54 トラブルメーカーには事欠かない
時刻は昼を過ぎ、観光客が精力的に動き始め街はこれから更なる賑わいを見せるだろう。
しかしながら現在、ダンジョン入場口前には驚くことに人が全くいない。
それもその筈、『波』の直後はモンスターの出現数が大きく抑制されてしまうからだ。これはダンジョンにもリソースの概念があり、これが時間経過で回復しているとする説が有力だ。
『再生成』を数回挟むことで元通りになるのだが、1回2回挟んだところで入場しても普段通りの稼ぎは見込めない。
余程金か資材に困っているなら別だが、『波』直後に限っては行ったところで大きな利益を上げることはまずできない。
だからこそ、今ここに集まる面々にとっては都合がよかった。
「よくもまぁ、こんだけの面々が集まったもんだ」
アジーの独り言にリーダーであるミリアムが頷いた。
「私達除いて護衛の『エリート』探索者11人、記録係のダンジョン協会職員2人、魔術研究所の調査員2人、そして……」
最後の言葉を口には出さず、ミリアムが視線だけ送る。
その場に集まり談笑をして過ごす探索者達の前で静かに時を待つ。ダンジョン協会会長ヘレスその人だ。
今回の探索、もとい『徘徊者』との会談にはダンジョン協会会長として直々に同席して臨むこととなっている。
当初は協会職員達から反対意見も多くあったのだが、それを必要性と言う観点から説き伏せ絶対に同行する旨を決定した。
ダンジョンが築き上げてきた歴史、その前提が大きく覆ろうとしている。ならば『ダイダロス』当代責任者である自分は全てを知る義務があるのだ、とヘレスは述べた。
更に同行予定の『エリート』探索者達が全員賛同したのも大きい。『ダイダロス』の歴史を身をもって知る彼らは、ヘレスの判断に極めて忠実であった。
「会長含め21人。皆強そうね」
「じゃなきゃ短時間とはいえ護衛しながら4階は無理があるってもんだ。ケイン、お前は大丈夫か?」
「大丈夫だ。折り合いはつけてる」
『徘徊者』との因縁が深いケインは今回の会談に不参加を促されていたのだが、本人の強い意志により参加を決定した。
あの日全力ではなかったとはいえ決着をつけた日から、目に見えて穏やかさを取り戻したケインは少しずつ『徘徊者』への認識を変える努力をしてきた。
2つの人格、ダンジョンで善を貫こうとする意志、積んできた多くの実績、そして今回の予期せぬ地上進出。
それらを鑑みた上で、彼もまた大きな何かを背負っている側なのだと理解したのだ。
「お前がそう言うんなら俺はとやかく言わねぇ。んーで一番心配してんのはお前らだ、クローカ、フェニエ」
「ご安心ください。知己がいるだけで魔法倫理会に所属しているわけではありませんので。自分から追放した癖に……相変わらず虫のいい人達です」
「あの懐と手が広い連中相手によくやるぜホント……」
クローカは過去魔法倫理会に所属していたことをミリアム達が知ったのはつい先日の話だ。
彼女がケインと共に拠点としている宿に突如として魔法倫理会の捺印が押された大量の手紙が伝書鳩によって届き、それを共同スペースの庭に持っていき無言無表情で燃やし尽くすクローカを見かけたのだ。
流石に無視はできないと聞いてみれば、クローカは過去に魔法倫理会で一悶着を起こしたらしく絶縁を叩きつけたとのこと。
中身も見ず燃やしていい物なのか聞いても「零れた水が戻ることは、決してありません」と強烈な意思表示をし、それ以上聞き出すことを憚られた面々は詮索を控えた。
そして残念なことにフェニエも比較的温和とはいえ、同じような状況であった。
「あはは……安心してください、一方的な協力関係は道理に反しますから。今回の件は許可が下りたものだけ共有する旨を事前に伝えてあります。お母さんも承認済みです。それに手紙を送ってるのはほんの数人で、内容も心配してくれてる物ばかりですよ?」
「そうかい。まーなんだ、お前らが実質的に使者みたいな扱いを受けてるのは分かってるつもりだ。何かあったらすぐ言えよ、ミリアムを支部まで派遣すっからな」
「あんたの中で私の立ち位置どうなってんのっ!?仮にもリーダーなんだけどっ!?」
今回の件は秘密裡に進んでいるとはいえ、その動向を知ろうとする組織は多い。
国は言わずもがな、3大魔法機関に加え他国もこの件を明日は我が身と知りたがっている。
ヘレスは決して秘密主義ではない。情報共有するのはやぶさかではないのだが、早期に情報公開しようものなら横やりを入れられるのは目に見えている。
この街を預かっているのは自分だ。自分が預かる街の未来に他者の思惑が混じるなどあってはならない。この街の行く末はこの街で暮らす人々だけが決められるのだ。
そういった信念から本件は可能な限り他者の介在を排除する。その為の少数、かつ即断の会談決行でもあるのだ。
(……過去とか世界とか、色んなものが動き始めてる。ミリアムも、ケインも、クローカとフェニエも。俺もそうなるのか?いずれは向き合わなきゃいけないもんが現れるのか……?)
