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騎士は独り、行進は止めず



(くそっ、なんとかしないといけないのにっ!この身体ちっとも言うことを聞きやしないっ!?)



 勝手に動く首から下の制御を試みるが、まるで止まる気配がない。

 何故かは分からないが、モンスターは基本的に『逃げる』ことをしない。

 命尽きるまで戦うか、戦うことを望まないか。それでしかモンスターは生きることが出来ない。

 なぜならそういう風に造られているから。この階に到着するまでの戦いからそう学んだ。



(……どうすることもできないのか。こんな、息苦しい、死にたくなるのは初めてだ……)



 戦う以外の『選択肢』が無く、勝手に動く身体でひたすらに憧れた人に刃傷を刻む。

 苦しい。剣を捨てたい。今すぐに逃げ出してしまいたい。

 しかし手から剣は離れず、容赦なく盾を叩き続けている。

 手に掲げた剣が彼女を切り裂くたびに、彼女の絶叫が心を引き裂く。



「っああああぁぁぁぁぁ!!」


「……」



 モンスターとなってからの日々は酷かったけれど、耐えられないものではなかった。

 死骸を漁ることへの嫌悪感は拭えない。けれどいつか必ず正しい場所へと返すからという心がそれを超えさせた。

 モンスターを斬ることも、襲われたからという正当な理由があった。加えて勝手に動く身体が、自分がやっているわけではないという心を後押しして罪悪感を薄くした。

 誰かの何かを侵害することに、一つ一つ言い訳が無くては心が折れてしまいそうだった。



「ハァ……」


「い、いやっ!やめてよ気持ち悪いっ!」



 じゃあ今の自分は何だ?

 獣のように人を傷つけ、生き血を啜り、怪我人であろうと容赦なく追い詰める制御できない醜い怪物だ。

 どれほど心の中で『人間』であることを信じても、己の行動がそれを許さない。



「うぐっ……か、はぁ……!!」



 そんなことを考えている間にも、見る見る内に顔から生気が失われていく。

 顔からは血の気が引き、汗が奔り、斬り落とした右腕からは絶えず血が溢れている。

 なんとかしなくては、このままでは殺してしまう。

 だというのに肝心な時に限って、指先一つ自分の意思では何も動きはしない。



(……僕は、化け物として生きることしかできないのか?いや、そもそも僕は生きているのか……?)



 思考が袋小路へと突き当り鈍る。目の前の出来事からすらも現実逃避してしまう。

 どうすることも出来ない無力感と嫌悪感で目を閉じてしまいたくなる。

 だがこの身体は目を閉じたとしても、周囲の状況を鋭敏に感じ取る。何をしても無意味だ。


 目まぐるしい闘いの最中、距離を置いた少女に向けて『怨嗟の声』が喉の奥から溢れ出る。

 血が詰まり、空気がまともに通わない内側から発せられる声は、聴くに堪えない汚らしい濁音だった。



「……ォォォ」


「ぁ、しまっ───」



 怯んだ少女へと肉薄、両手で剣を高く構える。

 振り下ろすまでの数瞬で、少女の顔が間近に迫る。



(……綺麗な人だ)



 可愛かった。小さな体躯で生意気な話し方で、こんな美少女の隣にいられたらどれほど嬉しかっただろう。


 綺麗だった。襲い来る衝撃をまるで水を流すかのように盾で逸らす姿は、武術に関心のない自分でも分かる程に流麗だった。


 強かった。力だけではない。死ぬと分かって仲間の盾となった。目の前の恐ろしい敵から逃げなかった。


 今まさに、刃を振り落とさんとしているこの瞬間にも、その顔に浮かべているのは後悔であり、恐怖ではない。











 剣を構えた自分と、振りかざされた彼女の目が合う。

 迫りくる死を受け入れた彼女の眼は、どこまでも穏やかで美しく───



(……ダメだ、絶対に!いいワケがないっ!!僕の諦めでこの人を殺していいわけがないだろうが!!)



