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心折れることなく

 ミリアムの一喝から戦いの流れは変わった。

 『混乱』から始まる戦闘もまた経験。重要なのは如何に立て直しが早いか、そこはリーダーの素質が問われるものだが……どうやらそこまで心配する必要は無いらしい。



(先程とは動きが違う、いいぞ。そうでなくては)



 待ちを決め込めば相手は動かざるを得ない。迂闊に動けば隙を晒す。それを突くことで『混乱』や焦りを誘い戦いを優位にコントロールする。

 ダンジョンの最奥を目指すであろう彼らにはいつか必ず必要になる技術だ。

 そういった相手への対応を学ばせるには少々時期尚早かと思っていたのだが、想定以上に上手くやっている。



「ケイン右ッ!」


「応ッ!」



 先頭を張るミリアムの一声で動きが大きく変わっている。

 正面から姿勢低く、先程私がそうしたようにミリアムが飛び込んで来る。

 低い姿勢の獣に対し剣で出来ることは少ない。精々が突き刺し縫い留め、そこを一撃で仕留める策。

 だが剣を彼女ごと地に突き刺して縫い止めるのはあまりに至難にして愚策、ケインに対応する手が塞がる。

 無理をすれば動けるだろうが、それを許す程彼女は易しい相手ではない。それはよく知っている。

 回避か格闘、回避後恐らくケインとミリアムは同タイミングで攻撃してくる。ここは『格闘』を選択。

 蹴りか拳、足技はいなされて態勢を崩す可能性がある。拳を選択。

 拳をぐっと握り、正面から受け止める姿勢の『徘徊者』にミリアムの口角が上がる。



「───受けて見なさいッ!!」



 拳がかち合う。ガントレット同士がぶつかり合い、筆舌に尽くしがたい強烈な金属音が響く。

 あまりに強烈な反動に驚愕した。『血みどろ甲冑』(モンスター)の血を取り込んでいるとはいえ、これほどまでに勢いのある拳を繰り出せるとは。

 既に人の域を超えつつあるミリアムに複雑な思いを抱くも、その強靭さを心から称賛する。

 互いに反動を受けながらも、先に動いたのはこちら。合わせた拳を外し、引いていた剣を上から振り下ろす。

 ミリアムはそれにやや遅れながらも反応。盾を斜めに構えつつ、降りかかる剣の腹を横薙ぎに叩く。

 先の戦闘では集中を欠き使えなかった『パリィ』を成功させ、大きな隙を作ってしまう。



「───ここだッ」



 剣を持たない左手側、ケインの剣が胴を裂かんと振るわれる。

 このまま受ければ左腕は持っていかれる。だが腕を庇えば胴が裂かれる。

 二手読んだ襲撃、だが隙を作ったとはいえそこまで警戒を怠ってはいない。


 以前内側から見ていた時、上から目線になるが彼の剣の腕は大したものではなかった。

 避ける必要性すら感じない、涙ながらに放った弱弱しい剣。

 少年の心を残酷に引き裂いた憎き刃は、今やその面影を無くし力強く進化していた。

 度胸ある踏み込みと堂に入った剣閃は、受けに回れば致命傷は免れないことを私に確信させたのだ。



(これは私怨だ。悪く思うな)



 故に禁じ手を使うことにした。



「な───ッ」



 横薙ぎに繰り出される刃に対し、ギリギリのタイミングで姿勢が間に合う。

 上からは左肘を突き降ろし、下からは膝で大きく剣の腹をかち上げる。

 肘と膝で行う白刃取り、では終わらない。私怨を込めて行われた肘と膝の白刃取りは、ケインの振るう刃を叩いた点から破壊する。

 剣の腹から先は喰った。引くにはもう遅い。後隙に徒手空拳を叩き込んで退場だ。

 罅の入った剣を前に、脳に焼き付いた屈辱と絶望が脳裏に浮かんだのだろう。私を強く強く睨みつけ───



「───めるなァッ!!」



 更に進むことを選択した。

 彼は折れた刃を放棄、一度振り切る。半身となって軽くなった剣をもう一度掲げさらに踏み込み、剣を折った左脚に叩きつける。

 片足立ちの状態で打撃にも似た強烈な斬撃を膝に受け、痛快な痛みを受け止めつつ大きく体勢を崩す。



(剣ごと心を折る腹積もりだったが……潔い男だ)



 かつての印象を撤回。今のケインは一人前の戦士に値する。

 些か心苦しいが認めざるを得ない。彼は既に立派な戦士だ。

 これは少年への裏切りではない。男として、戦う者として仕方がない事なのだ。


 ケインが剣を振りかぶる直前、背後でミリアムが構える気配がした。

 振り向こうとすれば右脇腹に衝撃。怪力に物を言わせたミリアムの蹴りが炸裂する。

 ミシリと音を立てたことに内心冷や汗が走るも、この程度では戦闘不能にはならない。

 吹き飛ばされつつも地面に指を突き刺し、ガリガリと床を削りながら勢いを殺す。

 攻撃の流れは止まらない。着地した瞬間、全身を雷撃が襲う。それはいとも容易く鎧の体を射抜き、内部に強烈な痛みを以て私に直撃を知らせた。



(あれは、『雷鳴』のスクロール!珍しいものを持っている……!)