今の自分達は6階に行っていないだけで実力だけ見れば『エリート』とそう変わらないと、アジーは自分達を客観的に評価している。
攻防一体の前衛ミリアム、判断力を武器に素早くカバーできるケインとアジー、必殺の火力を担保するクローカ、そのレベルを全体的に底上げすることがフェニエによって可能になっているのだ。
このパーティの目的とは異なるが、今すぐ最前線のダンジョン攻略に向かったとしても必ず結果を出すだろう。
ほんの半年前まで駆け出しと大して変わらない自分達が立つべき場所になるとは思ってもみなかった立ち位置だ。
しかし同時に誰しもが持つ人生という世界が大きく動き始めたのも感じ取っていた。
(ケインは自分と向き合った。クローカとミリアムは今、過去と向き合ってる。フェニエは受け入れつつある。俺だけはまだ……)
(……調子悪ぃのか?考え過ぎてる。今は目の前の事に集中しなきゃなんねぇ筈だ)
アジーはあえて考えるのを止めた。今考えた所で何も意味がない。
いずれ自分も過去に向き合わなくては等と、少なくとも今世界が大きく変わろうとしている時にすることではない。
考え事を思考の外にやるようにアジーが努めていると、周囲を見渡していたケインがあることに気付いた。
「ん……?」
「どしたの?」
「ヴァズさん達の様子が変だ。何かトラブルかもしれない」
その言葉につられて一同が視線をやると、確かに妙な様相をしていた。
ヴァズは何かを訝しむように顔を顰めながら周囲を見渡し、ガロンは信じられない、信じたくないと言った焦燥感を滲ませながら同じく周囲を見渡している。
ヴァズは耳打ちするように、静かにガロンに何かを話しているようだがガロンはそれを否定するように首を振ってはまた周囲を見回る。
改めて見て見れば他の探索者達もそれぞれ似たような仕草をしている。恐らくヴァズの仕草からそれを感じ取ったのだろう、全員が浮足立ち一様に冷静でなくなっているようだ。
それを見ている騎士捜索隊はもちろん、商会と魔術研究所の4名も訝しんでいる。
つまるところ、彼らにしか分からない不測の事態が発生していると予測した。
しかしヴァズが深く溜息を吐いた後、腹を括って状況を動かすことを決めた。
「ヘレス、すぐにダンジョンに向かおう」
「それは、『命綱』と『金剛石』のリーダーが来ていないことに関係していますか?」
「ああ」
「分かりました。緊急事態発令ッ!これより予定を前倒ししダンジョンに向かいますッ!速やかに準備ッ!!」
自体の全体像を把握してすぐヘレスの檄が飛んだ。周囲の探索者はすぐさまそれに従い荷物と武具を抱えて移動を開始する。
それに移動しながらもいち早く反応したのは教授だ。
「何が起きている?」
「合流予定の探索者2人が無許可でダンジョンに侵入。彼らはモンスターを殺すプロフェッショナル、そして『徘徊者』との集合地点を知っています」
「なんだと……いや待て、アティアム!」
「はい。昼の鐘が鳴る前にダンジョンに向かう2人組とすれ違いました。法衣と……見慣れない異国の服です」
「確定だ、この街であれを好んで着る奴は少ねぇ。気をつけろ、連中組んでやがる。見かけたら殺す気でかかってくれ」
「了解した。アティアム、対人兵装の錬成は道すがら私がやる。君は自衛に専念しなさい」
「分かりました」
ヘレスの指示を聞いた探索者達の行動は素早い。点検の終えた装備を速やかに仕舞い込み、目つきを変えてダンジョンへと足早に向かい始める。
何のことか分かっていないのは4名の協会職員達だが、彼らも突然の修羅場には慣れている。魔術研究所の2人に歩調を合わせるようすぐさま思考を切り替え、探索者達の中心で護衛されるように移動を始めた。
そしてその殿を務めるのは騎士捜索隊だ。しかし彼らもまた完全には事情を飲み込めてはいない。
移動を開始しながらミリアムは先頭のヴァズに素早く追いついて手早く問うた。
「何が起こってるの?」
「モンスター殺しの最高峰が俺ら出し抜いて『徘徊者』に近づこうとしてる。目的は言わなくても分かるな?」
「どれくらい強いの?」
「普通の血みどろ甲冑相手なら2対1でも負けねぇ。それが2人」
「何その化け物」
「お前も大概だと思うが」
血みどろ甲冑は7階きっての要注意モンスターの一角である。
そもそも7階の探索が出来る探索者はそう多くない。この街における上澄み中の上澄みだけが挑むことを許され、それで尚苦戦は免れない難敵中の難敵。
担う武器の傾向こそあれど、豊富な武器種はそれ毎に対応を強いられる。ごく稀にクロスボウを持つ個体もおり、そちらは更に攻略難易度が上がる。
