無謀の強者
先に仕掛けたのはジェグイ。上段に構えた長剣をそのままに大きく振り翳す。
『徘徊者』はそれに対応。斜めの斬撃を予測し剣で正面から受ける。
強烈な金属音がダンジョンの通路に響き渡る。ジェグイはそのまま鍔迫り合いに持ち込むが『徘徊者』の髄力はそれを容易く押し返すだろう。
それはジェグイも分かっている。相手が力みを入れた瞬間受け流すように力を抜く。
押し返しつつ壁へと吹き飛ばす算段であった『徘徊者』が態勢を崩しかけたところに急襲、選択したのはキックによる『足払い』。
転ばせれば体格や髄力による有意差を有耶無耶にできる。回避しようものなら追撃が入る。
しかしその目論見は外れることとなる。『徘徊者』はそのまま地面を強く踏み込み、脛への蹴りを鎧でそのまま受ける。
「くはっ、硬いなッ!」
鎧を纏ったジェグイの蹴りは重い。しかしそれを素の耐久力で上回るのが『血みどろ甲冑』というモンスターだ。
受けた脚にビリビリとした痺れを感じながらも、『徘徊者』が鋭く剣を突き出す。
ジェグイは身を逸らして回避。回避後の2撃目を下がって回避。3回目の斬撃には剣を打ち合わせることで対応。
このやりとりに『体力』の消費はほとんどない。まるで予定調和かのように戦いは進んでいく。
戦い始めて数分、その違和感の理由にジェグイは思い至った。
「……なるほど、俺の戦い方を知っているからか。厄介だ」
その言葉を皮切りに互いの動きが止まる。
先ほどまで拮抗していた戦いは演出されたものであり、『徘徊者』はあくまでジェグイの打ち合いに合わせていただけに過ぎないと理解したのだ。
言うなれば様子見。自分の技と現代の技にどれほど開きがあるのか、それをジェグイの動きから推し量ろうとしていた。そうして『徘徊者』は理解した。
己と彼の間に、時代による大きな開きはない。故に容易い相手である、と。
ジェグイの目は静かな闘志で燃えており、この程度ではまだまだ遊び足りないと溢れんばかりだ。
「───ならこれはどうだ」
ジェグイが唯一使用可能な魔法、それこそが『風の加護』。一時的に自分の身体能力を高め、特に速度を向上させる普遍的な魔法。
本来斥候や軽装の戦士が用いる魔法の為効果量は軽微な加算効果であり、自分の力量が上がってくると次第に頼らなくなってくる。
しかし彼が使うとなれば話は変わる。彼は『魔力過敏』という特殊な体質を持つ。
それは文字通り自らが受ける魔力の影響を大きくし、受けた魔法の効果を何倍にも引き上げてしまうものだ。
かつて『宝箱』の睡眠毒を受けて意識を失ったのもこれと無関係ではない。ダンジョンにおける『状態異常』への抵抗力には『魔力抵抗』が重要となるのだ。
ダンジョンの罠は一般的な毒物と違い、《《ダンジョンで生み出された》》という概念が付与されている。
これらはダンジョンで生まれた物であり、その生成には魔力を用いて行われていることが明らかになっている。そして魔力抵抗は本人の持つ免疫と合わさり『状態異常耐性』として扱われる。よって魔力対抗によるレジストが可能なのだ。
したがってクローカやフェニエ、ガロンの様に魔法や奇跡を用いる者達は状態異常にかかりにくい。
半面前衛職は魔力抵抗が低いことが多い。その分『体力』や『筋力』、素の免疫に優れているものが大半であるが、ジェグイは特にそれが顕著であるのだ。
しかし『魔力過敏』を持つジェグイは、デバフへの自力対処ができないと言っていい。
それは彼が探索者に向いていない致命的な欠点でもあり、戦士として最良の長所となり得る。
「実はまだ誰にも見せたことが無いんだ。さぁ、やろうか!」
加護が行き渡り身体が羽のように軽くなったのを感じる。それと同時にジェグイは目に映す情報を意図的に絞る。
全体を見て対応する広い視野から、相手が動いた瞬間即座に反応する点の視界へと切り替える。
それは微かな隙を射抜く先の先を取る戦術。『徘徊者』が取る後の先に対し真っ向から挑む形。
ジェグイもまた理解していた。相手は同郷の強者だ。自分の剣の振るい方が知られていては対処も容易いだろうと。