 血を失い過ぎて意識朦朧のはず、もう目の前が見えているかなんて分からない。

 けれど確かに、今この瞬間に目はあったんだ。今を生きる彼女と。

 生きている人間の意思を、僕が『諦める』からと踏みにじっていいわけがないんだ。



(これは僕の身体だぞ!!やめろッ!止まれ───ッ!!)



 刃は情も無く、意識を失った彼女へと振り下ろされた。
















 凶刃が彼女を二つに割くことは、なかった。



「ヴゥー……ッ、グゥゥゥ……ッ!」



 今は既に倒れ伏した彼女の頭上、ほんの数ミリの所で刃は止まった。

 かなり無茶な止め方をしたせいか、手首がジリジリと痛む。

 だがその甲斐あって殺していない。もしもを想像などしたくない。



(けど身体の主導権を奪い返せたってわけじゃなさそうだ……)



 どちらかと言えば、彼女が意識を失ったから『戦闘』が終了した、というのがしっくり来る。

 剣を振り下ろした時の急な脱力感と現実感がそれを後付けている……気がする。


 だが、諦めてはいけなかったのだ。

 もし諦めていたら……いや、そんなことを考えるべきじゃない。

 かぶりを振るって思考を外に追いやる。無意味、無駄なことを考えるのは今じゃない。

 倒れた彼女にそっと近づき、息を確認する。



(呼吸は薄いけど、まだ生きてる。助けてくれる人は……!)



 急いで周囲を確認するが、周りには誰もいない。

 先程逃げた三人が啓発しながら逃げたのだろうか、遠くの方へ耳を澄ませても物音ひとつしない。

 なら、自分がなんとかして延命。そして彼らの後を追い助けを……



(とにかく、今は彼女を助けなきゃ。やり方は……わかる、はず)



 手始めに彼女の腕を拾い上げ、血の中へと収納する。

 この中の物はどういうワケか劣化しない。保存には都合がいい。


 そのまますぐに彼女を丁寧に横たえ、斬られた右腕の袖口を解いて僕の顔に近づける。

 僕の首元からは常に血が流れている。顔を近づければ当然、僕の血がその断面へと染みこむ。

 その過程で服や顔に僕の血が付着してしまうのは申し訳ないが、少しでも急ぐ為に今は無視する。


 同じ『人間』でも、何の関係もない相手から血を入れれば拒絶反応が出ることくらい僕でも知ってる。

 それも今流れているのはモンスターの血だ。まともでいられるわけがない。


 だが、本人の血を返す分には問題無い筈だ。



(血の沼を直接患部に繋ぎ、取り込んだ本人の血を返す。不純物や感染症なんて考えたらキリがないけど、何とかなる筈。身体がそう言ってる)



 傷口へと流れた僕の血は彼女の体内に直接入ることは無く、怪我を覆うようにまとわりつく。

 出血が酷いが、流れでる血を一度沼の中に入れて濾過。

 そしてその中から少しずつ、選り分けた彼女自身の血だけを身体へと返していく。


 あの薄暗い通路を彷徨っていた時、同族を見ていて考えたことがある。

 同族は取り込んだ血をそのまま身体に取り入れて循環、やがて許容量を超えたら古い血から吐き出していた……んだと思う。

 その光景を見たこと。そして死体の血を舐めてしまった時に理解した。

 人間の血の味は全て違う。つまり僕達は吸った血を誰のものか判別することが出来る。

 それならば選り分けておくことだって出来る筈。

 態々やる奴もいないのだろうが、今の僕にとって極めて重要なことだ。


 それを利用して地面に落ちた彼女の血を集め、それを今血管を通して返している。

 戦闘中に彼女の血を吸い取った時、身体の気まぐれとはいえ糧にしなかったことがここにきて功を奏した。



(えっと、確か動脈が心臓から出る血管で、だから今血を入れているのは静脈なんだ……うぅ、グロい……)



 傍から見れば、騎士が倒れた少女に跪き、手を取り許しを乞うてるように見えるだろうか。

 斬ったのは僕で、奪ったのも僕なのに、無様でみっともないことだ。

 なんてくだらないことを考えている間も、身体が勝手に血管を選り分けて繋ぎ合わせ、血を通わせる。

 『輸血』なんて生まれて初めてだ。これが輸血と呼べるかは分からないが。


 じっと待ち、体感で一時間くらい経っただろうか。

 少しずつ彼女の顔色が戻り始め、安定した呼吸が戻ってくる。

 不安だったが回復しているらしい。本当によかった……!

