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遠方より職人の卵

 昼も過ぎた頃、ダンジョンタウン『ダイダロス』の門前。2人の旅人が疲労困憊と言った様子で馬車から降りてきた。

 1人は浅黒い肌の少年。背は成人男性の胸程だが、腕から見える筋肉は非常に固く、同年代の男子よりも鍛え上げていることが分かる。

 もう一人は逆に背が高くすらっとしているが、その風貌は人間のそれではない。肌は青白く鱗があり、瞳孔は縦に長い。

 彼らは『ドワーフ』と『ドラコニアン』の二人組であった。



「やーっと着いたぁっ!なんて遠いんだ『ダイダロス』は!」


「分かってはいましたが『アトラス』からは遠かったですねぇ……中継有りとはいえ、流石に私も疲れました」



 『ドワーフ』と『ドラコニアン』。両種族の間柄は『気に入らない隣人』と言える。

 ドワーフと言えば豪胆にして豪快。職人気質な頑固者。戦を生業とする者達から「声すら大砲になる」とまで言われる豪放磊落。

 対するドラコニアンは非常に気位が高く、儀礼的な仕草や美麗なものを好む傾向が強い。中には種族特性を活かし傭兵業に従事する者もいるが、安く見られることを好まない性格が不和を生むことも多い。


 そんな彼らは居住地域が似通っている。

 ドワーフにとって熱帯地域は炉の管理がしやすく、また火山によって生じる鉱山地帯は彼らにとって宝箱と言える。そんな地域に居住するのはドワーフにとってごく自然なことだ。

 またドラコニアンも熱に強い耐性を持ち、火を扱えるものなら誰しも火山地域に住みたがる。

 厳密に言えば寒冷地に住む者も一定数いるが、ドラコニアンの多くは強烈な眠気と同時に死を誘う寒さを好まない。

 またドラコニアンは探索者として活動する者も多く、彼らが探索によって得る物資は、ドワーフに新しい知見を齎すことも多い。

 細かい事は性に合わないドワーフ、プライドの高いドラコニアンではあるが、不仲なりに互いのメリットを擦り合わせることで共存が成り立っている種族だ。


 そんな2人は『アトラス』で共に育った幼馴染であった。

 鍛冶師を志し互いに切磋琢磨する内に大人顔負けの腕を持ち、やがて共通の目的を持った2人は遠路はるばる『ダイダロス』までやってきたのであった。



「あとは審査か……『ダイダロス』は厳しいって聞くし、気が滅入るなぁ。これで弾かれたらどうしよう」


「厳密に言えば国ではありませんがね。でもあと一歩です。頑張りましょう」



 彼らが気候が穏やかで安定した『ダイダロス』に来るのには大変な葛藤があった。

 同胞からの理解は得られず、愛した火山からも離れなれるのは胸が引き裂かれる程の苦痛であった。

 しかし、それでも若い彼らには成し得たい目標があった。それは地元では決して得られない、二人にとって唯一と言っていい大望。その大目標がこの街にある。

 彼らは二人揃って審査官の質問に対し、大真面目に受け答えをする。その眼には信念の炎が宿っていた。



「滞在を希望する理由は?」


「『グラノド』にお目通り願う為に」


「成程、お二人は鍛冶師志望でしたか。滞在希望期間は?」


「永住を希望します!あっ、でも『グラノド』がいなかったら出国を希望するかも」


「なるほど。手荷物検査に違法な物は無し。カードをお返しします、ご協力ありがとうございました」



 審査官から二枚の探索者カードと手荷物が返却される。

 その対応を見たドラコニアンの『ケンダル』がドワーフの少年『ボグ』へニッコリと笑いかける。



「ほら、作っておいて良かったでしょう?探索者カード」


「ぐぬぬ、助かった……まさかカードがないだけであんなに揉めるなんて」



 彼らは門を潜る直前、男女の二人組と大揉めの取っ組み合いになる衛兵達を見ていた。

 どうにも入国審査が通らず揉めていた様子であったから、まさかカード一枚でここまで簡単に審査が通るとはボグも思っていなかったのだ。

 カードを手渡され、ケンドルは自慢げに鼻を鳴らす。



「ふふん、ダンジョンタウンであるならばどこでも通用する。身元の証明には最適ですからね。それにダイダロスは探索者への手厚い福祉で有名なんです。更に移住も考えているとなれば、邪険にはされないだろうと踏んでいましたから」


