名誉と金と信仰と
ミリアム達が『ドクロ』を攻略している最中。
時を同じくして『ダイダロス』を抱えるダンジョンタウン、その中心部に位置する大教会の前に二人組の男が訪れる。
二人共黒いローブで顔を隠しており素顔は見えない。その姿を通りすがりの住人達は大いに訝しんでいる。
本人達もそれを自覚しているのか足早に過ぎ去り、掃除をしている目的の人物を見つけてすぐさま近づいて話しかけた。
「ガロン」
「あぁ、どうも。お久しぶりですねぇ。てっきりお一人ずついらっしゃるもんだとばかり」
「道中偶然な。彼も同じ用と聞いた」
「旅路は人手がある方が何かと都合がいいものですから」
「ははぁ、なるほど道理で。こっちです、ついてきて」
そう言うとガロンは掃除用具を手早く片付け、彼らを裏手へと案内する。
案内を受ける二人は冷静に見える、だが目敏いガロンは彼らに満ちる緊張を読み取っていた。
頭の後ろに手を回しポリポリと掻き、どこかやるせないとした思いを抱えていた。
(無理もねぇか。ま、俺は俺の仕事をするだけだわな)
少し歩き、到着したのはガロンの私室。
物が少なく窓は一つ。机の上には小さな花が飾られており、本棚には様々なジャンルの本が置かれている。
料理に鍛冶に、地図や小説に限らず社会風刺の読み物まで。これには二人も驚いた。
「ささ、どうぞ座って。あぁなんだ、本が気になるんです?」
「……自由、なんだなと」
「知識の習得は大いにせよってのが、ウチの神さんの教えですんで。これもまた世界を知る努力ってやつでさぁ」
「はは、物は言いようだ。っと、そろそろいいかな?」
「人払いは済んでます、緊急じゃなきゃ人は来ません。用意しますんでお待ちを」
そう言うとガロンは二人に対し無防備に背中を見せ、背後の机の鍵を外し始める。
そんなガロンの背を狙う気配もなく、二人が静かにフードを外した。
「ここまでありがとう。助かったよ」
「いえ、俺にとっても渡りに船でした。一人旅じゃまともに眠れやしませんからね」
「分かるよ……旅に不慣れだと、尚更だ」
方や銀の髪を結った初老の男。その眉間には強い皺が寄っており厳格な印象を持たせる。口調こそ固いが丁寧な物腰だ。
方や茶髪に柔和な印象を持たせる笑みが特徴的な優男。しかしその言葉の端々からは旅への慣れと奔放さを感じさせる。
二人に共通しているのは、長い時間をかけてようやくこの街に辿り着いたということだ。
「クライス。君と道中会えなければここにたどり着けなかったかもしれん。本当に感謝している」
「いやいや礼を言うのは俺の方です。ラグロさん、俺が水を切らしたのを察して分けてくれたでしょ。お互い様だよ、ありがとう」
「そうかな。この件が落ち着いたら是非家に遊びに来て欲しい。総出でもてなすと約束する」
「そりゃ楽しみです!是非伺わせてください。いやぁ、かの御高名なレイソン家の方と繋がるなんて、人生何があるか分からないもんですねぇ」
二人の談笑を背後に、ガロンは僅かに微笑んだ。
目当ての荷物を布で包み持ってくるとガロンは席に腰掛け、座った二人の前に静かにそれを置く。
ラグロと呼ばれた男が柔らかな布で包まれたそれを開くと、中には一枚の『探索者カード』が包まれていた。
微かに震える手でそれを手に取り、やがて本物であることを確信して目を伏せた。
「……私の人生で、これほどまでに怒りと葛藤を、そして感謝を抱いたことはない。ありがとうガロン。私は大切なことをいくつも思い出せたよ」
「失礼。アルエルナさんはラグロさんの……」
「関係を言葉にするなら、友人だ。20年前のという話になるが」
ラグロは布の上にそっとカードを置いた。その手つきは愛しい人の指先を重ねるかのように、優しい手つきだった。
怒りに満ちた心である時、愛する人の手を取ってはならない。剣を取り、戦場で振るうべきである。
そう自戒し、ラグロはぽつぽつと話し始めた。
「懐かしいよ。彼女に誘われて探索者になった日の事を今も鮮明に思い出せる」
「ほんとかねぇ?ラグロさん、あんた第一声覚えてます?」
「忘れないさ。コホン……こぉんな汚らしい連中と仕事だとぉ?馬鹿な、そんなことをするくらいなら森でウジ虫と戯れてた方が万倍マシだなっ!」
声高々に朗々と直球の差別発言を口にするラグロを前に、クライスはドン引きしていた。
ここまで粛々と旅を進めていた人格者、そしてあの『レイソン』が探索者差別発言をしたのだ。あまりに衝撃的だった。
クライスは知っていた。彼の名は『ラグロマナ・デイロス・レイソン』。
ダンジョン『ダイダロス』の名をもじってミドルネームとし、レイソンは祖先の名を戴いた貴族家。
ラグロはかつて探索者として大偉業を成し遂げ、国より領地まで頂いた成り上がりの名家として探索者の間では有名なのだ。
