同志に垣根無し
「というわけでね、とりあえず話通そうと思ったんだけど、大丈夫?」
「大丈夫ではないですね……私の可愛いフェニエ、よりによって現状一番狂気的な貴方達の所とは……」
「言い方。違わないですけど」
流石に依頼主兼、協会トップの人員を二つ返事で仲間にするのはどうなんだということで、ミリアムは単身ヘレスの元へとやってきた。
あれから親子でも話をしたらしく、机の前で指を組み溜息を溢すヘレスからは多くの葛藤を乗り越えたのであろう気配を感じる。
実力、人柄、依頼内容との合致、親としての情。あらゆる物事と《《愛娘のお願い》》を比べ、問題はないと判断したのだ。
そして散々な言われようではあるが、ミリアム達もダンジョンの最前線に向けてアタックを繰り返しているパーティだという自覚はある。
ましてやその目的は一体のモンスターとの対話の為だ。前代未聞にも程がある。彼らはこの時代において、狂気の実験に駆り出された実験体と言っても過言ではないのだ。
極めて危険だということは言うまでもなく、そこに同業とはいえ一人娘を送りたいと思う筈もない。
ミリアムは心の中で、少しだけヘレスに同情した。
「とりあえず無視しますね。心配事は3点。戦力になるのかどうか、そして祭司の教義は問題ないか、『徘徊者』の中身が入れ替わったことによる最終目標のすれ違い。この3点です」
「そういう所は好きですよ……実力は十分、彼女は贔屓目抜きに稀代の術師です。経験不足は否めませんが、今すぐ『エリート』に連れて行かれたって足手まといにはならないでしょう。教義も問題ありません。あの子は我が娘ながら変わった祭司で、縁をとても大切にする子です。貴方達の期待を裏切ったりはしませんよ」
「ほんと変わってますね」
「ええ、私に似なくて良かったと思います。そして3つ目ですが、その心配は恐らく不要かと思います。情報から判断するに、今の『徘徊者』の中身は少なくとも今はまともな人格の様です。貴方達の調査の妨げとならず、フェニエの目的の人物像と合致するなら大きな問題ではありません。貴方達は引き続き、『徘徊者』に起きている事象を調査してください」
「分かりました」
「最後に、依頼主として『騎士捜索隊』におけるフェニエの参加を許可します。他に聞きたいことは?」
「ありません!」
そうですか。そう呟くと組んだ指を解き、座ったまま小さく礼をした。
「娘をお願いします」
「大丈夫ですっ。私が前に立つんだもの、傷一つ付けませんっ」
「頼みましたよ。あぁそうそう、今年の『波』、貴方達は4階に参加してもらいます。近日中に報せが出ますので、それまでにフェニエと連携を取れるようにしておいてくださいね」
「本当ですかっ!?了解しました、失礼しますっ!」
新たな指令を聞き届けたミリアムは喜色満面といった顔で通路を駆けだしていった。
急ぐあまり職員とぶつかりかけて謝りながら出ていく様は、まるで絵に描いたお転婆娘そのものだ。
彼女が出ていくのを見届けながら、ヘレスは人知れずまた溜息を吐いた。
「人の気も知らないで、楽しそうだこと……」
「ということで、会長の許可も下りたわ!今日から『騎士捜索隊』に加わるフェニエよ!」
「よろしくお願いしますっ!」
「おう、よろしく」
「よろしく頼む」
「よろしくお願いしますね、フェニエさん。ところでその杖についていくつか聞きたいことが……」
行儀よく礼をしたフェニエに、4人は歓迎の意を示す。
好奇心を徐にさらけ出したクローカがフェニエの傍に寄り、女子3人が和やかに会話している中ケインは肘でアジーを小突き、3人には聞こえない程度の声で話しかけた。
「すんなり受け入れるんだな。反対してたのに」
「俺らが懸念してた性格、教義に問題が無いのはヘレスが認めてる。それ以外に懸念材料はない、なら拒否する理由もない。ってこたぁつまり大歓迎だ」
「意外とドライだよな、アジーは。情で決めないと言うか、一つでも不安材料があったら友達の頼みでも断るタイプか?」
「現実的と言ってくれ。俺が騙されるだけならアホで済むが、仲間を危険に晒すとなりゃ話は違う。俺達がやってんのは友達作りじゃねぇ、命懸けの探索なんだ。疑いの余地なんて無いに越したことはねぇのさ」
魔法について談義を続けるクローカとフェニエ、それを傍で聞いて知識を付けようとするミリアムを見て、アジーの目は真剣そのものだった。
このアジーという男の行動は『信じたい』という思いからくるものだ。
以前変貌した『徘徊者』と遭遇して『正気』を失いかけたのは、信じていた、信じたかった思いを裏切られたと判断したからだ。
疑いを深め続け、疑う余地がなくなるまで疑う。だがその本質はその人を信じたい、頼りになる人間として背を預けたいという願いから来るものだ。
彼は人の善性を信じたいと願う側であった。
