48 遠き『国』より愛を込めて
『徘徊者』によって一波乱あった『波』がようやく終息に向かい始めた頃。
その場に居合わせた関係者から一足先に詳細を知った『国』の中枢、そこでは静観する2人の前で3人の男女により議論が重ねられていた。
「特殊個体名称『徘徊者』。その存在は最早公となりつつある。『ダイダロス』やここは言わずもがな、早い所ではダンジョンタウンを抱える国にもその動きがみられる。他国もそろそろこの状況に首を突っ込みたがる頃合いであろうな。……これから我々はどれほど介入するべきだと思う?忌憚のない意見を求める」
「『大遠征』の悲劇を繰り返す必要は無く、よって干渉案そのものに賛同しかねます。最早我々は何があってもダンジョンに関わるべきではありません。神もそれを望んでおられましょう」
男の発言に厳かな法衣に身を包んだ女はそう答えた。彼女は柔和な瞳をしているが、ことこの件に関しては強く意見をしているようだ。
しかしそれに軍服を身に纏った年輩の男が噛みつき、眼鏡をかけた神経質そうな男がそれに続く。
「『教会』所属は奴の恩恵を受けとるからそう言える。こっちは今回の件で不法を暴かれた貴族連中がしょっぴかれて対処に追われとるんだぞ?挙句の果てに無事な連中は「モンスターが我が家まで来る可能性はあるのかね」等と戯けた事を聞いてきおる。ここいらで手を打たんと連中際限なくつけ上がるぞ!」
「それに、ただ無視するには根深い問題だ。モンスターが『帰還』の対象となったこともそうだが、事故原因が現職の『調査騎士』だ。更には『国家騎士』の1人がモンスターになり、剰え交渉の余地まで見せた。聞けばあれに流れているのはミランの血だ……どんな対応をするにしろ、態度は明らかにするべきだろう」
彼らは『国』の中枢を担う重役達であり、平時はそれぞれの役割に従って国の安寧に努めている人間達だ。
一堂に会する時は国が揺らぐ時。それ以外で顔をそろえることはまずあり得ない。
そして今こそその瞬間、歴史の転換点である。今まさにこの世界は脅かされそうになっている。
長い年月によって築かれたダンジョンの安全神話、モンスターは脱走しないという砂上の信頼。だからこそ成り立っていたダンジョンタウンと言う経済。
だがそれらは全てただの思い込みで、初めから存在などしていなかったのではないか?エメラルドの色が緑ではないとしたら?もしそうならこの世界はこれからどうなるのか?
彼らの双肩には国の、否。世界そのものが乗っている。その自負と信念に彼らは突き動かされていた。
「スレイのバカモンが!ダンジョン行きを何とか融通してやったと言うのに、奴にはもう一度隊規を読み聞かせなきゃいかんらしい!……だが結果的に奴の行動によって多くの情報が得られた。ヘレス会長には悪いが少し勉強してもらおう。このままじゃウチの面子が立たん」
「ヘレス氏とその協力者の報告によれば、人間のモンスター化は他に類を見られず、現時点では彼だけが常軌を逸した個体とのこと。やはり我々から大きく事を動かす必要はないと考えます」
「性急過ぎても危険だ。しかし、『大遠征』の亡霊がモンスターに宿った……か。頭が痛い話だ。あれの傷は未だ癒えていない。騎士隊の古株達もそうだ。今騒ぎ立てても国民感情を荒げるのみ。今は静観しつつ情報を集めることに専念すべきだ。……如何ですか、陛下。御意思をお聞かせください」
陛下と呼ばれた厳めしい顔の男は最初の一言から喋ることは無く、3人の会話を静観していた。
3人は既に『徘徊者』との中身はリューベル・ミランであると前提に置いている。与えられた情報がまだ少ないが故に、ある程度最悪の事態を想定して対策を取ることで後手に回ることを減らす為だ。
そうでないならば取れる対応は単純。しかしそうであるならばことは複雑を極める。
ならば手間を惜しまず、そうであることを前提にするべきだという状況判断だ。
「現状維持が丸く、さりとて放置は出来んか。総括する、一先ずスレイ調査騎士に駐在を続行させろ。あれが誰の思惑で動いているかは知らんが、事態を動かすのに役立つだろう。協会がゴネたら望む物をくれてやれ、迷惑料だ。貴族連中は次の夜会で余が対応する。引き続きダンジョン維持は連中に任せ、例のモンスターの情報を集めよ。手段は各自一任する、良きに計らえ」
「「「ハッ!」」」
陛下と呼ばれた男が指示を出し終え、静かに手元の概要書を捲る。
そこから幾つかの情報を読み取り不敵に笑うと、明らかに軍人であろう男に追加の指示を出す。
