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52 『命綱』と『金剛石』

 町中の店という店が大賑わいを見せる中、ダイダロス商会組合長エボは商会本部にて書類を整理している。

 机の上には書類の束がドンと置かれており、見ればその内容の多くは申請書だ。

 積まれた書類を一枚ずつ手に取り、内容をさっと眺めては判を押していく。

 本当に読んでいるのかを疑う速さであるが、エボからすれば既に何万、何十万枚と見た形式の書類だ。概ね内容も似たり寄ったりで見ればすぐに判別がつく。

 売上報告、アクシデント報告、決算、具申書、そして数少ない例外が出店希望。

 これらを一旦地区の代表が取り纏める。そしてそれら全てに目を通し、最終的な許可が必要なものがこうしてエボの元に届くのだ。

 そんなエボの仕事を傍で眺めているのは、ここいらでは見かけない獣特有の丸い耳がついた小柄な少女。

 タレ目に黒い隈取の少女は気だるそうにエボに尋ねた。



「しょーかいちょー、これからどうすんですかー?」


「何がだね?」


「とぼけないでくださいよー。モンスターを身内に引き入れるなんて何考えてんのー?」



 気の抜けた口調とは裏腹にその質問の内容は重い意味を含んでいる。

 少女はエボの選択に反対の立場であった。



「住民と探索者の反発だけでも面倒なのに、その内他国にも介入されますよ?それでいて味方は教会だけなんて心許ないにも程があると思いまーす」


「大半の探索者、ついでに魔術師達も味方だが」


「それでもですよ。そもそも反発した身内抱えたままこの案件進めるのどうかと思うんですけど」


「そうかもしれんなぁ」


「……ちゃんと聞いてますー?」



 承認した書類が20枚目になったかと言ったところで、エボは銀製の精巧なペンを置き少女の方を見た。

 何を今更と呆れるでもなく、分からんのかと怒っているわけでもなく、その眼はただしっかりと少女の目と未来を見ていた。



「『徘徊者』が人であるかはこの際論じない。己が人であるかを論じるのと同じことだからな。問題なのはそこではない。重要なのはあの場で彼を排斥あるいは殺したとすれば、間違いなくダイダロスの風向きは悪くなるということだ」


「どうして?確かに上振れも無くなるけど下振れ(リスク)も無くなる。選択肢として無しではないでしょ」


「あれをモンスターとして見れば確かにそうなる。だが彼の身体は世界で初めて発見された極めて貴重なサンプルとして、あるいは性格は教会が一目置く程の善人、あるいはかつて国一番の実力を謳った『騎士』であると見たらどうだ?彼に注目する勢力は既に多い。その全てを敵に回すよりは現状維持、あるいは既存の方向性で発展が丸かろう」



 『徘徊者』が置かれている立場はどの観点から見るかで容易に変わる不安定さを孕んでいる。

 少女もまた商人である以上耳の早さは明日の飯に繋がる。当然彼の素行の良さは情報として理解している。

 しかしそれにしたってリスクが大きい。モンスターを街中に放つなど聞く人が聞けば泡を吹いて倒れるような想像を絶する危険な行為だ。

 そもそも協会規則によって、たとえ1階のモンスター1匹であっても地上に連れてくることは厳禁とされている。

 民間人にとってモンスターそのものが危険だからというのも理由の一つだが、それが『禁忌』に触れてしまうからだ。

 現代で判明している『禁忌』の中でも、比較的被害の少ないものではある。しかしその規則はダンジョンが指定した()()()()()()()()()()()()()である。

 倫理と秩序に基づいただけの法や規則とは意味合いが違う。それは全ての探索者が絶対に守らなくてはならない法則だ。

 それらを踏まえた上で少女は『徘徊者』の受け入れについて、その不安定さを受け入れてまで取る程の利益は無いと反対の立場であった。



「でも『禁忌』だってあるし、忌避する探索者は多いですよ、絶対」


「安全地帯に自ら入る、『帰還』が作用する、なのに『禁忌』は全く発生していない。ダンジョンがあれをモンスターだと判断していないことは明白だ。そもそも一度は自分の足で出てきているのだぞ?あの時彼こそが溢れ出た『禁忌』、故に全力で討伐をと進言できたのは『命綱(ライフライン)』と『金剛石(ダイヤモンド)』だけだ。彼等だけが『禁忌』を理由に彼を弾劾できる。それ以外の者が口にする資格は最早ない」


