49 親として、人として
ダンジョンへと帰還を促された『徘徊者』は急ぎ安全地帯を目指した。
1階の安全地帯は階層の奥に1つだけある。山ほどある考え事を一旦置き、まずはそこに駆け込むことを最優先とした。
走るのにも慣れた身体の機能をフルに使ってダンジョンの端から端を、大柄な甲冑が音を立てながら全速力で駆け抜ける。
縦横に広く、時に起伏さえ見られるダンジョンは慎重に歩けばかなり長い時間がかかる。
その上ダンジョンは『再生成』の影響で変化する。見知った地形かと思いきや知らない通路に出るというのも珍しくない。
地上で探索者をやっている探索者達はこれにどう対応しているのか。都度更新するのか、ある程度は割り切って大まかな地図だけ常に用意しているのか。疑問に思いながらも『徘徊者』は駆ける。
今回も例に漏れず少しの回り道をしてから、ようやくボス部屋の傍の安全地帯まで辿り着く。
セーブポイントのようで入室に少しワクワクする半面、死んだらそこで終わりなんだからしっかり準備は整える様にという神様の慈悲なのかもしれないと気が引き締まる思いである。
そっと扉を開けて中を除くが、幸運なことに見た所誰もいない。今は『波』の真っ最中であり、常ならば誰かしらいるものだ。
これ幸いと篝火傍の丸太に腰掛け、少年は胸の内に声を届けるように思考を傾ける。
イメージとしては水の入った盃を胸の内に零すような、少年はそんな不思議な感覚に慣れてきつつあった。なるべく心を乱さない様、努めて冷静に語り掛ける。
(何も伝えなくて良かったんですか?)
(……今更になって、親の顔をしていいとは思えなかった)
あの時ヘレスに対し無意識に手を伸ばしてしまったことに自分でもかなり動揺したらしく、ハッとした次の瞬間にはアルマに打ち抜かれ、突然意識が切り替わってしまったのだ。
とんでもないタイミングで入れ替わってしまったことを内心で少年に平身低頭していたのだが、問題はそれより後。
帰還先にミリアムが現れた時、そして彼女から自分の名前が出た時、男は大きく動揺していた。
2人が意思疎通を図っている時、そして動揺した時にその心境がモロに伝わってしまうことを2人は改めて知ることとなった。
その時の心境の揺れは少年の側にまで届いていた。それによって気づくことになる。
今までタイミングがズレにズレていた為直接問いただすことは無かったのが、ここにきて重要な事が明らかになってしまったのだ。
(前から知っていたんですか……?ひょっとして最初から?)
(……言い訳に過ぎないが聞いてくれ。私が死んだとハッキリ自覚してから、体感ではまだ1年も経っていない。だというのに外はもう20年も経っていて、あんなに身体の弱かったミリアムが探索者をやるなんて思いもしなかったんだ!ミリアムと言う名前は珍しくない。同じ名前の他人だと、思っていたんだ……!思いたかった……)
いつになく弱気な男の声は後悔しているようでもあった。
2人の心は互いに繋がっている。しかしそれほどまでに悩みながらも、あくまで自分個人の事情に無関係な少年にそれを伝えるべきことではないと、なるべく考えないようにしていたと言う。
(あの子を最後に見たのは立って歩くのも覚束なかった頃だ。その頃ですら医者に危ないと何度も言われていて……ひ弱な赤ん坊だったあの子の背があれ程伸びていて、それだけあの子を見捨ててしまった時間が積み重なっていると……怖くて考えたくなかったんだ……。君に何も言わなかったのは、本当にすまないと思っている)
(……すみません。無神経でした)
(君が謝ることではないっ……私にもどうすればいいのか、どうしていいのか分からないんだ。これはもう一度だけと神が与えし奇跡なのか、それとも罰なのか。それすらも自分で決めるべきなのか。どうしたらいいか、今も分からないままだ)
いつだって自分の力に自信を持ち、威風堂々と戦い続けてきた騎士、リューベルは後悔に満ちた溜息を心の底から吐き出した。
