絶望を絶つ
「なっ……バカな!」
ダンジョンへと潜り続ける探索者達にとってう唯一絶対の安息の地。
その禁が今、ここに破られた。誰もがここで起きる大虐殺を予見してしまった。
それでも凍る背筋を精神力で押さえつけながら各々が武器を取る。
だがそれを一喝にて制したのはゴウカフであった。
「やめろッ!『禁忌』を忘れたのかッ!!」
怒号が室内に響くと同時に、全員の武器を持つ手が僅かに緩む。
安全地帯での戦闘はダンジョンにおける数少ない『絶対の禁忌』である。
それを破った者の末路は悍ましい。彼らは長い探索者生活の中でそのことを身に染みてよく知っている。
よく見れば入室してきた『血みどろ甲冑』も武器を手にしていない。
短時間に起きたあまりに多くの出来事に5名は『正気』を奪われかけていた。
「……こりゃあ何の悪夢だ?俺にはコイツが人間様には見えねぇぞ」
「奇遇ですねぇ、俺もですわ」
「誰一人そうは見えてないと思いますよ」
目の前で小さく頭を震わせながら血を垂れ流すモンスターを見て、全員に怖気が走る。
モンスターは『安全地帯』には入ってこれない。入れるのは人である『探索者』のみ。それは絶対である。
一説にはモンスターは扉の開け方を知らないからだとも言われているが、このモンスターは平然と扉に手を掛け入り込んできた。
その上で襲い掛かる素振りも無く、ただ背を曲げて吐息と血液を垂れ流しながら佇んでいる。あまりにも不気味だ。
「様子が変だな。まるで我々にもう一度会いに来たかのようだ」
「この間のリベンジってワケ?くぅっ、いっそコイツが攻撃の一つでも仕掛けてくれたら……」
「俺達が戦うのは禁忌になるがモンスターもそうだって保証はねぇ。前例がない以上攻撃の誘発は悪手だ」
「なんでヴァズはそんなに冷静なの!?」
「なるようにしかなんねぇからだよ」
「ネイ、短剣を下ろしてくれ。万が一にも禁忌に触れたらマズい」
「しかし!」
目の前で戦うか否かの口論が行われている間も、『血みどろ甲冑』は動きを見せない。
ただじっと。会話の矛先が自分に向くのを待っているようにも見える。
ゴウカフが素早くヴァズと目配せをする。二人の思考は一致していた。
(唯一の出口は奴の後ろ。最悪私が押さえ込んでガロン達にスレイ殿を……ダメだな、すぐに追いつかれる)
(デッドスパイダーの群れを蹴散らしてここに来るまでが早すぎるぜ。ここで戦うって選択肢はねぇ、今の消耗具合じゃ確実に死ぬ)
(扉を押さえて餓死を待つというなら今の行動も理に適ってるな。ヤツの目的に予想は?)
(知るかよ。ランダムポイントでもここまではならねぇ……とんだイレギュラーだ)
目的、不明。脅威度、最悪。
武器は降ろしつつも全力で逃げの一手を打つ準備をする中、一人の聖職者だけが武器から手を離した。
そのまま自分の顔を強く手で叩き喝を入れなおす。その目は誰よりも覚悟が宿っていた。
「うし、んじゃあ俺が行きましょう」
「ガロン!?君何言ってるか分かってる!?」
「俺が死んだら教会に報告頼んます。ゴウカフさん、後お願いします」
「……何かあればすぐに対応する」
「相変わらず心強い。そいじゃ、ちょっと失礼……」
ザッザッと足音を立て、ガロンが『血みどろ甲冑』へと歩み寄る。
殺しに来たのならどうせ手遅れ、ならばせめてそうじゃないことに賭ける。
火中に手を差し込まねば道は無い。そう思っての行動であった。
お互いが手を伸ばせば届く距離までガロンは歩み寄るも、『血みどろ甲冑』側のアクションはない。
改めて見るとこのモンスターは非常に大きい。背の高いガロンやゴウカフ、それよりも大きい。
近くによっても僅かに見上げなくてはならない。今のガロンは人食いの巨大な獣を前に喉笛を晒しているも同然だ。
心臓が早鐘を打つ。揺るぎない信仰心を持つと自負していても怖いものは怖い。
しかしその背後と横からは4人が固唾を飲んで見守っている。勇気と信心を振り絞ってガロンは声をかけた。
「あー……さっきはひょっとして、俺達を助けてくれたのか?」
「……」
「もしそうだったんなら、助かった。俺はガロンって言う。お前さんは……喋れない、よな?すまん、気が利かねぇもんで」
何が正解なのか分からない。言葉を投げかけるのが正しいかすら分からない。
目の前の鎧は人間の言葉を聞き取れているのか?意味を理解しているのか?
