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人間が現れた!

(薄暗い……ジメジメする……重い……気持ち悪い……)



 自分の血のせいで常時沼になっている地面が常にぐちゃぐちゃと音を立て、あまりに気持ち悪い。

 首からは絶えず痛みが走り、呼吸は喉が血で満ちてたまに詰まる。

 どうして自分は意識を保てているのかすら理解できないし、したくない。

 ただ一つ分かっているのは、自分が人間である、あるいはあったという記憶だけだ。



(僕は……どうしてここに……確か……思い出せない……)



 酷く居心地の悪い甲冑の中に閉じ込められて歩く薄暗い迷宮。

 無理やりに兜を外そうとしたこともあったが、首がちぎれるんじゃないかという痛みと共に無駄だと理解した。

 右を見れば土の壁、左を見れば土の壁。前も後ろも先の見えない薄暗い通路。

 今の自分の境遇に嘆かずにはいられなかった。



(分からない……歩けば何か分かるのかな……)



 人型の何かに押し込められたような気分の悪さの中、ただひたすらに『血みどろ甲冑』は歩いていた。








 迷宮の中を歩いている内に、いろんなモノに出会った。



「おぉぉぉらぁぁぁぁ!!」


「キシャァァァ!!」



 時に何人かの人間が現れ、植物のモンスターと戦っているところに出くわした。

 剣戟と魔法吹きすさぶあまりの激戦に『恐怖』してしまいその場を逃げ去ってしまった。

 その時初めて今自分がいる場所がファンタジーの、それもダンジョンのような場所にいるのではないかと推測出来た。

 初めは「次出会えたら話しかけてみたい」と思っていた。

 しかし……血だまりに移る自分の姿を見てしまえば、それも出来なかった。



(僕も……狩られる側なのか……?)



 自分もあのモンスター達のように殺されてしまうのではないかと思うと、とてもではないが積極的に交流という気持ちにはなれなかった。

 でもなんとかして意思疎通できる人に会いたい。寂しくて、心細くてどうにかなりそうで……

 同じ甲冑の奴らは敵対こそしていないけど、こちらの意思等まるで伝わらない。近づいてもずっと無視されている。

 独りは、嫌だ。








 時に、何人かの遺体を見つけて『調べる』こともあった。



(うぅ……ごめん……いつか必ず返すから……)



 武器、道具の中で使えそうなものを借りることもあった。

 この身体、筋力は随分あるから大きな武器もブンブン振れて、そこだけはちょっと楽しかった。

 クロスボウは何度も弄繰り回してみたりした。撃ち方を学ぶ時間が必要だったけど、それも少しだけ気が紛れてよかった。



(あ……これ、顔写真が付いてる。持っていこう)



 なんて書いてあるかは読めないけれど、遺物には『冒険者カード』みたいな物も含まれていて、それも集める。

 探している人がいるかもしれないから。その人には残念な報告になってしまうだろうけど……。

 それでも知らないままでいるよりはずっといいと思ったから。

 そんなことを考えていたら、自分は何をやっているんだろうという気持ちで、涙が止まらなかった。

 生暖かく流れるそれは、僕には見えなかったがきっと赤色なんだろう。








 時にモンスターに襲われることもあった。



(わ、うわわ、こ、怖いっ!クモって、近くで見るとこんなに怖いのか!)



 初めて出会ったのは大きなクモのモンスターだった。

 大きな顎からは常に猛毒が滴っていて、床を大きく溶かしているのが印象的だったのを覚えている。

 ギチギチと威嚇する様子から見て、僕を敵だと認識しているのは疑いようもなかった。



(いやだ、死にたくない!た、戦わないと……!)