相手は自分と同等、あるいは僅かに上回る。対応力が高い分総合力は相手の方が上。
ならばどうするか。自分の長所を叩きつけて勝つしかない。いつだってそれが持たざる者の答えなのだから。
剣を再度構え直し先程より強く、もっと強く踏み込みを入れて前進。
破壊力よりも速度に重きを置いた速攻の剣。同世代において並び立つ者のいないジェグイが持つ更なる鬼札。
騎士隊においてまず必要とはされない、即ち相手を瞬く間に殺す為の技。
(なるほど、これが現代の強者か。侮っていたわけではないが……面白い)
剣が当たるか当たらないか、絶妙な距離感での戦闘。それだけならば経験で勝る『徘徊者』の方が優位だ。
しかしジェグイが繰り出す連撃に次ぐ連撃、嵐の様な剣閃に『徘徊者』は対応を余儀なくされる。
右の刃を止めればすぐさま左に回られる。左の剣に対応すれば再度左右、正面の3択から速攻を仕掛ける。攻勢に回ろうにもジェグイが繰り出す技の出が早すぎる。結果的に防御対応しか選択出来ないのだ。
しかし黙って見ているばかりではなく力で押し返すこともある。だが大きく弾かれれば、ジェグイは壁や天井を蹴り推進力を得て再度突撃などという離れ技までやってのける。
回避と防御を強いることで攻撃の手を潰し続ける。圧倒的な速度が成し得る攻めの防御だ。
これは騎士が使うセオリーから大きく逸脱した、いわば身体能力の暴力。
技が見切られるならば素の能力で有利を作って勝つ。ジェグイはそう選択した。
(その速さを使い熟す、この男もまた才能の塊か。まったく彼らといい、私が寝ている間に人類はどれほど進歩したというんだ?くっ、私にもまだ欲があったか。私も地上に行ってみたいなど!叶うならば少年と共になどと!!)
1手ずつ丁寧に捌く。鋭い斬撃には剣の腹で流し、突きは動きで躱し、不意の一撃には反応速度で帰す。
背後を奪われればその姿勢から次の2手まで予測、回避を狙った打ち込みを剣を合わせて打ち返す。
しかしジェグイも更に対応を重ねる。相手が対応に手慣れてきたのを見計らっては更に速度を上げ、時に速度を急に落としテンポを乱す。
縦横無尽に飛び交う刃。その姿はまるで騎士の首に牙を突き立てんとする獰猛な狼のようだった。
(ジェグイ・スレイ、か。『調査騎士』に押し留められ、お飾りの騎士となるのはさぞ苦痛だったろう。そういう事柄から解放されたな?清々しい顔をしている。しかしその顔は頂けんな)
(今の自分は絶対に負けないという顔をしている。分かるよ、私もそうだった)
柄にもなく『徘徊者』の中の騎士もまた、戦いを楽しんでいた。否、元々戦うことは好きだった。
今は遠い故郷を思い出す。もはや記憶は朧気で、親しかった人間の顔など思い出せはしない。
けれどその経験と、僅かな人間性が彼の奥底に眠る戦いの記憶と飽くなき闘争心を引っ張り上げた。
(いいだろう、礼代わりだ。《《私》》の戦いを見せてやる)
「おっと。驚いたな、まさかもう目が慣れたのか?」
先程まで弾いて対応していた斬撃を今度は身を逸らして回避。そしてそのまま勢いよく剣を逆袈裟に振るう。
大振りに一撃を距離を取ることでジェグイも回避。一旦仕切り直しの態勢だ。
すると『徘徊者』の動きに変化が見られた。馴染みの長剣を沼の中にしまい込んだのだ。
まさか戦闘終了の合図か?それはないだろう。頼むからそれだけは止めてくれ。
そう乞い願う心境のジェグイを他所に、かき混ぜた沼の中から目当ての物を引き出す。
(今は亡き名も知らぬ探索者の君よ。蛮行の為にその武具を使うことを、許してほしい)
それは一対の剣と盾。銘の無い無骨な片手剣に対し中央に文様の入った、カイトシールドと呼ばれる中サイズの盾。
『徘徊者』の背丈と比較すると盾もやや小ぶりに見えるが、それを除けばまったくもってオーソドックスな装備。今まで振るっていた長剣に比べると些か優美さに欠ける。
しかし左手の盾を前に、右手の剣を下げて構えるその姿は、ジェグイが見惚れてしまう程に美しい『騎士』の姿であった。
同時に、ジェグイの背と頬に一筋の汗が流れる。
相手はただ盾を構え、剣を下ろしただけだ。だというのに、あれはなんだ?
