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合縁の祭司、フェニエ

「───えぇ、手配しておきます。分かってます、推薦はしておきます。分かったって言ってるでしょう、何度も言わせないでください。それではまた」



 鏡越しの興奮冷めやらぬ言葉の嵐を、魔力接続を強引に断ち切ることで終了する。

 ヘレスにとってこれほど疲れたのは育児以来だ。

 更に言えば先ほどまで話していた相手は児童と大差ない。その上腕力と権力を併せ持ってるだけに性質が悪い。

 疲弊した様子を見てヘラヘラとしたヴァズ、心配そうなゴウカフが声を掛ける。



「まぁそうならぁな。餓死寸前の馬の鼻先に食い物ぶら下げたようなもんだ」


「お疲れ様だ。約束の取り付けは上手くいったと見ていいのか?」


「……まぁ、はい。簡単に概要を伝えておきます。あちらには当時『常備騎士』だった人間とのコネクションの用意。こちらからは事前報酬として『波』への参加打診。成功報酬として、国家所属のダンジョン施設管理役員という名目でポジションをそれぞれ用意する運びとなるでしょう。詳しい話は後日詰めます。とにかく疲れました」


「鼻息荒くしてんのが伝わったよ、お疲れさん。じゃ、あとは坊ちゃんからの連絡待ちだな。俺は探索に行ってくる」


「くれぐれも今日の事は」


「言わねぇよ。そんぐらい弁えてる」



 一通りの事柄を確認し、ここですべきことはもうないと判断したヴァズは足早にダンジョンへと向かっていった。

 どこまでも趣味人の自由人だこと。小さく呟かれた言葉にゴウカフは苦笑いで応えた。

 ようやう考えるべきことが一段落し、日は高いが今日はもう休もう。

 そう思い机の書類を押しやろうとした時だった。鏡の魔力紋様が着信を告げる光を放つ。

 またダンジョン狂いの騎士かと露骨に嫌な顔をするが、すぐにその表情が変わる。

 すぐさま着信を取り、かつヘレスの声色がガラリと変わる。



「こちらヘレスです。どうしましたか、フェニエ」



 さっきとは打って変わって優しく、寄っていた眉も今は緩やかに解かれ安らかな顔をしている。

 その変貌っぷりにゴウカフは一瞬面食らうも、すぐに納得した。

 連絡をしてきた相手は彼女の娘なのだ。



「いいえ、大丈夫ですよ。先程仕事も一区切り付いた所です。いいえ、そんなことはありません。母を信じてください。ね?」



 ゴウカフは何度目かの苦笑いを溢す。この人はいつもそうだ。娘にとにかく甘いのだ。

 穏やかな気持ちで見守っている(実際にはヘレスの年齢はゴウカフよりずっと上である)と、話の流れが変化していることを悟る。



「……え?固定を組みたい?あぁ、そうですね。フェニエももう5階に到達していますからね。ふむ……そうなると、まず固定を組むなら事由とメンバーの登録が必要です。そこは大丈夫ですか?」


「なるほど、既に固定を組んでいるところに参加。それなら安心です。ちなみに、男女比は?2:2、まぁいいでしょう。ところでどちらのパーティです?ちょっとご挨拶に……ではなくて、固定を組んでいるパーティはいくつもありますし、実態の無いパーティというのもありますからね。協会長として確認しておかないといけないんです、ええ」