「コ、コラ!審査官の前で言うことじゃないだろ!ち、違います。潜入とかそういう理由じゃないですから!」


「ははは、存じていますよ。グラノドさんに会いに来たのはお二人が初めてじゃあない……っと、引き留めてすみません。ここを出てまっすぐ、広場に出たら右の道へ行くと宿屋街です。『ダイダロス』へようこそ、お2人を歓迎します」



 ケンダルの軽い口にハラハラさせられながらも、僅か14歳の2人は長い旅路を終えて無事に入国する。

 焦ること、逸ることなく街並みをしっかりと観察してから宿へと向かう。

 家一つとっても、彼らにとってその街を評価する大きな判断材料となるのだ。



「この街の家、どれも屋根が高いな。あっ、猫が走ってる。幸先いいね」


「野生動物が外で暮らしていける程度には温暖。いいですねぇ、火山灰に悩まされないのは素晴らしいことです」


「けど炉を扱うには脆い建物ばかりだ。工業区画はあっちかな?楽しみだなぁ」



 今通っている道は商業区画。左右には旅行者を目的にした土産物屋に旅道具、食料の販売が盛んに行われている。

 ボグが試しにと一つ、変わった色のりんごを買ってそのまま大きく齧りつく。

 瑞々しく、甘く、皮はザラザラとしている。かつて食べたことのあるりんごとは随分違う味だった。



「ボグ、それは梨です。りんごじゃありません」


「そうなん?けど美味しいよこれ。喰ったことがない……おっ、あっちで武器も売ってるじゃないか。覗いていこう」


「ちょっと、ここで売ってるのは旅行者の自衛用です。本命は探索者用でしょう?」


「まぁそう言うなって。ほら、意外に鋼の質がいい。値打ちの武器でこの品質を保ってるのは凄いよ。流石は冒険者の為の街だ」



 二人は往く先々で、刃物を並べている店を発見しては品定めをする。時には道ですれ違う探索者達とも話し、その過程でいくつも情報を仕入れていく。

 そのせいで宿に着くまで随分な時間がかかってしまったが、多くの武器を見ることが出来た二人はご満悦であった。

 宿に荷物を置いてようやく一息つける。長旅の末、真っ新なベッドに強烈な魅力を感じるが、二人に立ち止まっている暇はなかった。



「どうする?」


「地図が要ります。役場、探索者協会、工業区の順に」


「よし、行こう」



 それから二人はこの街を練り歩いた。

 当然ながら役場で個人の住所を貰うことなどできない。鉄鋼を扱う工業区を中心にこの街の各地を見て回る。

 やはりと言うべきか、この街で探索者向けに取り扱われている武器の質は高い。

 大規模な鉱床を持つ刀剣製造の本場『アトラス』に比べると数は少ないが、品質は決して見劣りしない。

 それはこの街には腕利きの職人が数いて、そこに外からの流通も加えて需要と供給のバランスを見事に取っていることに他ならない。

 商業には疎い二人であったが、武器を見る目は確かだ。鍛冶師としての目と思考が、この街の端正さをきちんと理解させた。


 行く先々での対応も決して悪くない。むしろ歓待され教えを乞われることすらある。

 やれアトラスから来たなら是非炉を見てってくれ、やれ本場の腕を見せて欲しい、やれ打ち方を教え合わないか等。

 ケンダルがそう簡単に飯の種を見せるもんじゃないと諫めても、街全体が活発になるならそれもいいとのこと。

 この街の鍛冶屋は異常な程知識に貪欲だ。二人は驚かされるばかりである。

 そうして工業区画を練り歩き、時に足を止め助言と情報収集を続けること半日。

 二人は途方に暮れていた。



「見つからなーいっ!グラノドはどこだよぉーっ!?」


「参りましたねぇ。めぼしい鍛冶場は回ったと思うんですが……」



 不世出の天才、鍛冶槌に愛された者『グラノド』。

 かつて『アトラス』にて類稀なる鍛冶の才を発揮したドラコニアンであり、『アトラス』の鍛冶師なら誰もがその名を知る所だ。

 ある日を境に国を出立し、その旅立ちに多くの鍛冶師が涙したと言われる至高の鍛冶師である……というのを二人は親の親の代からずっと聞かされてきた。

