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46 積み重ねてきたもの

「翁は今何と……気は確かかっ!?」


「齢70、ついに耄碌したかぁ?」


(おきな)はボケてなどおらん!しかしいくら金になるとはいえ……相手はモンスターだぞ……!?」



 エボの一言に周囲の人だかりが一斉にどよめき始める。

 前代未聞等といった言葉では到底言い表せられない。当然ながらモンスターとの取引した例など過去百年遡っても存在しない。

 実際にはそれを()()()()()によって試みようと画策した研究者もいたが「自殺願望を満たしたいなら街の外でやれ」とにべもなく却下されている。

 もし取引をしてみたいなどという輩がいれば、全ての探索者が例外なく「迷惑だからやめろ」か「ついに気が触れたか」と返ってくる。話にもならないレベルの妄言だ。

 しかし今回は事情が全く違う。『徘徊者』に関しては積み上げてきた実績があまりに大きすぎた。



「具体的には深層で収集した道具やモンスターの遺骸を代価に、安全な地上拠点を用意しよう。血を垂れ流したままでは行動もままならんだろうからな、こちらで対応策を用意する。街から出すわけにはいかんし、日を浴びに来たり話し相手になるくらいしかできんとは思うが……それこそが君に必要な事ではないかと見た。どうかな?」


「エボ商会長、その話は待ってもらおう」



 その目論見を阻止するべく、まずはアルマが動いた。彼女は『教会』の一員としてエボの言論をそのまま通すわけにはいかないのだ。

 拾得物を届け出る義務も無く、どころか回収に行くことすら命の危険を孕むこの世界で、彼はあまりに多くの遺品を届けて来た。

 そのようなことを半年、加えて彼は歴史の表舞台に出るより遥かに長い間ダンジョンを孤独に彷徨いながらも、折れることなく継続して取り組んできたことは偉業を成したと言えるだろう。

 彼が折れず曲がらず続けてきた結果、かつての大事件『大遠征』からおよそ20年という時を越えて真実を知り、ようやく心を解放できた人間は大勢いる。

 余談ではあるが、20年も時が経てば国の中枢近くまで上り詰めた者もいる。そんな彼らが今や『徘徊者』の強烈なシンパとなりつつあることに『国』が頭を抱えているのも現実だ。


 この行動は『徘徊者』の善性と倫理観を強固に保証した。それは『大教会』も既に認識しており、その結果が教会勢力『ダイダロス』支部における事実上のNo.2であるアルマを動かしたも言える。

 彼の死者を悼み人を想う気持ちは自分達と同じ、ならば極めて強力な同盟者となれる素質がある。ミリアムを除き、ガロンを含む聖職の探索者達によって最も早期に有効関係にあった『教会』がこの機会を逃していい筈も無い。

 アルマはそういった組織のパワーバランスといったものに関心は薄い。だが彼の立場については一考すべきだと判断した。



「あまりに性急過ぎる。彼の地上進出となればこの街、いやこの国だけの話では済まなくなる。彼を起点に他の『国』まで巻き込むことになるぞ」



 そしてこの出来事の輪の中にいるのは探索者遺族だけではない。その影響は特定の探索者と契約を交わし懇意にする『国』の貴族まで及ぶ。

 かつて貴族間における権力争いの一環で、懇意の探索者が計略によって殺害された事件が起きたのだ。仔細を知ることの出来ないダンジョン内で起こされた出来事故に、これまではそれが明るみに出ることはほとんどなく、泣き寝入りせざるを得なかった。

 だが『徘徊者』の存在が、彼によって齎された大量の『探索者カード』がその状況を一気に覆した。死因が明らかとなるカードの存在は貴族達にも知れ渡り、かつて行われていたダンジョン犯罪の計略が暴かれ始めたのだ。

 貴族仕えの探索者が行った殺人事件の存在が完全犯罪から公然の秘密となり、当時「あれは事故だろう」と嘯いた貴族達が一人残らず自らの首を絞める結果となった。

 完全な失脚や逮捕まで行った貴族はまだいないが、有力な証拠から疑いを持たれ発言力を失い後退を余儀なくされた貴族は既に現れ始めている。

 その代わりに現在は領地経営の傍ら、ダンジョン経済を元に利益をやりくりしているダンジョン解放派の貴族が強力な発言権を得ている。これも彼らが『徘徊者』に入れ込む要因の1つだ。