 『戦う』と決めてからの自分は、まるで別人のように身体が動いてくれる。

 剣の振り方、『技能(スキル)』、『回避』、『防御』のような戦うための行動が身体に刻まれているような感覚。

 まるでボタンを押したら身体が勝手に動くような、不気味だけど便利な身体に少しだけ感謝した。

 でも、剣が生き物の身体に食い込むあの感触だけは、好きになれそうもない……


 死体から使えそうな毒や牙だけ毟り取り(これも嫌な感触だった。虫の解体なんて初めてやった、しかもあんな強引な……)血の中に沈める。

 驚くことに足元の血だまりの中には収納スペースのようなものがあり、ここに沈めておくことが出来るようだ。

 ずっと手持ちで荷物を抱えておくわけにもいかないからこれはありがたい。でもビジュアル的には最悪だ……血だまりから剣を引き抜くのなんか、どう見ても悪役のそれだ。

 不謹慎ながらちょっとかっこいいとは思うが、それを差し引いてもデメリットの方が大きいように見える。なんとかならないものか。








 時に食事の問題に突き当たった。

 だが同族を見ていると、積極的に食事をする気にはならなかった。



「ヴゥ……」


「オォ……オォ……」



 ビチャビチャと耳障りな音がそこいらから聞こえる。

 這い蹲った騎士甲冑達が探索をしていた人の遺体から血を啜り、それを散らかしながら飲み干す音だ。

 あまりの悍ましさに目を逸らしてしまったが、僕の食料とは血なんだとその時学んだ。

 だがとてもではないが真似をする気にもならず、我慢することを選んだんだが……



(目の前が眩む……何も食べていないからか……?)



 モンスターの身体というのも無尽蔵に動けるわけではないらしく、何日間か(時計も天気も無いから体感でしかないが)で限界が来てしまった。

 そんな最中偶然冒険者の死骸を見つけてしまい、我慢の限界は来てしまう。

 それでも拭うことの出来ない嫌悪感と理性を飢餓感で圧し潰し、地面に溜まる血を掬い上げて飲み込む。



(……鉄と錆の味がする)



 想定していたほど嘔吐いたり、拒否反応が出るということはない。

 普通に鉄臭く、嫌だけど飲み込めるものでしかなかった。


 僕は初めて『捕食』を行った。僕はもうこれしか口に出来ないのかもしれない。

 心の中の何かが、もう戻れなくなったような気がした。

 また少しだけ、涙を流した。











 昼も夜も無く、この場所に自分が『発生』してどれくらい経ったのかも曖昧になったころ。

 怖がりながらも諦めて、ただ無意味に歩き続ける内に通路の突き当りまで達し、階段を見つけてしまった。

 感動と恐怖が同時に押し寄せてきたのが分かる。

 上り階段、これが地表に近づく階段なのか、遠ざかる階段なのか。今の自分には判断材料がない。

 しかし、進まないことには何も分からない。意を決して登ってみると、そこは大きな空間が広がっていた。



(近寄らないでおこう……)



 その中央には全高3メートル程、巨大で獰猛そうな鳥が眠っている。

 羽を広げればどれほどの大きさになるだろう。この甲冑の大きさが2メートルくらいであることから、両手を広げた程度じゃ到底足りないのは予想できる。

 今の自分が戦ったとして太刀打ちできるだろうか?いいや、空を飛ぶ相手への有効手段が今の自分にはクロスボウ一つしかない。戦いは避けるべきだ。

 ゆっくり外側を歩く分には問題なさそうだ。血の匂いも気にしていないようだし、そのまま通り抜けよう。


 そのまま広い部屋の突き当りまで辿り着き、大きな扉を力づくで開け、薄暗い通路を先へと進む。

 後はさっきまでと同じ。突き当りまで進んで、階段を上り、扉を開けてまた進む。














 進んでいく内に一つ気づいたことがある。

 階層を超える度にモンスターは下の階よりも()()()()()()()。少しずつではあるが、確実に弱いものが現れている。

 つまりこの『ダンジョン』は地下へ地下へと進んでいくのが順路なんだろう。

 よかった、少しだけ光明が見えた。このまま進んでいけばいずれ地表へ……



(……行って、どうするんだ?)



