一石二鳥
浮足立つ人々、威勢のいい掛け声と共に物が売れていく。
何やら街が楽しげだ。食料の買出しに出てきたボグは、賑やかな人混みからそれを感じ取った。
「なんだろう、お祭りでもあるのかな」
ダイダロスは人種族をベースに多様な種族を見かける街だ。それを差し引いても今日は人以外の種族を多く見かける。
ドラコニアンやドワーフ、エルフといった亜人種は言わずもがな。普段街中では滅多に見かけない妖精やハーフリング、驚くことに水生種族である人魚族までいる。頬に薄っすらキラリとした鱗が見えるのだ。
彼らは特殊な霊薬を用いることで一時的に陸上生活を可能とする。それでも苦労は免れないだろうに、それを最引いてもこの街に来る理由があるようだ。
火山地帯に住んでいたボグにとって初めて見かける種族ばかりで面食らうも、皆一様に談笑や商談を楽しんでいる。
忘れない内に買い物を済ませようと露天の女性に声を掛けて買い物を済ませる。
袋一杯の果物、野菜、パンを買ったところで聞いてみることにした
「今日はなんでこんなに賑やかなんですか?」
「ん~?そろそろダイダロスの『波』が来るからだねぇ」
「『波』?」
「若い子は知らんかな。『波』っていうのは1年おきに来る、定期的なモンスターの群れのことさ。奴らがダンジョンを埋め尽くしちまうから探索者達が一斉に狩る、まぁお祭りみたいなもんだ」
ダイダロスの『波』。それは定期的に発生するモンスターの大氾濫である。
通常の探索では戦闘を極力避けることもあり、1階層につき数度モンスターと戦闘をするかどうかといった数のモンスターしか現れない。
玄室内で発生する場合もあり、そういったものを避ければ1階層丸ごと敵と相対せず歩き切ることも可能だろう。
しかし『波』が発生するとその前提が覆る。全ての階層においてモンスターの出現率が跳ね上がるのだ。
これは一定の時期を過ぎると急速に収まる。何もせず放っておけば半月も経たない内に終息する。
しかしそれを見逃すという手はない。モンスターの素材はどんな階層のものであれ、必ず需要がある。ましてや深部におけるレアものなら一財産築ける程だ。
その為この時期は新米探索者達にとっては休みの期間。そして熟練探索者達にとっての稼ぎ時なのだ。
「参加は探索者協会に申し出が要るから、坊やも行くなら早めにね」
「ありがとう!帰って検討してみる!」
有益な情報を手に入れた、ケンドルにも教えてやろう。
愉快な足取りで彼らが待つ工房へと駆け出す。
やはりと言うべきか、その道中出会った鍛冶職人達もどこか浮かれているようだった。
それもその筈、今回の『波』に備えて鍛冶、修繕の依頼が多く舞い込んでいるのだ。年に1度、職人達がこぞって鍛えた腕を見せつける時が来ている。
探索者にとって一番大切な時期に、命に代わる武器防具の手入れを任される。正しく職人の誉と言えるだろう。
自分もいつか、数打ちじゃなく誰かの本命を打ちたい。まだまだ幼いボグはキラキラとした願いを胸に秘め、グラノドの工房へ急ぐ。
あれから泣き落としで居場所を勝ち取ったボグとケンダル(ケンダルは終始呆れていたが、同時に感謝していた)は、条件付きでグラノドの家に住まわせてもらうことになった。
グラノドから2人に出された条件は、自分が仕事に集中する為に家事の一切と接客業務を代わりに行うこと。
忙しい先生に代わり日用品、食料をたくさん買い込んでおく。相棒のケンドルは来訪する顧客の対応を行っている。
駆け出しの自分達が偉大な先達グラノドに師事をいただき、しかもその生活を支えているのだと思うと、なんだか誇らしい気持ちになるものであった。