「それにミリアムがその辺『直感』に甘えてっからな、せめて俺がやっとかねぇと」
「そういうものか。ごめん、そういうの任せてばっかりだ」
「気にすんな。その分前線張ってもらってんだからよ」
ニッとしたアジーの笑顔を、ケインもまたニコリと返す。
それは彼らなりのコミュニケーション。そこには負い目無し、貸し借り無し、遠慮無しである。
だが男同士でのコミュニケーションもあれば女同士で紡がれるコミュニケーションもある。
それは今尚白熱する2人の魔法使いによる魔法談義として行われている。
「その杖は自作でしたか!やはり故郷の素材は馴染むものですか?魔術研究所の見解では出身地と杖の選定に関連性はないというのが定説でしたが自然派学会ではなんと?」
「故郷の木は親和性の高さ、精神の安定に繋がると言われています。思い込みの力と言われればその通りですが、思い込みを誘発できるならそれは事実上の出力向上だと言える、というものです。私としてはこちらをの説を推したいです」
「なるほど、素晴らしいお考えだと思います。そうだ、でしたら『魔導体理論』はお読みになられましたか?杖作りに精通してらっしゃるフェニエさんに是非お勧めしたい論文なんですが」
「『杖に頼らない魔法行使術』で高名なウーサ博士の論文ですよねっ!確か木材に頼らない杖の作成を目標に、物に後付けで魔力の性質を付与する───」
その内容はその道にいないものからすればあまりにコアで、傍にいたミリアムは話に全くついていけなかった。
しかし共通の話題から打ち解けて楽しそうに談笑する2人を見ているだけで満足であった。
ひょっとして魔の道を行く者達は皆こうなのだろうか。そう考えたアジー達であったが、命懸けの探索を稼業としている自分達が言えた義理ではないなと口を噤む。
彼等もまた、人に言っていないだけでこだわりが強い自覚はあるのだ。
「学会連中が見たら腰抜かすだろうな。魔法に愛された生粋の魔女と、自然に愛された天性の祭司が仲良くしてるなんてよ」
「仲が悪いのか?その、魔術研究所と自然派学会っていうのは」
「悪い。魔力とは何かって話があるだろ?人の内から湧き出る物って答えるのが魔術研究所、この世に満ちる物って答えるのが自然派学会ともう一つ、魔法倫理会だ。この手の起源主張ってのは色々面倒でな、連中が口を揃えられた試しがねぇ」
「どっちが正解なんだ?」
「それ絶対連中に聞くなよ。生み出すのが得意な奴もいれば空気中の魔力を取り込むのが得意な奴もいる。それでいいんだよ、俺達にとって重要なのは起源じゃねぇんだから」
一番最後に立ち上げられたのは魔術研究所だがな、とは口にしなかった
この街で探索者をやる以上、そんなことに大した意味はない。
重要なのは生き残る為に有用かどうかだけだ。探索者に余計なしがらみは要らない。使える物は何でも使う、それが探索者だ。
いい所で話を切り上げたいミリアムの意思を察し、アジーが大げさに話しかける。
「あーちょっといいかお嬢さん方。盛り上がってるとこ悪ぃんだが、これからのことに話すべきだと思わねぇか?」
「あっ……す、すみません!つい」
「いやいいんだ、話の腰折って悪いね。ミリアム、歓迎会と訓練どっちからにする?」
「両方!今日は4階で実地訓練行くわよ!『波』にも備えて連携もしときたいし」
「りょーかい。なんか感慨深ぇなぁ、まさか俺が『波』に参加たぁね」
その言葉にケインとクローカは首を傾げる。
二人が口にする『波』とは何か、教育の中では教わらなかった言葉だ。
それも無理はない、半年もせず5階到達という異例の進行を続ける2人にはまだ遠いことだと誰も教えていなかったのだ。
フェニエもまたゆらゆらと身体を揺らし、どこか楽しげだ。
2人の疑問にミリアムとアジーは別々な、それでいて《《らしい》》答えを紡いだ。
「強くなるための近道よ」
「いいや、稼ぎ時さ」
(これは……そこら中から気配がする。そうか、これが『波』の前兆か)
地下6階、『徘徊者』もそれを感じ取っていた。
時折交流を図る聖職者達から聞いていた「『波』がもうじき来る」という言葉。
その意味を知る時が来たのだ、と。
魔術研究所
比較的近代に生まれた魔法派閥。魔法の神秘を解き明かし、完璧なコントロールを目指す為に日夜研究と開発を繰り返す集団。
魔法魔術開発課、魔術書作成管理課、錬金術課、防衛魔術課、その他多くの組織で構成される。
その結果効率的な魔法の行使術と、魔力を持たない人間に使用できる『魔石』の開発に成功した。
『魔石』に水や火の魔法を込めることで水道やコンロの役割を果たす家具を作り出し、民間に普及させることに成功したのだ。
彼らは人類の文明レベルを引き上げた。その功績は非常に大きい物である。
しかしながら魔法は伝承により伝わる神秘であり人の手に落としこむべきではないとする自然派学会や魔法倫理会からは目の敵にされている。




