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お固い人達

 ダンジョンダイダロス4階、通称『稼ぎ場』。

 他の階に比べるとやや薄暗く、出現するモンスターもスケルトンやゴーストメイル等(※1)の怨霊を模したものが多い。

 その存在もあって不気味さに拍車がかかっており、ここを忌避する探索者も一定数いる。

 攻略難度も決して低くない。スケルトンは持っている武器ごとに脅威度が異なり、それに応じた対処が必要となる。

 ゴーストメイルは怨霊と言う実体のないモンスターであり、鎧を一定範囲壊すことで討伐できる。

 つまり鎧を砕く必要がある。短剣などの破壊力に乏しい武器では、慣れない内の討伐は難しいモンスターだ。


 だがこの階層を根城にする探索者はかなり多い。

 その理由は至って明確で、出現するモンスター達が外見と違って物理的な攻撃しかしてこないからだ。

 武器持ちのスケルトンとその派生であるファイターとアーチャー、ゴーストメイルが持つフレイル、稀に発生する周辺アンデッドの強化をする『墓守』。

 いずれもしっかりと防御を固めて挑めば安定して狩り回ることが出来る。

 また硬質な敵には打撃がよく通る。専用の装備を持って回れば尚楽になるだろう。


 肝心なのはドロップするアイテム。スケルトンが持つ武器やゴーストメイルの鎧、つまり金属が特に多く取れるのだ。

 品質はそれなり、数さえ揃えば金になる。青銅は今一つだが鉄や銅、鋼はいくらあっても需要は無くならない。

 他にもスケルトンの死骸が残るがこれは然程金にならない。用途が怪しい死霊術の媒体くらいにしかならないからだ。

 だがそれだって定期的に買い取る者は現れる。4階のモンスターは全て、装備さえ整えれば安定した収入源となるのだ。

 ダンジョンに入場してから一直線にここを目指し、ひたすら狩り回ったら武具を抱えて地上に戻る。

 買い取ってもらったら休んでまた入場。これを繰り返して日々生活している探索者は珍しくない。



「へぇ、まぁまぁやるじゃん。私が手助けしなくても倒せるなんて」


「俺達だって遊んでた訳じゃないんだ、ミリアム。コイツらと戦うのも初めてじゃない」



 油断なく足元のスケルトン、その最後の一体の頭部を踏みつけて破壊しながら長剣を鞘にしまい、ケインはミリアムへと言葉を返す。

 足元には少なく見ても4人分はあるだろう骨の破片が転がっている。これらすべて、ケインとクローカが共同で討伐した証だ。

 その姿には以前のような息切れはなく、かつ武具の消耗を抑える戦闘を見れば、つい3か月前まで『成り立て』だったとは誰も思わないだろう。

 一人前の戦士として開花しかけているケインではあるが、彼が抱える心境は複雑なものであった。



「褒めてあげてるってのになぁにその顔?これからもっと大変なんだから気分上げてきなよ?」


「ミリアム、どうして『血みどろ甲冑』を擁護しているんだ」


「うわおもんなー。顔合わせした時にもちゃんと説明したじゃん」


「納得できない、自分を殺そうとした奴だぞ。今だってどこにいるか分からない、アイツは全ての探索者にとっての危険要素だ」



 ダンジョンに発生し、個体でありながら『二つ名』を与えられたという異例中の異例。

 『徘徊者(ストーカー)』の名前が示すように、そのモンスターはダンジョン中を練り歩いていた。

 以前までは主に7階を根城にしていたようだがそれに飽きたのか、少しずつ上の階層をうろつき始めているのだ。

 最も浅い階層の報告では何と2階に出現。遭遇した3人組の新米パーティが泣きながら逃亡、報告を受けた時ヘレスは思わず机を強烈に叩きヒビを入れてしまった。

 その後急いで調査班を出したが遭遇できず、現在は下の階層へと戻ったと結論付けた。

 ミリアムとアジーは二人が鍛えている傍らで探索者稼業を行い、彼の噂を何度か耳にしている。


 盗人から荷物を取り返した、地図を忘れた迷子の探索者を出口に案内した、武器を壊された探索者にぴったりの武器を貸し与えてくれた等々、枚挙に暇がない。

 これをミリアムは「やりそー」とケラケラ笑い飛ばし、アジーもまた「アイツっぽいなぁ」と納得している。

 悪い報告ばかりでなく、むしろまともに人助けをしている、あるいはしようとしている傾向が見られるのがより混乱を加速させているのだが。