「いつも思ってましたけど、かいちょーも強火なダンジョンマニアですよねー……」



 エボ自身『徘徊者』のことはかなり気に入っており、決して不意の事故で死んだりしてほしいとは思っていない。

 しかし彼を正当に弾劾する権利を持つ者がいることを決して無視しない。

 人の尊厳こそが第一、故に全モンスター死すべしと掲げる過激な者もまたいるのだ。

 それらが属するパーティこそが先に名を挙げた大規模パーティである『命綱(ライフライン)』、そして『金剛石(ダイヤモンド)』だ。



「当然だ。彼らは命懸けでこの世界の神秘に挑み、そして悉く勝利してきた最強の探索者達だぞ?彼らの意見が無視されること等、それこそあってはなるまい」


「何があの人達を突き動かしてるのか、僕にはさっぱり理解できませーん」


「彼らが常々口にしておろうに。喪った者は帰らず、ただ我等が斬り拓くのみと。彼らは凄いぞ、四六時中モンスターを効率的に狩ること、そして如何にダンジョンを最速で駆け抜けるか考えている。正真正銘最前線のダンジョンアタッカーだ。彼ら無くして今のこの街は語れまいよ」



 片や文字通りの『命綱(ライフライン)』。ダンジョンでの救助専門パーティだ。命綱の名を関する、即ち助ける者が助けられる者になっていい筈も無い。当然ながらその力量はこの街においても群を抜いている。

 全速力でダンジョンの最深部まで駆けつけ、その為にあらゆるモンスターへの対応を身に着けたダンジョンアタックのエキスパート達である。


 そして片やダイダロス出身者のみで構成されたダンジョン専門の凄腕集団。

 狂気的とすら呼べる程ダンジョンアタックを繰り返してはモンスターを狩り、他の探索者が効率よくモンスターを殺せるようその都度生態を詳らかにしてきた。誰が呼んだか、モンスター専門の殺し屋パーティだ。


 この2パーティは普段手を取り合うことはあまりないのだが、今回の『徘徊者』の対応について何の相談もせず対応したことについて、両パーティの面々から猛烈な抗議を行っているらしいのだ。

 その陳情の中身まではエボも知らないが、この数日でヘレスに何度も直談判を行っているらしく、足しげく通ってはすげなく帰される姿が何度も目撃されている。

 『徘徊者』の調査に関われなかったことが不満だったのか、あるいはこれまでの長い探索期間中に一度も『徘徊者』と出会えず戦闘にすら発展しなかったことへの当てつけかとエボは疑っていた。



「まっ、独断で交流を決定したのは実質私なワケだが。いやぁ彼らと協会長には悪いことをしたな」


「思ってもいないくせに。で、今回2パーティのリーダーが『徘徊者』との会合に参加するんですよね。大丈夫なんですかそれ?出会って即『徘徊者』ぶっ殺します!とか言いません?」


「その点はあまり心配していない。むしろ心配なのは魔法使い、いや魔術師の連中だな。3大機関の連中はどいつもこいつも秘密主義で動きが掴めん。それに魔術研究所(ウィズダム)は排他的でこそないが利己的な集団だ。そちらに注意を払うべきだろう」



 そう言い終わった後、エボはふと口寂しさを覚え煙草に手を出そうとした。

 彼にとって毒の煙は長い生涯で身体に染みついた血液と同義だ。

 だが今日ばかりは吸うのを止めた。今更になって健康にも、目の前の見かけだけの少女に気を遣うつもりもなかった。

 ふと17年前のことを思い出したのだ。突如としてダンジョンタウンにやってきて、他人を心から信用することのなかったヘレスの心にするりと入ったあの男のことを。

 煙草に誘っても「妻子の元に帰った時、臭いと言われたくない」と、不遜にも言外に臭いぞと言い放たれ大笑いしてしまった時の事を。



「彼は間違いなく時代を動かす人間であり、それが帰ってきた。本当に素晴らしいことだ、もう一度激動の時代を楽しめるとはな」


「こんなバケモン腹に抱えて都市管理なんて、今の協会長もとんだ怪物だね……ついでにもう一個聞きたいんですけど、なんでしょーかいちょーはアレの味方したんですか?」



 その質問を受け、ここまですらすらと探索者語りをしていたエボが初めて言葉に詰まる。

 モンスターの味方をする理由など、それこそ一言で語れるものではない。かと言ってそれを陳腐で端的な言葉で言い切ることもしたくない。

 未知への期待。未来への投資。リスクリターン。様々な言葉が脳裏をかすめるが、どれも的確な言葉ではないような気がした。



「何故、か……」


「海千山千の男でも答えられないことがあるってことですかねぇ?」


「言葉の重みを理解しているということだ。いや、あえて言葉にはせん。その方が面白そうだ」


「ケチめ」


「だからここにおるのだ」



 商人達の気さくな会話を他所に、時間は過ぎていく……。

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