「ヘレスはよくやっている、必要なら『大遠征』の情報を共有して構わん」
「しかし……」
「許すと言った。奴の手腕によって我が国のダンジョン産業は他国の2歩先を行っている。報いは必要であろう?」
「仰せのままに(現場単位は知らんがアレと組織規模で一番上手く行っとるのは教会だ。世間体だのダンジョン外のことは連中に任せておけばいい。こっちは今のうちに『大遠征』の資料を纏めさせにゃ……)」
「(彼らが『国』の干渉を求めているようには思えないが……上手く立ち回らねばまた拗れそうだ。エボとやりあいたくはないが、仕方ないか)」
「(好き勝手言ってくれる、こちらがどれだけカードの件で忙殺されているか知らないと見える。……まぁ向こうにはアルマにガロン、他にも優秀な者達が大勢いる。接触は最低限にして好きにさせておこう)」
各々が退室した後、彼らの気配から好転する気配を感じなかった王は一つ溜息を吐くと苦笑いし、隣で静かに静観する女性に喋りかける。
「なんだかうまくいかん気配がするな……しかしアイツには死んでからも振り回されるなぁ」
「……はい。本当に、困ったお方です……」
「スレイ調査騎士の件もそうだが、調査騎士はどうも力と我が強すぎるな。手綱を握るのも一苦労だ。まぁ余に出来ることもそれ程ないんだが」
口数が少なく、小さな声で話す物静かな女性である。見目麗しい淑女と言った様相だが、その雰囲気はしっとりとしていて暗い。
彼女の陰気さに慣れているのか、陛下と呼ばれた男は然して気にも留めず鷹揚に笑いながら、古い思い出に思いを馳せるように目を細めた。
「上手く事が運べば20年ぶりの再会となろう。余が言えた事ではないが、後悔はしないようにな」
各々の思惑の中、『国』は静かに動き始めた。
またある国の火山地帯では小さな騒ぎが起こっていた。
「オメェら、うちの子らから手紙が来たぞ!はよ読もう!」
「待てや兄貴、まだ炉の掃除が終わっとらんのや。先見とくか待つかしろい!」
兄弟で営む鍛冶屋の一角からダミ声が響く。
周囲は常にドタドタと慌ただしく走り回っており、商売繁盛を伺わせる。
ここはダンジョンタウン『アトラス』。この街では常に強い武器が求められ、求めに応えては造られ、戦場であっという間に消費され、そして次は更に強い武器を求められ、また造られる。
ダンジョンタウンに居を構えられる鍛冶師は漏れなく一級であり、彼らの繁盛は日々のたゆまぬ努力が生んだ実力である。
そしてそこに住み込んであくせく働いている兄弟夫婦の4人が届いた手紙をワクワクと見つめている。
「おう読んだるわい!しかしなんだ、2人が旅に出てからもう2か月か?時が過ぎんのは早ぇね」
「あんたまたそんなジジ臭いこと言って、ほらさっさと開けんかね!」
「わーってるわ、どれアイツらは無事『ダイダロス』まで着けたんかっと……」
『ダイダロス』が波を終える頃、丁度『アトラス』はこれからの『波』に向けて準備に取り掛かる時期に当たる。今こそ仕事のピークであり、彼らの稼ぎ時だ。
兄夫婦が封筒に刃を入れ慎重に手紙を取り出す中、その弟が周囲に指示を飛ばしながら妻の差し出したタオルで汗を拭く。
「かっ、煤塗れじゃい。オイそっち終わったら休憩だ!キビキビやるんだぞ!……確か兄貴の子供とダチがグラノドに会いに行ったんだったか。好き好んで会いに行くやつじゃねぇと思うが」
「あたしらもそう言ったんだけどね、国宝を一目見て惚れちまったんだと。あんな偏屈で捻くれたクソガキに会ったっていいこと無いのに。あの若造どうせ弟子なんか取らんし」
2人はグラノドをあまり良く思っていないが、これは2人に限ったことではない。
ダンジョンタウンには街ごとに必要となる武器の種類が異なってくる。これはその地域の住人に適した装備を用意する必要があるからだ。
『アトラス』で求められるのは大きく、武骨で、頑丈な武器だ。小細工など不要、その気になればそこら辺の石柱だって武器にする益荒男が握る武器なのだ。
彼らの多くは概ね共通した信条を持っている。強い己には強い武器を。己が強くなり続けるならば、武器もそれに併せて強い物を、と。
武具の消費志向とも言える考えが他国のそれよりずっと顕著であり、それらは同時に武具の生産と発展が他国より進んでいる理由だ。
グラノドもかつてこの街で多くの鍛冶仕事を引き受けていた。しかしあまりにつまらない鍛造の日々に飽きてこの街を出た。
