お忍び探索
6階安全地帯、そこでは幾人もの探索者が焚火を囲うように横たわっていた。
「すー……すー……」
いずれの探索者も睡眠を取っており、静かに寝息を立てている。
彼らは『波』に参加する探索者達であり、過酷な稼ぎの合間に休息を取っているのだ。
6階は踏破された階層とは言えど、決して楽に稼げる場所ではない。
現れるモンスター達の対処方法が周知されていたとしても、それはモンスターが弱くなったということにはならないのだ。
強靭なモンスター達が大量に出現する『波』において休息は極めて重要だ。常時よりも稼げる状態なのだ、無理は禁物である。
一しきり狩り回ったら安全地帯へと退避し、十分に『体力』を回復、そうしたらまた狩りに出る。
『波』の間は地上に戻らずこのローテーションを回し続け、最大効率で稼ぐのだ。
「んぅ……喉乾いたなぁ……」
すると一人の探索者が目を覚ます。近くに備えていた鞄から水筒を取り出す。
今目を覚ました彼女も含め、この場にいる探索者は全て自力で6階を踏破し切った『エリート』だ。『ダイダロス』では『波』に合わせて一時的に全ての『エリート』が召集され参加を要請される。
6階を踏破し、かつ安全マージンを取れる程度に強くなければ6階の『波』は担当出来ない。眠っている彼らは皆『ダイダロス』における一握りの猛者である。
そんな彼女がごくごくと水を飲み、ぼんやりとした頭で思考する。
(あー……一時はどうなるかと思ったけど、スレイさん割と普通でよかったぁ……)
彼らはただのパーティではない。なんと『国家騎士』ジェグイ・スレイのお目付け役という大任を任されたパーティなのである。
彼等にもジェグイの事前評判は伝わっていた。栄誉ある『国家騎士』の任を蹴り、ダンジョン探索という危険極まりない仕事に首を突っ込みたがる超が付く変人である。
好き好んで命懸けの仕事をしている自負はあるが、英雄と持て囃され毎日豪遊して暮らせる騎士隊長の地位を捨ててまでダンジョンに来る神経はまるで理解できないものであった。
それを当人に伝えれば「……金が増えても使う時と場所を奪われては、ですね」と、哀愁と虚無感に満ちた顔をされてはそれ以上に聞くのも憚られる。
隣の花は赤いものだ。ここでしか得られないものがあると言われれば、それで納得してしまうのが探索者と言う生き物の性だ。
ジェグイ自身、金や権力に頓着する性質ではない。彼の生まれが薄暗く汚い路地裏ではなく、『ダイダロス』の馬小屋であったのならば、また違った人生を歩んだだろう。
(危なっかしいから目を離すなって言われたけど、強くて紳士的だしいい人だ。今回ばかりは会長の取り越し苦労かな)
ダンジョンへの入場を許可する際一悶着、いや2つも3つもあったらしいが、ダンジョンアタックを始めてからのジェグイは静かなものだった。
確かに興味の湧いたことに次々に質問をしてくるのに最初は困惑していたが、それも頼られているような気がして悪くない。
そして戦闘となれば一騎当千。『国』の警察機構『調査騎士』、その頂点の1人に数えられる男は伊達ではない。
5階の鉄ゴーレムを縦に両断した時は自分の目を疑ったものだが、今やその実力を疑う者はいない。
強靭、鮮烈。彼の戦いぶりは正しくダンジョンという環境で最大限活かされている。
しかし彼には栄光を前に油断して仲間を壊滅に追いやりかけた前科がある。
苦いという言葉ではあまりに足りない記憶もまた、彼の脳裏に強く刻まれている。
その過去が彼から油断を取り去った。進む足取りにブレは無く、しかし僅かな怯えを捨てていない。
まだまだ探索者としては未熟だが、戦士としてのジェグイは非常に高い練度の仕上がりを見せている。
それに同席する彼ら探索者も当然ながら素人ではない。彼らが披露する技と技術はジェグイの好奇心を大いに刺激した。
『国』に閉じこもっていては知り得ない技術、知らない知識に常識、ダンジョンだからこそ輝く特注の武器。
ジェグイにとってそれらが全て輝いて見えた。右を見ても左を見ても、自分が知らない楽しそうな玩具で楽しんでいる。なんと羨ましいことか。
彼の好奇心は国に帰ってからますます膨れ上がっていた。『波』への参加までこぎつけられたのは執念が成せたと言える。
(若くて顔も良くて強くて、一体何が欲しくてこんなとこまで来たのかなぁ)
もし起きているなら聞いて見ようかな。そう思い視線を向けて見る。
が、いない。
(……?)