虫や獣に言葉が通じないように、目の前の甲冑は自分に何の感慨も抱いていないのではないか?
そんな考えが巡ってしまい、慌てたガロンから出る言葉はよく分からないことになっていた。
「なぁ、俺達もはよ帰らにゃいかん。そこをどいてはくれんかね」
「……」
「言葉が通じてるのかすら分かんねぇ、と。流石にやり辛いな……お?」
ガロンがほんの僅かに視線を逸らした時、目の前の甲冑が静かに動いた。
静かな動きに甲冑のきしむ音を響かせ跪き、静かに地面の沼に手を差し込む。
そうして取り出したものを握った右手ごと差し出した。その手に握られているのは、それなりに中身の入った革袋だった。
「おっ!?おぉなんだい、受け取れってことか?中身を見てもいいかい?」
「……」
袋を手渡した甲冑はそれ以外何も動きを見せなかった。そっと目の前のガロンから視線を外さず、じっと見ている。
恐ろしいことが起きている筈なのにガロンは不思議と、自分を射抜く緑色の眼光に恐怖を感じていなかった。
そしてガロンは受け取った袋に対し、不思議な感想を抱いていた。
血溜まりの中から引き抜いたなら中に血が詰まって重いはず、その割に中身は重くない。
それどころか袋には血が殆ど付着していない。これはこのモンスター特有の能力なんだろうか?
僅かに好奇心が浮かび上がるのを感じたガロンは、なるべく焦らずゆっくりと袋の口を開いた。
「こりゃあ……まさかお前さんが?」
「……」
「いや違うな。だったら俺達もそうならなきゃ話が合わん。そうか、お前さんが集めてくれたのか」
中身を見てから、ガロンは静かに礼を伝えた。
「ありがとう。立場上表立っては言えんが俺は、『教会』はその行いを尊重する。忘れないでくれ」
「ちょっとガロン!何喋ってんの?モンスターに礼なんて……」
「これはそういう問題じゃねぇんだ。……すいませんリュカさん、まずは皆さんにも見てもらいてぇ」
ちょっと待っててくれな、とだけ言い残してガロンが4人の前に戻る。
手にした革袋の中に手を入れ、その中から慎重に物を取り出した。
それを見たパーティの表情に驚愕、悲哀が入り混じる。
「アイツが寄越したんはコレです」
「これは……!ああ、なんということでしょう」
「……そうか。そうだな、確かにお前達にとっちゃあコトだ」
「ネイさん、ヴァズさんなら分かるでしょう。俺が、いや俺達がコレを集めるのにどれほど苦心してきたか」
中身を見つめるガロンの目には、強い苦悩と後悔に安堵を混ぜたような表情が浮かんでいる。
「これだけの枚数の『探索者カード』だ。俺達だけで集めるまでどれほどの時間と労力がかかるか」
革袋の中には沢山の『探索者カード』、正式名称『迷宮一般探索許可認定証』が詰め込まれていた。
これはダンジョンに潜る者達にとってただの板切れではない。
文字通りに、このカードには探索した者の全てが詰まっている。
「ヘレスさんが会長の座に座ってからというもの、探索者の死亡率は低くなりましたね。ですが、こう言っちゃなんですがそれ以前のダンジョン協会は酷かった」
「うむ……あの方が就く前、もう20年近く前になるか。思えば酷かったものだ。死の淵で泥漁りをする、そんな言葉が相応しい時代の探索者稼業は」
「ダチが街のどこにもいねぇ、最後の目撃はダンジョン前……そして行方不明。ウチに限った話じゃねぇがそんな話はごまんと聞いたな」
探索者カードは探索者にとって自分は何者であるかを証明する手段である。
戸籍や住民票というものが無く、ただそこに生きているだけの人間に保証してくれる者はいない。
この世界には自分がどこの誰かを保証してくれる公的機関など、それこそ都市部に住む者を除き存在していなかった。
懐に差す一枚のカード、これだけが自分がどこに所属する何者なのかを証明するただ一つの方法だったのだ。
ダンジョンに生きる人々と、国の都市で暮らす人々の決定的な違いはそこにある。
「コイツには自分がどの町の所属で、そこにいくらの預金があって、その引継ぎ先がどこの誰か、それ以外にも沢山の情報が込められてる。まぁ協会の魔法が無きゃ開示は出来ませんし、無理やり許可なく見りゃ一発で実刑もんですがね」