まるで城塞。嵐など意に介すことの無い積み上げられた石の壁。挑むならば踏み潰すと言わんばかりの威圧感。
その気配を言葉にするならば『制圧』。何人たりともそれを越えて進むことは出来ない重厚な圧力だ。
(ここからが本番だ。折れてくれるなよ)
「……不思議だな。戦う姿を見るのは2度目だが、その姿が一番貴方に似合う気がする」
「だが俺のやることは変わらない。ただ疾く、今以上の速度で君を斬るだけだッ」
再度加護をかけ直し突撃。今度は更に距離を詰める。
その姿に臆することは無い。むしろ盾を持ち始めたのならばいっそ遠慮はいらない。全力でぶつかって砕く。
先と同様に剣を振るう。得意の長剣でも対応に手が埋まるのだ。扱い慣れていない武器ならむしろ不利になる。
それならば武器変更した今はむしろチャンス。ここで攻撃の手を緩める選択肢など無いのだ。
しかしその予想は裏切られることとなる。
「くっ……なんだこれは……っ」
ジェグイ自身盾持ちと戦った経験はある。騎士隊にも上手い盾の使い手はいた。
しかし右を叩けば右を向くような素直な盾使いばかりであり、どれも敵ではなかった。
今目の前で振るわれているもの全く別。これまで見て来た盾の扱いとはまるで別物なのだ。
連撃を重ねようにもあまりに巧い盾捌き。斜めに逸らし、時に正面から受け止める。更に剣の打ち込みに対し向こうから盾を叩きつける『パリィ』でこちらの態勢を崩しに来る。
近づきすぎれば強烈な『バッシュ』が脳を揺らす。しかし距離は取れない。あちらに攻めのターンが回ってしまう。
厄介なことにこちらの剣を力任せに受けるか弾くかしてるわけでなく、流すものと受けるものを見極めて盾を振るっている。
ミリアムの『攻勢防御』、ゴウカフの『鉄壁』とも違う。防御から自然な流れで一撃を放つ攻防一体の構え。動作に無駄がなく、攻撃後に隙を晒すことがない。
対峙した敵の心を一方的に『制圧』する為の戦い方だ。
(そうか、それが君の本命か!あんなに強靭に振るい、俺と渡り合った剣でさえ……君にとっては《《不得手な武器だった》》とでも言うのかッ!!)
(なんて……果てが見えないんだ、君は……!最高だ……っ!)
