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解き放たれた問題児

 物見がてら6階をうろついていたが、これほどまでかとダンジョンの変貌に驚いていた。

 明らかに常時よりモンスターの数が多い。普段は探せば見つかる程度の筈が、今や道を覗けば平気で複数のモンスターがうろついている。

 6階のモンスター程度物の数ではない。だが連戦ともなれば流石に面倒にもなる。

 ただでさえ群れをつくる昆虫系のモンスターが多いのだ。それが数倍の量で襲い掛かってくるのは精神的に負担が大きい。

 なるほど、これが『波』か。道中探索者達の姿を見かけないのは何かしら対応策を打っているからだろう。



(少年、大丈夫か?あまり虫は得意でないと記憶していたが)


(大丈夫……ごめんなさい、ちょっとキツい……)



 6階、探索者達からの呼称は『巣穴』。この階層のモンスターはどうやら大半が虫に似た姿をしている。

 1階にも『アーミーアント』が現れるが、あれらは外殻が非常に脆く外見程強いモンスターではない。

 だが6階のモンスター達は脅威度が文字通り桁違いだ。トンボを模し空中を高速で飛び交い突進と噛みつきを繰り返す『噛みつきトンボ』。粘糸と咬合力が脅威の『ダンジョンスパイダー』を筆頭に『火吹きミミズ』『オニスズムシ』『ポイズンモルフォ』など、昆虫達をそのまま巨大化したような造形をしている。

 奇しくも少年がかつて見たことのある異世界の昆虫達と大きく外れていないのも特徴だ。こちらとあちら、意外と生態系は似ているのかもしれない。


 聞いた話によればこのモンスター群の体液はここまで到達できる『エリート』達しか採取できない都合上、非常に価値が高い。

 可燃性の体液、武器防具の素材となる牙に殻、限界まで薄めれば貴重な薬や香水の材料となる毒や鱗粉などその使い道は様々だ。

 今後を見据えるならこれらを狩って回り、その採取物を提供していくのも視野に入れるべきだ。

 ……だが少年は、虫があまり得意ではないらしい。私も得意ではないが、彼に比べれば耐性がある方だ。



(無理は禁物だ。一度5階へ……いや、まずは安全地帯だな。そこまで辛抱してくれ)



 そしてこの階には5階の『宝石』のように、その階の中でも非常に強力なモンスター個体が存在し、その数は当然ながら『波』の影響で増加している。

 比較的モンスターの少ない細い通路を通りながら安全地帯へ向かい、あと1つ大きな通路を越えればというところでそれは現れた。



(……クッ、邪魔が入ったか。ここを抜ければ知った道に出られると言うのに)



 通路を遮るのは2体の大型モンスター。通路をその巨体で通行止めにしているデカブツ。

 あれが6階の要警戒モンスターの頂点種族『スタッグ』か。

 昆虫と呼ぶにはあまりに大きく艶やかな赤黒い体躯、見た目以上の可動域で自在に動き敵対者を千切り刻む大顎、顎で捕らえた獲物を串刺しにする口器。

 初めてこれを見た少年が悲鳴を上げたのも無理はない。人間以上のサイズとなった昆虫はどれも驚く程に凶悪な外見をしているのだ。

 トンボ、スズムシ、そしてクワガタムシ。小さくて見えなかった部位が巨大化するとこうも恐ろしいものか。

 好奇心に身を任せ恐怖を誤魔化していた頃はあまり気にならなかったようだが、今の彼にとって6階はとても恐ろしい場所となっていた。



(すまない。交戦は避けられそうもない。大丈夫、所詮デカいクワガタだ。時間はかけない)


(大丈夫です。お願いします)


(任された)



 約束したからには最速で葬る。血の底から引き揚げた長剣を携え、通路から飛び出す機会を伺う。

 チチチ……と軋むような鳴き声と突き出した触覚が警戒を表している。不意打ちは難しい。

 となれば正面突破だ。正面から突っ込んで頭をかち上げ、柔らかい腹を貫く。

 1匹仕留めさえすればただの2連戦で済む。そのプランで行こう。



(……む?気配が……通路の向こうに誰かいるのか!)



 通路の2匹が意識の矛先を変えた。今自分がいる方向とは逆、通路の向こう側へと視線を向けたのだ。

 それが意味する事、つまり向こう側には人がいるということだ。

 『徘徊者』の心に焦りが生まれる。大型モンスター2体を相手取れる程の手練ならいいが、そうでないならあまりに危険だ。

 機を伺っている暇はない。そう思い飛び出そうとしたその時だった。



「初めて見るモンスターだな。急所が分かりやすいのはいいことだ」



 ズルリ、と『スタッグ』の首が地に落ちる。

 なんということだ、壁、天井を駆け回っていたぞ。まさか甲殻の隙間に剣を差し込み、モンスターが動く前に一瞬で切り落としたのか。

 ズドンッ!と『スタッグ』の首が地に落ちる。『スタッグ』の死骸の後には、一人の男が立っていた。

 ああやはりというべきか。どうやら私と騎士隊の因縁は死んでも続くらしい。



「くっくっくっ、楽しい……あぁ楽しいっ!!人生で今一番幸せだっ!!」



 現行最深部一歩手前、そこで大きな声で天を仰ぎ喝采を挙げた見覚えのある男。

 ダンジョンに似つかわしくない煌びやかな装飾の付いた重鎧。本来ダンジョンにはいない筈の『国家騎士』。しかもあれは『調査騎士』の紋章。

 間違いない。あの時醜態をさらし少年の善意に助けられた騎士、スレイだ。

 声を聴くのは初めてだが見紛うはずもない。


 しかし俄かには信じられん。あれから『国』はダンジョンへの干渉を止めていないのか?

