同胞
今日の面会予定を終えて日が傾き始めた頃、ガロンは他の職員達に軽く挨拶を告げてから教会を離れ、一人ダンジョン協会へと向かった。
ロビーに到着してみると人気は少なく、探索後の申請を終えた者達が今日の苦労を労いながら談笑している姿や、これから夜間業務に入る職員達の引継ぎが始まっている。
原則としてダンジョンには入場禁止時間というものはない。行きたいと願えば夜明けから次の夜明けまでいつでも入場できる。
この時間帯は駐在している職員も、暇を持て余した探索者も少ない。それでも万が一探索者が悲惨な目にあっても即座に対応できるように備えているのだ。
「やっ、お疲れさんです」
「あぁどうもガロンさん。会長は奥です。お待ちですよ」
「そりゃいけねぇ。さっさと済ませねぇと大目玉だ」
ここにいる時は聖職者よりも探索者としての思考が勝るのか、ガロンの笑顔は僅かに柔らかくなる。
普段から笑顔でいることの多い男ではあるが、どうしたって普段の業務には厳格さが求められる。
その中でもガロンは非常に緩い方ではあるのだが、守るべき一線というものはある。肩肘張らなくてはならない仕事で如何に力を抜くか、ガロンはそればかり考えているのだ。
そういった脱力気味な仕草は他の聖職者の気を抜く分、お堅い人間からすれば目障りにもなる。
気兼ねなく力を抜ける場所はいいものだ。探索者として動き回る時のガロンの足取りは軽い。
来客用入口を通り抜け通路を歩き、ドアのない部屋を覗けばそこには人のいないデスクが綺麗に配置されている。
様々な種族が出入りする都合上ドアが不都合にしか機能しないらしく、機密性が求められる部屋を除いてドアは取り付けられていない。
というのも、かつて大柄なオーク種族の職員が業務補助に来た際ドアノブを握り潰してしまい、あまつさえドア枠ごと壁を突き破ってしまう事案が多発したのだ。
手伝いに来たはずの自分が業務を増やしてしまったことを甚く気にしてしまったのだが、それを受けてドアの撤去とドア枠のサイズまで大幅に改修。
かえって効率が良くなったと職員達は喜び、自分の背より高くなったドア枠にオーク職員は感激し、所属元に戻ってからも楽しそうにそのことを話していたそうだ。
そんなこともあり、ダンジョン協会の建物は文字通り風通しがいい。壁は多いが、見渡せば遠くまで見える。
教会とは造りが違うなと感心しながら廊下を歩き、最奥にあるドアの付いた扉をノックする。
「俺です、ガロンです。今日の報告に上がりました」
「───ありません。丁重にお断りします。来客が来たので失礼します。……どうぞ」
「失礼。お取込み中でしたか」
静かにドアを開けると、そこには何枚かの書類を手に取って目を通しているヘレスが座っていた。
これが朝や昼過ぎには書類の山に埋もれているのだからどんな手品を使って仕事をこなしているのだろうか。
本人に聞けば「努力です」としか返ってこないのだから、聞く意味は無いだろう。
彼女から少し目線を外した先に小さな台付きの鏡が置いてある。先の独り言はこれを通して誰かと通話していたのが伺える。
何らかの断りを入れていたようだが、ヘレスの言葉は基本的に固く、熱の籠らない冷たい声色だ。
連絡先の相手を気の毒に思い、ガロンは聞いてみることにした。
「随分素っ気ねぇ雰囲気でしたが、どなたか聞いても?」
「スレイ調査騎士隊長です。このままだと出世してダンジョンに行けなくなるので、こちらから口添えしてダンジョンの駐在に推薦できないかと」
「ははぁ、随分うちを気に入ってくださったようで」
「もしダンジョン務めになれたら出来る限りの優遇はするし、望むなら靴を舐めるそうですよ。どちらもいりませんので丁重にお断りしました」
「わはははっ!騎士様も大変そうだ!」
大して重要事項だとも思っていないのか、ヘレスの視線は机上に残った書類に向いている。
