41 奇策あり
『徘徊者』の側から仕掛けることもなく、探索者達もヘレスの到着まで身動きが取れない。
膠着状態にスレイを除く5人もどう対応したらいいか分からないようで、左右に展開し『徘徊者』の前に立つも護衛の体を成していない。この人数差で護衛は苦しいと騎士も理解している。
固まった状況を解決するために、ここは自ら進んで価値を示すべきか。相手がモンスターと分かっていても攻撃できない、そんな価値、理由を作るべきなのでは。
こういうのは自分よりも得意だろうと騎士は少年に振る。
(価値って言っても、パッと思いつくのは宝石とか素材とかかな……ごめんなさい、この世界の価値基準がまだ分からなくて)
(地下生活が長かったからな、仕方ないさ。とはいえ私もこの手の交渉事は苦手でな……そうだ、異世界由来の物はどうだ?こう、周囲を圧倒できるような異界の技術の様なものは?)
(いや、体一つで出来るものなんて……あっ、草笛とか花冠の作り方なら)
(う、うーむ……それはこの世界にもある物だ、ちょっと弱いかもしれんな)
考えてみれば少年は技術者ではない。そうなる未来もあったかもしれないが、本来は成長途中の子供だ。それらの技術に明るくないのは全く以ておかしなことではない。
しかしこれには騎士も困った。彼はこの手の交渉事はあまり得意ではない。嘘やハッタリを見抜くのは得意だが相手が求める物を察するのが不得手なのだ。
彼等の装備を一見した限り、今の年代は自分が生きた時代とそう変わらないように見えている。死後何百年も経過している可能性は考慮しない。故に人々の価値基準はそこまで変わっていないと当たりを付ける。だからと言って場の緊張を緩和できるようなアイデアがあるわけでもないのだが。
今この場にミリアムがいない以上、意思疎通の橋渡しは期待できない。いずれにせよ何かするなら早めに手を打たなくてはならないだろう。
ヘレスが来る前に、あるいはミリアム達が戻ってくる前にこの場を切り抜なくてはならない。まだ心の準備が出来ていないのだから。
(だ、大丈夫、ですか?)
(あぁ……問題ない。だが急ぎ何か考えなくてはならん……!)
今は焦燥に駆られている場合ではない。可及的速やかにこの場を無事切りぬけることを考えなくてはならない。何か提供できるものは無いか、沼に沈めてある物を一つ一つ思い浮かべてみる。
まずダンジョンで拾い集めたモンスターの遺骸達。これらを片っ端から提供すれば友好を得られるかもしれない。
特にお宝は8階のモンスターのドロップ品だ。数はほんの僅かだが未だ解明の進んでいない未知なる階層の資料だ、大きな価値を生むだろう。
しかし如何せん即物的かと考え直す。物品金銭で取り入ろうとしている等と思われれば却って敵対心を強めかねない。
拾った探索者カードは先日渡してしまったばかりで手元にはほとんどない。それにこの場で渡したところで「お前達が手にかけたのではないか」と言われれば真偽はどうあれ、そこで関係性は終わりだ。
次に自分自身。7階のモンスターの身体だ、未だ分かっていないことも多い筈。
血液や身に着けていた初期の装備品くらいなら提供できる。これらを求める研究者、商人は多いのではないだろうか。
しかしこれもリスキーだ。大人しく捕らえらた結果実験に使われるくらいならいい。解剖されて命まで取られる可能性も決して0ではない。
何よりいるのだ、彼らを強烈な憎悪と敵意で睨め付ける者が。見える範囲で武器を向けている探索者達もどうするか決めあぐねているものがほとんどであるが中にはいる。
自分だけならいい、苦痛には慣れている。拷問に解剖、罵倒だろうが受け入れてみせよう。最後には黙らせるが。
だが少年はダメだ。今の彼にはほんの一片たりとも人の悪意に触れさせたくはない。騎士にとって彼は大切なものなのだ。
(そうなると、残るものは……うーむ、無い。困ったぞこれは)