 妙に早口なヘレスを微笑ましく思いつつ、そろそろ立ち去るかと思った矢先。

 ヘレスの口から爆弾が投下された。





「えっ?『騎士捜索隊』?」










 時間は僅かに遡り、ミリアムが退室した直後のこと。




「お待たせー。報告終わったわよ。今回の事は口外禁止で」


「了解。まっそうなるわな、お疲れさん。……んでだお嬢ちゃん。死ぬほど疲れてる俺達とっ捕まえて何の用だ?」



 予定外の探索活動を終え、疲労困憊の中帰還した4人を待っていたのは緑髪碧眼の少女だった。

 探索者にしては身なりが整っており、清潔な白いローブが彼女を覆っている。

 小さな背丈(ミリアムよりは大きいが)の半分程ある大きな杖を携えている。

 しかし杖の特徴が自分とかけ離れていることからクローカは、少女が祭司(ドルイド)であることを見抜いた。

 そして悪意を持って近づいてきたわけじゃないことをアジーとケインが『直感』で察し、相手の力量が自分達を陥れる程のそれではないとミリアムが判断した。


 そうして対話を決めた一行であったが、彼女は驚くことに4人がダンジョン探索に出たと知った日から数日、出口でずっと待ち構えていたようだ。

 話したいことがあると言い、入手品の申告、『徘徊者』についての報告を終えるまで待つと言われ、概ね処理が終わったところでようやく話を聞けると状態となったのだ。



「はじめまして。私、フェニエといいます。この度は『騎士捜索隊』の皆様にお目通り願えて光栄です」



 丁寧な物腰、しかしどこか浮世離れした気配を感じるふわふわとした口調に、アジーの眉間に皺が寄る。

 嫌いという訳ではないが、彼女の素性が素性だ。できれば早急にお帰り願いたい。

 今はめんどくさいから帰ってくれねぇか。そう言いたい気持ちをグッと堪え、なるべく平静さを保ちながら質問を続ける。



「目的は?」


「どうか、私を皆さんのパーティに入れてください!お願いしますっ!」



 まさかのパーティ参加希望者であった。

 確かに第三者から見てどこの誰が固定パーティを組んでるかを知る方法はない。しかし短期間で何度も同じメンバーでの探索を繰り返していれば、周囲には自ずと知れるものだ。

 確かにある程度周りを見る余裕のある探索者ならば、彼らが固定パーティであることを知っていてもおかしくはない。

 彼女もまた、周りを見る余裕のある探索者なのだろう。

 そして4人の答えは既に決まっている。



「無理ね」

「無理だろ」

「無理だな」

「無理です」


「なんでぇっ!?」



 満場一致の否決である。しかしこれも当然の事である。

 彼らの目的は『徘徊者』への接触と調査。そしてそれに伴い最前線へと進み続けることなのだ。

 あまりに危険なのは言うまでも無く、そもそもパーティへの加入についてリーダーであるミリアムすら決定権を持っていないのだ。

 その全てはその依頼主、探索者協会会長であるヘレスの一存である。

 よって無理としか答えられないのだ。



「理由くらい聞いてくれてもいいじゃないですかぁ~!!」


「す、すまない。だが加入に関しては俺達には決定権がないぞ」


「ケインさんの仰る通りでして、私達は依頼主の意向の元固定を組んでいます。元々接点があり、望んだこととはいえ、厳密には私達の自由意志で組んでいるわけではないんですよ」



 固定を組む理由は大きく分けて3つ。

 1つ目はダンジョンの最前線、現行最深度を攻略するのを目的とし、ひたすら練度を高める為に短期間でダンジョンアタックを繰り返す場合。

 彼らにとって毎回違う相手と組むのは連携や意思疎通を取る手間があり、それを嫌うストイックな武闘派達がこれに該当する。

 熟練者ならば初対面の相手でも上手に連携を取るが、それが非常に面倒だと言う探索者も一定数要るのだ。


 2つ目は長期依頼を受ける場合。

 国外へ移動する商隊の護衛、特定モンスターのドロップが必要で狩り続ける必要がある、モンスターの生態調査の護衛等々、依頼達成に長時間拘束される場合だ。

 この場合長期間ダンジョンタウンを不在にする場合が多く、所在が分からない探索者が現れてしまうのだ。

 これにはある時長期不在の探索者が死んだものと勘違いし葬儀まで取り行い、後日帰還するケースがあったため、長期依頼の際は固定を組むことを義務付けたという背景がある。


 そして3つ目。様々な理由からメンバーが指名されている特殊な依頼。彼らは分類するとこれに該当する。

 この街でそれなりに情報通のアジーは彼女の素性も当然知っていた。



「あんたのことは知ってんだぜ、確かヘレスの娘さんだろ?実の娘が最前線で得体のしれない怪物相手にダンジョンアタックなんか親心がありゃ許可するわけねぇだろ」


「大丈夫です!お母さん私には甘いので」


「甘いで済ませていい問題じゃねぇからな!?つーかあの冷血を人形にしたのがヘレスだぞ。娘に甘いとか笑えねぇぜ」


「あんたもうちょっとデリカシーを持って発言しなさいよ……」



 ちょっと待っててくださいねぇ。フェニエはそう言うと懐から手鏡を取り出す。

 4人はそれが持ち運び可能な通信鏡と理解し、如何にヘレスが彼女を溺愛しているかがよく分かった。



(おいケイン。俺も詳しくはねぇが、あんな通信鏡見たことねぇぞ。型番分かるか?)


