中の騎士
時間は僅かに遡り、騎士捜索隊が『徘徊者』と再会する1ヶ月前のこと。
ガシャリ、ガシャリと喧しく、聞き慣れた足音をダンジョンに響かせながら今日もダンジョンを歩く。
こうしてこの身体を自由に扱えるようになってから、もう3か月が経つ。月日の流れは地下にあっても早いものだ。
(……カードが溜まってきたな。近い内に引き渡そう)
眠りについた少年に代わり、このダンジョンのことを少しずつ調査する役割を自らに課している。
聞いた話によればこのダンジョンの構造が判明しているのは6階まで。それでもまだまだ調査の余地があるらしい。
『再生成』に伴い通路の形状が変わったり、特定の場所で無作為に発生するポイントの法則性も判明していない。
分かっているのはダンジョンは未だ、何も判明していないに等しい場所だと言うことだ。
(思えば私が目覚めてもう半年、少年が眠りについて3ヶ月程か……?光陰矢の如しとはよく言ったものだ)
私が『血みどろ甲冑』の中で目を覚ましたのは彼女、ミリアムから血を得た瞬間だと思う。
それ以前から私は曖昧なまま内側にいたのだと思うが、意識が明確になったのはその時だと思う。
感覚的なものだからそうとしか表現できないのだが、ハッキリと意思を持ったのがその時なのは間違いない。
初めはモンスターに生まれ変わるという頓狂な人生に、嫌悪感を強く感じていた。
その上今生の身体には実質主導権はなく、自由気ままに歩き回る宿主らしき誰かに使われる。
己の意識を表面に出すことも叶わず、剰え私が手伝わねば戦うことさえ出来ない。
これが家族を置いて先に逝った私に神が与えた罰だと言うのか。そんな心持で今生を送るものだと思っていた。
『んー……?日が差さないのにどうして植物が?いやそれ言い出したらモンスターの食事ってどうなってるのかとか色々疑問はあるけど。扉も生まれるとしたらこの蝶番の金属、いや木の加工は誰がやっているんだろう』
『知らない言語なのに言葉の意味が分かるの、なんか怖いなぁ……ミリアムさん、アジーさんには上手く伝わらない言葉とかありそう。いい感じのニュアンスで伝わるといいんだけど』
『ポーション……考えてみたら飲むと傷が回復するって言うのも不思議だ。何からどうやって作ってるんだろう。すごく気になる。定番は薬草を煎じるとか、魔法を込めるとかかな。地上に出られたら是非見てみたい』
便宜上そう呼ぶが、私の宿主である少年は少々変わり者だった。
ダンジョン探索で誰も気にすることが無い、あるいは気にする必要が無いものばかりに注目する。
また彼は頻繁に「向こう」「異世界」から来たと言う。正確には心の中で思っているだけなのだが、肉体に同居している私にはそれが筒抜けだ。残念ながら一方通行で、私から彼へは伝わらなかったようだが。
最初は酷い妄想癖を疑ったのだが、時折脳裏に見たことの無い風景だったり、聞いたことの無い言葉が思い浮かぶのを体感するとそれも少しずつ信じられるようになってくる。
思考が流れてくるからか言葉の意味も次第に分かってくる。そうすると今度は少年の教養の高さに驚かされる。
感情や現象の言語化、分析能力が高い。彼が教鞭を取ればきっと優秀な『教師』になるだろうと思わせる。
そんな彼は興味を持っては一しきり調べ、満足したら次へ、また次へ。
ダンジョンで目につく物全てが気になって仕方ないようだった。
まるで物心ついて何物にも興味を持つ子供の様で、次第に見ている分には微笑ましいものだと思うようになった。
『そもそも今踏んでるこれは本当に土なのかな。ひょっとして土によく似た何かだったりして。よし、掘ってみよう。確か拾ったスコップがあった筈』
以前土で出来ている箇所を山ほど掘り返して、下の階層にいけるのではないかと模索していた時は内心で大笑いをあげてしまった。
未だかつて、神が造りしダンジョンをその手で更に掘ろうと考えた者はいただろうか?断言しよう、絶対にいない。