 先ほどまでのパニックが嘘のように、鋭い眼が私を射抜く。

 1枚目の効力切れを狙い更にもう1枚、3撃目を撃たせまいと剣を投擲しようとしたが今度は小さな光弾が右肘を射抜く。

 威力は強くないが腕に強烈な痺れが残る。恐らくは『衝撃』に類するスクロール。ダメージ源にはならないが敵を大きく吹き飛ばす類のものだ。

 前衛2人の波状攻撃。それが終わる瞬間を狙った連続遠距離攻撃。こちらを見る目は鋭く、どれほど一瞬でも隙があればそれを抉じ開ける気迫を見せる。


 アジーはこの4人の中で道具の扱いに最も長けているのだろう。タイミング、効力、相手の特性全てを武器に立ち回る『道具使い(アイテムマスター)』の素質を持った『斥候』か。

 そんな彼が見に回り機を伺うならば、それは必中も同然。

 そしてその背後には、彼らの連撃が開始した瞬間から渦巻く魔力を内に留め始めた魔女の姿。



「鏃、炎、炎、炎、炎───!」


(原始魔法の5段詠唱!?先の一戦で集中が乱れて尚これかッ!)



 効き目の薄さを実感したのだろう、先程の3段詠唱を優に超える5段詠唱。少なくとも私の生きた時代で成し遂げた者はほとんどいなかった。

 いとも容易く行われるそれは、予想するに切り札の一枚でしかない。恐らくこれを回避したとて、再度前衛と息を合わせて私を封殺して見せるだろう。

 素晴らしいチームワーク。そしてその次元まで現在の探索者が到達しているという事実に、今日何度目かの驚愕と、心からの賛美を送った。


 後列への不意打ちもした、徒手勝負に持ち込んだ、禁じ手も使った。

 「モンスターとしての力を使わない」ことだけは守りつつ、取れる最善の手段は取ったと言えるだろう。

 それがまさか一本、いや二本も三本も取られるとは思ってもみなかった。

 彼等は降りかかる理不尽な試練を、己の力だけで跳ね退けたのだ。

 ならばこの一撃、受けるのが礼儀。



「───燃え尽きて、灰と成れッ!」



 追って繰り出されるの詠唱が矢に更なる火力を与える。

 左拳に左膝、右脇腹と頭部に鈍痛。全身に感電による痺れ。

 先の様に勢いを殺す小細工は通用しない。この身体の魔力抵抗も5段は防ぎきれない。

 これは明確な詰みだ。





 荒れ狂う炎の矢が、私の身体を鋭く貫いた。














「リベンジは……はぁっ……果たしたぞ……っ!」


「あ……っ、あはははははっ!やったっ、やったわっ!ぶっ飛ばしてやったわっ!どーよっ!私達は強いのよっ!!」



 感無量とばかりにガッツポーズをするケインと、強敵との勝利に喜びを露わにするミリアム。

 先頭を終えた瞬間噴き出した汗が歓喜と共に流れ、少年少女の喜びを表している。

 二人共最前線での凌ぎ合いにより『体力』精神力共に限界が近い。

 それは最後の詰めを担当した二人も同じことが言えた。



「……勝ったのか?マジ?」


「マジ……なんでしょう、多分」



 二人は少年達より幾分落ち着いていた分、現実味がなかった。

 地上の人々にとって絶望の象徴と言ってよかった怪物を、まさか自分達が一矢報いれるとは考えてもみなかったのだ。

 今の一撃で命を奪えたなどとは微塵も考えていないが、それでも自分達の力量を改めて自覚することが出来た。

 当の手痛い一撃を貰った『徘徊者』はと言うと既に起き上がっており、血の沼から蒼く光る怪しげな瓶を引き抜き、その中身をバイザーの上からお構いなしに流し込んでいる。

 4人はそれが普段は買うことのない上等な回復薬であることに気づき、先の一撃も致命傷には程遠いことを知り僅かに気落ちする。

 ミリアムはジト目、ケインとアジーはげんなりと、クローカは困ったように眉をひそめた。



「それで?お眼鏡には敵ったのね?」



 『徘徊者』はミリアムの言葉を受け、満足そうな気配をしていた。

 元々どちらか死ぬまで戦うといったつもりは無く、あくまで『徘徊者』にとって旧知の彼らへ送る稽古という目的だったのだ。

 これ以上を何かを求める気は無い。そう言いたげな彼は穏やかに、静かに佇んでいた。


 『徘徊者』は剣を沼へと突き戻し、ゆっくりとケインの前へと歩み寄る。

 疲弊した状態であったため接近を許してしまったケインが、『徘徊者』をキッと睨みつける。

 だがあろうことか、『徘徊者』はゆっくりと手を差し伸べた。

 先程まで生きるか死ぬかの戦いを繰り広げた相手に握手を求めたのだ。



「……俺、お前を殺すつもりで戦ってたんだ」


「けど全然、まだまだ遠いってことがよく分かった。でもいつか、正面から倒すから覚悟しろ」



 ケインは握手に応じた。それは若干の屈辱と、小さくない達成感をケインに齎した。

