騎士精神
「以上、『騎士捜索隊』からの報告です」
「……そうですか」
地上に帰還し報告を終えたミリアムを待っていたのは小さな返答と沈黙。
正面に控えるのは机を前に指を組み、いやに静かな気配のヘレス。同席しているのはゴウカフ、ヴァズの2人。
この街きっての戦力に、ダンジョンへ最も造詣が深い男達の同席は場の空気を更に重くしている。
ミリアムに臆している様子は全く見られないが、それでも普段の軽い調子は鳴りを潜めている。
それ程までに今回齎された情報は重大であった。
「まるで別人のような変化……それに『開戦礼』と来たか。なんと言えば適切か……」
今までの『徘徊者』は言ってしまえばただの人と同じ行動しかとらなかった。
困っている人が要れば助ける、迷っている人が要れば導く、言葉を返せば返答する。
人間が行うごく普通の事しか行ってこなかった。
しかし『開戦礼』は違う。それを行う者は、あるいは行っていい者はこの国において極めて限られる。
「こんな時で悪いんだけど、開戦礼ってなに?私達は何をされたの?」
「む、ああすまない。開戦礼と言うのは……」
そこまで口に出してからゴウカフ、強烈な威圧と視線を感じた。
出所はヘレス、理由は不明。だが見当は付く。
ゴウカフは違和感のない程度に話を誤魔化すことにした。
「……『国』に仕える騎士の一部が行う儀礼だ。戦う同胞への礼、対峙する者達への賛美、死者を生む蛮行への謝罪。それら全てを内包した礼節、と言ったところか」
「えっ!?じゃあアイツの中にいるのは……!」
「間違いなく人間がいる。しかも『国』の人間だ。厄介なことだぜ、これは」
それを言ったヴァズの表情は、普段の彼らしくなく固い。
常時の彼ならこの情報に嬉々として飛びつき、彼等の身に起きたことをインタビューで洗いざらい吐かせ、論文のような分厚さのレポートに纏めようとするだろう。
しかし今の彼にそんな様子は見られない。これは扱い方を間違えればこの街の未来を左右する情報なのだ。
己の欲求でダンジョンの存在を封印でもされたら泣くに泣けない。ヴァズは弁えていた。
重い空気の中、思案に思案を重ねていたヘレスの口がようやく開かれる。
「ミリアム、ご苦労様でした。我々はこの情報を整理しなくてはなりません。貴方達にはこれから許可が出るまで『徘徊者』に関する一切の情報の口外を禁止します」
「分かりました、3人にも伝えます」
「ありがとうございます。新しく情報が入れば共有します。それまではいつも通り『徘徊者』への接触と、ダンジョン探索をメインに活動してください」
「はいっ!失礼しました!」
努めて明るい表情のままミリアムは退室する。
外からカツカツと歩く音が響き、それが聞こえなくなる頃になってようやく3人の表情が崩れる。
その表情は一様に暗い。苦悩や葛藤、これからの未来に重い不安がのしかかっているのだ。
何から話すべきか。そこにいる誰もが迷っていた。
しかし話さなければ始まらず、終わらない。ゴウカフが重々しく口を開いた。
「……気づかれただろうか」
「あんだけ状況が揃っちまえばな。だがあいつには『国』への伝手が無い。確信を持つまではまだ猶予がある」
ヘレスとゴウカフは『国』と直接的に関わりがあるからこそ分かってしまった。
ヴァズは関わりこそないが、ダンジョンの歴史に深い知識を持つ。
その結果が『徘徊者』の変化、それが一つの回答を導きだした。
「5階制覇直後だからもう16、いや17年になるか?」
「『国』による大規模なダンジョン調査。凄かったよなぁ、テメェが一番偉いってツラした礼儀もクソもねぇ最悪のカス集団だったぜ」
『ダンジョン調査隊』と銘打って行われたそれは、ヘレス会長就任から20年弱程で起きた。
5階を制覇した時の事、鉱石で造られたゴーレム達が齎したものは国の産業を大きく潤した。
『石』こそ大きな価値は付かなかったが、ダンジョン産という付加価値の付いた『水晶』『金属』が大きな利益を上げたのだ。
ダンジョン由来の為か不純物が極めて少ない水晶の裸石は見目美しく、同様に混ざり物の無い鉄や銅は魔法魔術の実験に使う為の貴重資源として用いられている。