「ちょっとは初心者卒業かと思えば、まだまだ頭が固いわね。あれはそんなこと考えてないわよ」


「モンスターの考えることなんて誰も分からない」



 あれだけのことをされたのにどうしてそんなことを言うんだ、信じられない。

 そんな思いがありありと浮かんだケインの訝し気な視線をミリアムは鼻で笑った。

 空が落ちてくる心配をしている、そんな人間を見ているような顔だ。



「人間同士だって何を考えてるか分からないじゃない」


「それは詭弁だ。人間とモンスターは存在の根底から違う」


「固い固い、考えが固すぎ!それは今までの常識でしょ、明日は違うわ」



 この一か月、ケインは何人もの盾役と組み、そしてミリアムのレベルの高さを強烈に痛感していた。

 戦いになればただ前に出て攻撃を受け止め、その過程で攻撃役の進路を塞ぐ盾役は非常に多い。

 盾と言うより壁、そんな言葉が喉を出かかってはパーティの前だぞと自分を律する日々が続いていた。

 ケインはミリアムに、今尚強い憧れを抱いている。

 初めて教えを乞うた盾役は、正しく逸材だったのだ。だからこそミリアムに憧れを抱き続けてしまう。


 だからこそミリアムの考えに納得が出来ない。それが理想の押し付けだと分かっていても、自ら窮地に飛び込むような思考に共感出来ない。

 常識と良識に従って真っ当に探索者となったケインは正しく、()()()探索者であった。

 二人のやり取りを傍で眺めていたクローカは口を噤んでいたのだが、エスカレートの気配を感じたアジーが早々に口を挟む。



「おいその辺にしろ。ここで論じることじゃねぇだろうが。ミリアム!」


「分かってるから怒んないでよー」


「なら口喧嘩の売り買いしてんじゃねぇ、リーダーだろオメー。さっさと4階端まで行くぞ」


「はいはーい」



 始めから聞き流すつもりだったのか、ミリアムは笑顔と余裕の態度を崩さない。

 最近のミリアムはますます良くない方向へと吹っ切れている。善人だからまだいいが、協調性がどんどん失われているような気がしている。

 とりあえずその心配は後回しにして、ケインとクローカへと向き直る。

 彼らもまた我が強い。普段はなぁなぁで済ませることも多いが、ここに来てアジーは厳しくいくべきだと判断した。



「ケイン、探索中に思想や立場の話はご法度だ。地上に戻ってからにしろ。今はリーダーに従え」


「それは……そうだ。ごめん」


「クローカ、今みたいな口論は見てねぇで止めろ。大したことねぇと思ってるなら今すぐ認識を改めてくれ」


「仰る通りです、申し訳ありません」


「頼むぜホント。まったく、探索中に無駄話が出来るなんて俺達も偉くなったもんだ」



 会話しながらもアジーは感覚を緩めていない。

 探索中は常に索敵しつつ、彼らの動向に気を配っているのだ。

 このパーティで最も心的負担が多いのは、ある意味ではアジーと言える。



「(まだ納得できてねぇみたいだな)少なくとも、『徘徊者(ストーカー)』の行動方針が虐殺だとか嗜虐だとかそういうもんじゃねぇのは『エリート』の皆様が保証してくださってんだ。なら俺達がすべきことは?」


「さらにその先。発生理由と、どこまで自我があるかの確認」


「その通りだ。ミリアム、そこの角に敵3。骨、剣のみ」


「おっ、じゃあそろそろ私もやろっかなぁ───先手必勝ぉっ!!」



 アジーの合図を皮切りにミリアムが切り込む。そのすぐ後ろをアジーとケイン、そしてクローカが続く。

 姿勢は低く、敵の足元滑り込むような動きで相手の『不意を衝く』攻撃。

 人型の視線は足元や頭上には向きづらい、それを利用して先手を打つ。


 話し声を聞いて待ち伏せていたスケルトン、武器種剣が3体。いずれも不意を打たれる形で攻撃される。

 ミリアムはまず角を曲がってすぐ右の個体に狙いをつけ、その胸骨の正中に大振りの右拳を叩き込み粉砕。

 そのまますぐ隣、真ん中の個体。視線をミリアムに向けるまでが限界であった。

 素早い『足払い』で体勢を崩し、頽れるよう倒れ込んだスケルトンの頭を捉える。

 引き戻した右拳で頭蓋骨に狙いを定め、そのまま地面へと叩きつけて破砕する。


 最後の一体がそれに遅れて反応し振り上げた剣をそのまま、正面からミリアムの頭上へと思いきり振り下ろす。

 それに怯むことはなく、ミリアムは左腕に装備した小盾で力任せに()()()()()()()()