 聞く話によれば私達の存在は情報統制した上で、大いに『国』の面々を脅かしたという。

 にも関わらずそれを上回る何かをここに求めているのか。

 当時の協会長があれ程までに警告し、多くを失うまいと苦心と奔走を繰り返したというのに……その程度では国の業突く張り共は変わらなかったということか。反吐が出る。



「ここには権力欲に憑りつかれた亡者共も、手前勝手な嫉妬が煩わしい連中も、聞くも見るも堪えない誘惑のつもりなんだろう雑音もないっ!ああやはり諦めずに打診し続けて良かったッ!ダンジョンッ!俺は帰ってきたんだァッ!!」



 ……しかし、ぬぅ、近寄り難い。あれはまるで変態だ。

 私の知る騎士はもう少し大人しく……いや変ではあったかもしれない。けれどあそこまでではなかったと思う……思いたい。

 だがまぁ、少なくとも敵ではない。とても近づきたくないが、この非常時にダンジョンにいるということは何か目的あってのことだろう。

 こちらを害そうとしないのであれば姿を晒しても問題ないだろう。うわこっち見た。



「はぁ……んん?視線を感じると思えば、貴方は……おっと、一応は初対面の体か。ジェグイ・スレイだ、あの時は世話になった。ありがとう、ダンジョンの人。ああダンジョンの人というのは俺が考えた呼び名でな。『国』に戻ってからずっと考えていたんだ、貴方をなんと呼ぶのが適切かとね。モンスターとも言い難く、しかし地上の人類とも言えない。ふふっ、『徘徊者』も悪くないんだが、徘徊という言葉は少し悪いイメージがあるだろう?俺としては旅人(ワンダラー)見守る人(ウォッチャー)の方がいいと思うんだ。ダンジョン協会の意見書に何度か投函してみたんだが梨の礫でな。だから今は混同しない様ダンジョンの人、と呼ぼうと思っていたんだ。気に入ってくれたなら嬉しいな」



 すらすらと吐き出される自己紹介とコミュニケーションの言葉。素晴らしい笑顔と相まって素直に気持ち悪いと思った。止まらない言葉の洪水に飲み込まれそうだ。

 この男、あまりに喜悦を隠しきれていない。いやこれはもう隠す気が無いのだろう。少年もドン引きしている。

 なんなんだこの男は。あまりに気持ち悪いぞ。



「君には命を救われたからな。会って直接礼を言うのも目的の1つだったんだ。会えて本当に嬉しい……嬉しいんだが……」
















「君は誰だ?」



 瞬間、気配が変わった。

 剣を持った右手に力を込める。スレイが行った動作はたったそれだけだ。

 だが十分。それだけで私に対する敵対心を明らかにした。

 眼からは朗らかさが消え、冷徹な視線が私を射抜く。

 抜き身の刃からモンスターの体液を切って飛ばし、ジェグイ・スレイが正面からこちらへ向き合う。



「実は先日ダンジョン協会の長から不思議な打診があってな。17年前の『大遠征』について知ってることを吐くか知ってる奴を教えろと」



 剣を持つ手に緩みは無く、油断も隙もありはしない。いつどの瞬間踏み込んで来てもおかしくない。

 楽しそうならそれもやる、そんなどうしようもない人間の思考は手に取るように分かる。私もかつてそうだったからだ。



「当時路地裏で残飯漁りをしていたガキの知っていることなどたかが知れていてな。伝手を用意する代わりにダンジョンへと来たんだが、どうやら幸運はどこまでも俺の背を押すらしい」


「まぁ君とは接触厳禁だと言われたんだが……これも『国』の意向なんだ。俺の目で君を、いや貴方を見定めて来いと」


(ど、どうしたら……)



 少年の困惑した言葉は、私にとっても同じ感想であった。

 隠しているつもりはないが、ほとんど接点が無いにも関わらず気づくと言うことは『直感』に優れているのだろう。この男の勘の良さ、鋭さはミリアム達の比ではないかもしれん。

 残念なことに私は言葉を発することができない。しかし彼が何を求めているのか、理解できてしまうのもまた性か。

 口でどうこう言ってはいるが、その上がった口角が示しているのは期待と高揚か。

 実際の所、私が何者であるかなど彼にとってどうでもいいことなのだろう。

 まったくもって度し難い。しかし逃げずに応じようとする私もまた、同じ穴の狢か。



「さぁ、やろう。剣を交えれば分かることもある」



 戦いたいだけの癖に知ったようなことを言う。

 少しばかり教育してやろう。

『モンスターの体液』


 そのまま摂取すればほぼ毒なのは血液と同じ。使用方法は様々。

 1匹の死骸から取れる量は然程多くないが、数が集まると大きな価値が生まれる。

 可燃性、揮発性の体液は非常に危険な為、これらを採取する依頼には専門のパーティを用意しなくてはならない。

 特に揮発性体液については完全な密閉技術がまだ少なく、魔法防護を加えた革袋を用いることが多い。

 液体は運搬に際し非常に重いのがデメリットとなる。『帰還』のスクロールを使えばある程度の無茶もできるのだが、揮発性の毒物と可燃性の液体が建物内に突然大量に表れることを危惧したダンジョン協会からは、それらを所持したまま『帰還』を行うことは原則禁止されている。


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