43 再開の時は過ぎ去り
「スレイ調査騎士、これは貴方の入れ知恵ですね?」
「教会が彼と懇意にしたがっているのは知っていました。これで教会は大手を振って彼に味方ができて、かつ対抗馬も浮き彫りになる。いい案でしょう?」
「この土壇場で悪知恵の働く小僧だこと。法と倫理が許すなら貴方を殴っているところです。さて……」
ヘレスが『徘徊者』の前に立つ。振り返ればこれが初の邂逅、ヘレスの握った手に汗が滲む。
それとの対話に応じる前に、周囲の探索者達に指示を回す。
これからする会話を聞く人間は少ない方がいい。その為の配慮だ。
「エナ、ご苦労様でした。各自休息を取ってください。ダンジョン内で起きたことは指示があるまで口外無用です。ついでにスレイ調査騎士が逃げないよう全員で見張りなさい」
「は、はいっ!」
「逃げませんよ!?」
「信用してねぇってことだよ言わせんな。そんじゃお先に失礼しますー……」
「俺も席を外しましょう。会長、どうかご無事で」
そう言い残して6人は恐る恐る、あるいは堂々と囲いの外へ向かって歩き出した。またここまで着いてきた職員の男も話し合いを邪魔しない様、そして周囲の探索者による万が一に備え彼らを護衛する為について行く。
アルマもヘレスの考えを察し、こちらも同様に指示を出す。
「会長が到着した今、我々の役割は終わった。ご苦労だった。通常業務に戻り探索者達のケアに回れ。手すきの者は護送の為に道を確保しろ。私は残る」
「はっ、ご武運を!」
そして残ったのは周囲で固唾を飲んで見守る探索者達を除けばアルマとヘレス、そして『徘徊者』のみだ。
これまで一瞬たりとも気を抜いてはいない。しかしここからはなお一層のこと注意を巡らせなければならない。
敵は最前線に巣食う最悪の怪物。一瞬の油断で首を刎ねられれば文字通り全てが終わる。
ヘレス自身の命も、この街もだ。そうならないように最善手を指し続けなくてはならない。
「顔を、上げて頂けますか?」
「……」
『徘徊者』が反応を見せる。組んだ指を解き、ついた膝を伸ばし、大きな体躯が立ち上がりその姿を見せる。
ヘレスの高くない身長も相まってその威圧感は非常に強烈だ。表情は見えず、ぼんやりと光る恐ろしい緑色の眼光がヘレスの目を真っすぐに射抜く。
だがここで怖気づいては何もならない。自分がここに来たのは何の為か、今一度思い出す。
怯えは喉に張り付いていないか?舌は乾いて崩れていないか?恐怖が涙にまで及んでいないか?
その一切を表に出すことなく、ヘレスは凛と声を張る。
「個人的に聞きたいことは山ほどあります、しかしそれは今ではありません。貴方が事故に巻き込まれたことは承知していますが、今は大変忙しい時期なのです。今日の所はダンジョンにお戻り頂けますか?」
それを聞いた『徘徊者』は天を仰ぎガラス越しの太陽を見つめ、やがて僅かに名残惜しそうに頷いた。
以前地上に現れた時は眺める間もなく地下へと逃げ去ったからか、あるいは本当にただ名残惜しいだけなのか。
ヘレス自身、『徘徊者』と直接向かい合って分かったことはあまりない。
しかし、まるで人のように日差しを浴びるその姿に、ヘレスはかつての友人の姿を被らせないよう苦心していた。
それを隠す為にヘレスは可能な限り他人行儀、かつ冷静な振りをし続けた。
あの男も日を浴びるのが好きだった。などと思い出したくはなかった。
「ご協力に感謝します。貴方が溢した血はこちらで処理します。戻るまでくれぐれも不振な動きはしないように」
こうしている間も人の手が止まっている、『波』の稼ぎに影響しているのだ。
一刻も早く戻ってもらいこちらは速やかに探索を再開、今期の稼ぎを取り戻さなくてはならない。
この遅延分の損失に対し、『徘徊者』は人を襲わないとこの場にいる探索者達に周知された事実。これらのつり合いが取れているかと言われれば、悩ましいことではあるだろう。
元々『騎士捜索隊』の活動により、ある程度の安全性は周知されていた。
彼に直接刃を向けられた人間はおらず、何より彼らが接触し続けても殺されていないのだから、少なくとも善性である可能性は高いのだと、ぼんやりとは認識されている。
