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騎士捜索隊

 ダンジョン『ダイダロス』を抱えるタウン、その大通りから外れた路地裏の先。

 看板も出ておらず、扉にかけられた小さな「営業中」の飾りが無ければ店だとすら思えないだろう。

 呼び鈴も無い店の扉が今、大きな音を立てて開かれる。



「こんにちはぁ!出来てる!?」



 少女『ミリアム』の快活な声が大して広くも無い、明るくない店内に響き渡る。

 カウンター向こうには来客に愛想笑いの1つも浮かべないドラコニアンの男が、今朝出たばかりの新聞をムスッとした顔で読んでいる。

 男はチラリとミリアムを見やると、またすぐ新聞に視線を落とす。



「6番の箱だ。持っていけ」


「ありがとー!」



 店に入って左、一番奥の壁際。そこには番号が振られた大きな金属製の箱が幾つも鎮座している。

 その中から一つの箱を引っ張り出し、空いたスペースへと持ち出して遠慮なく蓋を開けて中身を取り出す。

 そこには鈍色をベースに、朱い意匠をあしらった手甲が布に包まって保管されていた。

 長さはミリアムの肘手前程、持ち上げれば重量はかなりのもの。片腕だけで長剣一本分はあろうか。

 こんなものを探索中装着し続け、あまつさえ戦闘をしようものならあっという間にスタミナが枯渇してしまうだろう。

 男は不愛想に無遠慮に、手短に伝える。



「注文通り作った。重さ度外視、頑丈、()()()()()()()()


「おっけーおっけー注文通り。おぉ、いい握り心地ぃー!」



 実際に手に何度か手を嵌め込んで感触を馴染ませる。

 パラパラと指を開いて、閉じて。拳を作ってみて、強く握り込む。

 ギシリと軋む音、そしてなにより拳の形にしっかりと噛み合う。

 ミリアムは大きな満足感を抱いていた。だがそんな彼女に男は気に入らなさそうに言葉を投げかける。



「重さが足りていないようだな。俺には持ち歩くにも一苦労だと言うのに、馬鹿力め」


「……そんなことないよ?」


「舐めるな、見ればわかる……!」



 不満を告げたドラコニアンの男は神経質かつ職人気質でもあり、作品の出来にかなり不満だった。

 一見するとただの不愛想でミリアムを嫌っているようにも見えるが、苛立ちの原因は顧客の満足いくものに出来なかったことに起因している。

 彼は誇り高き『ドラコニアン』の一族。彼らは自分の生き様、プライドに人生の主観を置く種族。

 そんな男にとって目の前の少女、人知を超えた怪力を持つミリアムはあまりに厄介であった。オーダーは特殊、その上造っても苛烈な戦闘と腕力ですぐ使い潰す。彼女は()()()()()()なのだ。

 というのも、どんな頑強な造りをしてもその握力で()()()()握りつぶしてしまうのだ。

 外は厚さで固さを保てる。しかし内を強くするのは難しい。

 それが出来るのは、この街で最も寂れた店の、客前で無遠慮に文句を垂れる不愛想なこの男しかいない。



「ねぇ試し打ちしていい?」


「ダメだ」


「ちぇー。じゃダンジョンで試すしかないかぁ」



 籠手から細い指をすらりと抜き、持ってきた鞄の中にしまい込む。

 男はチラリと、目を細めてその様子を見ていた。


 もしこれが同族の、並の鍛冶師なら随分誇らしげに語っただろう。

 その籠手には随分苦戦した。対毒性能は無視していいと言ったから、機能性と対酸性を残し如何に合理的に頑丈さを得られるかだけを考えた。

 籠手にするにはあまりに分厚い装甲、そこに機能性の確保は難題だった。

 実現するために希少なモンスターを素材とした合金もふんだんに使った。

 およそ人間の、あるいはドワーフの鍛冶師でもこれだけのものは作れないだろう。

 そしてやがて疑うような眼で、あるいは期待に満ちた目で顧客(ミリアム)にこう問うだろう。


 お前の指は確かに人間の指、しかしそこにはドラコニアンの英雄にも届き得る尋常ではない力が込められる。

 その秘訣は何だ?由来は?お前は本当に人間なのか?

 その力で何を成すのだ?まさかお前は英雄になりたいのか!?



