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一方的な試練

 4対1、もしこれがモンスターとの戦闘ならこれほど絶望的なことはない。

 一方的に嬲られ、傷つけられ、そのまま物言わぬ亡骸の仲間となるだろう。

 逆に人対モンスターなら?これほど戦いやすいものはないだろう。

 前衛が受け止め、横から斬りつけ、後ろから火力を出し、周囲に気を配る余裕まである。

 だがそれは、相手が普通ならの話だ。



「こんのっ、アンタそんな戦い方したっけぇ!?」



 ミリアムが正面に躍り出て盾を構え、受けの姿勢を取る。

 かつての『徘徊者』なら盾の上から力づくで剣を叩きつけ、崩れた所に一撃を入れていただろう。

 しかし今のミリアムは違う。『血みどろ甲冑』の攻撃に対抗するだけの『筋力』を手にしているのだ。

 今の自分なら打ち合いに負けることはない。そう考えての行動。


 だが『徘徊者』はそれに付き合わない。疾走から体勢を低く構え、盾に対し蹴りを入れる。

 明らかな対格差から繰り出された蹴り、常人ならまず間違いなく腕が千切れていたであろう衝撃を、ミリアムは歯を食いしばって耐える。

 僅かに上向きにブレた盾を見て怯みを確認、横合いから斬りかかるケインへ対応。

 突き出された剣を打ち返し、続く二撃目を回避、三撃目を出させる前に反撃。

 それは『徘徊者』にとってただの反撃。『通常攻撃』のそれと大差なかっただろう。

 しかし低い姿勢から喉元を狙うそれは、喰らえば確実に致命傷となる。躱しながらもケインの肝が冷える。



(強いことは分かっていた、だがこれほどかッ!?)



