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53 魔術の先触れ

 先に待合所から出て来た魔術研究所(ウィズダム)所属の2人は連れ立って話しながら街を闊歩する。

 彼等は先程騎士捜索隊の面々の視線を感じ、あまり注目されるのも気まずい為食事を取る為に待合所を出たのであった。



「あの女性は教授のお知り合いですか?」


「9年前の学院(スクール)主席卒業生だ。面識はほとんどないが。言うなれば君の大先輩だ」


「そうでしたか。しかしあの風貌……祭司(ドルイド)のような杖を持つ魔法使いの服装、なのに出身は学院(スクール)、訳が分かりません」


「自分に合った杖を求めるならば、杖の大小は大きな問題ではない。教えた筈だぞ。魔法使いになったのは……何か事情があるのかもな」



 彼等は外に出る時にフードを被り直しており、傍目に2人の素顔の全貌を見ることは出来ない。

 フードの外側には叡智と発展を意味する杖と剣が交差した模様、魔術研究所(ウィズダム)の紋章が小さく縫い付けられており、どこの所属かはそれで一目瞭然であった。

 毎度この時期になると様々な研究機関からダイダロスに沢山の研究者とその卵が集まる。そう、この時期は彼らにとって絶好の修学旅行期間なのだ。

 彼等にとって一番の本文は勉学と研究であり、その為には集中して課題や論文に取り組むのは重要だ。しかし研究所や学院(スクール)に籠ってばかりでは新たな視点や知見を得ることは難しい。

 そこで魔術研究所(ウィズダム)では様々な価値観に触れさせるために、定期的に研究所の外へ生徒達を連れて行くのだ。

 行きたい場所は生徒達の自主性を尊重し相談で決めることが大半だが、今回は『波』直後のダンジョンタウンという生徒教師垂涎のお宝が集う時期。

 応募者も多かったが、それを乗り越えた『運』に恵まれた者達がこの時期に集中するのだ。



「今期主席として思う所はあるか?」


「いいえ、俺は俺です。教授、前から人が」


「おっと!失礼」


「いいえ、良い旅を」


「ありがとう。……君がそう思うならいいんだ」



 しかし、今こうしてゆっくりと表を歩いている2人だけは例外であった。

 今回彼らはダンジョン協会から直接の要請により、魔術研究所(ウィズダム)から出張に来ている。

 その目的はダンジョン史において初にして前代未聞の案件を取り行う為。意志を持つモンスター『徘徊者』との交流を図る為、その場に立ち会うことで歴史の証人となる為だ。

 当初この依頼が秘密裏に届けられた時、魔術研究所(ウィズダム)の知識人達は荒れに荒れた。

 会談までほんの数日と言う極めて短いスケジュールの中で決めるべきことはあまりに多かった。

 コストはかかるがダンジョンタウンまで直通の転移は用意できる。ではあまりに前例のない案件にどの資料を持参するべきか?この栄光ある機会を与えてくれた協会長に何をもって返礼とするか?会談にかけられる時間は?最中発言の機会はどれくらい貰える?NGはあるか?その為にどれだけ質問を圧縮するべきか?

 振って湧いた歴史の転換点への立ち合いに歓喜の声を上げる学者も多かったが、それ以上に決めなくてはならないことが多すぎた。

 叶うなら全て映像として残したかったが、ダンジョンに携行できるサイズの録画魔道具は現在の技術力では制作不可能である為泣く泣く断念した。魔道具による高精度の録音が許可されている為そこで妥協だ。

 そして一番の問題、誰が行くかである。そこで白羽の矢が立ったのが寡黙で冷静な彼らであった。



「鶏の串焼き……旨そうだな、食べるか?」


「はい」



 2人は少し変わった距離感でマイペースに買い食いをしている。彼らは今期魔術研究所(ウィズダム)が所有する魔術師育成機関学院(スクール)が誇る最優秀生徒とその共同研究にあたる教授である。

