチャンスでもある。しかし2人は動かない。あくまで『徘徊者』の行動を待つ。



「武器の交換か、何が見れるのかなぁ?」



 沼の底から取り出したのは一本の長槍。だがその様相は美麗なものでは全くない。

 持ち手が若干太く、模様や飾りつけも無い『徘徊者』の体格に合ったサイズであること以外ごく普通の槍。素材は金属、鈍色であることから恐らく鉄。しなやかではないが頑強。

 しかし穂先の状態が非常に悪い。血錆がべったりとついていて切れ味を大きく損なっている。これでは力任せな突きや殴打は出来ても、薙ぎや払いの性能が著しく落ちるだろう。


 この武器は7階を徘徊していた『血みどろ甲冑』の一体が所有していた武器の1つである。

 華美な紋様も無く、家名が刻まれていることもなく、『血みどろ甲冑』が生まれた瞬間から持つ武器のバリエーションの一つに過ぎない、正真正銘ただの鉄槍である。

 以前8階で少年が精神に大きな傷を負った後、7階に戻ったリューベルが腹いせに階層中の『血みどろ甲冑』を狩って回った時気まぐれに拾った1本でもあった。

 リューベル自身槍はあまり得意ではないが、精々何かの役に立てばと一本だけ拾っておいたのだ。沼の容積が広いことを知っている彼は拾った物はどんな物であれ、1個は所持しておきたいというコレクター心が働くようになっていた。



「槍……なるほど、長射程なら俺達が懐に入る隙も与えない、と。でもそれは少し楽観的じゃあないかなぁ?」



 長物を相手にしてもコウロンの目はまるで怯んでいない。そもそも槍の相手は慣れている手合いなのだ。

 彼らはダンジョンアタックの最先端に立つ者達だ。当然ながら『血みどろ甲冑』の相手も一度や二度ではない。

 見慣れない武器ならともかく、何度もやりあった武器と相手。踏み込まれた上でどの程度のリーチを持つかなど手に取るようにわかる。

 彼は格闘を主体とする戦いを長く続けたことにより、モンスターとの間合い管理という点に置いて抜群の感性を持つ。相手の攻撃を最小限の『体力』で躱し切り、こちらの攻撃では致命傷を与える。

 それが出来なくては務まらない、あるいはそれが出来るからこその最深部探索者とも言える。



「ふむ?槍の使用は今まで報告に無かったと記憶しています。ですが何であれ構いません。私達は私達の役目を果たすだ、け……?」



 しかし『徘徊者』の動きがおかしい。槍の構え方が妙なのだ。

 槍を掴んだと思えばその手は先端よりはずっと手前、中間より少し先の部分をしっかりと掴んでいる。

 利き手が右ならばもっと手前を掴み、先端手前を逆の手で軽く押さえて狙いを付けるのが有効な構えの筈だ。

 しっかりと掴んでいるのもおかしい。あえて短く持つことで素早く振る構えだろうか。その持ち方はショートスピアを扱う時の様に見える。

 獲物が短くなるならばむしろ好都合だ。コウロンは徒手を用い、ウーズもまた片手杖サイズの錫杖と短剣だ。超接近戦の間合いならば今の『徘徊者』より遥かに場数を踏んでいる。むしろ望むところだろう。

 だがそれは本人も分かっている筈。逃げを打つでもなく得意な武器を使うでも無く、握ったのはありふれた武器で見たことのない戦法。

 と、ここでコウロンは気づいた。その戦法は根底から破綻していると。



「……それ、持ち手逆じゃない?」



 今の『徘徊者は』逆手に持ったダガーのように長い槍を持っているのだ。したがって槍先ではなく石突の側が前に来ている。

 これではますます意味が分からない。今の状態では槍どころか後ろに重りの付いた棒だ。

 一体何がしたいのか全く予想がつかない。戦うのか、あるいは別な何か。例えばメッセージを伝えようとしているのか。

 答えはそのいずれでもなかった。『徘徊者』は徐に空いた左手で柄の真ん中付近を握る。

 両手で槍の右側、中央を握り、そしてそれを大きく持ち上げ……。



「───フンッ」


「ホントに何してんの!!!???」



 かち上げた膝に叩きつけた。

 槍はベギッ!と音を立てて持ち手の七割部分を残して無惨にへし折られた。


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