 膂力で勝るミリアムの反撃にたたらを踏んだスケルトンに対し更に追撃。

 とびっきりの笑顔で牙を剥き、繰り出されるのは『全力攻撃』。ギリギリと拳を振り絞り、大きく一歩踏みしめ、そのまま向かいの壁に向けてスケルトンを拳で射抜く。

 ピキ、と音を立てたのは一瞬。次の瞬間には壁とスケルトンが激突する。

 壁に衝突したスケルトンの身体は原型が無く、壁と地面のクレーターには血の代わりに骨粉が迸っていた。

 僅か数秒、先制『二回行動』からの『カウンター』により戦闘終了である。



「脳筋に磨きがかかってやがる……」


「聞こえてるわよ盗賊面。ふふん、バッシュっていうのも悪くないわ」


「盗賊面言うな。あのな?盾って身を守る物なんだわ。そんな使い方してたら持ち手が千切れんぞ」


「分かってますぅー。さっ、先進みましょ」



 3対1を瞬殺。その戦いぶりはあまりに鮮烈であった。

 ほんの数か月前まで、ミリアムは4階のモンスターはパーティ単位でなければ安定して戦えなかったのだ。

 それでも傷を負うことはなかったが、少なくとも安定して狩るには誰かの助けがいる。本来盾役には不要の筈だが、攻め手に欠けていたのだ。

 それを先手を取ったとはいえ一蹴してみせた。今この瞬間、誰よりも強い自信と自我でミリアムは満たされている。

 『徘徊者(ストーカー)』との遭遇から3か月。鍛え直したミリアムは、圧倒的な()()()となっていた。

 そして今日初めてミリアムの戦いぶりを直視したケインとクローカは心底驚いた。



「……なんっ、だそれっ!!はぁ?ほんっと……っ!」


「なんと、頼もしいリーダーですね。我々も遅れていられません」


「私が頼もしいのは元からよっ。さっさと追いついて見せなさいね、三人とも」


「いやお前に追いつけってなんだよ。蛮族にでもなれってのか」


「しばき回すわよ。あのね、私達はいずれ7階を目指すの。私だけが強くてもダメ、強いだけでもダメ。これからは皆で強くならなきゃいけないってこと」



 リーダーとして語り掛けるミリアムを前にして、三人の表情に真剣さが宿る。

 探索は常に命の危険が伴う。不意の事故で命を落とすこともあれば、力足らずの内に身の丈に合わない階に赴き死亡することもある。

 だからこそ自身の命の担保は最低限自身で行わなければならない。命を預けるに足る力を共有し合い、背中を任せるだけの信頼があって初めてパーティは成り立つ。

 無論やむを得ない場合と言うこともあるだろう。だが誰かの背に乗るだけの関係は信頼とは呼べないのだから。



「『徘徊者(ストーカー)』のことを知る為には7階の調査は必須。どちらにせよ俺達は最前線で戦える程度には強くならにゃいかん訳だ」


「ただヤツから話を聞きだして終わり、ということじゃない……」


「現状維持のままでいいなら私達である意味が無い、そういうことですね」


「私達は強くなった、けどそれでも足りないの。覚えておいて、ただ鍛えて終わりじゃない。私達はこれから『エリート』達の足跡を辿って、いずれ超える。私達が誰よりも先まで行くの」



 ミリアムの力強い言葉と笑みを前に、三人の瞳に強い決意が宿る。

 三人はこの時、ミリアムがリーダーである理由を理解した。



「我らのリーダーは無茶言うぜホント。まぁ、乗ったのは俺だけどよ」


「無茶か?俺は楽しみだ。今は何でもない俺がどこまでいけるのか。考えるだけでも最高だ」


「最初に出会った探索者がミリアムさんで本当に良かったと思います。だって私達、これから死ぬまで飽きる暇なく探索者ですよ」


「でしょ?だからこれは……その前哨戦よ」



 4階層終端、ボス部屋の扉が開く。門番を務めるモンスターの名は『ドクロ』。

 この階を初めて突破した異国の探索者の言葉で『骨の頭』を意味するとされ、突破方法が確立した頃にそれが呼び名として定着した。

 その風貌は身の丈4mを超える巨大な骸骨。骨を加工して作られたと思われるギロチンのような斧を持ち、強烈な叩きつけや薙ぎ払いを主とする。

 侵入者の気配を察知し、部屋の中で死霊の気配が蠢く。生きている者が発することのない、身震いするような冷気とコツコツという顎を鳴らす音が一体に響き渡る。

 その目が紫色の光を発し敵を見据えるより先、4人は既に戦う態勢を整えていた。



「こんな所で立ち止まるようなら7階なんて夢のまた夢!さぁ張り切っていくわよ、みんなっ!」


「「「了解ッ!」」」



 彼らの長い長い旅路、そのスタートが切られた。



※1 鎧型モンスターの最低位。腕や頭部が欠損している。現在最上位に血みどろ甲冑が位置する



『ボス』


 階層を越える階段の前に必ず現れる非常に強力なモンスター。

 ボスが存在する部屋は一度入ったら出られない……と言うことはなく、逃げることは可能。

 しかし扉を開けて逃げるといった悠長な行為を見逃す筈もなく、ある程度戦って消耗させなくては脱出はままならない。

 ダンジョンは位相がズレている。例え扉の前に2パーティがいたとしても、扉に入れば分断され、1パーティで戦うことが余儀なくされる。

 その為万全の準備と攻略情報を備えて挑もう。


 なお低階層ボスのドロップ品は他のモンスターと比較しても大して価値は変わらない。

 よく言えば登竜門、悪く言えば強いだけで価値はない障害物である。


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