彼、ラグロが初代当主である為歴史は全くと言っていい程無い。あるのは小さな領地と少数の家臣、僅かな民を持つばかりだ。
口さがない生粋の貴族、ブルーブラッド達は彼らを蔑む。だが探索者達にからすれば真逆。
『レイソン』は探索者達の希望の星。成果さえ上げれば貴族にもなれるという一つの到達点、その極地にいる存在なのだ。
彼はこの国で初の貴族となった探索者なのだ。
「わぁっはっはっはっ!いやその後も凄かったですがね。姐さん、あんたの横っ面ひっぱたいてさぁ」
「殴る、蹴る、叩きつける。あらゆる暴行を加えられた上に「謝れ」だったからな。思い出すだけで頬が痛む」
「あんたも意地張って謝らねぇもんだから、慌てて周りが止めに入ってなぁ。いやぁ懐かしいねぇ」
そんな彼の起源は一人の女性に誘われて探索者となったことだ。
始まりは決していいものではなかった。探索者としての仕事も当時は過酷で苦しいものだった。
けれど多くの仲間に恵まれた彼にとって辛くはなかった。むしろその日々は幸福だった。
「酔っぱらったあん人にゃいいパンチを何度も喰らった。日が昇ったら覚えてねぇのがタチ悪ぃんだ」
「はははっ!懐かしいなぁ、彼女はムカつくと口より先に手が出る。淑やかさからはかけ離れた人だった」
「……ようく、覚えてますねぇ」
「忘れないさ……忘れられるものか。あの人から貰ったものは一欠けらも溢すことなく、今もこの胸の内にある」
それだけに、ラグロの胸の内は荒れ狂っていた。
彼女の最期は故意に、そして悪意で秘匿されていた。そのことを知った今、ラグロはこの場を飛び出して首謀者を絞殺さんばかりの勢いであった。
それをしないのは、ひとえに客人と恩人の目の前だからだ。ラグロは目の前のカードを見つめながら涙し、激昂を抑え込むのに必死だった。
「『ベッグ』……アルエルナの兄、奴は大嘘吐きの愚物だ。この証拠さえあればすぐにでも地獄に送ってやれる」
「『迷宮内殺人』並びに『他者所有の探索者カード遺棄』、それから『贈賄』ってとこですかね。全部重罪だ。『ダンジョン協会』と『大教会』への通報は済んでる。明日には騎士隊が動きますよ」
「ありがとう、本当にありがとう、ガロン。ずっと苦しかった。彼女を失い、何も知らないと白を切る愚兄に報復も出来ず。怒りと空虚の中与えられた爵位に価値など無いと思っていた……。だがそれも、今日で終わる。あの時、衝動的に奴を殺さなかったのは正解だった。20年も遠回りをしたが、ようやく奴に絶望を叩きつけてやれる」
握られた右手には怒りが滲み、しかしその顔を覆った左手の下には抑えきれない程の喜悦が浮かんでいた。
同席した二人はゾっとする程に煮詰められた悪意に、それが自分へと向かわないことへ感謝する他なかった。
声を上げずに嗤うラグロもそれを自覚したのか、すぐさまばつが悪そうな顔を浮かべて二人に謝った。
「……すまない、私は先に失礼する。一人になりたい」
「あ、あぁもちろん。ラグロさんが領地にいる間ここも様変わりした。是非見てってください」
「そうだな、ヘレスさんにも顔を出すことにしよう。……重ね重ねありがとう。久々に心が晴れ渡るような気分だ。クライスもまた後で」
ラグロは深々と頭を下げ、ローブを纏い直してつかつかと退室していった。
あまりの展開にクライスは口を挟むこと暇すらなく、ただ茫然とするしかなかった。
その顔が面白かったのか、ガロンは声をあげて笑いつつクライスへの謝罪を口にした。
「わっはっは!いやぁすんません。あん人は今日と言う日を待ち望んでいたでしょうから、先に終わらせちまおうと思って」
「い、いやぁ。なんというか、分からん事ばかりでしたが……?」
「クライスさんはお若いし知らねぇでしょうな。昔この街に『アルエルナ』って凄腕の探索者がいたんですわ。姐さんにゃ『ベッグ』って兄貴がいて、兄妹で探索者やってたんだ。んで、ラグロさんは姐さんに惚れてたって話です」
「はぁ。そこはなんとなく分かりましたが……」
「ベッグは姐さんにいい感情を持ってなかった。劣等感か嫉妬か、とにかく自分は姐さんを目の上のたん瘤に思ってたのはみんな知ってたことだ」
それまで笑いながら話していたガロンの表情が変わる。
陰鬱、陰惨、不平等、腐敗。そんな昔を思い出し、経験者はかく語る。
「……姐さんはある時を境に突如姿を消した。最後に会っていたのは兄のベッグで、一緒にダンジョンに潜っていた。その道中突然いなくなってからは何も知らないと」
「そんな言葉は通じないでしょう?ダンジョンのことには疎いですが、パーティに欠員が出ると非常に厳しい追及があるのは知ってますよ」
「当時の協会は腐りきっていた。奴さん、金で職員抱き込んで黙殺させたんだ。それに気づいた頃にゃダンジョンは何度も『再生成』をするくらい時間が経っちまってた。ベッグは知らないの一点張り。凶器も遺体も残らない、最悪の殺人だ」