「感想があれば纏めておけ。次に反映する」



 男はその全てに興味が湧かなかった。

 武具が完成したなら次を造る。依頼主が「これを造れ」と言ったらそれを造る。

 依頼のバックボーンなど、彼にとって取るに足らない些事でしかない。



「次の客が来る。早く行け」


「うん!またよろしくっ」


「金は前払い。連絡は最低1週間前。冬はやらない、眠いからな」


「分かってるって~。またねぇー!」



 明るい、彼からすれば騒がしい人間の子供が去り、店内は静寂を取り戻した。

 棚の上は乱雑に無造作に武具が置かれている。値札もあり埃こそ被っていないが、その扱いはとても商品として扱われてる姿には見えない。

 だがその品質は間違いなく高い。もしこのレベルの武具が町全体に普及したとしたら、街の探索者のレベルは一段階上がるだろう。

 本人に聞けば、所詮は数打ちの乱造品と言うだろう。それに大金を積みたがる人間の事など知らないし興味も無い。

 鍛錬の腕を磨き、たまに来る無理難題に挑戦する。そこに生きがいを抱いた彼はどこまでも職人であり、まったくもって商人ではない。

 懐に入る金は多いが、管理が面倒だからと生活費とある程度の貯蓄を除いて寄付に回す。それでいいのだ。

 そういう意味では、彼はミリアムのことを気に入っていた。細身に似合わぬ怪力無双、それに対応できる小さなガントレットなど、大変素晴らしく無理難題だ。

 久しぶりに鉄を打つ手が、血が、頭が、心が熱くなった。



「……面白かった。きっと次も面白い」



 満足そうに呟き、男は次の客を待ち始めた。











 同時刻。探索者の利用する二階建ての集合住宅、その一部屋。そこにアジーは暮らしている。

 部屋の隅には空の酒瓶が倒れたまま放置されており、中身は洗ってあるとはいえ埃が積もっていて清潔ではない。

 ベッドの周りには仕事道具の短刀にツール、そして山程の本が積まれている。

 図鑑、探索者の自伝、絵本、武道指南書、法律書とジャンルを挙げればキリがない。

 だがその全てには読んだ形跡があり、買った本は読む性質だと見れる。



「くぁ……あぁ、もう時間か……」



 アジーはのそのそとブランケットを退け、大きなあくびをかきながら気だるそうにベッドから降りる。

 普段バンダナで後頭部に捲っている髪が降りており、それを鬱陶しく思いながらも直さずに室内を移動する。

 気付け代わりに保管しておいた瓶から水を煽り、まだボーっとしている頭に喝を入れた。

 手に持った短刀で軽く髭を整え、外に出てまだ眠たそうな顔を水で叩く。

 耳を澄ませるとドアの開く音が階下から聞こえ、同業者が急いで動き回る音がする。

 心の内でお互いご苦労さんと唱えてから、部屋へ戻って着替えを引っ張り出す。



「足並み揃える準備期間で3か月、か。いい休暇だったな」



 この3か月間、アジーにとっては羽休めとなるいい期間であった。

 かといって遊んでばかり居たわけでもない。顔を広めるには遊びが一番と知っているアジーはこの3か月間、遊びがてら多くの者達と顔を繋げてきた。

 繋げたコネクションと幾度かのダンジョンソロ攻略、これによる資材調達が目的だ。

 その結果はこれからダンジョンで明らかになるだろう。


 シャツに袖を通してからズボン、サスペンダーの装着。

 それから丈の短いジャケットを羽織り、服の内側には手帳にペン、探索用ツールを次々しまい込む。

 何があってもいいように、最後の最後に全員の命は助かるように。

 空きスペースを一つ残して全てのツールをしまい込んでから最後、銀色に輝く刃の短いナイフを懐に隠して装備完了。

 バンダナを頭に巻き、髪を後ろに纏め上げる。これで準備は完了だ。



「っし、行くか」



 探索用鞄を手に、似合わない不敵な笑みを浮かべてアジーは動き始めた。

 目指すは仲間の待つ場所、ダンジョンだ。










「いよいよだ」


「そうですねぇ、いよいよです」



 ダンジョン協会、ダンジョン入場口で全員の集合を待つ二人。

 長剣を携えた金髪の若人、ケイン。魔法使いのとんがり帽子と大きな杖がトレードマークのクローカ。

 主従として活動してた頃よりもクレバーな顔つきになった二人は、背中を預け合える仲間として成長していた。



「……ここまで、本当に辛かった」


「ハイ、とても……」



 彼らはつい3か月前まで探索者『成り立て』になったばかり。

 しかし今回の『血みどろ甲冑』を巡る一連の騒動において、類稀なる素質を発揮したケインをヘレスは見逃さなかった。

 本案件においては実力よりも素質が求められる。そう判断したヘレスの行動は早かった。



『この依頼に取り掛かってもらう前に、貴方達2人には彼らと同じラインに立ってもらいます。それまでアホ二人は自由にして結構、自己鍛錬と連携を鍛えなさい。時間がありません、厳しくいきますよ』