彼は信仰という点で私含む他の人間とはかなり違った感性を持っているようで、それはまさしく神を畏れぬ所業と言っていい。好奇心に任せて突き進むそれはあまりに面白かったのだ。
だが少し掘り進めたところで大きな何かの脈動を感じた瞬間、凄まじい怖気を感じてその場を離脱したのは賢明な判断だったと思う。
ダンジョンは人が勝手に掘り進めてはいけない。これは破ってはならない約束の一つらしい。
好奇心に任せた探索と言うのは存外、楽しいものであった。
言われてみれば何故?と思考する余地が増えるあの感覚。
まるで視界が広がり世界が開けるような感覚、これがまた心地いい。
少年がいずれ自分の手で剣を振るうようになったら、いずれ私は不要となる。
その時は改めて眠りにつこう。そう考えていた筈なのだ。
『罪も罰も一緒に背負う!だから……!』
『───力を貸してッ!!』
剣を持ったことはおろか、戦の無い世で過ごした筈の少年が魅せた輝ける意思。
即ち例え己が忌み嫌われる怪物であろうとも、それでも誰かの為に生きることこそが本懐であること。
善き人である彼は諦めるという選択肢を捨て、この暗い地下であっても善性を貫くと誓ったのだ。
そして己の内にいる得体のしれない何かを心から信じ、共に往こうと宣言した。
思わず吼えたとも。この子は真の孤独の中であっても、己を善で律することができるのかと。
(少年よ。今日もまた、君の勇気と道徳心に賛美を送ろう)
少年の思いは確かに私へ届いた。再起、再燃。言葉はなんだっていい。
彼の誓いは微睡みの中で忘れかけていた騎士の本懐を思い起こさせてくれた。
一度は失われた騎士道、例え血塗られた道であろうと堂々歩んで見せよう。
そう誓いを立てたばかりだったというのに……。
(少年は……まだ目が覚めないか)
(確か、『精神攻撃』と言っていたな。『サキュバス』か、惨いことをするモンスターだ……)
地下8階。前人未到、踏み込めたのは正真正銘私達しかいない開かれざる未知の世界。
そこに興味が湧いたのは至極当然と言える。彼も乗り気であり、私もそれを止める程無粋ではなかった。
当然その前には巨大なモンスターも立ちはだかったが、最優たる私の敵ではない。
その程度跳ね除けられる自負はある。傲慢かもしれないが事実だ。
だがその傲慢さが足を掬った。8階の『サキュバス』は彼の大切な人に姿を変えたのだ。
見慣れぬ衣裳、民族のそれとも違う見たことの無い服。
両親だ、少年は胸の内で確かにそう言っていた。
そして私はそれを……。
『───ぁ』
攻撃される寸前だった。
一手遅れれば悪獣の手が腹を貫いていた。
私達は殺されるべきではなかった。
……全ては言い訳に過ぎない。
『あ……あぁ……ち、ちが……僕は……』
膝をつき、両手でその顔を覆い、その目から流れ出る赤い血を止めようと少年は必死に目を覆っていた。
しかし甲冑に覆われた目に触れることは叶わず、自分の意思とは無関係に溢れる血は覆った手に溜まり続けるだけ。
長剣は地面に転がり、辺り一面に広がる血と『人型モンスター』の死骸は惨状と呼ぶにふさわしい有り様であった。
ズルリ、次第に膝をついた周囲が血溜まりで溢れ、周囲に広がる血溜まりと1つに繋がる。
繋がった外の血が私達の体を中心に波紋を起こし、やがてその中心へ流れた。私達の意思とは関係なく無遠慮に、無造作にそれは行われた。
『───あ゛あ゛あ゛ぁぁぁっ!!!』
少年の絶叫が今も私の耳を劈く。
耳を塞いではならない。心を閉じてはならない。全て私が悪いのだ。
心を閉ざしてしまった彼に、何をすれば贖罪となるだろうか。
今はそればかり考えている。
今後私達が8階へ足を踏み入れることはないだろう。せめて少年の心が成熟するまではダメだ。
あの場所は、あのモンスター達は彼にとってあまりに残酷すぎる。
8階は強い『精神力』を持つものしか行ってはならない。
……それが分かっただけでも、人類にとっては有益だろうか。そう考えて己を慰めなくては、後悔で圧し潰されてしまいそうになる。