「犯人が分かっていても証拠がない……文字通り最悪ですね」
「今はそんなこと起きないがね。おっと、随分話が横道に逸れちった。それで、クライスさんのはこっちです」
ガロンが手で指し示し、同様にクライスが包みを開く。
中には4枚の探索者カードが重ねて置かれていた。クライスはそれを一枚ずつ手に取り改める。
一枚一枚記載された名前、時には顔写真をじっと見つめては次を。その作業が4回しっかりを行われてからクライスは満足げに頷き再度包みの上に置いた。
「シクル含め行方不明探索者4名、間違いありません。商会は十分な報酬を約束するでしょう」
「手紙でも再三言いましたがね、報酬目当てってんじゃありませんよ」
「もちろん分かってます。商会なりの感謝の気持ちです。それにお金はあって困らないでしょう?」
「さて、教会の金は腐りやすいからねぇ……おっと、今のは聞かなかったことにしてくだせぇ」
「なんというか、ガロンさんは根っこからダンジョンタウンの聖職者ですねぇ……」
それからいくつかの約束事を終え、クライスもまた部屋を去った。
誰もいなくなった私室で一人、ガロンはようやく一息つくことが出来た。
カードの回収に来た客人はこの3か月でおよそ20件。
普段探索者として体力を鍛えているガロンにとって、復讐人や商売人を相手にするのは骨が折れる話である。
ガロンが『徘徊者』と遭遇してから早3か月。彼からもたらされた思わぬ慈悲に嬉しい反面、ガロンの仕事は目に見えて増加していた。
与えられた探索者カードは全てヘレスを通して探索者遺族、並びに保護責任者の元へ順次通達という形を取っている。
その枚数およそ70枚。つまりこれから70件近くの来客が確定しているのだ。
そして訪れる面々は悲喜こもごも。カードと対面して泣き崩れるご婦人もいれば、先のラグロのように復讐と怨嗟に燃える者もいる。
彼らは共通して、死者ともう一度会うことを望んでいる。
愛する人と過ごした大切な時間をもう一度。あの時の事を思い出したいと願う者だけがカードを受け取りに来るのだ。
(こりゃ協会も頭抱えるわな。これ以上ヘレスさんに無理はさせられねぇ)
報告を挙げてからのヘレスは荒れた。『徘徊者』に関して報告を受ける度にそうであるが、今回の事はあまりに規模が大きく問題も根深い。
なにせ集められたカードには他殺が死因となっている者がちらほらと見受けられる。
仮にそのカードを受け取った者達の感情が、全員ラグロのように他者への憎悪に向かったら?
20年前の犯罪を掘り起こしその全てを訴訟したとなれば、ダンジョンタウンは大いに荒れてしまうことだろう。
それを避ける為ヘレスは、受け取りを希望する者達と順次手紙でやりとりをしてから改めて渡すことを決めた。物事には段階が必要だと考えたのだ。
例え膨大な時間と労力がかかったとしても、この街で私的制裁が起きてはならない。
こと今回は『大教会』を通した方が遺族との心理的な軋轢を生まずに済む。この手の業務は適切だろうと判断しての事だった。そしてその役をガロンは買って出た。
ガロンもまたカードの発見者として、そして聖職者として彼らと向き合うのは己の使命であると考えている。
(『徘徊者』さんよ、アンタほんと前代未聞を引き起こすのが得意と見える)
過去にダンジョンで死んだ人間の数となれば、100や200では到底収まらない。
これからも『徘徊者』がカードを集めるのは推測に難くない。今後もこの仕事は続くということだ。
既に『大教会』にはダンジョンから多数のカードを回収したことは伝えられ、ガロンの所属する『教会』には多くの賞賛が届けられている。
これで心救われる者も大勢いる。そのことを思えばガロンにとって、やはりこの業務は引き受けるべきだったのだろう。
毎日忙しそうにしている教会長や同業の皆には申し訳なく思うが、ガロンには探索者としての仕事もある。
厄介そうな相手はなるべく引き受けているが、同業達に負担を増やしたことについては申し訳なく思っていた。
(当分は、この手の問題処理かねぇ……神よ、見ておられるか。俺はこれからも人々の心の安寧の為頑張りますよ)
ガロンは自分の信じる神に、小さく平和を祈った。
『大教会』
ガロン含む聖職者が所属する宗教組織の統括。その国の首都に配置されることが主。
この世界では国ごとに異なる信仰を掲げており、その国のダンジョンを造った神を信仰していることがほとんど。
聖職者は治療や蘇生の魔法に通じるが、それぞれ信仰を捧げることでその神の意志に沿った『奇跡』を使用出来るようになる。
極稀に信仰の度合いや本人の魔力限界に応じ、神から直接『奇跡』を授かることもある。
ダンジョンは神が造りし箱庭であり、それを踏破せんとする人々がいる。
神はいつでも見守っている。