更にその代価として使っていない部屋の使用権と、衣食住に不自由しない程度の金と、更に仕事の邪魔をしない程度に作業を見ていいというものだった
これが仕事であるなら、はっきり言って破格である。家事をする代わりにそれ以外の全てを手に入れていると言ってもいい。
これはグラノドの金に無頓着な姿勢と同時に、探索者協会の面倒な催促を突っぱねる為の方策が噛み合った結果であった。
グラノドは三度の食事よりも鍛冶、それも難しい注文の鍛冶に取り組みたがる変人である。
珍しい素材、特定の動作から変形する機構、使用者の特性に合わせたフィッティング。そういった細かく面倒で煩雑な仕事をしたがる。そしてそれら全てが上手くいった時に高揚感を覚えるのだ。
そういった丁寧な仕事は得てして時間がかかる。グラノドは鍛冶の時間を、必要な生活が奪うことに憤っていた。
食事は美味い物を食べたいなら作るか外で食べるしかない。けれど外に出るのは面倒だから結局作る。
寝床が汚いのは我慢ならないから定期的に掃除をしなくてはならない。
近所との交流に時間を取られるなど以ての外だ。しかし探索者協会が時折行う集会には参加しておかないと更に面倒になる。条例の改正があり、知らず知らずに違反してペナルティを負うかもしれないのだ。
兎にも角にも、一人で生活をしている以上生活にかかる必要な時間が多すぎるのだ。
これらを纏めて誰かに委託できれば、肉体的にも精神的にも非常に楽が出来る。
そしてもう一つ、探索者協会から来る「後任の育成」依頼の催促だ。
これがグラノドにとって非常に、猛烈に鬱陶しい。人付き合いは好きじゃない、もちろん得意でもない自覚のあるグラノドにとって弟子を取るなど考える気も起きないのだ。
利益は街に還元してるのだから文句はないだろうと伝えても、それだけではこの街の未来に繋がらないのだと協会長から強く言われてしまい、なんとかしなくてはいけないと常々考えていた事案なのだ。
今から素人を雇って教育するなど面倒極まる。さりとて協会長の未来を憂う言葉は理屈に沿っており、ただ突っぱねるのもばつが悪い。
一体どうしたら誤魔化せるかと面倒だと先延ばしにしていた問題。どうすべきかと考えていた時に現れたのが、ボグとケンドルの二人であった。
グラノドも初めは家の前で騒ぎだすガキ共をさっさと追い出さなくては、と考えていた。しかし考えてみればこの2人は「後任の育成」を誤魔化すのに非常に良いのではないかと思い直したのだ。
聞けば鍛冶で栄える同郷『アトラス』から子供2人で来たと言う。ずぶの素人ではないから意思疎通は問題ない。
何故かはよく分かっていないが自分に憧れているらしく、やや盲目的ではあるが信用も得られている。
1からあれこれ教える必要のない自分を信じ切っている子供達、なんと都合がいいことかか。
この子供達に家事を丸投げし、仕事風景を見せて勝手に学ばせておけば『後任の育成』を達成したことになるのではないか?そう考えたのだ。
2つの問題を金と埃被った空き部屋で一挙に解決できるのなら安い買い物だ。
貯蓄する分の金は減るが、空いた時間分鍛冶仕事を増やせる。手間だった家事をやらずに済み、しかもその分お楽しみの時間が増える。
家具の使い方や店の場所を教える手間はあるが、それさえ過ぎれば鍛冶に集中し続けられる。
使いもしない口座の金が増えなくなる代わりに雑事をせずに済む。話を纏め終えれば、我ながら中々悪くない取引じゃないかとグラノドは満足していた。
結局のところ衣食住の全てを提供して次代の子供を育成するそれは、要するに至極真っ当な『後任の育成』ではないか?という疑問は終ぞ抱かなかった。
戻ってきたボグは心躍らせながら店の扉を開け、バタバタと音を立てながら店の奥へと走る。