 重い、あるいは鋭い一撃が2人から大きく『体力』を削る。

 ケインは対応を誤ったことを理解した。相手が強者だと分かっているのなら波状攻撃ではなく、同時攻撃を仕掛けるべきだった。

 反撃を躱している間にミリアムが怯みから態勢を整え、背後を晒した『徘徊者』の背中に拳を突き出す。

 声を上げることもなくただ一心に、出来得る限り気配を殺した一撃。必ず一撃を入れるという意思を乗せた『隠密攻撃』である。

 それに対し『徘徊者』は反応。振り向きざまに裏拳の要領で『パリィ』を行う。

 直前で気づいたミリアムが咄嗟に拳を引くも、回避された程度では『徘徊者』にとってロスとならない。

 勢いを保ったまま剣を大袈裟に振り回し、反応した二人が距離を取って回避。

 その行動を戒めるように徘徊者はぐぐっとしゃがみ、跳躍の姿勢を取る。

 止めなくてはマズい。直感的にそう感じたケインが急ぎ接近するも間に合わず、『徘徊者』はそのまま大きく跳躍。

 着地点は後方に控え魔法の詠唱を行うクローカの前方、そしてアジーの眼前。

 ガシャンっ!!という音が眼前に響き、流れるように突きの姿勢で構えた刃がアジーの腹部を射抜こうと鋭く光る。



「ッざっけんなお前ッ!!」



 後方狙いを予測していたアジーは既にスクロールの発動を終えている。

 公開したのは『拘束』を付与する状態異常のスクロール。

 これらが発する光を一身に受けた『徘徊者』は、両腕から両手までを青白い光輪で縫い付けられ身動きが封じられる。

 そしてクローカは詠唱を完了。渦巻く炎が槍と化し、眼前の敵へと放たれる。



「槍、炎、炎ッ!」



 両手が縛られた『徘徊者』の眼前へと巨大な炎槍が迫る。

 対応を強いられるが、背後から二人の戦士が迫るのを察知した『徘徊者』はその炎を胸部装甲で正面から受け止めつつ、その勢いを利用して背後に跳躍。

 回避を予想していた二人は虚を突かれ追撃の機会を逃す。

 着地寸前に『拘束』の輪を力づくで振り払って砕き、空いた片手を地面に突いて難なく着地。

 人1人を容易く飲み込む炎が胸部装甲を焼いた筈だが、内側まで通ったようには見えない。

 一瞬の攻防、だがその俊敏さはとても重鎧を着込んだ騎士のそれではない。

 たった数手のやりとりで、彼が自分達より遥か格上のモンスターであることを再確認させた。



「冗談キツいぜ……ッ!オイテメェッ!何考えてんだァッ!!」


「言ってる場合じゃないッ!やらなきゃやられるだけだッ!」



 剣を持った『徘徊者』の身体がゆらりと揺らめく。胸部に焼け焦げの跡が残るが、動きに支障をきたしている様子は全くない。

 『徘徊者』はその手に長剣を携えてはいるが、あえて構えない。『徘徊者』は取るその戦術は『後の先』。

 4人の内誰かが仕掛ければ、即座に反応してそこから突き崩すカウンター戦術。

 先陣を切ったミリアムへの対応から一連の動作で背後の二人にまで肉薄してみせた。


 ミリアムへは力任せな暴力、ケインには研ぎ澄まされた剣技、後方のアジーとクローカには獣の如く飛び込み、最後には身体性能に物を言わせた緊急離脱。

 たった一度のやり取りで全員の『体力』が大幅に持っていかれている。

 どこか一回でも通していたら誰かが死に、このパーティは壊滅していただろう。



「クソッ、なんでだ……ワケがわかんねぇぞオイ……ッ」


「アジーさん!落ち着いてくださいっ!貴方が崩れたらっ」



 既にアジーは『正気』を失いかけていた。

 彼はドライな振りをするが、身内への情に篤い男だ。

 『徘徊者』に関しても、心のどこかで迷子の子供の様に思っていたのかもしれない。

 それが今や、自分達の命を冷酷に狙っている。それがアジーの心を軋ませ、冷静な判断力を奪わせていた。

 そんなアジーを他所に、ミリアムは言葉を発さず思考を回す。



(初対面で使ってきた『咆哮』を使ってこない。溢れてる血だって目くらましに使える。多対一で使わない手は無い筈……あくまで使うのは身体一つに剣一本ってワケ?)


(どこか余裕の無かった以前とは気配がまるで違う。まるで『戦士』……いや『騎士』の戦い(それ)!そんな奴に接近戦やれって言うの!?あんなに隙が無いのにっ!)



 ミリアムは、このままでは間違いなく勝てないと結論付けていた。

 それは今の状況と、足元に散らばる宝石達が示している。たしかに今いる4人でも『宝石』相手なら損害を出しつつも勝利することは出来るだろう。

 しかし足元に広がる数えきれない程の『金属』と『宝石』の残骸は、残酷にその戦力差を表していた。

 ならばどうする?このまま戦い続けても死ぬ。『逃亡』が成功するとも思えない。そもそも『徘徊者』は階層を自由に行き来する。逃げ切ることは不可能だ。


 あちらから仕掛ける気が無く、4人の出方を伺う戦い方。あまりに不慣れな戦闘に4人の疲弊は溜まっていくばかり。

 モンスターは人間を殺す為に積極的だ。基本的にこういった待ちの姿勢を取らない。

 味方が瀕死だろうが相手が万全であろうが、罠があろうが無かろうが必ず牙を剥く。それがモンスターだ。

 それを受けた上で、あるいは受ける前に返り討ちにするのが探索者の戦い方である。

 かつて『エリート』であるゴウカフがジェグイのそれに感じたこれは『人』同士の戦い方。

 長いダンジョンの歴史が探索者から奪い去った、人対人の技術そのものである。



(無理、勝てない!対人の経験値を私達は積んでいない。こいつがどこでそんな経験を積んだとかそういうのはどうでもいい!単純に今、勝ち目がないっ!!)



 短期間に二度も敗北を確信することに強烈な屈辱を感じながらも、ミリアムの脳内は素早く次の手を考え続ける。

 思考を止めない。活路はあるかもしれない。無いかもしれない。考えなくては道は開けないのだから。

 そこまで考え、ようやく気づく。もしあれが『アイツ』と中身が違うとしたら、それにしてはあまりに妙だ。

 血の沼から新たな武器を取り出すことも無く、振るうのは長剣一本。

 戦いでもモンスター由来の『スキル』は一切使っておらず、人由来の技術しか使っていないのだ。

 生来のモンスター性を取り戻したにしてはあまりに理性的過ぎる。


 つまりあれの中身は間違いなく人間ではある筈なのだ。

 しかしそれが誰か、また何の為に自分達の前に立ちはだかるのか。これが全く予想できない。

 獣のように殺しもせず、人のように慈悲による見逃しもせず。

 戦いの直前に逸らした目線、そしてただ「戦え」と言わんばかりの態度。



(……ううん、やっぱりおかしい!だとするならアイツの目的は何?戦うこと?格下の私達に……戦うことが、目的?)



 ここまでの思考をミリアムは、全て直感的に行っていた。起こった事実にそうであって欲しいという願望。だがその間には何か必ず、自分の知らない因果がある。

 故に論理的でなく漠然と、ミリアムの中に一つの仮定が生まれた。

 現状思いつく想像で一番現実的。その可能性が一番高い。そう直感的に信じた。

 否。そうでなくては全員死ぬから、それを信じるしかない!