いない。即席の寝床にジェグイ・スレイがいない。
周囲を見渡してもいない。寝息以外物音ひとつしない。
これはいったいどういうことか?ダンジョン内では一切私的な行動は慎み、こちらの指示には絶対に従うように伝えておいた筈。
1時間の休息を取ろうと言ったら「分かりました」と笑顔で応じていた筈だ。
そして彼女は気づいてしまった。彼が練る間際傍に置いていた長剣がないことに。
「全員起床ーッ!ジェグイが脱走したーッ!!」
「おいおいおいおいどうすんだこれ!マズいぞ万が一にでも死なれたら俺達終わりだぞ!」
「言ってる場合じゃない急いで探しに行かなきゃ!全員目ェ覚めてる!?急ぐよ!」
「あんだけ強けりゃ死ななそうだしほっとけばいいんじゃないの~?」
「アンタ話聞いてなかったんスか!?ゴウカフさん達がアイツのせいで1回死にかけてんスよ!!あーだから受けたくなかったんだよクソォ!!」
「怒る気持ちは分かるけど今は冷静にね。正面トンボ2、行くよ」
蜂の巣をつついたような騒ぎの中、探索者5人の怒号がダンジョンの通路に飛び交う。
急いで探そうにも6階は広い。全力で駆け回ってもすぐに居場所の特定まではできない。
ましてや今は『波』の真っ最中。道を歩けばモンスターがすぐに襲い掛かり、しかもすぐ補充される。
普段ならば歓迎するものだが今はそうも言っていられない。ジェグイは『国』から来た賓客と言っていい。
いくら自己責任であり念書を書かせていても、死なせたとあっては絶対に只では済まない。
最悪『国』とダンジョンに致命的な亀裂が走る。それだけは避けなくてはならない。
「オラどけ虫共!どうする、手分けするか?リスクはあるが発見は早まる筈だ」
「分散しても戦闘の手間で相殺、なら貴方の『感知』を頼らせて。それに……皆とあのバカを天秤にかける気は無い。全員で行動するよ」
「分かった、リーダーの選択を尊重する。俺は索敵に集中しよう」
出会い頭の戦闘に気を配りつつ、立ちはだかるモンスターを最速で撃破して進む。
前衛2人が敵の足を奪い、斥候を兼ねる狩人の弓と魔法使いが火力を叩き込む。神官は万が一に備え待機、いつでも洗礼詠唱を放つ構え。
更に魔法使いは付与士として、神官と共にパーティメンバーにバフを掛け続けることで火力と速度を常に向上させる。
前衛2人、後衛1~2人、援護2人。同数以下なら相手に行動させず瞬殺、格上であっても封殺が可能な探索者達の基本にして至高たる戦術。
消耗は激しくなるがこの際四の五のは言ってられない。今はモンスターだらけのダンジョンを走り回るのが仕事だ。
「モンスターの数が少ない。ジェグイさん、気ままに狩り回ってるっぽいスね……」
「『波』中だから絶対傍を離れるなって言ったのにあのバカ!敵が多くなるから余裕をもって休憩するって言ったのにあのバカ!地上に戻ったら特別手当貰わないと割に合わないったらあのバカァ!」
「まぁまぁ焦っちゃダメだよリーダー。それにこのままだと手当の前に首が飛んじゃうよ」
「優しいふりして急に怖いこと言うのやめてね。にしてもどこに行ったのかなぁ。物足りなくてボスに単騎特攻とか?やりそうじゃない?彼」
「もっと怖いこと言うのやめてよぉ!!」
パーティの面々も軽口で誤魔化そうとするが、その心境は全く穏やかではない。
内心焦燥と絶望感と怒りが渦巻いているが、それを表面に出したところで事態は好転しないのだ。
それらはジェグイが見つかってから。そして地上に帰還して改めて然るべき対応をすればいい。
(これだから礼儀作法を知らない『国』の人間は嫌なんだよ!この件が片付いたらもう二度とダンジョンに来ないでよもーっ!!)