気づけばジェグイの高揚は更に増すばかりであった。
あくまで一貫して攻めの姿勢を取るジェグイに対し、全ての攻撃を受け止めて消耗させ、あわよくばカウンターを狙う『徘徊者』。
『徘徊者』は無理をしない。ただひたすらに待ちの姿勢。駄々をこねる子供を相手にする必要は無い、疲れて動けなくなるのを待つだけでいい。
その選択をした時点で勝敗は互いに見えていた。盾に対し有効な盤外の攻め手を持たないジェグイはそれでも果敢に攻め立てる。
「はぁっ、なるほど……はぁっ、これは、俺の手に負えないな……っ!」
まるで攻撃が通らない。ジェグイの技量もすさまじく、盾の上から何度か鎧を打つ攻撃を放つことに成功してはいる。
しかしそのいずれも軽傷以下で有効打にはなっていない。見に回った『徘徊者』から一本を取ることは出来ていないのだ。
常に集中を切らさず、相手の隙を伺い続ける戦いは目と脳の消耗が激しい。初歩的とはいえ魔法の使用だってノーコストではない。
攻め手に回り続けたことでジェグイの『体力』『魔力』はどんどん失われ、対する『徘徊者』の消耗は無いに等しい。これから全力の戦闘をやれと言われても難なくこなすだろう。
当の本人は盾を構えながらも、別なことを考える程度に余裕が生まれていた。
(懐かしいな、新兵教育を思い出す。それに……最期を迎えた時もこの装備だったな)
長剣一本で戦うのは彼本来の戦闘スタイルではない。身体が馴染むからそう振る舞っているに過ぎない。
剣と盾、攻防一体は魂がよく馴染むのだ。しかしこの戦い方をし続けるのは《《不都合が多い》》。
何より元々所持していた武器ではなく、あくまで借り物を振るっているだけに過ぎないこれは全盛の動きとは程遠い。
その点も踏まえて、この戦い方を普段使いにするのは憚られていたのだ。
「……参った、降参だ。俺は随分自惚れていたらしい」
目の前にはすっかい消耗しきったジェグイが肩で息をしながら佇んでいる。
決着はついた。決して派手で見栄えのする戦いではなかったが、『徘徊者』の対応力が彼を上回る結果となった。
両者ともに、これ以上の戦いは全く楽しくないという結論に及んだのだ。
こうして騎士同士の戦いの火は『徘徊者』の勝利と言う形で消えたのである。
「とてもいい経験になった。ありがとう、感謝する」
負けはしたものの、自分の経験値が大幅に増えたことにジェグイは感謝していた。
防戦が得意な相手を如何に崩すのか。崩せない場合の次善は何なのか。
これから帰って戦術を練るのが楽しみ極まることだろう。
「礼になるかは分からないが、同郷の騎士として一つ伝えておこう。ダンジョン協会は君の、君達の素性を強く気にしている。それは『国』も同じだ。俺個人としてはそんなことどうだっていいだろうと思うんだが……中には君に《《ご執心》》の方もいるようでな。その方に君の様子を見て来いと言われてるんだ。心当たりはあるかな?」
その言葉に『徘徊者』の気配が僅かに変わる。
逡巡、そして僅かな緊張。目の前の男が自分の素性にどこまで知っているのか。
そんな心配に全く気が付いていないのか、ジェグイは屈んで息を整えながら言葉を続ける。
「何を思ってかは知らないが「会ったら戦ってこい」とまで言われている。どんな目論見があるかは知らないが……そう、だから本当は不本意だったんだ。戦いたいなどという私的な思いは全く無く、平常心であなたに向き合った……その気配、信じていないな。うん、これは嘘だ。とても楽しかった」
「だが気を付けた方がいいかもしれないな。『国』には君を凶兆の前触れだと嘯く人間もいる。まぁ分からなくもないが。なにせ連中『大遠征』のことを聞くだけで───」
そう言いかけた時、ジェグイは背後から自分を覆う影に気付いた。
すわモンスターか。いや殺気は感じない。しかし敵意は感じる。
慌てて振り向けばようやく思い出した。自分がどこから抜け出したのか。
そしてどれくらい時間を忘れて『徘徊者』との戦いに熱中してしまったのか。
「こんっっっっのクソバカ騎士様がぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
鍛え抜かれた探索者の拳がジェグイの頭に突き刺さった。
『罠』
ダンジョンには数多くの罠が仕掛けられている。通路のド真ん中、玄室の扉を開けた先、『宝箱』の中や外。それらに隠され、時には隠されないまま配置される。
罠の種類は各種状態異常の毒煙から毒矢、モンスター呼びの警報、テレポート、落とし穴、腐敗液の噴射など様々。
探索者の『感知』が高ければ早期の発見に繋がり回避できる。また踏んでも本人の『魔力抵抗』『防御力』『幸運』次第では無傷に終わったりするなど効果もまちまちである。
しかし踏めば即全滅に繋がるものも少なくない。探索者の常識として罠感知と対応は一番最初に行われる基礎中の基礎である。
1回起動した罠は2回目は起動しないことが殆ど。だが何度でも作動する物がいくつかある。
罠の効果量や威力が一定なことに着目し、あえて踏むことで武器防具の耐久チェック、スクロールの効果実験に用いる業者もいる。