 ヘレスの教育は壮絶で、非常に強烈だった。

 突然遥か格上の探索者とステゴロで対決させられた。この街で一番格闘が上手いと言われた人から、その日の内に一本取ってみろと言われた。

 勝てる訳が無いだろと文句をつけても「勝つことは重要じゃありません」と言われ感覚を掴むまで試合を続けさせられた。

 それはもうボロボロにされた。相手の人が気まずそうになるくらいボロボロにだ。


 そしてその日の内に数時間にも及ぶ座学を強制。疲労で居眠りをしようものなら目に見えない力で頭を引っ張り上げられ、そのまま背筋を伸ばされて授業を続行させるのだ。

 雑菌は無いからモンスターを食べて見ろと言われたりもした。流石に無理だと言ったら「じゃあ飢えて死にますか?」と言われて泣く泣く従った。

 動物に近いモンスターは割と普通。虫系はよく洗って火を通せば意外といける。骨や液状は絶対に口に含んではいけないと学んだ。


 過酷な訓練であった。ひょっとしてヘレスは日々のストレスを自分達で体よく解消しているのではないかとも思った。

 しかしその全てを経験として二人は昇華した。時に吐いたし時に泣いたが、全てやり遂げた。

 ヘレス流英才教育を叩き込まれた彼らは既に、たった3か月で4階の探索を難なく行える一流の探索者の顔へと変貌していた。



「クローカさん……俺、強くなれたかな?」


「えぇ。坊ちゃまも私も、前よりずぅっと強くなりました」


「でも……俺が頑張って努力してる間に、ミリアムはもっと遠くに行っちゃった」



 探索者以前の話、ケインはまだ幼い。

 まだ20を迎える前、酒も嗜まず煙管も吸わないただの青年だ。

 商家の跡取り息子の一人でしかなかった彼の瞳は不安に揺れていた。

 どれほど強くなっても上には上がいる。太陽を見上げようとすれば目が眩むのだ。


 そんなケインの幼い精神を補うのがクローカの役割となった。

 クローカ自身、探索者になった頃は知らず知らずケインを下に見ていた。

 実戦経験のない商家の三男坊のお守り役、それが自分の役割。まだまだ幼い彼を護り導くのが仕事だと。

 姉らしい口調はその表れだった。彼には精神的な支柱が必要だろうと考えたのだ。



「確かに。けど、追いつけないことはないと思いますよ」


「そうかな?うん、クローカさんが言うなら、きっとそうだよな」



 だが探索者として過ごす日々は、そしてあの運命の日を越えたケインを見て、彼女の考えは変わった。

 この方は『英雄の大器』を持つ御方だ。長兄様、次兄様の商才とは異なる、しかし輝ける才を持つお人なのだと。

 この人に付き従いたい。彼の行く末を誰よりも傍で見て見たい。

 輝ける未来を切り開く一助となりたい。いつしかそう願うようになっていた。

 彼らは二人で、互いを補い合うことで役割を完遂しているのだ。

 クローカの言葉に勇気を貰い、一息ついて肩の力を抜いてから調子を整える。



「もうすぐ二人も来る。ようやく始まるぞ、()()()()