 お陰で『国』は未曽有の混乱を引き起こしかけているが、20年前から残っていた膿を吐き出し、『国』とダンジョンの関係を改めて見直す機会が生まれた瞬間でもある。


 そんな彼らは今でこそ『徘徊者』とダンジョン協会を強く支持しているが、殆どの貴族はかつてダンジョン閉鎖派に属していた。

 ダンジョンからモンスターが溢れかえってきた。ならばいっそのこと危険なダンジョンなど封鎖してしまえ。最悪無くても経済は成り立つ。という言論が彼らの根幹には間違いなく()()()

 その考えを変えたのはひとえに『徘徊者』による献身である。ダンジョンは常に開放されるべきだと言う訴えは、彼が齎した『探索者カード』の寄付によって成り立ったのだ。

 ダンジョン閉鎖論を招いたのも『徘徊者』の地上進出であるが、探索者達が路頭に迷うことなく野盗化もせず、継続してダンジョンで探索活動を行える様になったのも『徘徊者』の献身の成果と言える。

 無論、今の内に『徘徊者』に投資するのが得策だと判断して方向性を変えた貴族達も少なくない。だが『国』とダンジョンの関係性を大きく変えずに済んだのは、間違いなく彼の善行なのだ。

 だからこそ、今『徘徊者』が地上に進出するとなれば、彼等は猛烈に彼を後押しするだろう。そうなれば世界が取り返しのつかない場所まで進んでしまうことは容易に想像できることだ。



(状況が良くない。エボ商会長に口火を切らせたのは私の失態だ。あのように劇的な振る舞いをされては陶酔する者も現れよう。ヘレスを説得して当初の予定通り、早々にダンジョンに帰還してもらうべきだった)


(彼の存在が悪しきものではないと大勢に証明されたのは悪くない。しかし民として受け入れるにはあまりに早すぎる。どれほど拒否反応が起こるか予想も出来ん。この場はまだ『探索者』としての協力に留めたい……だが()の意向を無視してでも踏み込むべきか?我々は君の味方だと。しかし、まだ状況を動かすべき時では……)



 この場にいる者で『国』の意向を含み事情を知る者、そして思い至る者はほとんどいない。しかし一部を知る者は何人かはいる。

 『大教会』を通して貴族の内情を知るアルマ、そして自分を召し抱える貴族から「『徘徊者』の動向を探り、必要なら支援しろ」という命令を受けている探索者達だ。彼らは既に他探索者達の暴動を抑えるべく陰ながら行動している。

 今すぐにでも飛び出しそうな探索者の傍で「待て、もう少し様子を見よう……」と嘯く者。傍に控える従者に伝令を出して周辺の動向を探る者。あえて動かないことで周囲の探索者達を牽制する者。

 普段から『徘徊者』(それ)の動向を意識して探索を行う彼らにとって、『徘徊者』の擁護側に回れるこの機会はまさに千載一遇。当然ながら見逃すわけがない。



「彼の存在が『国』の安全を揺らがしてからまだ半年も経っていないということを忘れてはならない。信を得ているのは……まだ限られた人々だけなのだ」


「ふむ……アルマ女史の言うことはもっともだ。ではいつになる?」


「何?」


「彼の信とやらを、君の思う多くの人間が得るのはいつになると聞いている。モンスターは人を襲う邪悪であり殺さねばならんと考える者は絶対にいなくならん。彼らの信を得るにはどれだけ長い間、あるいは彼らが死ぬまで、世代が変わるまで彼は待たねばならんのか?そこまで待たせて人々が彼に迎合すると保証できるのか?」


「それは……」


「君も見て、聞いただろう。彼は人だ、それも優しき人だ。我々が信じてやると保証せねば、大恩あろう彼を今度こそ真に孤独な旅へ送ることになるぞ。無論、彼が溜め込んでいるアイテムに興味があるのも事実だがね」



