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紳士的な……

「はぁっ、はぁっ……っ!」



 一組の男女が迷宮を全力で駆け抜ける。

 道中モンスターの姿はない。ただひたすらに、『逃げる』以外の事を何も考えずただひたすらに迷宮の外へと向かう。

 顔には鮮烈な恐怖が浮かんでいる。


 彼らはごく一般的な探索者だ。3階を中心にモンスターを狩り回り、外で受けた依頼に応じた物品を集めて生計を立てている。

 大きな夢も無く、いつまで命懸けで探索者をやるのかも決めておらず、ただ漠然と今実入りがいいから探索者を続けている。

 男はいつかこの仕事を辞めたら相方を誘い、外で店でも開きたい。

 女はいつか相方を誘って他のダンジョンに遠征に行ってみたい。

 そんな小さな展望だけを持ち、今日まで探索者を続けてきた。


 今回も普段と同じ、採取依頼を2件こなし、適当に狩りか採掘を行って帰宅する。

 最近は『鉄スライムの核』の需要が伸びてきている、せっかくだし探してみよう。

 変な武器を持ったスケルトンを見かけたらしいから念入りに見て回ろう。







 いつも通りの日になる筈だった。



「もうっ、来て、ない……っ!?」



 二人が同時に今来た道を振り返る。何度か通路を曲がってきたから遠くまで見渡すことは出来ない。

 少なくとも少し距離のある突き当りまでは何もいない。

 モンスターもいなければ人もいない。がらんどうの通路だ。



「ぜぇ、た、多分。くそっ、ごめん、ごめんよぅ……」



 彼らはここに来る時、()()で来ていた。

 2人1組が2つ。たまたま手の空いていたパーティに声を掛けて稼ぎに回ろうと誘ったのがきっかけだ。

 だがその2人は既にいない。見捨てて逃げたのか、逃げるよう背中を押されたのかは分からない。

 重要なのは、ここには2人しかいないということだけだ。



「こんなっ、こんなの聞いてないっ!()()はなんなの!?協会は何も言ってなかったよねぇっ!?」


「何も張り出されてなかったよ……とにかく急いで地上へ───!」



 ガシャリ。ガシャリ、ガシャリ。

 彼らが見ていたのは背後。そして進むべき方向から、音の形を成して現れる絶望。

 そんな筈はない。自分達はここまで最速で到着した。あとほんの数十歩向こうには安全地帯だってある。

 先回りなんて不可能だ。こちらは低階層の構造は完全に把握してるし、回り込むには全速力の自分達より早く動かなくてはいけない。

 そんなことあってはならない、だってあったら……。



「ぁっ……そんな……っ!」



 再度、ゆっくりと振り返る。

 自分達の力量ではまず目にかかることのない深層の怪物。

 難の根拠もなく、降りかかることのない天災だと思ってた。自分達と『死』は無関係だと。

 ボタボタと首元から流れる血が地面を濡らす。それを目で追えば、また異なる恐怖が押し寄せる。


 手には武器が握られていない。その代わりに大きな()()を抱えている。

 抱える腕は血と何かの粘液で毒々しくコーティングされており、それが掴んだ人間の鎧と布地を汚している。

 紛れもなく、先に別れた二人であった。滴る血が彼らの身体を伝い、ポタポタと垂れていた。


 男は噛み合わない歯をガチガチと立てるしかできない。

 女の目は瞳孔が開き、恐怖に身が竦み動けない。

 二人の怯えを見て取ったのか、鎧の怪物はゆらりと近づく。

 意図してか否か、なるべく大きな音を立てず、抱えた探索者を持って歩み寄った。

 巨大な体躯とそれに伴う鎧を付けながら、不自然なほど無音で歩み寄る血まみれの甲冑。

 それは不気味さを伴って二人に語り掛けているようにも見えた。



「いやだっ、来ないで、来ないで来ないで来ないで───っ」



 これからお前達は。

 死ぬより恐ろしい目に遭う。



「ぁ……っ」



 『血みどろ甲冑』が現れた。

 二人の目の前は真っ暗になった。












「以上、帰還者4名からの報告だ。全員五体満足、無事に帰還した」


「はぁ~~~……報告ありがとうございます」



 会長専用の机の上で指を組み、机に向かって深いため息を吐く。

 苦労と疲労が見て取れるその人の双眸は閉じられており、しかし書類にはきちんと目を通している。

 男は仮とはいえ雇い主の溜息に臆することも無く、それどころか不満げに愚痴をぶつける。



「ったく無駄に時間食われた。俺にまで怯えて話になんねぇでやんの。最近の『成り立て』はメンタルが弱すぎるぜ」


「貴方を基準に考えないでくださいね、この迷宮狂い(ヴァズ)。はぁ、貴方以外に適任がいればよかったのに」


「人材不足か?手前の不幸を恨むんだな、会長殿」



 何が愉快なのかヴァズと呼ばれた男は嘲笑うように笑う。

 酷く癇に障る笑い方だったのか、表情の抜け落ちたヘレスは眼鏡を外し静かに呟いた。



「『宣誓、我が瞳は其を討つ矢───』」


「おっと、悪い悪い。怒んなよ、まだ報告は終わっちゃいねぇぜ?」



 ヘレスの髪先がほんのりと濃い緑に染まり始めたのを見たヴァズは急いでそれを止める。

 流石に軽口が過ぎた。今のヘレスの精神状況を少々甘く見ていた。次からは慎重に揶揄(からか)おう。

 そんな思いを内に秘めつつも、ヴァズは背筋を冷たい汗が流れていったのを自覚した。

 外した眼鏡をかけ直し、さっきまでの疲れた声ではないドスの利いた低い声でヘレスが告げる。



「……続けなさい」


「分かった。その後4人は気絶したまま近くの安全地帯に放り込まれた。そこからは自力で帰還、今に至るってとこだな。1人は『毒』でくたばりかけてたが、まぁアイツの仕業じゃあねぇな」