「リュカさんはお若いからご存知ないかもしれませんが、他者のカードを奪っての成り代わり事件などもあったのですよ」
「えっ!?だ、だってカードは特別な魔法による個人認証がされてて……」
「高精度の不正利用防止策が出来たのはそんなに昔の話じゃねぇってことだよ。良かったなぁ、個人情報の保護が当たり前の時代に生まれて」
「……そん時から今まで解決してねぇことがいくつもある。探索者遺族の問題もその一つです」
ダンジョンというものがこの世に生まれてから『大教会』を悩ませ続けている問題、それが行方不明者の遺族だ。
帰ってこないものは死んだかどうかすら分からない。永遠に家族を待ち続ける人々の苦悩を常に抱えているのが『教会』だ。
ガロン自身、何百人もの人が今尚家族の帰りを待っていることを知っている。せめて生死だけは知りたいと、今も働きながら帰らぬ家族を想う人達がいることを痛い程知っている。
驚くべきことに『血みどろ甲冑』が提供したこのカードは、多くの人の心を動かすことになるだろう。
中身を改め、何人か見覚えのある名前を見つけたヴァズとゴウカフにとっても、それは例外ではなかった。
「リュウテン、ヨウビ、レザン。そうだな、お前らならここで死ぬと思ってたぜ」
「これはシクル殿の……持ち帰ればご遺族も報われよう。むっ、これはアルエルナ嬢の!では一人帰還したという兄君の語った話は……馬鹿なッ!」
歴戦である程感慨深く、またその背景を知ることになる。
しかしそれは明るいことばかりでないことがゴウカフの焦燥からも伝わってくる。
カードに込められた情報は特別な魔法を用いることで開示することが出来る。
そう、カードには全てが記載されているのだ。本人が生涯知ることのない情報である『死因』すらも。
そしてこの場所にカードがあること自体が問題である者も多くいる。
「ゴウカフさんの想像通り、これは当時の不義を正す決定的な証拠にもなる。内密に持ち帰りましょう」
「……納得いかない」
「リュカ」
歳若いリュカの冷たい呟きが耳朶に響く。
彼女はこの中で最も若い探索者である。それ故に今目の前の事実でしか判別ができない。
今のリュカの目線からでは、彼ら4人が落ち着き払っていることに理解が出来なかった。
「だってコイツが殺して回ったって考える方が普通でしょ。みんなは、まるでそれがありえないみたいに言ってる」
「そりゃ有り得ねぇからな」
「なんで」
「覚えてる限りだが、こん中で一番古いカードは多分コイツだ、『義人』ジョウコ。俺達が生まれる前から活躍してたやつで、俺が探索者になる頃にゃとっくにダンジョンに消えたって奴だ」
「となるとこのカードが作られたのは40年程前か?カードの様式も今とは大分違う、顔写真も無い。だが協会の刻印は同じだな」
「7階への道が開かれたのはほんの7年前だ、40年前の進行度と言やぁ……4階くらいか?となりゃ少なくともジョウコを殺して奪ったもんじゃねぇだろう。どうやってコイツが手に入れたのかには謎が残るがな」
その言葉と併せてヴァズは視線をモンスターへと向けるが、革袋を手渡してからというもの動きを見せない。
まるでこちらをじっと観察しているかのように身動きを取らない。目元に気味悪く光る眼光さえなければ、まるで背中を丸めた悪趣味な飾り物の甲冑にも見えるかもしれない。
この時点でヴァズからこのモンスターへの評価は『警戒は必要だが有用』である。
警戒したところでその気になればこちらを全滅させられるのだからするだけ無駄、という考えも同居していた。
「まだだよ。最近いなくなった探索者のカードだってあるでしょ。その人達はコイツが殺したかもしれない」
「それは地上に戻って死因を確認すりゃ明らかになる。俺達の言葉が分かるなら今すぐ奪い返すだろうがそれもしてこねぇ。何にしたって、ここで今どれだけ疑っても解決しねぇよ」
そこまで話し終えてから、ヴァズは残りのカードをガロンへと手渡しリュカへと視線を向ける。
その目には余分な感情は込められておらず、あくまで知り合いへの世間話程度に気安く言葉を投げかける。
「リュカ。組むのは初めてだがその態度だ、モンスターに恨みがあるってことくらいは分かるぜ?」