彼の話ではミリアムが4歳の頃、親になって間もなく死を迎えたと言う。大人びた話し方と歴戦の勇者、あるいは鬼神の如き戦いぶりであったが、実際には20も半ばといった歳。少年の享年と10も変わらない。
少年は強く後悔していた。親になったばかりの彼の心情を慮らず、何もかも甘え切ってしまっていたと。なんと惨いことをしてしまっていたのだと。
(大人は頼られたい生き物だ。孤独に狂いそうな環境下で君の願いは、他の何よりも心の支えだったんだよ。君がいなければこうして自我を持つことも無かったと思うと、むしろ感謝しているよ)
(でも……)
(思えば今のミリアムは私と同じか、少し下くらいの年齢になったのか。今後彼等との接触頻度はより高くなる。……分かっている、何時までも逃げてはいられん。向き合う時が来た、それだけのことだ)
彼の言葉には再度力が宿り、現状に向き合う為の強い意志が込められた。
自分はどうするべきなのだろう。何かこの人の為に出来ることは無いだろうか。
少年がそう考えていると、リューベルの苦笑いするような気配が届いた。
(むしろ君からは貰い過ぎているくらいだが……だがその心意気はいい。そうだ、今のうちに君に伝えたいことがある)
(なんですか?)
(今まで内側から君をずっと見てきたわけだが……君は戦うのがあまり上手くない)
(うっ)
リューベルの指摘した通り、少年は未だ剣を十分に振れているとは言えない。
モンスターの身体となってから既に5年以上、ちゃんとした剣を振るうようになったのはここ半年以内の話。
リューベルが身体を動かす期間も長かった為実際はもっと短く、まだまだ形になったとは言い難い。
切ると言うよりは叩きつける、刺すと言うよりは押し付ける。膂力に任せて強みを押し付ける戦い方は非常にらしい物ではあり、しかしリューベルから見て「それをするならもっと適した武器がある」と口を挟みたくなるものであった。何なら今の身体では格闘の方が向いているとすら言える。
少年の落ち込んだ気配を察し、リューベルはすかさず言葉を連ねた。
(君の本当の良さは別にあるから気に病まなくていい。……しかし先のように突然入れ替わってしまうこともある。ただでさえ地上で大きな騒ぎを起こしたんだ、今後は様々な事態に対応しなくてはならないだろう。入れ替わりがいつ起こるか分からない以上、いざという時君自身が戦えるようになってほしい。どうにも私の体の動かし方は、君には合わないようだしな)
(じゃあ、どうするのがいいんでしょう?)
(君に合いそうなの武器が幾つかある。借り物ではあるがそれをしばらくの間使わせてもらおう。いずれ今の持ち主に返さなくてはなるまいが、それまでは。頑強で扱いやすく、身体強度をフルに使える武器だ)
それまではひたすら実践あるのみ。地上で相談が行われ次に話し合いに来るまでの想定として1週間とする。
それだけの期間では到底形になるものではないが、今後を見据えるなら強くなる必要があると少年も強く感じていた。
これまではダンジョンとは何か、その知識を得る為の段階。これからはダンジョンで生き抜くために戦う力を付けなくてはいけない。リューベルという力に甘えることなく、この瞬間からは自身の力でダンジョンを斬り拓くのだ。
やがてはあの8階を超える為に。思い出すだけで手が震えて吐き気がする場所でも、今なら思い出すくらいはできる。
ならば次は超える。超えて見せるのだ。その決意をリューベルはしかと受け取った。
(……君は間違いなく強くなる。これからの成長が楽しみだよ)
(それ本来ミリアムさんに抱くべき感情だったんじゃ)
(生きるのが辛い。殺してくれるか?少年)
(あっ!違っ!ごめんなさいっ!そんなつもりじゃっ!!)
考えてることが筒抜けなのを忘れていた少年のミスにより、リューベルの心のケアに少しの時間を消費してしまった。