「でしょうね。……アレは無償で人助けまでするようになったのですか、どこまでも理解が及ばないモンスターだこと」



 彼らがアレ、アイツと呼ぶ者。

 7階から這い出たモンスターと言う名の災厄、『血みどろ甲冑』特異個体。通称『徘徊者』。

 人類最初の遭遇から既に4か月。今も我が物顔で、気の赴くままにダンジョンの中を闊歩している。

 これはヘレスからすれば耐え難い恐怖である。

 なにせ危険に晒されているのは()()()()()()()()()()()()()()()()、つまりこの街で『エリート』を除く全ての探索者である。


 家の中に猛獣が歩き回っていると言われ安心できるものなどいない。

 ましてやヘレスは家主、それも人が大勢済む家のだ。安全の為に排除したいと考えるのは当然の発想である。

 だというのに住人の何人かは「コイツは人を噛まないから安心だ」と言う。

 しかもその猛獣は最初の一回を除き、本当にそれらしい被害を出していない。それどころか人が損をしない様に動き回っている。

 人類が初めて直面した『理性を持つモンスター』の存在に、ヘレスは心労を溜め続けていた。

 そのモンスターの気まぐれ一つでこの街は滅ぶというのに、いつからこの街は安心に胡坐をかくようになったのかと。



「これで今月何件目だ?」


「5件です。慈善活動でも始めたのでしょうか、気味が悪いです」



 曰く『キラー』モンスターに囲まれているところに飛びこんでモンスターだけ皆殺しにして去って行った。

 曰くみぐるみ剥がされて持ち物を奪われた。

 曰く失った道具袋のことを嘆いていたらそいつが持ってて返してくれた。

 曰く結婚を申し出たらやんわりと断られた。


 そんな奇妙な報告が相次いでいる。これにヘレスも笑顔のまま猛烈に暴れ出したい気持ちにさせられた。

 悪い報告ばかりでなく、むしろまともに人助けをしている、あるいはしようとしている傾向が見られる。

 その活動は既にかなりの探索者が認知しているところであり、しかし不安にさせているのも事実だ。



「お人好しのモンスターとは、夢がある話だ。だが前科がある以上油断は出来ねぇな」


「えぇ、彼らは偶然無事だったに過ぎません。アレがミリアムを攻撃した理由が明らかになるまで決して油断してはなりません」



 血みどろ甲冑『徘徊者(ストーカー)』、その最初の遭遇者であるミリアム。

 彼女はヘレスからして、盾役として非常に優秀という評価を得ている。

 3か月前の時点で4階で活動していたのだが、その時からちゃんとしたパーティを組めば5階の探索に参加できる力量があった。


 参加しなかったのはミリアム自身のダンジョン探索における信条。

 自分はまだ5階を()()()()()()()強くない。だから5階には行かない、というものだ。

 当然の事ではあるが、その階を1人で探索できれば一人前ということはない。

 それはあくまで『成り立て』が2階までを隅々探索できてルーキー卒業という話である。


 だが深層では必ず複数人で探索を行うよう推奨されている。

 これは戦力点な問題だけでなく、『毒』や『麻痺』、『眠り』等状態異常を武器にするモンスターの存在があるからだ。

 更に持てる荷物の量、視線の数、知識の量が一人とそれ以外では天と地ほど差がある。

 単純に倍だからではない、自分が持っていないものを《《仲間が持っていること》》が重要なのだ。