「コイツらに恨みの無い探索者の方が少ないと思うけどね」
「まぁな。だが今この瞬間、探索者の血と汗で培ってきた歴史が底からひっくり返るようなことが起きてる」
そこのデカブツのせいでな。そう言外に滲ませた視線を送るもモンスターは動かない。
湧き上がる好奇心を理性で抑えつつ、その場にいる全員を見渡してから提案をする。
「コイツが俺達を攻撃してこねぇってんなら、すぐにでも地上に戻る必要がある。今回の件をありのまま報告……ってワケにはいかねぇから適当な言い訳を考えとくか。幸か不幸か騎士サマは罠にかかってお休み中だ、このことは何も知らない。もし起きてんならそういうことにしとけ」
寝っ転がっているスレイの肩を軽く蹴飛ばすと、ピクリと顔の表情が動く。
しかし目を開けない。スレイは今すぐにでも跳び起きてこの貴重なモンスターと交流を交わしたい気持ちを抑え、この現状の一切を口外しないことを決めたのだ。
その意思を確認したヴァズは満足げに頷き、また『血みどろ甲冑』へと向き合う。
横になったスレイが片目を開けて興味津々にモンスターを見ているのは、誰もが見て見ぬふりをしてやっていた。
「無茶苦茶言ってるって分かってる?」
「カードを拾った、宝箱もあった、騎士サマが罠にかかって倒れた。これ以上『国』を脅かしたって面倒しか起きねぇよ」
「まさか報告怠慢が求められる日が来ようとは……どうしましょうか」
「俺としちゃぁ、ヘレスさんには言っといた方がいいと思います。あの人なら情報を適切に扱ってくれるでしょう」
この後の展望について相談を重ねる5人の耳に、ガシャリと音が伝わる。
何事かと音のした方を見れば、『血みどろ甲冑』が踵を返してドアの向こうへと戻ろうとしていた。
やるべきことが済んだからだろうか、それとも自分そっちのけで話をしていたからいるだけ無駄だと判断したのか。
いずれにせよこの行動は、このモンスターは現時点で人を襲う意思を持っていない、ということを示している。
それは今一度、パーティの全員に驚愕を思い出させるのに十分な衝撃だった。
「ま、待ちたまえ!一つ聞かせてくれ!君はなぜあの子を、ミリアムを襲った!?」
「……」
「モンスターは人を害する、その為に存在すると言ってもいい。なのに君は我々を攻撃しない。それはいい、ならば何故あの子だけは攻撃した……!?」
問いを投げかけてからすぐ、ゴウカフは失敗したと思い返す。
モンスターは人間の発声が出来ない。ならばせめてイエスかノーで答えられる質問をすべきだった。
あまりに不可解な状況を作った存在を前に気が逸ったのだ。これでは質問を無視されておしまいだ。
ゴウカフの問いに対し、『血みどろ甲冑』はやはり答えを返さなかった。
しかしその質問をしてからの変化はあまりに劇的だった。その場にいる誰もが一目瞭然と思う程に。
「……ハァァァァァ……ウ゛ゥェ……」
「落ち込んで、いるんですか!?モンスターが!?」
「なにこれ。僕は悪夢でも見てるの?」
「す、すまない。気分を害するつもりではなかったのだが……」
今出ていこうとしたドアに両手をつき、溜息(と思われる)と血をダラダラと溢しながら項垂れていた。
それはまるで酷い二日酔いに苛まれている飲んだくれにも見えるし、失恋した男のやるせない背中にも見える。
あまりの行動に面を喰らってしまう。ゴウカフに至ってはそのあまりの変容ぶりに気まで使ってしまっている。
だがヴァズだけはそれを見て思案していた。このモンスターの正体へと、深く切り込もうとしていた。
(今の反応、明確にゴウカフの言葉に反応したな。更に見て取れる程度には感情がある。少なくとも後悔はしてるってとこか?これがただの模倣ならとんでもねぇ怪物だが……)
(人型で、人のような感情を持って、おまけに人に施しまでする。これでカードを拾ってたのが慈愛の精神だったら?人間とコイツ、それを区別するもんはなんだって話になっちまうな)
(……地上で巻き込まれた連中、4人だったな。こりゃあインタビューの必要がある。面白くなってきやがった、ダンジョンは未だ何も解明されちゃいない。それでいい、それがいいってなもんだ。これだから探索者はやめられねぇ)