実際問題、英雄と祭り上げられている騎士をダンジョンに送れなど、『国』からすればたまったものではない。
今のジェグイに求められているのは泥臭い洞穴で宝探しなどではなく、煌びやかな装飾と大袈裟な衣装を纏い晩餐会に出ることだ。
たとえ本人が一片たりとも望んでいなくとも、『国』がこの機会を逃すわけがないのだ。
「まったく、厄介な御仁だこと。そもそも『国』がこの千載一遇の機会を手放すわけがないことくらい分かろうものです」
「『徘徊者』の一件でどこの『国』も揺れてましたからね。これを機に威信を回復させたいところでしょう」
「ええ。これでしばらくは口出ししてこないでしょう。清々します」
「『国』と『ダンジョン』が近くったっていいことなんかありゃしませんからね。おっといけねぇ、報告ですね」
ガロンは持参した鞄の中から一枚の書類を取り出し、立ったまま簡単な報告を済ませる。
「5人とも、一先ず問題は起きなさそうです。ラグロさんはちと危ねぇかもしれませんが、今の彼には立場もある。大それた行動はしねぇはずです」
「そうですか。念のためレイソンの家に連絡したのですが、要らぬ世話でしたね」
「辛ぇなぁ。目の前に仇がいて殴り殺しちゃいけねぇってんだもの。そういうの込みでラグロさんを貴族に推したんでしょう?」
「ガロン、私達がすべきことは第二の彼らを生まないことです。この世に正義の私刑など存在してはならない。誰に理解されなくとも……私はそう考えます」
普段のガロンからは出ないような荒々しい言葉を、ヘレスは静かに窘めた。
この時代において、一般的な考えはどちらかと言えばガロンの方だ。
ヘレスはそれをよしとしない。それではいけないと常に警告を発している。
命と責任の所在は常に明らかであれ。ヘレスは自分に、そしてそして自分が関わる全てにそれを課していた。
「さておき、毎日ご苦労様です。本来私が直接対応するべきことなのですが」
「会長は色んなもん抱えすぎです。もっと俺達を使ってくださいよ(会長は歯に衣着せねぇから、トラブルになるのが目に見えてら)」
ヘレスの気質を鑑み、やはり請け負ってよかったとガロンは安心した。
個人で復讐に走ろうものなら、ヘレスは徹底してそれを弾圧するだろう。
協会長は感想や感情、感傷といったもので沙汰を覆すことはない。
その行動が人々にどのような心象を与えるのか、理解したうえでそれを行ってしまうのだ。
教会が、ひいては古参の探索者であるガロンが間に入る。たったそれだけの手間で街の安寧を得られるなら安いものだ。
「分かっています。ですが探索者の本分と街の運営、どれくらいの割合が適切なのか私も測りかねているのです。事実、彼らの対応は大変でしょう?」
「んまぁそうっすねぇ。でも俺達が間に入らなきゃもっと手間は増えたでしょうし、やりがいはありますんでね」
「なら……しばらくは頼らせていただきましょう。さて、引き留めてすみません。帰って休んでください」
「了解です。よい夜を」
小さく礼をし、ヘレスが軽く微笑むのを見てからガロンはゆっくりと退室した。
面会がある日はこうして毎日報告に上がるガロンではあるが、ヘレスとの会話を殊の外楽しいんでいるのも事実だった。
世間では冷血、冷酷、冷えた鉄の様な沙汰を下すと悪い意味で有名な彼女だが、そういった声を治安維持と経営の腕で黙らせている彼女は、弁舌もまた優れたものだった。
そんな彼女は信頼できる者の前では多少砕けた態度を取る。もし今日来たのがガロンではなく一介の探索者なら、引き留めてすまないなどとは言わないだろう。
相手からの質問に応えることも無く、報告者への質疑応答を済ませて早急に帰宅を促す。
ガロンはそれが少しだけ嬉しく、また信頼に応えようと言う気持ちにさせるものであった。