更には運に恵まれ討伐された『宝石』の核は今も好事家の間を行ったり来たりを繰り返し、値は今も吊り上がり続けている。
今回『騎士捜索隊』の面々が持ち帰った4つの宝石について処遇は任せているが、入手方法の口外は禁止だ。
不意に湧いた幸運が彼らにどんなトラブルを招くか、分かったものではない。
「金の匂いを嗅ぎつけた浅ましい連中がダンジョンを食い物にしようとしやがったんだぜ?失敗は当然の結果だ」
「相変わらずだな。『国』は嫌いか?」
「嫌いだね。人間単位ならまだしも……っとそんなことは関係ねぇ。おいヘレス。お前も分かってんだろ」
突如向いたヴァズの追求にヘレスの肩がピクリと揺れる。
そう、問題なのはそこではないのだ。それも歴史的な重大事件ではあるのだが、ことここに至っては重要な事ではない。
問題なのは『徘徊者』が開戦礼を行ったということなのだ。
「開戦礼は騎士隊の中でも『常備騎士』が先陣を切って行う儀礼だ。戦時に限らず国家が常に保有する、自他共に認める最精鋭の騎士。正真正銘、戦う事に特化した化け物集団だ」
「そして17年前にダンジョン調査に送り込まれたのが当時の『常備騎士』。隊長含む3部隊、計18人。当時最前線を張ってた探索者なんか目じゃねぇ傑物揃いだっただろうが、ほとんどが死んだ。そうだよな?」
ヘレスの顔色は悪い。今日届けられた情報は彼女にとってもあまりに想定外の出来事なのだ。
『徘徊者』の発生からたったの4か月。今この瞬間多くの人間の運命が動き出そうとしている。
どうして今なのか。神々は世界をどうしたいのか。
ダンジョンに起きた事変と真正面から向き合おうにも、ヘレスは既に多すぎる責任を抱えていた。
「ゴウカフ、お前は言いたくねぇようだから言ってやる。当時死んだ奴の中にはミリアムの親父がいたな?知り合いだったんだろ」
「ヴァズ!!言葉を慎まないか!!」
「黙るだけ時間の無駄だ。……ミリアム、あいつはいいな。優秀だ、いい探索者になる。だがあいつが探索者やってるのはダンジョンで死んだ親父と無関係じゃねぇんだろう。だとしたら直視しないわけにはいかねぇ。そうだろうが?」
ゴウカフは声を荒げたが、それも当然の事。
死人が蘇ることはない。それはこの世界における絶対の不文律。
例え明日世界が滅びることがあろうとも、死者がもう一度歩くことはあり得ない。
それはこの世界の法則であり、この世界に生きる人々の根本にある信仰でもあるからだ。
ヘレスの表情は険しい。眉を固く寄せた顔は、来たる困難に如何にして打ち勝つかを模索し続けているようにも、慚愧に顔を歪ませているようにも見える。
「……えぇ、事実です。ダンジョンで死んだ『常備騎士』の一人。その男の名はリューベル・ミラン。実力だけならば『国家騎士』の頂点にも届くと謳われた男。そして、ミリアム・ミランの実父です」
「やっぱりな。で?そいつが『徘徊者』の中にいるって?」
「まだそうと決まったわけではありません。それとミリアムには絶対に漏らさないでください。次に遭遇した時、それを知った彼女がどんな反応をするか想像できません」
あなたの実父はダンジョンで死に、人のまま死ぬことも許されずモンスターとして蘇った。
そうなった以上いつ他者を害するか分からない。今はよくとも明日は分からない。その時が来ればいずれは。
……言えるはずがない。そんな最悪の未来などあってはならない。
ヘレスは常にこの街の安全と保安を念頭に置く。だが彼女にとって『徘徊者』は、情緒不安定な怪物が人の振りをしてこちらの手を掴もうとしているように見えてしまうのだ。
「彼らが死んだ原因は私にもあります。彼らを止める義務が当時の私にはあった、しかし……」
「……心中は察するが、それ以外にも問題はある。死んだ人間がモンスターと成り得るならば、つまり我々がモンスターとして殺してきた者達は、まさかそういうことなのか?」
「それは無ぇな」
「何?なぜそう言い切れる」
最悪の予想を覆したのは他らなぬ、ダンジョンの信仰者であった。
彼は深く息を吐きだしてから、出来る限り言葉を選び、なるべく冷静に語り始めた。