カウンターにはケンドルが台帳にメモを残しており、入ってきたボグを見てニコリと笑う。
ボグもニカッと笑い、挨拶を返す。
「ただいま!今日の分終わった?」
「おかえりなさい。ええ、先程最後のお客様が帰りました。先生は今通話中です。もう少ししたら戻りますよ」
「そっか。誰?」
「探索者協会だそうですよ。直々の依頼だそうで、先生は嫌がっていましたが」
一流の職人ともなれば公的な依頼も任されるようになる、それがどれ程の偉業なのか。ボグには想像しか出来ないが、きっととてもすごいことなのだろうと思った。
2人が他愛のない話をしていると、奥の部屋からグラノドが静かに現れる。
その表情は笑顔で愉快そうでもあり、同時に被せられた難題に不愉快そうでもあり、やはり楽しそうであった。
「戻ったか。仕事をするぞ」
「「はい!」」
「今日は設計からやる。それなりの難題だ、お前らもアイデアを出せ。今は知見がいる」
そもそも探索者協会や『国』、教会といった公的組織から直接の依頼が来るのは腕利きの職人だけではない。むしろ大量受注や数打ちが必要な時は腕よりも規模が求められる為、規模の大きい鍛冶屋程公的な依頼は多くなるのだ。
故に個人の腕利きに直接連絡を取る時というのは概ね、その技が求められる事案。即ち、グラノドの大好きな高難易度の仕事である。
「オーダーはなんと?」
「刺突剣。そして易々と折れないこと」
「小剣じゃなくて刺突剣?そういうのも来るんだ、仮想敵は?」
「5層の『金属』が上限だ。恐らく核を撃ち抜いて即死させるのに使うのだろう。随分腕に自信のある事だ」
「金属って、まさかゴーレムですか!?刺突剣なんか折れるに決まってるでしょう!石の壁に針を突き立てるようなもんですよ!?」
「それをなんとかするのが仕事だ。俺は出来ない仕事は引き受けない。つまり引き受けた以上やる以外に選択肢は無い」
それはもう楽しそうにニヤニヤと笑うグラノドを前に、ケンドルは僅かながらに彼の為人を見抜いていた。
この人結構、いやかなり頭のおかしな人なのではないか?
いっそ目の前でそう指摘したかったケンドルだったが、隣で楽しそうに取り組もうとしているボグを見て諦めた。
困難に挑むのを楽しむ者に、余計な言葉は不要なのだ。
「まずはお前達の想像力の限界を見せろ。ダメなところは指摘してやる、話はそれからだ」
「(この人、さては解法が頭の中にありますね?性格の悪いことを)分かりました。ボグからどうぞ」
「鉄や銀、銅を打ち抜く刺突剣かぁ。うーん……よしっ、片っ端からアイデア出すぞ!要は核を打ち抜ければいいんだから杭打ちの要領で───」
思惑はどうあれ、師弟達の思案は賑やかに行われた。
後にグラノドは振り返る。
「奴らは未熟、未達故既知の会話しかなかった。だが時折見せる発想力はまぁまぁ面白い。しばらくは置いてやってもいいだろう」
今回の依頼をグラノドが恙なく達成した後、議論された多数の問題点に対し成立させるためには如何にアプローチすべきかという課題を出された2人が苦しむのは後日の事である。
『人魚族』
見目麗しい姿と透き通る美声で名を馳せる種族。水生種族である為基本的には地上で見かけることはまず無い。清流や海に住む者がほとんど。基本的に人間の立ち入らない深海や入り組んだ地形に住んでいることが多い。
彼らの里は氷や水の魔法に極めて秀でた『守り人』が守護していることがほとんどであり、いずれにせよ到達は全く以て容易ではない。
だというのに彼らに会いに海に繰り出し、勝手に難破して遭難する人間は後を絶たない。
さりとて見捨てるわけにもいかず嫌々助けに来る人魚族の苦労は、今日も続いている。