 それだけ聞けば眉唾物だが、その存在を示すかのようにグラノドが打った宝剣は何本も国王の元へ納められている。

 その剣の輝きに魅せられ、二人は遠路遥々『ダイダロス』までやってきたのだ。


 だというのに、彼は見つからない。職人達に聞いても「街でたまに見かけるけど工房や家の場所は知らない」と空振りに終わる。

 聞いてみれば人付き合いをあまり好まず、話しかけても放っておいてくれと言うばかり。

 無理に色々聞くのも悪いかと誰も追及していないのだ。

 向上心はあるのに変に気遣いがある。そこは突っ込んで話を聞くべきじゃないの!?とボグはやきもきした。



「お金も稼がないとだし、今日はここまでだ。ちょっと疲れたよ」


「思えば長旅から休まず歩きっぱなしでしたね。夕飯を食べたらゆっくり休みましょう……お、あそこはどうです?今人が出てきたところです。すぐ座れるでしょう」



 ボグがつられてそちらを見ると、5人の男女が出てくるところであった。

 年長者の男が1人、若い男女が2人ずつで4人。溌剌とした印象から見るに、新米探索者の引率だろうか?

 ボグはまだ酒を飲めない。しかし自分より少し年上くらいの人が出てきたのなら酒以外も扱いがあるだろうと予想した。



「いやぁ~アジーさんすげぇな。これでも法学は成績トップだったんですよ俺?よぉく勉強してらっしゃる」


「いやいやそんな、俺なんか兄貴に比べりゃ全然……あいや、なんでも。しかしすげぇ知識量っすねガロンさん」


「ミリアムが酒を飲んだ……成人してるって本当だったんだな……」


「ケイン~?私、今手加減できないの分かってるぅ~?全力でひっぱたくわよ」


「ミリアムさんどうか抑えて!坊ちゃまはデリカシーとかそういうのが大変未成熟なんです!どうか!」


「え?そんなこと思ってたのか……?」



 子供だと思っていた人は成人していたようだ。

 けれど皆一様に満足そう、かつ眠そうだ。それだけでこの店への期待が高まる。

 美味しい食事、リラックスできる店。疲れた身体にこれ以上染みるものもない。

 早速意気揚々と店に入る直前、彼らとすれ違った際の会話が耳に入る。



「ミリアム、明日の約束忘れるなよ。8時の鐘だぞ」


「わぁかってるってぇ。ちゃんとおじ様のとこ連れてくからぁ……」


「そんな有名なんかあの人。偏屈、頑固、変わりもんの職人ってことしか知らねぇが」


「武器防具を扱う商人でグラノドの名前を知らない奴はいない。参った、今日眠れるか分からないぞ」



 そんなに~?と半笑いで通り過ぎる髭の男を尻目に、二人の目は驚愕に見開かれていた。

 すぐさま互いにアイコンタクトを取る。


 とんでもないことを聞いちゃったぞ。どうする?

 人の会話を盗み聞きした挙句尾行しろと?冗談じゃありませんよ、私にもプライドってものが……

 だが、確実に会うチャンスだぞ。それを捨てるのか?

 ぐ……それは……ですが……


 視線だけで行われた一瞬の会話、二人は倫理と欲求の狭間に立たされていた。

 結局その場では決められず、とりあえず腹の虫をおさめる為、食事の席でどうするか決めることになるのであった。


『アトラス』



 熱帯、乾燥帯地域に居を構えている国、ないしそのダンジョンタウンを指す。

 国内に多くの火山、良質な鉱床を抱えており世界有数の武器防具生産大国として名を馳せる。

 主にドワーフ、ドラコニアン、オニ、原始精霊種族が多く居住している。

 ダンジョンが生まれる前かつては他国に武器を供与する国として「争いを始め、終わらせる国」と評されていた。

 しかしダンジョンが世界に誕生してからはその技術をあえて多くの国に広めダンジョン探索に役立てた。探索者の中には『アトラス』の関わらない武具を忌避する傾向すらあった。

 現代でもその流れは強く、『アトラス』の名前は探索者が武具を選ぶ基準の一つとなっている。

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