「今の上級スクロールだぞ……っ!?一瞬で引きちぎってんじゃねぇよクソがッ!」


「ひょっとして今の一回で死にかけたんじゃないか、俺達」


「魔力抵抗が高い、3段ではほとんど効いていません!それに今ので詠唱時間を計られました……つ、次同じことをされたら、私の首が飛ぶのが先です……っ!」



 3人の間にも動揺が走っている。

 ならば、とミリアムは次の一手を打つ。

 最前線で構えた腕を降ろし、両足を僅かに開き発声の準備を行う。



「ミリアムッ!なにしてんだ、構え───」











「全員注目ッ!!」



 強化された身体能力から、ミリアムの強烈な一喝が放たれる。

 劣勢に視線がブレていた3人が驚きにより、すぐさまミリアムに視線を送る。

 それを気に留めず、ミリアムは組んだ腕を解き肩の力を抜いた。



「───ふぅ、ダメねこんなんじゃ。もっと柔軟に動けてたはずだもん。皆もそうでしょ?」



 戦闘の真っただ中だと言うのに、ミリアムは深呼吸と共に身体を脱力させた。

 張っていた肩肘をだらりと伸ばし、固まった足首をブラブラと振る。

 まるでこれから軽い運動をするから下準備とでも言うような、あまりにお気楽な姿だった。

 死にてぇのかクソ馬鹿野郎。アジーは『徘徊者』から視線を切らさずそう叫ぼうとした。



「アジー、深呼吸。らしくないわよ」



 しかしミリアムは焦らない。呼吸と体勢を整え、『混乱』状態から脱する。

 そして隙を見せたミリアムに何の反応も見せない『徘徊者』を見て、アジーの思考に一瞬ノイズが走る。

 ミリアムの考えを理解したわけではない。だが言わんとすることの1割くらいは汲み取れた。

 即ち、今出せる全力でどうにかしなきゃ事態は解決しない。リーダーはそう言いたいのだ。



「……ふぅ、はぁ……おし、ケイン。一度肩の力抜け。どうやらあっちから仕掛けるつもりは無いみてぇだ。お優しい騎士様のご厚意に甘えようじゃねぇか」


「気でも狂ったのか?冗談じゃない。殺すか殺されるかのつもりでやってるんだぞ」


「それでもいい。ほら、ミリアムの真似しろ。最前線に出張るお前が肩肘張っちゃあいつの足を引っ張っちまう」


「……分かった」


「クローカ、魔法はギリギリまで蓄えろ。当たると感じた時以外絶対に撃つな。いいな?」


「はっ、はい」



 屈伸や脚のストレッチを入念に行うミリアムを見て、ケインは一度呼吸を整え見よう見まねで従うことにした。

 その間も『徘徊者』は動かない。今から息を整え総攻撃されるというのに、それをじっと見るばかりだ。

 後方のクローカにもアジーは指示を回す。狂った脳の冷静な部分が、出来ることはすべてやると決めたのだ。



「くそっ、まだ頭が回んねぇ。考え聞かせろ」


「変な咆哮みたいなのを使ってこない。タイマンで1回使われたやつで動きが縛られるタイプのやつ。多分殺す気は無いんだと思う」


「バカ正直に戦えってことか。分かった、今はそれだけでいい」



 アジーもまた準備を整える。懐とポーチから多数の小細工の準備を整える。

 隠し玉の用意も終えた。あとは走り切るだけだ。



「作戦あんだろうな、リーダー」


「全員同時にぶっ叩く」


「了解。聞こえたな二人共、俺達に死んで囮になれってよ!」


「言ってないっ!言ってないわよっ!?」



 そのやりとりは命知らずでありながら、全員から『混乱』を取り除いた。

 そうしてようやく、彼ら本来の戦いが始まったのだ。

『スクロール』


 主に魔法を封じ込めた用紙そのものを指す。鍵としてかけられた特定の動作を紙に行うことで魔法が発動する仕組みになっている。

 魔力を持っていなくても発動することが出来る為、緊急時や多くの探索者に重宝される。

 また消費期限があり、製作から一定期間を過ぎると効力を失ってしまう物が多い。魔法の完全な密閉は難しく、長持ちの度合いは使用した紙の材質によって大きく左右される。


 スクロールは魔法の知識に加え魔道具の取り扱いに精通している必要がある為、所属する『国』から発行される公式資格を持った者のみ制作販売が許可されている。非常に繊細、かつ密閉遮蔽が重要な技術である為だ。

 しかしながら勝手に制作して勝手にダンジョンに持っていき効力を試す勝手な製作者もいる。そういった者の末路は概ね決まっている。自爆である。

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