「この間腕利きを集めて7階の『血みどろ甲冑』を手あたり次第狩り回った。その経験から言わせてもらえば、狩った『血みどろ甲冑』の中に腕利きの人間がいるような動きは見られなかった。ありゃ間違いなく純粋なモンスターだった。被害もデカかったが安心しろ、利益は出したし誰も死んじゃいねぇ」
「また危ないことを……」
「うるせぇな、んなことは重要じゃねぇ。今は17年前とは訳が違う、ダンジョンで死んだ奴の中には当時の『常備騎士』なんか目じゃねぇ腕利きはいくらでもいる。だが『血みどろ甲冑』に限らず人型のモンスターで人に近い考えや動きをしたモンスターなんてのはいなかった。俺は『徘徊者』だけが特別ってのが結論だと考える。それとヘレス」
未だ顔を上げることの出来ないヘレスに、ヴァズはやりづれぇとボヤき頭をガシガシと掻く。
ヴァズはなるべく刺激の強い言葉を避け、暗い思考から誘導するような言葉を提示した。
「『徘徊者』の中身がリューベル・ミランだって話だが、それだと妙な点も多い。ミリアムにアジー、アイツらが出した2回目の遭遇レポートを覚えてるか?『徘徊者』との会話を纏めた奴だ」
「……肯定、否定のみの意思疎通が可能な状態でしたね」
「そうだ。俺もレポートを読んでみたが、意外と話が分かるだの、押しに弱そうだのとてもじゃねぇが当時最精鋭の騎士様とは思えねぇぞ。中身がつい最近入れ替わったのなら、アイツが目撃されてからどうして今まで表に出てこなかった?いや、そもそも5階制覇時点、17年前に死んだ人間がどうして今、7階のモンスターになる?今アイツの中にいるのは本当に当時『常備騎士』だった人間なのか?」
その言葉に、ヘレスの表情が僅かに平時のそれへと戻る。
思考が回り、鬱屈とした考えから通常運転へと。暗い考えから一時的に脱却する。
それを見たヴァズは僅かに安心し、ダメ押しにと更に議題を提案する。
「差し当たりまずは当時の『常備騎士』を知ってる奴から話を聞きてぇな。生きてる奴から直接話を聞けりゃ最高だ。上手く行けば今中身が誰なのか、一発で分かるかもしれねぇからな」
「待て、そんな人間がいたとして話を聞けると思うか?あの事件は間違いなく『国』のタブーだ。意気揚々と馳せ参じ、その結果国家防衛を担う重要な戦力を多数失ったのだぞ。それを堂々聞き出せる『国家騎士』の伝手など我々にはない。ミリアムやその御家族に聞くなど以ての外だぞ」
「いるだろ、ジェグイの坊ちゃんがよ」
その時ゴウカフは盲点を突かれ、ヘレスは大層嫌な顔をした。
「確か国家の英雄様になったんだよな?なら聞き出せることも山ほどあんだろうがよ」
ヴァズはニヤリと笑い、精々コキ使ってやろうぜと悪い笑顔をしていた。
(まったく、若人の成長ぶりには驚かされる。少年に謝らなくてはならないことが増えてしまった)
4人との邂逅を終え、しばらく距離を取ってようやく安堵する。
ひとまず彼らが今後自分を見て敵対行動をすることはないだろう。
もし少年が回復して活動を再開した時、万が一彼らと敵対していたら大きなショックを受けてしまう。
『宝石』との戦いで昂った感情を収める為とはいえ、我ながら短絡的な行動を取ったものだ。
窮地から鶴の一声でパーティを纏めたリーダー、ミリアムの統制能力の高さに感謝しなくてはならない。
7階には別個体の『血みどろ甲冑』もいる、油断してはならん。そう言いたいところであったが、今は水を差すまい。
(地上へ戻るには未だ時期尚早。彼らには悪いが、もう少し下積みをするとしよう。今日の出来事で地上の者達に混乱を与えなければいいのだが)
地上までエスコートするのも吝かではないが、彼らも5階到達者だ。
想定外の消耗が起きた時、地上までの帰還リソースの管理も学んでおいた方がいい。
4人共『体力』は大幅に消耗していたが、休んで回復すれば問題はないだろう。
『なんで前みたいに考えてることが分かんないの!?』
そうして落ち着いた頃、先程ミリアムに言われた言葉が脳裏を過る。
意思疎通に関しては私自身明確な答えを知り得ず、答えようがない。
肉体の主導権を握っているのが自分だからか、意思疎通は少年が用いている特殊なスキルなのか、あるいは別な要因か。
そしてそれに伴いもう1つ、問題が浮かび上がった。
私が目覚める前、この身体の主導権は誰が握っていた?