以来のパターンが「もっとデカく」「もっと重く」「もっと頑丈に」の3パターンしか来ないのだ。担い手の技術に合わせた技巧を凝らしたいグラノドにとって、この街の需要はまるで肌に合わなかったのだ。
「……腕が良すぎたんじゃアイツは、鍛治に愛されとった。だからこそ自分にしか造れない物に拘り続けた。言っちゃなんだがアイツの造る武器は芸術的だ。この国の伝統とは相性が悪い。まぁ分かっとったことだな」
「アイツが出てった時若い連中が泣いて喜んだのも無理はないね。同世代は常にアイツと比べられた。王様のコレクションをゴミガラクタ呼ばわりして喧嘩しなきゃ、今頃国宝者になってただろうにねぇ。あの子らが幻滅して帰ってくるのが目に浮かぶよ……」
グラノドは伝統と言う言葉が気に入らなかった。『アトラス』の力自慢達(グラノドは彼らを「人を襲わないだけの蛮族」と称した)は次々武器を使っては壊し、すぐ新しい物を求める。
『アトラス』の探索者は頑強さを発揮する種族特性や、過酷な地で生まれ育つ環境も味方し、ダンジョンという異質な環境下でもその優れた腕力を発揮する。
地力が高い彼らは、優れた武器を使い熟すという考えより、まず強い自分に適した武器を求める。
自分が鍛え上げた至高の武器に絶対の誇りを持つグラノドの信条とはとかく噛み合いが悪かった。
己の魂を込めた一振りの芸術、その機能美を理解できない彼らの為に、デカいだけの鉄の棒きれを叩いてやる気になど1ミリもならなかったのだ。
その傲慢とすら呼べるプライドの高さは、ただひたすらに頑強な武器を求めるこの国の風土とは適さなかった。
「おっ、おほっ、わっはっはっはっ!!おうお前ら!俺の息子はやったぞっ!グラノドの弟子んなったぞっ!」
「はぁっ!?冗談は止せ!アイツが弟子なんか取るわきゃねぇだろうが!」
「ほれ、ほれ見てみぃ。アイツの字じゃ。『ダイダロス』で元気にやっとるわい。ふぅー、アイツらなら大丈夫だとは思っ取ったが、一安心じゃ」
「……兄貴はそれでいいんか?ゆくゆくはウチ継いでもらいたかったんだろ?」
バッチリと蓄えた髭を弄り回しながら、ドワーフの男は満面の笑みで手紙を折り畳み大切に封筒の中にしまった。
すぐさま返事を書くべくペンを探しながら弟の質問に快活に笑いながら答えた。
「時代は変わった。俺達のようにずっとここで職人やって腕磨くんもいいが、あの子らには今しかできんことをやってほしい。旅が与える苦難と喜びは、いつか大切な財産になる。ほいで帰ってきたら聞かせてもらうんじゃ。楽しかったこと、旅で学んだことをな。今はそういう生き方もあるんじゃ、わはは」
「そうかい、そういうもんかねぇ?」
「おうとも。それに他人事じゃねぇぞ?帰ってきたらな、外で学んだ技術を今度は俺達が教えてもらうんじゃ。新しい技法を教えてもらいながら、いつか親子で酒を酌み交わす。それが今から楽しみで仕方がないわい、わっはっはっはっ!!」
ボグの父は彼らの旅が失敗するとはあまり考えていなかった。
なにせ自慢の息子とその友達だ、彼らはきっとやることなす事上手くいく。
この街を離れる勇気を持たなかった自分達に代わり、広い世界を見回ってきてほしい。
苦労も多いだろうが、その経験は必ず糧となる。そして帰ってきた時ゆっくり話してくれればそれで十分。そんな親心が彼らの旅路を後押ししていた。
そして皆の手が止まりそろそろ全員休憩に入ろうと言ったところで、鍛冶場の扉が大きく蹴飛ばされて開く。
頑丈な扉はその程度で壊れることは無い。大きな音を立てて現れたドラコニアン、ぜぇぜぇと息を切らして立っているケンドルの父をボグの父は笑って出迎えた。
「おーやっぱ来たか!丁度今手紙読んどったところじゃ、お前さんとこはどうだ?」
「どうだじゃねぇよォ!絶対断られるだろうから旅を許可したんだよ俺ァ!!なんかの間違いだと言ってくれよォ!!」
「わーっはっはっはっ!!まぁお前さんらは嫌じゃろうなぁ!相手が相手、同族の天才じゃもんなぁ!!うわっはっはっ!」
「ちくしょぉぉぉぉ……!!こんなことになるならケンダルを行かせるんじゃなかった、よりによってあん畜生の弟子とか、俺でいいじゃねぇか息子よォ!おーいおいおい……」
「安心せい、うちの倅も揃って弟子になりおったわ!少なくともアイツらは一人じゃあない。安心して今日は飲もう、な!」
豪放磊落な住人達の笑い声が今日も『アトラス』に響く。
この場所こそが『アトラス』。武具と情熱、炎の国。ボグとケンダルの故郷である。