 エボの言葉は綺麗事だ。しかし今この瞬間は綺麗事が人間の心を打つ。虐げられた人間を助ける為ならば、この場にいる多くの者が賛同してしまうのが情の理屈だ。感情が「そうだ」といえば理屈すらも曲げてしまうのが人間だ。

 アルマとてできるものならそうしたい。大切な人をダンジョンに喪い、時が止まってしまった人々の心を動かした彼に出来る限り支援をしてやりたいとは思っている。

 だが『教会』は未だ『徘徊者』へ公式に声明を出していない。あくまでダンジョン内で出会う探索者達に交流を是としているだけだ。

 まだその時ではないのだ。モンスターによって大切なものを喪った人々に福音を齎したのが、同じモンスターだと告げるのはあまりに酷なことだ。どれほど彼だけは違うと伝えても、彼がモンスターという枠組みから外れることは無いのだ。

 このまま性急に事を運べば『教会』はモンスターを擁護するなど大きな不信を抱くことになりかねない。そうなれば今まで築いてきた信頼は一転、今度は『教会』の信は地に堕ちるだろう。

 アルマはエボと違い『教会』勢力の党首ではない。この街での立場こそ高いが、大組織の方向性を決定する重要な決断を一存で決められる立場ではないのだ。


 時代の潮流ここにありと全力で舵を切るエボ、急激に歴史が動こうとする事に眉根を寄せるアルマ。それを静かに傍観するヘレス。

 混沌の中でも時代の流れを読み切ろうとし、激流にあっても貪欲に、より良い未来を目指そうとする商人。

 恩義と礼節、過去を重んじ、人々に混乱を齎すことなく時代は常に平穏であるべきだとする信心深き聖職者。

 ダンジョンの導きを受け入れ、時代と共に変化してきたダンジョン協会。

 彼らの動向はその所属の在り方をそのまま示していた。そして誰もが正しい道を行こうとしていた。

 葛藤するアルマを見かねてか、あるいは初めからそうする予定だったか。静観していたヘレスが口を開いた。



「その議論は長引きます。いずれにせよ『徘徊者』には一度ダンジョンに戻ってもらいましょう。そしてこのことは各自持ち帰り、議論と検討を重ねた上で判断するべきです。この場で決定することではありません」


「ヘレス会長、貴方は彼の受け入れに反対か?」


「そういう問題ではありません。これ以上の探索停止は運営に支障が出ます。それに……床の掃除も必要ですから」



 こうして議論を重ねている間にも帰還所の床は少しずつ血溜まりが広がりつつある。

 『徘徊者』の意志でどうこうできるものでもないのだが、言われて本人もバツが悪そうに少し項垂れている。

 引き留めたのはエボ、アルマ達である為責任を感じる必要など無い筈なのだが、そういったところも彼らに警戒心を抱かせない理由の一端を担っていた。

 隣に立っているミリアムも彼らの白熱した議論の行く末を見守っていたが、終わりの気配を感じて『徘徊者』の手元に降りて来た小鳥を撫でて戯れていた。



「話は聞いていましたね『徘徊者』。貴方は一度ダンジョンへ戻ってください。ああその前に、気が向くなら何か金目の物を置いていってくれても構いません」


「ヘレス、自我はもう少し隠してくれ。公の場だと貴方が言ったのだぞ」



 ヘレス自身、エボに喋らせたことに後悔はない。しかし事を大きくしやがってこん畜生とは思っている。

 元を正せばスレイが『徘徊者』にちょっかいをかけたせいでこのような事態に発展しており、『徘徊者』とヘレス達に責任は一切ない。

 しかしこれらの対応に肉体的にも精神的にも疲れたのだ。せめてこの分を回収したと思わなくてはあまりに割に合わない。

 そう言われて『徘徊者』は慌てた素振りで沼の中に腕を突き入れた。取り出したのはいくつかの瓶や布袋。そして6階に巣食う虫系モンスターの遺骸であった。



「6階の素材が多いな。いい換金対象ではあるが……」


「これはさっきのエナさん?達の回収分だそうです。元々スレイさん引き渡す為にパーティは『帰還』して、置いてく筈の素材はもったいないから入口近くまで運ぶ予定だったらしいです。ご迷惑をおかけしました、だって」