 だというのに、ミリアムはそれら全て自分一人で賄えてこそと考えている。

 それは彼女のダンジョン探索において()()()()()状況下でも、それこそ単独でも生存できることを証明したいという考えであった。



「あの女、最高にセンスがあるぜ。なにせごく短時間、かつ加減されたろうとはいえだ。アイツ相手に()()()()()()()()()()()()()、痺れるねぇ」


「……だからこそ奴が恐ろしいのですよ。7階にはあんなのが何匹もいるんですよ?人類に踏破可能なのは6階までと結論付けてもいいとすら思えます」



 人類史に刻まれたダンジョン『ダイダロス』6階の踏破、それは紛れもなくヘレスの手によって齎された。

 死なないこと、帰還すること、生き残ることを絶対としたヘレスの方針はこの街に少しずつ『ダンジョンの知識』という財産を蓄えた。


 その結果が20年以上停滞していた5階、そして6階の踏破である。

 たった20と数年。そんな短い期間でヘレスはこの街を世界で最も清く、最も精強な探索者の街に造り上げた。

 他の街で「ヘレスの所の探索者」と言えばいくつかの意味を持つ。

 強靭、冷静、用意周到、そして潔癖。そう知れ渡る程にヘレスは大偉業を成したのだ。

 そのヘレスを持ってして、7階は今の人類では踏破不可能という考えに至りかけている。

 奇しくも階層と同じ7年という年月は、そこに巣食う脅威を知らしめるのには十分すぎる年月であった。

 その意見を聞いたヴァズは僅かに目を伏せ、報告を重ねた。



「それについてなんだが、どうも気がかりなことがある。近い内俺は7階に行く」


「何をしに?」



 そう聞き返したヘレスに、ヴァズは軽く肩をすくめて返した。



「あの『血みどろ甲冑』が異常な個体だってんなら、その強さも例外的なんじゃねぇかってことよ」


「……あなたまさか。バカなことはおよしなさい」


「バカなもんかね。それにこれはあんたにとっても悪い話じゃあない、そうだろ?」



 ヴァズの口角がニヤリと上がる。

 この街で最もダンジョンを理解している男の、誰もが知ってる狂気の側面。

 たとえどれ程の困難であろうと、ダンジョンでそれがしたい、するべきだと思ったのならやらずにはいられない。

 飽くなき好奇心と、それを貫きどこまでも突き進む。時に死すら障害となりえない信念と言う名の狂気。

 それがヴァズという男の、人生の本懐である。



「7階にいる野生の『血みどろ甲冑』、そいつらを狩り回ればその答え合わせになる。そうだろう?」




『状態異常』


 怪我を除き外部によって与えられた身体の不調全般を指す。

 毒やモンスターの体液によって齎されるもの、その殆どは対応策として解毒薬が存在する。これらは現代に生きる魔法使い、魔導士、錬金術師達の苦労の賜物である。火傷や凍傷は治療によって回復することが多い。

 しかし石化や呪い、暗視等一部の状態異常は未だ治療方法が確立されておらず、そのまま命を落とす探索者も珍しくない。

 モンスター、罠に続いて探索中最も気を付けなければならないものの一つである。


「石化した奴に意識はあるのかって?……そんなこと、誰も知るべきじゃないよ」

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