 患部は僕の血で覆われている、流れ出る血液がそのまま循環して身体に戻るから、このままなら失血死のリスクはほとんど無い筈だ。



(あとは……傷と腕をどうにかしないと。僕に治療魔法みたいなものは使えないみたいだし、これは人に頼らなきゃいけない)



 なら、次に僕がやるべきことは決まった。一刻も早くここを出て、助けを呼ばなくては。

 そうと決まれば話は早い。彼女を担いで……



(……片手は剣で埋まってるし、横抱きが安全か)



 肩に担ぎ上げたり、荷物のように持っていくのは安定感にかなり不安が残る。

 見られた時少し恥ずかしいかもしれないが命には代えられない。我慢してもらおう。

 ……いや、好感度なんて地の底なんだから恥ずかしい以前の問題か。

 腹の底がズンと重くなる。今は自嘲ですら笑える気がしない。


 一度剣を置き、彼女の背と脚に手を回して担ぎあげる。

 上手いこと左腕の中に収まったのを確認してから剣を拾い上げ、ゆっくりとダンジョンの中を歩き始める。

 相変わらず首から流れ出る血が彼女の左腕を濡らす。

 目覚める頃には服はダメになってしまっていることだろう。本当に申し訳ないが許してほしい……












 土で固められ人の手によって整備された通路は、泥と血で泥濘となった下の階層に比べればかなり歩きやすい。

 嫌な慣れを自覚している間にも歩みを進める。下の階に比べると端から端までの距離はだんだん短くなっているのは間違いない。

 このダンジョンはピラミッドのような形をしているのかもしれない。



(僕は……どうするべきなんだろうか)



 ここまで来て大きすぎる問題にぶち当たってしまった。

 誰かとの交流もこの身体が『戦闘』だと判断してしまえばコミュニケーションが途端に崩壊してしまう可能性が出てきたのだ。

 これ以上彼女、先はあまりの展開に名前が頭から飛んでいたが、『ミリアム』さんに苦労を押しつけるのも嫌だ。


 ……じゃあ、またあそこに戻るか?

 身の毛もよだつ水音と命の危険が伴うあの場所へ?

 心から嫌だと叫びたいが、今の僕にはお似合いなのかもしれない。

 浅ましい血啜り甲冑と成り果てた僕には。



(……今は彼女を助けるのが先決だ。その後のことは……その時考えよう)



 腕の中で意識を失ったままの『ミリアム』さんを見やりつつ、考えないことを選択する。

 内心、彼女を助けた後なら殺されてもいいとすら思っていた。

 あんな場所に戻ってまた無意味にウロウロし続ける日々に戻るくらいなら、いっそ……

 また脳裏を過る暗い想像に蓋をする。少し黙れば悪い想像をしてしまう、よくないことだ。



(考えるなって、さっき決めただろ)



 真っすぐな道が続く場所に来た。感だが、この先に地上への出口があるのだろう。

 数分程歩き続けてみれば、地上の光が漏れ出ている階段を見つけられる。

 この先に進めば『もう後戻りできない』ような気がする。自分という存在に何かが起きる、そんな気がする。



 僕は開きっぱなしになっていた扉を潜り、その先へと進んだ。






『血の沼』



 モンスター『血みどろ甲冑』が持つ固有技能。多くの物を沈められる底なし沼。

 取り出し方や中身を把握しているのは本人のみであり、他の誰かが手を入れてもそこから物を取り出すことは出来ない。

 中は『血みどろ甲冑』から流れ出る血液で満たされているが、血としまったものを分けて取り出すことは可能。

 だがほぼ全ての個体はその行為に意味を見出していない為、多くの場合取り出された金属は血錆で覆われ、道具は役に立たない。


 故に剣が綺麗なままの『血みどろ甲冑』は、ただ一つしかいない。


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