「はい、()()()()()。貴方ならば成れますとも」



 ダンジョンアタックに際し、主従ではなく仲間として互いを扱う。

 慣れない探索中の呼び合いは自然と洗練され、気づけば今のチームワークになっていた。

 地上での関係性は不要。互いに背を預けた一蓮托生の相棒。

 探索者という血と土に塗れた職業において、一際輝く関係性がそこにはあった。

 そうして決意を固めて数分、待ち人はついに来た。



「お待たせー!」


「うーす。俺ら途中で合流しちまったよ」



 手の内にある小さなツールをしまい込み、片手を振りながら近づくアジー。

 新調した装備を手に笑顔で彼らの元に参じるミリアム。

 誰よりも真剣な顔つきで視線を向けるケイン、そして歩み寄る二人に笑顔を向けるクローカ。

 彼等こそヘレスが指名した『徘徊者捜索専門パーティ』の面々である。

 その顔付きは以前とは違い、特にケインとクローカは既に『成り立て』の顔ではない。

 彼らは既に3階を二人で、しかもたったの半月と言うペースで踏破した。

 今日はミリアムとアジーの付き添いの元4階の踏破、そして5階の探索へと挑む。



「ふぅん。この3か月、見ない間に雑魚雑魚戦士君は卒業ってワケね」


「当たり前だ。今に見てろ、追い越してやるからな」


「ふぅん?まっ、無理だと思うけどねぇ~!私強くなってるしぃ~!」


「あぁ!?それを追い越すって言ってんだよっ!」


「何でオメェらは出会う度に挑発せずにはいられねぇんだ?バカなんか?」



 出会い頭にキャンキャンと吠え出すケインと、それを上から目線で煽りだすミリアム。

 彼らは出会いからしてあまり良い関係とはいえなかったが、それでもここに至るまで縁があった。

 ケインがかつて見せた勇気ある行いは、ちゃんとミリアムの耳に届いていた。

 ミリアムの身体に起きている異常について、ケインはますます開く差を受け止め理解している。

 それで尚強さを認め、その背を越すと言っているのだ。これは彼らなりの信頼の、気安さの表れだと言える。



「そこまでにしろ!最初くらい真面目にやれや!」


「はいはーい。じゃ改めまして……私はミリアム、皆の盾をやるわ」


「アジー、斥候だ。分かってると思うが、戦力としてはあんま期待すんな」


「ケインだ。火力は俺が担当する」


「クローカです。魔法支援と治療は私が担当します」



 ひとしきりの自己紹介を終え、アジーがため息をつきながらボヤく。



「ったく、せっかく『固定』組むってんだから最初っからまじめにやれっつーの」



 彼らが組んだのは固定パーティ。

 一つの依頼を長期的に達成する際に行われる方式であり、その真価は固定メンバー以外とはダンジョン探索に行かないという制約にある。

 基本的に稼ぎに行くダンジョンにおいて、常に同じメンバーということはほとんどない。

 探索者によって稼ぎたい額、稼ぎたい理由が異なる以上毎回同じタイミングでダンジョン探索をすることはほぼあり得ない。

 しかし固定となれば別だ。彼らはどんなに短時間の探索でも、パーティメンバーに断りなく探索に行くことは出来ない。

 依頼達成を全員の目標として一致団結する。気まぐれ、日銭稼ぎを主にする探索者達がする数少ない『契約』なのである。



「いいじゃない、軽口の一つも叩けないパーティなんか息苦しいもん」


「長い付き合いになるんです。仲が良くて困ることはありません、ですよね?」


「……はぁ~、遊びに行く訳じゃねぇんだぞ俺達ぁ」



 アジーはお気楽な3人を見て、まぁこんなもんでいいのかと思い直す。

 彼らは皆、互いを尊重している、きっと彼らはいいパーティになるだろう。

 揃った彼らは入場口へと向かう。受付の職員が4人を名簿で確認し、入場口へと案内する。



「なぁ、パーティ名今からでも変えねぇ?ちょっと恥ずいんだが」


「散々話し合ったでしょ。もう決定したの、手遅れよ手遅れ」


「そっかぁ……しゃーねぇ、覚悟決めっか」



 入場口の扉が開く。

 その先は階段になっており、石で出来た階段からその先の地面までを松明が明るく照らしている。

 笑顔の職員が4人を見て、定型の挨拶を告げた。



「では騎士捜索隊(ナイトシーカー)の皆様、ご武運をお祈りしております」



 彼らの本当の『探索』が、今始まるのだ。




『人型モンスター』


 6階から現れる強力なモンスター。いずれも人間には無い特徴を持っていて対話が不可能。

 彼らを超えられるかどうかは『エリート』となる上で大きな障害となっており、5階を踏破した探索者でも討伐は非常に困難。

 始めて見る人の形をしたモンスターを攻撃することに抵抗を感じる者も多いが、実際に相対するとそれを考慮できなくなるほどに熾烈な攻撃に目が覚めることがほとんどである。

 7階進行現在、判明している人型モンスターの種類は6種。

 尚これは人型モンスターに遭遇し、生還した報告だけで確認された数である。

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