(家の取り扱い目録には載ってなかったな、多分最新か特注。最近は小型家庭用が凄い速さで発展と普及してるから、持ってること自体は不思議じゃない。安くはないと思うけど)



 ヘレスの娘、フェニエ。その噂は耳の早いアジーには届いている。

 自然の掟に従い、それに類する強力無比な魔法、あるいは術を行使する祭司(ドルイド)の才女。

 時代にそぐわない浮世離れした者が多く、本来は街から離れた秘境やそれに近い環境に身を置くか、あるいは流浪の旅をする者が多い祭司(ドルイド)

 彼女はその中でも異端、日夜ダンジョンアタックに繰り出す空前絶後の変わり者。

 ダンジョンの環境は自然のそれに近い為力の行使に大きな影響はないそうだが、その振る舞いはまるで只人のそれである。

 俗人のように泣き、喜び、怒り、そして笑う。

 欲の無い達観した、あるいは厭世観を持つ本来の彼ら(ドルイド)のイメージからはあまりにかけ離れているのだ。



「───よし、お母さんは説き伏せました。後は皆さんの許可さえ頂ければ!」


「えぇ……」


「嘘だと言ってくれよ」



 クローカのドン引きにアジーが同調する。

 皆が話している中、冷静に彼女を観察していたミリアムは彼女への推測を立て続けていた。



(この子、振る舞いはぽやんとしてるけどかなりダンジョン慣れしてる。ブーツは見栄えだけじゃなく底が厚くて頑丈な物だし、ローブは風で靡かない程度に重い。内に幾つも道具を仕込んでると見たわ。杖を持つ手に緩みはないし、いざとなれば殴打用の武器としても使う筈。自分に出来ること、出来ないことをちゃんと知ってる)


(それにクローカも時折杖を見てる。私には分からないけど、商会勤めの護衛が本人そっちのけで見るくらいだもの、かなりの物でしょうね)


(でも祭司(ドルイド)、かぁ……回復や妨害、補助の魔法は彼らの領分。そして今の私達にぴったり欠けている部分。本音を言えば一も二も無く迎え入れたい。けど……)



 彼女に命を預けられるか。肯定、彼女は自分達の生命線をより強固にしてくれるだろう。

 彼女は怯えることなく最前線で戦えるだろうか。これも肯定、弱ければヘレスが認めるわけがない。腕利きなのは保証されている。

 問題なのは彼女、フェニエは何の為にダンジョンに潜っているのか。

 ダンジョン探索に命を、これからの人生を掛け続けられるのか。



「ならパーティリーダーとして聞くわ。フェニエさん」


「呼び捨てでいいですよ。えへへ、なんでしょうか」


「笑顔が可愛いわね。……貴方は何の為に私達とダンジョンに行くの?」



 強き少女(ミリアム)にはこれからの人生、その全てを賭けて追い求めている背中がある。

 悔恨する(アジー)は膨大な過去を覆い隠してしまえる栄誉と羨望を求めている。

 未完の勇者(ケイン)は己が何者であるか、それを立証する為にダンジョンへと身を投じた。

 神秘を追う(クローカ)は勇者が生まれるその瞬間に立ち会い、そして尽くす為に生涯を費やすと決意している。


 互いの過去全てを知っているわけではない。言っていないこと、隠していることはたくさんある。

 けれど皆が心から欲する何かを得るために、枯れた心を満たす為に戦っていることだけは知っている。

 その渇望を信頼しているからこそ彼らは組んでいるのだ。

 逆に言えばそれ無くして背中を預けることはできない。これはミリアムの矜持であった。



「ダンジョンに行くだけなら私達じゃなくてもいい。でも私達じゃなきゃダメなんでしょ?」


「はい」


「教えて。あなたは何の為に私達と行くの?」


「私、かの御方に大恩があるんです。私と、私の友人達の命を救ってださったあの御方。あの方に良き縁を繋ぐ為、皆様に同行させて頂きたいんです」



 そう言うとフェニエは一呼吸置き、決心を碧い瞳に宿した。

 かの方、それを聞いた一行の表情が一斉に変わった。

 2人は「あぁやっぱり」と、残る2人は「本気かこの子」と。



「以前組んでいた皆様にお伝えしたところ、快く送り出してくださいました。故にこの恩義、地の底までお返ししに参りたいのです」



『固定パーティ』


 期間中指定したメンバーでしか探索活動を行わないという誓約、またはそれを結ぶ契約を指して『固定』と呼ぶ。

 概ね目的達成まで退路を断つ為であったり、知り得た情報を外に流さない為に依頼主が纏めて口外禁止を契約する際に合意の元用いられる規則である。

 ダンジョン協会を通して契約を行う為、万が一報告なく勝手にダンジョンに行くと契約違反とみなされペナルティが入ることもある。

 協会側は誰がどの固定を組んでいるか、入退場した人間が誰かを常に把握している為言い逃れは難しい。

 申請すれば一時的な解消もできるが、余程長期間に渡り依頼をこなしているとかでない限り使われない。それを気軽に使うくらいなら初めから組まないからだ。


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