みっともない話だ。身体の主導権を握られ辟易としていた私が、こうして自分の意思で体を動かしていることに強い罪悪感を感じている。
(少年、君は知るまい。私がどれだけ君に心救われたか)
今ならば分かる。好奇心は彼なりの自己防衛だったのだ。
この仄暗い道が永遠に続くダンジョンで、孤独から己を守る為の防衛本能。
今は傍を離れているが、彼が『プルメリア』を助けたのもその一環と言える。
あの鳥は少年の魂と結びついているのか、私が表にいる内は姿を現さないようだ。あれも一体なんなのか、知らないことばかりだ。
少年も私も迂闊であった。未知に挑むのならば一人ではいけない。ダンジョンの「初見殺し」というものはどこにでもあるのだ。
私は浮かれていて盲目であった。彼を止める方法はあったはずだ。だというのに、彼の好奇心を優先するばかりで諫めようとしなかった。
できる、できないの話ではない。しなくてはならなかった。
宿主である少年は、今や私にとって半身も同然。だからこそ慚愧に堪えない。
仲間として、友としてと言うには一方的な関係だが、彼を死地に踏み込ませてはならなかった。
私は……少年の心を壊してしまった。その責任を取らなくてはならない。
彼に謝らなくてはならない。そしてそれに向けて私がするべきことはただ一つ。
(今度は私が、君を救ってみせる)
彼の意思を継ぎ、ダンジョンの調査を進めていく。
目下彼の目標は6階以下の動植物、構造の把握。そして『探索者カード』の収集。
地道ながらも懸命なそれを、陰ながら応援するだけのつもりだった。
だが今はそれだけでは足りない。傷ついた彼の心を癒し、心の穴を埋める何かが必要なのだ。
その為には少しでも多く彼の心の支えを増やさなくてはならない。
地上に彼の居場所を作るのだ。
彼の心を慰めるためには、それしかない。
その過程で多くの探索者達に出会うことができた。
『あ、あは、あはははは。わた、私、ここで死ぬんだぁ』
時には4階で一人倒れていた探索者を助けた。
随分な言われようで少し腹が立ったが、この風貌では致し方なし。
担いで1階の『安全地帯』へと放り込んでおいた。後は自力で何とかするだろう。
『モ、モンスター風情が正義ごっこかよッ!くたばっちまえッ!』
時には盗みを働いたであろう狼藉者を捕らえ、荷物を検分した。
同行していない3人分の『探索者カード』を発見し、これはダメだとひっ捕らえて縄で縛りこれもまた『安全地帯』へと放り込んでおいた。
それにしても最後まで口汚い奴だった。思わず背中に蹴りを入れてしまった。
荷物の持ち主は後日ダンジョン内で見つかり、礼を言われた。
『好きですぅ!付き合ってくださぁい!』
『デッドハウンド』に襲われているところを助けた探索者の一人に錯乱状態のまま求愛されたが、やんわりと断っておいた。
助けたのはダンジョンで見かけるのは珍しい獣人、割合から察するにクォーターか。耳の特徴からして恐らく猫のそれだと思うが、かなり興奮状態にあった為宥めるのも苦労した。
大人として少年との仲を取り持つのは吝かでないが、人と他種族の恋愛は……少年の言葉を借りるなら、少々アブノーマルだ。
一人の男して看過できかねる。少年には同じ人間種族である方がきっと良いだろう。
仮に対象が私でもノーだ。そもそも私は妻帯者である。妻や娘に不義理は立てられない。
もっとも妻に夫として、娘に父として会うことはもう出来ないだろうが。
『みんなで……みんなで帰るんです……っ!』
4人組だったのだが撤退に失敗したのだろう、たった1人で血に塗れ傷付いた仲間達を連れて地上へ向かう者がいた。
特徴的だったのは碧い瞳、そして風も無いのにゆらゆらとしていた緑の髪。
それ以外は他の人間と同じ風貌であることから人間と、恐らくメデューサの混血だろうと推測できる。
「置いて行け」
「お前だけなら確実に戻れる」
「見捨てなさい」
そんな仲間達の言葉を全て無視し、歯を食いしばり涙と汗に塗れながらもその細腕で3人を抱え連れて行こうとする姿を見た。