 今の自分の様相を思い返す。

 首元から絶えず血を垂れ流し、眼光は緑に光る。おまけに声も出せない。

 この世界の文字は自分が使っていたものと違う、筆談も不可能だ。

 言語は同じか?違えばボディランゲージ頼りだが、そもそもそんな余裕があるかも分からない。

 このダンジョンにいる人間が自分と同じ姿のモンスターと戦っているのは見た。つまり今の自分は人間の敵なのだ。

 そんな僕が人間の元へと自ら進んで、いったいどうするというんだ?



(……でも、独りはもういやだ)



 斬って捨てた足元のモンスターの死骸が僕を責めているように見えた。

 けれど足を止めることはできなかった。













(ん……雰囲気が、明るくなった?)



 先ほどまでは薄暗くジメジメとした雰囲気だったのが、次の階層に足を踏み入れてから消えたような気がする。からっとしたような、湿度が低くなったようだ。

 階段を上った先は相変わらず広くてがらんとした空間に、大きなモンスターがぽつんといるばかりだが、その雰囲気は違う。

 言ってしまえば、さっきの階層よりも大分小物っぽい。石造りのゴーレムなのだと思うが、今の自分よりも小さい。

 やっと、少しだけ希望が見えた。さっきまでの陰鬱な空間からはおさらばして日の光を浴びたい。

 この際誰と会えなくてもいい。暖かい日の光と、心地よく吹く風が欲しい。



(よし、がんばろう)



 意気揚々と広い部屋を進み始める。しかしここでちょっとした疑問が湧いて出てきた。

 このダンジョン、人間との遭遇率がとても低い……気がする。

 遺体はよく見かけるのだが、生きた人間との遭遇がほとんどない。強い人間だったら危ないから会わないに越したことはないのだが……

 ここはあまり人で賑わうといった場所ではないのかもしれない。


 さて、いつも通り大きな扉を開けて外に出てそのまま歩いて行こうとするが……何やら様子がおかしい。

 戦闘音だ。暗い通路の奥から剣を振るう音、虫の鳴き声のようなものが聞こえる。

 まさか!希望がこうも連続すると小躍りしたくなる気分だ。



(今出てったらモンスターだと思われてしまう。そっと覗いて……!)



 遠目だから分かりにくいけど、四人一組で戦っているみたいだ。

 見た感じ盾持ち、長剣持ち、ナイフ持ち、魔法使い。

 綺麗に連携している。盾持ちとナイフ持ちが巧みに隙を作り出し、それを剣士と魔法使いがトドメを刺す。

 特に盾持ちだ。隙を作るだけじゃない、盾で打ち上げて拳でぶち抜く。なんて豪快でカッコイイ闘い方をするんだ。


 見ている内に戦闘を終え、僅かな会話を終えてこちらへと歩み寄ってくる。

 慌てて周りを見渡し、隠れられそうな通路を見つけてそこに身体を滑り込ませる。

 いきなり目の前に現れたら驚かせてしまうかも。ここは一度『隠れる』ことで近づくのを待とう。



「───そしてそれを助けるのが俺達。盾役にはちゃんと敬意を払わねぇとな」


「……はい」


「いい返事だ」



 どうやら四人組のようだ。ゆっくりこちらに向かってくる。

 驚いた、言葉が分かる。つまり意思疎通は可能だ、これは大きな希望になる!