「さて、帰って寝っとすっかね……なんだぁ?やけに騒がしいね……」
来た道を戻って見ると、ロビーの方から僅かに賑やかな気配を感じ、ガロンは首を傾げた。
先ほどまで少数の静かな探索者と職員しかいなかったはず。だというのに一体どういうことか。
怪訝な顔で向かうも、到着して見れば大いに納得した。彼らが帰ってきたのだ
「まさか初日から帰還のスクロール使うハメになるたぁな。収支は悪くねぇが、先行き不安だぜ……」
「ハウンドがハウンドを呼ぶ怒涛の展開だったわね!9?10?」
「13だ。ギリギリ倒せる個体数が常に襲い掛かるのは……かなり嫌だ。汗が気持ち悪い」
「思い返せば、あれを全滅させたミリアムさんはちょっとおかしいのでは?それとも5階は常にこんな……?」
ガロンは彼らに見覚えがあった。
3か月前の自分達よりも早く『徘徊者』と接触した一団。そしてそれが高じてパーティ編成と相成った4人。
ゴウカフ同席の元彼らに行ったインタビューの内容はよく覚えている。
それなりに人生を歩んできた『エリート』達にとっても寝耳に水の情報ばかり寄越す少女、ミリアムを筆頭とした『騎士捜索隊』の面々だ。
「お帰りなさい、皆さん!よい探索になったようで」
帰還した『騎士捜索隊』の面々にガロンは声を掛ける。
全員の表情には疲労の色が濃いが、一様に笑顔であった。
それを見たガロンは表情には出さず、しかし胸の内で確かに喜んだ。
彼らはもう立派な『探索者』だ。正気と狂気の狭間で命を懸け、ダンジョンで大切な何かを探す生粋の探索者に成ったのだと。
ガロンは自分達と本質的に同類となった彼らを同胞と認め、とても親しく接することにした。
「確か教会の、ガロンさん?」
「どうもケインの坊ちゃん、お疲れさんです。いやぁ皆さんいい顔つきになりましたねぇ。素晴らしい!」
「それ褒めてます?嫌味に聞こえるぜ、ガロンさん」
「いやいや、心から褒めてますよ。修羅場は踏めば踏むだけ限界を超えられる。探索者ってのはそういうもんですからね。超えらんなかったときゃあ……まっ、考えなくていいこってすね」
「やっぱ歴戦の探索者ってのは怖ぇーわ……」
鋭い直感を持つアジーは薄っすらと、ガロンから何かを感じ取っていた。
それが同族となった自分達を喜ぶ目とまでは分からなかったようだが、その勘の良さにガロンは思わず舌を巻いた。
ミリアムはよく分からず首を傾げているし、ケインとクローカは疲労でそこまで気が回っていない。
探索で疲れ切った身でありながら、アジーの警戒心は高いままであった。
見事と思う反面、これでは長くは持たんだろうなと判断したガロンは一手打つことにした。
「よかったらこの後メシでもどうです?奢りますよ」
「いいのっ!?」
「いいのか!?」
「ミリアム!ケイン!ちっとは遠慮を覚えやがれ!……いいんです?その、教義的に。飲酒とか暴食ダメなんスよね?」
「よく知ってますねぇ。けど大丈夫、日が暮れたら神様も眠ってますんで。お咎めはありません」
「とんだ生臭坊主じゃねーか!!言っときますけど俺らめっちゃ食いますからね!?」
「わははっ!これが俺なりの教義の解釈です。さぁさぁ行きましょう、後輩の初陣祝いだ!」
賑やかな笑い声と共に夜は更けていった。
『通信鏡』
電話が無い代わりに発達した通信技術。連絡先の通信鏡に刻まれた刻印の形に魔力を通すことで通信が出来る。また通信を受けると、通信先の刻印が鏡の表面に映し出される。
秘匿性の高い通信鏡である程刻印は複雑であり、『国』の通信室には全ての刻印を纏めて記載した刻印帳が存在する。その為『国』が抱える秘密の中でも最高機密として厳重な警備が敷かれている。
またその場で刻印を作り既存の鑑に刻むことで「飛ばし」の通信鏡を造る方法も存在するが、法律によって禁止されている。