言葉にしないだけで全員大なり小なり似たようなことを考えている。
だが仕事は仕事だ。ジェグイを連れて帰らなければ彼らに明日はない。
その時狩人の男が急に立ち止まり、他のメンバーもそれを見てすぐさま停止した。
目を閉じ集中を研ぎ澄ませ、やはり気のせいではないとリーダーに報告を行う。
「甲高い音が向こうから聞こえる、恐らく剣の音だ。運が良ければスレイか、そうでなくとも別パーティと遭遇できるかもしれん」
「よくやった!向かおう!」
この階層は虫型を模したモンスターが現れる。つまり金属の武器を扱うのは人間しかいない。
つまりこの先には必ず人間がいる。ジェグイか、あるいはたまたま位相の重なった他のパーティメンバーか。
前者なら最善、後者でも捜索の手が増える。吉報には間違いない。
全力で走るとモンスターの奇襲に対応できなくなる。警戒しつつ急ぎ足でその場へと向かう。
いくつかの通路を曲がり、邪魔するモンスターを蹴散らしながら先へ先へと向かう。
先程狩人の男が聞いたと言う剣戟の音、それがどんどん近づいてくる。激しい音だ、これはジェグイの戦闘音に違いない。
しかし考えてみればおかしい。ここはダンジョンなのに、どうして《《剣と剣がぶつかり合う音》》が聞こえるのだろうか?
パーティメンバーが抱いたのは猛烈に嫌な予感。しかし行かない選択肢は既に無い。彼らは仕事でここに来ているのだ。
そうして辿り着いたのは広い通路。大型のモンスターが2体並んでも余裕がありそうだ。
その中心に、果たして彼はそこにいた。
「ハハハハハッ!最高だ、貴方もまたッ、このダンジョンの神秘なのかッ!」
「……」
既に1戦を交えたのだろう。僅かに距離を取り睨み合う者が2人。
片方は言わずもがな、我らが誇る大馬鹿野郎の調査騎士『ジェグイ・スレイ』。
そしてもう1人。こちらは探索者達の想定を遥かに超えて最悪であった。
探索者における公然の秘密。意志疎通し、人を助け、代価を求めないという前代未聞のモンスター。
『ダイダロス』の探索者全てが距離を測りかね、一部の探索者からは友人のような扱いすら受けている怪物。
そしてヘレスより「今は彼と絶対に接触させないでください。いいですか、絶対にです。見かけても近寄らずすぐに離れなさい」と念には念を押されたモンスター。
「終わった……」
『血みどろ甲冑』通称『徘徊者』。
彼がジェグイ・スレイの辻斬り被害に遭っていたのだ。
『禁忌』
ダンジョンにはいくつかの破ってはならない決まりごとがある。
安全地帯で戦闘をしてはならない、生きたモンスターを食べてはならない、ダンジョンに流れる水を飲んではならないなど、発見されたものについては全て周知されている。
しかし未だ見つかっていない禁忌もあり、発生を確認していながらも究明することが出来ないケースというものも存在する。
基本的には『してはならないこと』『できないこと』を無理やり行おうとすると『禁忌』が発生する。
これらのことからダンジョンに『不具合』を引き起こす動作を行うと『禁忌』は発生するのではないかと考えられている。
ただ一つ確実なのは、『禁忌』に遭遇して無事に帰った者はいないということだけだ。
「視力だけで済んだのは幸運だった……うぅ……」