あるにはあるが、思いつくのは即物的だと言われるようなものばかり。自身の明確な意思表明になるものが思いつかない。
あまりうかうかしていると他の探索者達が順に『帰還』しその度に混乱は大きくなる。どうにかならないものか。
悩んでいるとそこに、元凶たるスレイ騎士が疲労困憊ながらも楽しそうな声で『徘徊者』に声を掛ける。
「ダンジョンの人。お困りならちょっとしたアイデアがあるんだが、どうかな?」
「スレイ、貴様何を考えている」
「失礼は承知です、しかし彼については俺の方が詳しいと思いますよ。彼が人類側であることを証明すればいいんですよね?」
彼の言葉に周囲の反応は、余計なことをするなが7割。何か危機を脱する方法があるなら話くらいは聞いてやるか……?が3割である。
つい数十分前に独断専行でダンジョン内を突っ走り、絶対に関わるなよと言われていたのに無視して『徘徊者』に戦闘を挑み、今も楽しそうに状況を見ている。ある種の危険人物の言葉だ、あまりに信頼度が低い。
しかし思いつく限り有効な一手がないのも事実。とりあえず聞くだけ聞いてみることでパーティの意見は一致した。
「ありがとう。なに、君が俺の思う通りの人物なら絶対に出来るさ。なにせ───」
「信仰こそ人の業だ、そうだろう?」
転移指定所に到着したヘレス達が真っ先に感じたのは、纏わりつく鈍重な空気感だった。
「いやに静かですね。血の匂いこそしませんが、一体何が……」
「……」
呼吸すら重く感じる程に身を纏う空気が重い。その気配は無意識に2人が走るのを止め、歩いて現場まで向わせるほど慎重にさせた。
2人は何か有り得ないことが起きているのを確信した。ここは本来『帰還』した探索者達の喧騒に溢れかえる場所だ。誰も足を止めることなく、得た成果の換金と休息のために絶えず移動する人間がいる筈だ。
しかし期間指定場所である建物中心のテラスまで誰一人として歩き回っていない。そんなことはまずあり得ないというのに。
2人が予想した未来は3つ。
即ち全員が事の成り行きを黙って見守っているか、彼らの手にかかって『徘徊者』が討伐されたか、既に全員が悲鳴も上げず血も流さず殺されているかだ。
血みどろ甲冑はある程度(ヘレスにとって不本意なことに)友好的な個体であることは、深層へ挑む探索者達にとっては周知の事実。現状維持である1つ目の予想が最も可能性として高いだろう。
2つ目なら、そもそも可能なのかという疑念はさておきヘレス個人にとって最も単純な結末、かつ複雑な心境となる。何の謎も明かされない代わりに、安寧を取り戻すことが出来る。しかし望んでいい未来かはまた別である。
3つ目ならば全てはもう遅い。刺し違えてでも『血みどろ甲冑』変異個体として全力で殺しにかかるだけだ。
どの可能性も等しく0ではない。ヘレスの心境を掻き立てるにはそれだけで十分であった。
ほんの数分にも拘らず、この一瞬で何か月分も先の計画を立てたような心地のまま、2人はテラスへ繋がる扉の前に立つ。
目的地を目前に2人は会話することもなく、静かにそれぞれの武器を構えた。
ヘレスは両手を空けたまま眼鏡を外し、結っていた髪を解いた。解れた緑髪がパラリと散らばり、まるで意思を持ったかのように次第にうねりを上げる。
やがて毛先のいくつかが纏まり、1つ1つが小さくギラリとその双眸を灯す。彼女はメドゥーサ種族の混血なのだ。
そして職員の男は左手に小さな魔法杖、右手には小剣。その刀身は僅かに光を帯びており、神聖さを感じさせる。
目標は中央テラス。あえて回り込むことはしない。もしこの中が惨憺たる有様ならばそのような行為は無意味。
誰もが自分達の到着を待っているのならば、むしろ正面から堂々と入らねばならない。
様子を見ることのできるタイミングは既に過ぎ去った。現実を受け止め、対処する時が来た。
「……行きますよ」
「いつでも」