 小躍りしたくなる気持ちをぐっと抑え、そっと通路を覗き込む。


 背が高くて片目に傷のある、あからさまに『盗賊』『斥候』という言葉が似合う無精髭の男。

 茶髪にギザ歯が特徴的なロングソードを携えた青年。恐らく『戦士』のような役割なのだろう。

 その隣には黒い魔女帽子の女性。背が高い、恐らく『魔女』『魔法使い』だと考えられる。

 皆かっこいい。それに、楽しそうだった。



「プップー、ザコはまず身の丈を知った方がいいんじゃなぁい?」



 だが誰よりも、その先頭にいる少女から目が離せなくなってしまった。

 左腕に翳している身体の半分を隠す程の大きな盾に、構えた拳が凛々しさを強く印象付ける。

 濃紅の髪、意志の強いオレンジ色の瞳。背が低いのも、可愛らしさを引き立てていた。


 この少女が、あの戦い方をしたのだ。

 盾を巧みに操り、作った隙に己の拳を叩きつける。

 ただの盾役(タンク)じゃない。その立ち回り方に、男として強く強く憧れてしまった。

 左手に盾、右手は無手。なんて剛毅な人なのだろうか。

 さっきまで頭の中に苔が生えそうなほどジメジメとした心の内が、驚くほど快晴な気分だ。


 正直に言おう、一目惚れだと。

 この世界に産まれ落ちて、初めて明るい感情を得ることが出来た。



(話しかけたい、可能なら……友達に、なりたい!この人のことを知りたい!)



 いやもちろんすぐに打ち解けるのは難しいだろう。

 まずは少しずつ。そう、まずは敵意がないことをアピールしなくては。


 そう思い、彼らが突き当りの大部屋前まで行ったのを確認してから、姿を現そうと通路に出る。

 全員自分から背を向けている。今なら『ずっといたけど攻撃しなかった不思議な甲冑』と思ってくれるのではないか……!

 そう思いじっとしていたのだが。



(え?か、身体が勝手に……!)



 背後を取った状態から、身体が勝手に血だまりから剣を引き抜く。更に、その剣を大きく掲げ、振り下ろそうと……!

 『奇襲攻撃』の意図などないのにモンスターとしての本能が、人間との相対を戦闘だと判断してしまっているのか!?



(い、嫌だっ!そんなことしたくないっ!止まれっ!止まってっ!!)



 どれほど思考がそれを拒んでも、身体は動作をやめない。まるで既に()()()()()()()()()()()()かのように。

 ゆっくりと音も無く、最前衛の彼女に剣を───



「戻るわよ───ぇ」



 振り下ろした。



(……ぁ)



 振り下ろした剣は容易く彼女の右腕を奪い去り、重力に従って地面へと叩きつけた。



(ち、違うんだ。お、僕はこんなことしたかったわけじゃ)


「ミリアムッ!!」


「全員今すぐ逃げてッ!」



 目の前から大きな怒号が発せられたのを、茫然自失とした脳で受け止める。

 狭い通路によく通る声。素敵な声で、ずっと聴いていたくなる芯のある声。

 ───今の自分に向けられているのは憎悪と恐怖、そして強烈な敵愾心だ。



(こんなはずじゃ、あぁくそっ、なんで……)



 目の前から盾の少女を除いた三人が、僕の横を通り過ぎるのを黙って見ていることしかできない。

 一歩でも動けばその首へし折ってやると言わんばかりの視線が僕を正面から射抜いている、その影響だ。

 鋭い視線が『ヘイト』を集め、その場に縫い付ける。僕はそこから目が離せなくなってしまう。

 今すぐにでも逃げ出したい心境なのに、身体がそれをさせない。

 『戦闘』であると身体が判断してしまった。既に武器を構え、臨戦態勢だ。



「ムカつくわお前。えぇ、最っ高にムカついたわ」


「上ッ等じゃない……ぶちのめしてあげるッ!!」



 初めての意思疎通できる(一目惚れした)それを、僕は敵として見据えるしかできなかった。





『血みどろ甲冑』



 かつて誇り高き騎士の鎧として名を馳せたが、呪いを受けて動き出したとされるモンスター。

 鎧の持ち主と共に人々を守ろうと奮戦した時の面影はなく、人間の死肉と血を啜り、死骸を漁り、手にした武器で目につく生き物を殺めることしかできなくなった。

 7階層には『血みどろ甲冑』の個体が複数存在するが、そのどれもが非常に強力な戦闘力を誇る。

 あらゆる武器を巧みに使いこなし、時に戦術すらも操る知能を見せることから、7階層きっての危険存在に認定されている。


 異形と化しても騎士は騎士。悍ましくもあまりに強いその有様に見惚れる者も少なくない。



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