見ていて痛々しいが、ダンジョンにおいて決して珍しいことではない。間に合わず、この手から零れた命も多くあった。
少年はそういったものと出会う度に「間に合わなくてごめん」と彼らを供養し、手を合わせて祈り、そしてその亡骸が遺した幾つかの物を手にする。
いつかその者達の輩に出会えた時、返せるようにと。
傷つきながらも仲間を助けようとする姿に少年を重ねてしまい、気づけば彼女を助けていた。
『この御恩は忘れません。いつか必ず貴方の、良き縁となってみせます』
5階から1階まで彼らを運搬した際言われた。
縁、なんとも不思議な言葉だ。少年も時折その言葉を使っていた。
彼女が少年にとって良い縁となることを願っている。
『『徘徊者』さん!お会いできて光栄だ、貴方に神の恩寵がありますように』
そんなことを続けていたらいつの間にか、深部探索を行う聖職者達は私を見かける度に挨拶をするようになった。
どうやらガロンなる男は、正直に真相を上に告げたようだ。
揉み消される、最悪敵視されるのではと内心ヒヤヒヤしたものだが、杞憂に過ぎなかったようだ。
時折会うと私達に地上での評判、ないし動きを少しだけ教えてくれる。
モンスターと接触など恐ろしい事だろうに、彼らの善勢は地の底にあっても眩い輝きを放つばかりだ。
だが彼らが行動する切っ掛けは間違いなく、少年が行った『探索者カード』の寄付によるものだろう。
拾ったものは誰かの物。偉大な道徳心を持つ少年の行動はちゃんと実を結んでいたのだ。
私はその礼に狩り終えたモンスターの一部素材や、落ちていた有益な道具、拾った『探索者カード』を彼等に渡している。
少年の願いを後押しする。それが今の私の使命でもあるのだ。
「答えて。アンタは……誰?」
だが……ああ、ミリアム。お前にはやはり分かってしまうのだな。
心が閉ざされた今、少年との繋がりを感じ取れないのだろう。強い警戒心と僅かな恐怖が声に出ている。
胸中に謝罪の言葉が湧き上がるが、あまりに些末で下らない自我を心中にて押し殺す。
今は彼らに向き合わなくてはならないのだ。謝る時ではない。
(結局『宝石』とやらも大したものではなかった。勇気も度胸も無い木偶人形。いや、石人形などこの程度か)
この階に突如として現れた密室、これはダンジョンにおける不確定要素の一つと考えられる。
名づけるならば『ゴーレムパーティー』。差し詰め侵入者の力量に合わせたゴーレムが出現する、といったところか。
私を殺せなかった点を鑑みるに、上限は決まっているのだろう。
だが足元の有象無象などもはや興味も無い。『宝石』など、彼らの輝きの前には霞む。
私の興味は少年と、君達の為だけにある。
ここにいるのは正真正銘、私ただ一人。他の誰でもない。
で、あるならば。私はただの『血みどろ甲冑』として立ちはだかろう。
(全力は出さん……が、本気で扱いてやろう)
『開戦礼』。剣を天高く掲げるそれは本来澄み渡った空の下行うべき儀礼だが、この際どこであろうと構いはしない。
地上はきっと乱も起きぬ時代となり、今や使う者もいないだろう儀礼は心内の彼に捧ぐもの。
そして少年が今、最も慕う者達へ向ける最大限の敬意。
君達にならば必ず出来る。だから……
全力で、この試練を超えて見せろ。
『獣人』
人間と獣族のハーフ、あるいはクォーター。両種族とも世界中で見られる種族であり、基本的に同種族で番を探す。
しかし稀に異種族と婚姻を結ぶ者がいる。この世界においては「アブノーマルだけどたまに見る」程度。
外見は両種族の内、血の濃い方に寄る。人間に寄れば耳や尻尾だけ獣となり、獣族に寄るとノズルや体毛が現れる。
詩人や芸人を志す者が見受けられ、人生をより楽しくすることに重点を置いて生きていることが多い。しかし非常に計算高い種族もおり、そういう者は商人として生計を立てる者もいる。
「北は上!」
「下が南!」
「だから東はあっち!」
「地図が逆さだぞ」