「話を聞く限り貴公は迷惑を掛けられた側ではないか……?」


「あと何かある?今すぐ出せそうな物。あっ、あるんだ。なになに?」



 ミリアムが興味津々といった様子で『徘徊者』の傍で眺めている。

 すると『徘徊者』は血溜まりの中から、いくつかの品々を取り出した。



「これは知っている『墓守』のランタンだな。『墓守』の討伐時極稀に拾える、本当に珍しい物を持っているな」


「これはなんだね?瓶に入った液体のようだが」


「7階で植物に擬態していたモンスターを斬ったら甘い匂いがして、何かに使えるかもって回収したみたいです。価値の予想が全くできない物が来たわね……」


「……この割れた宝石の数々は?核じゃないとはいえ、この数明らかにミリアム達に渡した以上の分量……いえ今はいいです。置いていけるだけ置いていってください。全て換金可能ですから、ええ」


「私はその件知らんのだが。教えてくれたまえ、彼らは一体何を受け取っているのかね!?」



 その後もいくつかの物品をやりとりしつつ基調で高額な品、特に買い取り要望が出ているものを中心に沼から引っ張り出す。

 かなりの容量を誇る様子で、様々な品が沼から良い状態で次々と現れる。

 長い間地下を彷徨していたのは伊達では無いようで、蓄積してきた財はかなりの物のようだ。


 当の本人は時折ミリアムに「それはいい物なんですか?」と聞いていたようで、自分が集めた物の解説を興味深く聞いていた。

 いくつか見逃してしまったものもあるようで「見かけたら集めておきますね」とも伝えている。今後はより実りある取引になるだろう。



「……驚いたな。価値ある物なら嬉しいと言っていたが、ここにある品だけで今日の稼ぎ半日分にはなるぞ。滅多にお目にかかれん物ばかりだ!しかも未鑑定品がいくつもある、これ次第では1日分に届くかもしれん。なにせ初見のアイテムだ、何に使えていくらになるか私には想像も出来ん。これだからダンジョンは面白いな!」


「商会長は気楽でいい……益々世は彼を放っておかなくなる。頭が痛い話だ」



 どこか照れたように後頭部に手を置く『徘徊者』にミリアムが「嬉しそうね」と笑いかける。

 ヘレスとエボが素早くそれらの算段をつけつつ、当初の予定を遂行するためにヘレスが話を進める。



「これらは一度正式な鑑定に回します。心配せずとも家一軒建ててもお釣りがくるでしょう。連絡をする際は必ずミリアム達を通します。今日のところは戻って頂きますよ」



  異論はないのか『徘徊者』は頷き、並べた品々を前に直立して案内を待つ姿勢になる。

 『徘徊者』は初遭遇を除いてダンジョンの外に出たことが無い為、帰還所からダンジョンへと戻る道を知らないのだ。

 その事に思い至るのに全員が数秒使い、ハッとしたヘレスが咳払いをしてからミリアムに案内を言い渡す。



「私は状況を整理してきます。ミリアム、彼をダンジョンの入口まで案内してください。アルマ、護送をお願いします」


「はい!」


「分かった」


「エボ、貴方は事態の鎮静に努めて。それから鑑定所に護衛を増やしてください。最低でも今の倍です。いいですね?」


「もちろんだとも。さぁ、忙しくなるなぁ!」


「お気楽そうで私も嬉しいですよ……さて、連中を黙らせなくては」



 ヘレスは決心した。これより到来する混沌の時代、それを駆け抜ける覚悟をだ。

 人の口に戸は立てられない。恐らく今日のこの出来事はこの国の内外を問わず、あらゆる場所に波紋を呼ぶだろう。

 それに備える為にも、ヘレスは状況が分からず混乱し始めた群衆へと向かった。

 まずは状況を鎮静化させ、稼ぎを再開させることからだ。金はいくらあってもいいのだから。


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