奇襲をしかけられ、その毒牙にかけられた探索者の数は少なくない。当然ながらそこで喪う探索者は皆この街最高峰の探索者である。
彼等は7階に辿り着ける程強靭で、パーティを組めるだけの協調性があり、となれば地上での人望も厚い。
そういう者達を多数手にかけたのが『血みどろ甲冑』という存在なのだ。
現在『ダイダロス』で探索者をしている人間からすれば、不倶戴天の敵と言ってもいい。
奴らは人のように武器を扱い、人を遥かに超えた膂力を持ち、人より俊敏である。それ以外に特異な能力を持たず、それだけで最上位の危険性を持つある種特異な存在。
何より最も評価されているのは、それだけ強大な存在でありながらあくまでただのモンスターに過ぎないと言う点だ。
長剣、長槍、大剣、戦斧、棍棒。多種多様な武器を持つ脅威存在が少し7階を歩けばそこら中にいるのだ。
ここに至るまで対モンスターとの戦闘を繰り広げてきた探索者達を嘲笑うように、かつては栄光と共に主がいたであろう武具を振るう怪物。それが本来の『血みどろ甲冑』だ。
ならば当然、それの地上進出を強烈に拒む者がいるのも当然だ。ここにはいないが『エリート』の一人、リュカもその内の一人である。
「私達は何をしたらいいの?見た目は?」
「黒い聖職者と格闘家。片方はこの『国』の服装じゃねぇから見りゃ一発で分かる。今更キャンセルも出来ねぇ、戦力外を4階安置まで護衛しつつ下手人見つけて袋叩きだ。手加減はいらねぇ」
「オッケー、ありがとう」
ヘレスに聞こえない様小さな声で伝える。それを聞き届けたミリアムはすぐさま列の後部に戻り仲間に情報を共有する。それを尻目に、ヴァズは舌打ちをしながらも歩を進める。
いやにヘレスが冷静なのも気にかかった。念のため確認しておくことにしたのだ。
そしてその予感は嫌な方に的中することとなる。
「おい、何でんな呑気にしてんだ」
「最高峰の『エリート』とはいえアレが負けることは無いでしょう。『制圧』はそこまで弱くありません」
「忘れたのか。アルマがぶん殴ったせいか知らんが今の表人格は素性不明の方だ。あれは戦い慣れしてねぇ、安地から出た所狙われたら殺されるかもしれんぞ」
そこまで言われて、ヘレスの思考が一瞬途切れる。
ここ数日の間彼女は激務に追われていた。商会長の発言に対する紛糾とスケジュール調整、各組織との軋轢回避に全力であった。
今回2人が起こした暴走も可能性としてあり得るとは考えていた。だが中身が彼であるならば何の問題も無い。国家騎士ジェグイに完勝したと聞く、ならばその腕前には些かの陰りも無い。
モンスター狩りを大得意としているとはいえ相手は人間の手練れ。彼らの技は『制圧』には遥か及ばない。返り討ちで話はおしまいだ。
そう、本来ならば。今の『徘徊者』は中身不詳、推定戦士未満の何者か。そしてミリアムから聞き及ぶ限り、任意で人格の変更は出来ない。それが示す事実はただ一つ。
普段の冷静な様子が信じられない程、ヘレスの顔に汗が噴き出る。
「………………全速力で向かいます」
「マジかよ……おいお前ら急げ!状況は一刻を争うぞッ!」
彼らの行進は波乱と共に幕開けた。
「おーあっちこっちモンスターの死体だらけ。わざわざ綺麗にしてくれてたってコト?」
「好都合です、邪魔は入りません」
地上で探索者達が慌てふためく中、2人の探索者が4階へと辿り着いた。
1人は『徘徊者』にとってどこか故郷の地域に近い民族衣装を思わせる、異国情緒の風を纏う男。袖が緩やかに広がっており、手の包帯と併せて勇ましき拳法家のように映る。
もう1人は聖職者のようだが、ガロンのそれとはかなり装いが違う。ガロンは白いカソックだが、目の前の男は黒を基調としている。手には短剣と片手持ちの錫杖、これもまたあまりに聖職者らしくない。
対峙するのは肩に戦斧を携えた異色のモンスター『徘徊者』。念のために入口から安全地帯、そのもう少し先までモンスターを先んじて狩っていたところを鉢合わせしてしまった。
遠目に見れば大きなサイズ感の狂いはないように見えるが『徘徊者』にピッタリなサイズということは人間から見れば大戦斧。
そんなものを軽々しく担いでいると言うのに、2人の目には恐れが無い。それどころか好奇で爛々と輝いてすらいる。
「あーゴメンゴメン、皆は置いて来ちゃったんだよね。ホラ、2人の方が身軽だから」
「これもこの街の為、必要なこと。諦めて頂けますと幸いです」
困惑しているのが見て取れる『徘徊者』の前に、黒い法衣を纏う男は堂々と宣言した。
「今から君を殺します。そのつもりでいるように」