 彼らは学院(スクール)から「現状最適である」と太鼓判を押された成績優秀者達。そして彼らが選定した特派員である数名の職員達のみである。

 2人は近くの座れそうなレンガ積みの街路に腰掛け、勝った串焼きに齧りついている。



「旨いな。胡椒が利いてる。辛くないか?」


「大丈夫です。教授、1つ質問をしてもいいですか?」


「あぁ」


「どうして彼らは今日を指定したのでしょうか」



 生徒は食事を摂りながらも、気になったことを質問せずにはいられない性質のようだ。

 質問をしてからもあぐあぐと鶏肉にかぶりつき、しかし自分がした質問の答えを教授からじっと待っている。

 少し考える素振りをしながらも教授は答えた。



「協会長ヘレスのことは知っているな?多忙な彼女が人目を盗んで活動できるのが、『波』を終えた後の数日間しかないからだ。これ以降は後始末に追われるだろうからな」


「多忙なのは分かります。しかし誰から隠れようと?」


「そこまでは分からん。これ以上の厄介事は御免だと言っていたが。しかし旨いなこれは……ん?あれは……ユラ君?」



 教授と呼ばれた男がふと視線を上げると、見覚えのある生徒が男を2人連れて歩いている。

 ユラ、仕上がったレポートの完成度なら主席にも負けない逸材。だがやる気に大きなムラがあり出来の差が激しい為主席にはなっていない。

 また類稀な『幸運』の持ち主で、彼女が好奇心のまま赴くと不思議と結果がついてくる、なんとも数値化しにくい不思議な生徒である。

 元々今回の会談に彼女を連れていくプランもあったのだが、自衛が必要な点や教授との相性も鑑みて見送りとなった。



「あっ、教授。それにアーちゃんも」


「人前でアーちゃんと呼ぶな」


「ごめん。アティアムちゃん」


「そこはせめて君だ」



 先ほどまで静かに食事を済ませていた青年が、ユラにあだ名で呼ばれた途端少し顔を顰めた。

 彼らは優秀学生であり、一時的に学院(スクール)を離れ同じ研究チームとして活動をすることもある程度には交流がある。

 概ねふわふわとしているユラをアティアムが世話をしつつ、研究にはお互い全力で取り組む良いチームとして支部の間では広まっている。



「こんにちは、ユラ君。楽しんでいるか?」


「とても!」


「それはよかった。そちらの方々は?」


「先程仲良くなりました。ガロちゃんとヴァーちゃんです」



 ユラの右隣には2人の男がついている。片方はかなり大柄だが柔和な顔をした聖職者。もう片方は人相の悪い恐らく職業探索者の男。どちらも歳は30を超えているだろう。

 はっきり言って非常に怪しい。自分が受け持っている生徒ではないが、旅行先で男2人捕まえて仲良くなったと言われ、そのままハイそうですかと言う程教授も生徒に無関心ではない。

 犯罪者予備軍を見るような鋭い目つきを見て気配に敏い探索者の2人が出来るだけ急いで自己紹介を行う。



「俺ぁこの街で探索者兼助祭を務めとります、ガロンと申します。お嬢さんとは先程行きつけの飯屋で会いまして、研究者として意見を伺ってたところでして」


「ヴァズだ、探索者専門。ちと俺達も手に負えねぇシロモンが手に入ってよ、どうしたもんかって時に話聞かれちまったんだ」


「話聞いちまいました。凄いんですよ教授、彼等とんでもないお宝隠し持ってやがりました」


「……そうか、次から素性を知らない相手には迂闊に声を掛けないように。それと帰るまでに言葉遣いは直すこと。分かったか?」


「はーい」



 連れて来た生徒の1人がその道のワルにガッツリ影響されている。

 楽しそうに話をしている探索者2人の話し方はお世辞にも丁寧とも、優しいとも言えない。ガロンの喋り方は真面目だが聞き馴染みが薄く、ヴァズの物言いは初対面にしては粗野な言葉遣いだ。

 元々ふわふわしている大人しい生徒だったのが、粗暴な探索者達に典型的な唆され方をしているようにしか見えない。

 彼女にはファンも多い。学院(スクール)に帰る前に戻せるといいのだが。教授は健気にもそう願った。

 そんな彼が素顔を隠していることからガロンはすぐその人の素性に気が付いたようだ。



「そういうアンタは……失礼、会談参加者でしたか。俺達も同席しますんでね、どうぞよろしく」


「どうも。私は教授とだけ呼ばれていることが多くてな、そう呼んでいただけると助かる」


「アティアムです。本日はよろしくお願いします」



 そう言うと教授とアティアムはフードを外し2人に一礼した。教授の真っ白な髪が4人の前で、礼に合わせて揺れた。

 中性的で線が細く、一見して性別は判別できない。見た人間に白磁の陶器を思わせる美しさを感じさせる人間であった。

 一方でアティアムの髪は青黒く艶がある。そういう意味でも対照的な2人であるが、ここは探索者の街。

 彼らの風貌については一言も言及することなく話は続く。



「私だけおいてけぼりです。納得できねー」


「私達はこれから数日ダンジョンに缶詰の予定だ。その間君達は羽を伸ばして自由に研究資料を買い集め、好きな時間に惰眠を貪れる。それを捨ててもいいなら付いてきても構わないが」


「頑張ってきてください。私は宿で応援してます。アーちゃんも頑張ってね」


「アーちゃんと呼ぶな。頑張っては来る」



 これから行われるのは秘匿性の高い会談だ。できれば他の生徒達は遠ざけておきたいと言うのが教授の本音である。

 ユラの言う彼らが隠し持っていたお宝が何なのか、そしてその研究に自身も携わることになると知るのはもう少し後。

 そして集合の時は刻一刻と迫っていた。



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