(ミリアムは「そんな戦い方」と言った。確かに今まで行儀のよい剣の振り方はしてなかったが、咆哮など見せたことは無い。いや、それどころかミリアムと1対1で戦ったことなどない。恐らく……私が自我を取り戻す前の戦いのことだろう)
(……私が目覚める前、一体誰が。否、《《何》》が代わりに戦っていた?)
ミリアムとアジー、彼らと少年が遭遇した時は既に私が代わりに剣を振るっていた。
ではその前は?少年が一人ダンジョン探索に勤しんでいる時、代わりに戦っていたのは誰だ?
ミリアムの言葉通りに考えるのならば、それはこの身体の内にはまだ……。
しかしそれらは全て現時点では想像の域を出なかった。
(まるで見えない爆弾を抱えているようだ。……いっそ言葉にして全て吐き出せたらいいものを)
哀愁を含んだ独白が胸中を埋め尽くす。
身分を失い、名乗る為の喉も潰れ、かつての誇りと誓いも今は血に穢された。
今の自分は地を這い蹲って死血を貪る悍ましい怪物の一体でしかなく、それ以上には決してなれない。
だが、今はそれでいい。いつかこの身体の不浄を抑える方法を見つけ、私が御役御免となるその時まで耐え忍んで見せよう。
そうしていると、静かに呟く声が胸の内にぽつりと溢された。
(ずっと僕を助けてくれていたのは、貴方だったの?)
(少年、起きたのか!?意思疎通ができるように、ああいや違うな。目が覚めて本当によかった!君に伝えたいことが……)
なんということだ、胸の内に響いた小さな声に心から喜んだ。
怪我の度合いで言えば意識不明の重体レベルの傷を心で負ったのだ。
彼が感じている痛みは傷とは違う。逃げることの出来ない心の苦痛は幼い彼にとって想像を絶する程だろう。
まだ私の半分の歳にも満たない少年が死の淵から帰ってきた。もし神がここにいるのなら、は心から感謝してやってもいい。
身を守るために心を傷つけてしまった事、眠りについてから今日までの事、先程の事。
君に謝りたい事、伝えたいことが沢山あるのだ。
(……いや、なんでもない。今は安全な場所にいる。安心してくれ)
けれどすんでの所で、ぐっと堪えて静かに思いを告げた。
今の少年は目が覚めたばかり。突然大きな声で騒ぎ立てたら休める物も休まらないだろう。
心の回復には丁寧なケアと時間が要る。無理と焦りは禁物である。
(話したいことはたくさんある。けどまだその時ではないようだからな。今はゆっくり休むんだ。いいね?)
(ありがとう……ごめんなさい。もう少しだけ休んだら、また頑張るから……)
その声が聞こえた時、思わず小さく溜息を吐いてしまった。
いつの間にか意思疎通が出来たことはとても嬉しい。先のやり取りが何か、この身体に刺激になったのだろうか?
切っ掛けに思い当たる節は無いが、できないよりはできた方がいい。
だが孤独を誤魔化す為の調査に明け暮れていたせいか、起き抜けに何かをしようとするのは頂けない。
頑張らなくてもいい、むしろ今は頑張ってはいけない。如何に屈強な戦士でも休息は必要なのだ。
(いいんだ。安心してくれ、君も知っての通り私はとても強いからな)
(そっか……あなたは、誰……?)
もうじき意識が落ちるであろう少年に、僅かに逡巡してしまいながらも答えた。
今の私はなんでもない、ただのモンスターなのだから。
(かつて騎士だった、みっともない男の成れの果てだよ)
『国とダンジョン』
多くの『国』はダンジョンから物理的にも干渉度合いとしても距離を置いている。
ダンジョンは未知の領域があまりに多く、過剰に戦力を投入した結果大損害となるケースは多く見られている。
これは『ダイダロス』に限った話ではなく、どの『国』でも同じことは1度以上起きている。それらが多くの『国』で共通認識となり、現在では過度な干渉は控える方針で纏まっている。
不思議なことに、ダンジョンに多数の戦力が投入される度に決まって大きな損害は発生する。
それはまるで神が造りしダンジョンが探索者以外の入場を拒んでいるようにも見えるが、真相は定かではない。