そこまでして尚噴出した怨嗟は、ダンジョンの長い歴史が与えてきたものと同時に奪ってきたものを表してもいる。
住人達の拒否反応はヘレスの想定よりもずっと根深いものだったのだ。
「では参りましょう───」
「……」
ダンジョンの方角へと振り返り、先導する気だったヘレスの肩に向けて『徘徊者』の手が伸ばされる。
彼はヘレスがさっさと行ってしまおうとするのを見て、少しだけ引き留めるだけのつもりだったのだ。
置いていって済まなかったと、何もかもを投げ出すことになってしまい悪かったと、そう伝えたかっただけだった。
敵意の無いその行動に不意を突かれ、振り返ろうとしたヘレスの対応が遅れた。
闇色の籠手がその身体に触れようとした瞬間と、控えていたアルマが錫杖を振り翳しその腕を天に向けて強烈に弾くのは同時だった。
腕に一撃が叩き込まれて反撃が無いことを確認したアルマはもう一度、今度は強烈に踏み込みを入れ、身体を軸に錫杖を横薙ぎに振り回す。
その杖は体勢を崩して仰け反った『徘徊者』の腹に叩き込まれ、回避する間もなく『徘徊者』を回転させながらモニュメント脇へと吹き飛ばした。
ヘレスの前に躍り出たアルマは僅かな焦りも表に出すことなく、無事を確認する為臨戦態勢のまま声を掛ける。
「怪我や異常は」
「……ありません。気を抜いていたのですか、私が」
「らしくないな」
統治者の首元に手を伸ばす。傍から見たそれは不審な動きそのもの。ならば信徒とて容赦はしない。
守るべき信徒であると宣言しながらも、害を成す可能性があるなら攻撃を躊躇しない。
信仰に篤くありながら冷徹。これこそがアルマが『厳正』たる所以である。
不審者に一撃を叩き込んだアルマだが、腹を打つ瞬間本当に僅かだが軽くなったのを感じた。恐らく殴られる直前、左足で地面を蹴ることで回転に勢いを付けつつ打撃の効果を薄れさせたのだ。
腹に入ったのは有効打ではある。しかし『致命的な一撃』ではないことをアルマは確信した。
体勢を崩し不意を打たれて尚反射的にダメージを減らす方向に舵を切った判断の速さ。そして何より並のモンスターなら容易く葬る一撃を受けてダメージにならないその頑強さ。
アルマは再度改めて、目の前にいるのがただの怪物ではなく、戦い慣れした熟達の怪物であることを再認識した。
そんなアルマの心情も知らず、ヘレスはどこかぽかんとした顔で触れられそうになった肩に手を当てていた。
「自分でも驚く程に警戒する気が起きませんでした。何故でしょうか」
「知らん。お前の首がもぎ取られたら目も当てられん、早く気を張れ」
その仕草に出会い頭に髪に触れやがったあのデリカシーの欠如したクソムカつく調査騎士隊長兼友人を思い出したからだろうか。やはり中身はあの男なのか?
ダンジョンで亡くなった調査騎士は彼一人ではない。ともすればその内の誰かなのか?
確信を持つには至らないもどかしさに、ヘレスは僅かに苛立った。
やっぱりコイツあの男なんじゃないのか?その疑念を気合で抑え込みつつ、努めて冷静に自分を律する。
「聞くだけ聞いておきますが……貴方はリューベル・ミランなのですか?」
「……」
倒れ込んだ『徘徊者』の返答は沈黙。一切の意思表示をすることなく、ただ倒れたまま空を見上げている。よく見れば瞳の緑色がチカチカと点滅している。
「いつまで寝ているのですか。その程度で休息が必要なほど軟ではないでしょう」
心なしか先程よりもぶっきらぼうになったヘレスが倒れた『徘徊者』に声を掛ける。
しかしどうにも様子がおかしい。何故さっさと立ち上がらないのか。怒って反撃はせずとも、苦言を呈するくらいはするだろうと考えていたのだがそれもしない。
アルマも不審に思ったのか、顔を顰めたままじっと動かない。下手に動いて足でも掴まれたら事だ。
一向に動かない『徘徊者』に周囲が騒めき出すも、その答えは本人から齎された。
「……?………!?」
上体だけを起こし、突如として左右を見渡して狼狽え始めたのだ。
先ほどまでとは明らかに様子が違う。意味深長な振る舞いなど一つも無く明らかに慌てふためいている。
その姿にヘレスは「何を今更……」と血管が切れそうになるも、すぐにその姿に合点がいく。
今目の前にいるこれがそうなのかと。