 あの日以来鬼気迫る勢いで成長を続けていたケイン達は、今ようやく心を落ち着けることが出来たのだ。

 これからの成長は慎ましく、しかし確かな道のりとなるだろう。



「……」



 不意に『徘徊者』がその場を離れる。

 するとおもむろに宝石の海を足で適当にザッザッと蹴り払い、丸い鉱石を掘り出す。

 そうして6つ程取り出したところで、血の沼から柔らかい布袋で一つずつ包む。

 色とりどりのそれを合わせて4つ、パーティで財布を握っているであろうアジーへと手渡した。

 2個はこっそり沼の中にしまっていたのを、鋭いアジーは見逃さなかった。



「……宝石ゴーレムの核か、これ。くれんのか?マジ?」


「綺麗ね。赤色は好きだから嬉しいわ、ありがとっ!」



 ミリアムには紅、アジーには翠、ケインには琥珀色、クローカには藍。しまっていたのは紫と白。

 色を分け、一つずつ手渡されたそれは僅かな熱を帯びており、ただの宝石ではないことを示している。

 これを売るも抱えるも自由だ。試練を越え、4つの宝石は正式に彼らの物となったのだ。



「今はお金に困っていないし、大切に持っておきましょう」


「……抱えておくにはちょっと冷や汗が出てくるレベルの宝石だぞ、これは」


「あ?あーそっか、ケインお前目利きとか出来んのか。いや何も言うな。調べるなら俺の目に映らない所でやってくれ。価値を知りたくねぇ。未発見の『宝石』の核が幾らになるか考えたくねぇ!」


「どちらにせよ地上に戻ったら報告するのですから意味が無いのでは?」


「うるせー!現実逃避くらいさせろや!」



 アジーは考えないように必死だった。

 現在目撃されている『宝石』は3種であるとか、貰った宝石の内半分はまだ未確認の『宝石』なんじゃねぇのかとか、それを倒しておいて何で俺らに一本譲ったんだよ等々。

 言いたいことは山ほどあったが、全て押し込めた。言ってもどうにもならないからである。



「戻ったら一応家の人間を呼んで調べてもらおう。クローカ」


「手配しておきます。ありがとうございます、『徘徊者』さん」


「礼は言わな───」


「ケインさん」


「……ありがとう」



 『徘徊者』はその声を聞き届け、そうして元来た道を戻るよう歩を進めた。

 しかしそれに慌てたのがミリアムとケインだ。

 6階に進もうとする『徘徊者』をケインとミリアムが呼び止める。



「待て!まだお前が何者か聞いてない!」


「あっ、そうじゃん!結局誰なのアンタは!なんで前みたいに考えてることが分かんないの!?」



 その言葉に『徘徊者』は一度振り向き、しかし何の意思表示をすることも無く立ち去って行った。

 残されたのは『騎士捜索隊』の面々と、床に散らばった砕け散った宝石だけだ。



「ちょっと待ってって……行っちゃった。引き留めない方がいいのかしらね」


「どーも雰囲気が違ったな。なんだったんだ今日のアイツは」


「何がしたかったんだ?戦うだけ戦って帰ったぞ」


「……一旦、戻りませんか?今回の事はすぐにでも会長に報告するべきかと思います」


「そうね、そうしましょっか」



 4人は呼吸を整え、元来た道を戻ることを決めた。

 不意に、ミリアムは『徘徊者』の去って行った方向を見つめた。



「どうしたリーダー、帰んぞ」


「うん、分かってる」



 その瞳には僅かに、しかし確かに郷愁と困惑が浮かんでいた。

 彼の背中には確かに、初めて笑顔で別れを告げた時には無いものが感じられた。

 それは例えるならば、そう。



(……不器用、かな)



 胸の内に湧いた1つの疑問と朧げな答え。

 けれどミリアムはそれを言葉にすることなく、3人と共にまた歩き始めた。



『宝石ゴーレムの核』


 価値:時価


 ダンジョンの内外含め、世界に3つしかない宝玉。『徘徊者』が狩り回ったことで9個以上になった。

 掌サイズの宝玉。魔力を大量に蓄える性質をもっており、その限界は未だ明らかになっていない。

 現在『ダイダロス』を抱える『国』の宝物庫に1つ、とある国の研究機関に1つ、もう1つは持ち主を転々として世界のどこかにある。

 それに秘められたものは未だ明らかになっていない。ダンジョンから生まれた物はすべからく未知であり、それ故にいつか大きな波紋を起こすことだけは確かだ。


「この宝石をいつから持っていたか?さぁなぁ、欲しいと思ったら必死になってて、手に入れたら幸福感でその時の事何もかも忘れちまったよ」


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