一人で勝手に納得しそれを共有しない。そんなヴァズの世界は自己完結している。
彼はダンジョンの外では非常に厄介な男として知られている。聞いてもいないのにダンジョンに対する解釈や講釈を喋り出し、それでいて探索者としての腕は超一級品と来ている。
そんな彼にとってこのモンスターは『ダンジョンが生み出した神秘』であり、いっそ崇拝してもいいくらいには価値を置いていた。
それはそれとして敵対する素振りがあるなら全身全霊で討ち果たす気概もある。自他ともに認める、探索者が天職なのがヴァズという男であった。
「ここまで後悔している素振りを見ると、何か引くに引けない事情があったのだろうかと疑ってしまいそうになるな……」
「正気ぃ?僕はコイツを一つも信用するべきじゃないと思うなぁ。嘘くさい」
「かといって今戦っても勝てやしません。まっ、敵じゃないならなんでもいいですわ。恩も出来ちまったことだし」
「こちらを襲う気が無いなら見逃してもらいましょう。もう私疲れました……」
そんな気配を察してか、『血みどろ甲冑』もまた背に哀愁を漂わせたまま出ていった。
ご丁寧に扉は閉めているところもまた人間臭い。
モンスターが去った後のパーティはというと……
「あー疲れた。おいリュカ、イライラすんなよ。めんどくせぇぞ」
「誰のせいだと思ってんの?あーも-やってらんなーいっ!外で会ったら絶対ぶっ飛ばすかんねっ!!」
「ヘレス殿にどう報告したものかな……」
「ありのまま言うしかないでしょう。ガロンさん、教会には何と?」
「……まっ、誤魔化すしかありませんわな。うまいことやりますわ」
(まさか実物を見れるとは……こんな面白いこと、言われなくても報告しない。椅子と机にしがみついてる連中の玩具になるだけだ。それより何とかして駐在許可を……)
皆一様に疲弊し(1名除く)、最終的に出発できたのはそれから8時間後。
諸々の口裏を合わせて外に出る頃には『血みどろ甲冑』は既におらず、6人は無事地上へと到達することが出来た。
彼らの報告を受けたヘレスは深いため息と沈黙の後、彼らに一切の口外を禁止。
スレイは意気揚々と国へと戻り『ダンジョンの脅威は去れり!我らの威光に眼前で逃亡!』と銘打ち『国』は大いに安堵した。
更にはダンジョン、それも現行最深部の『宝』を手にして凱旋したスレイは一躍英雄扱いとなり、当分ダンジョンタウンへは戻れないことに嘆く日々を送ることになる。
無論だが『宝』を手にしてというのは『国』側の演出であり、実際には『国』と『ダンジョンタウン』の間で莫大な金が動いているのは言わずもがなである。
そうして沸き立った人々も時間と共に熱気を失い、やがていつも通りのダンジョンタウンへと戻っていった……
彼らを除き。
「なぜここに呼ばれたのかはお分かりになりますでしょうか?」
「いいえ!」
「いいえ」
「いいえ?」
「いーえー」
「舌引きちぎりますよジャリ共」
ミリアム、ケイン、クローカ、アジーの四人だけはヘレスに呼ばれ、ダンジョン協会協会長室に呼び出されていた。
この場にそぐわない気の抜けた四人の返事にヘレスの額がピクリと動く。
しかし四人には本当に心当たりが無いのだ。
「少し考えれば分かるでしょうが、まぁいいです。今日ここに来てもらったのは、貴方達4人に仕事の依頼をする為です」
「依頼だぁ?おいおいヘレスさんよぉ、俺達はもうアイツからは手を引くつもりでェ……」
「逃がさないわよアジー。受けます!」
「アイツを倒すチャンスがあるなら乗る」
「坊ちゃんに付いて参りまぁす」
「話が早くて助かります。一名除き意欲も高くて結構。……とはいえ、今回は長期依頼となります。必要ならば協会からのバックアップも行います」
ヘレスは目を閉じたまま、魔力を込めて机の上をスゥッとなぞる。
すると何もなかった筈の机からしみ出すように、一枚の紙が浮き上がる。
それを手に取り一度視線を通してから、真剣な顔で4人へと差し出し、告げる。
「ダンジョン協会会長として命じます。依頼者は私、期間は無制限、達成報酬は言い値。ここ最近ダンジョンを賑わせてる『血みどろ甲冑』の異常個体、呼称『徘徊者』。これはその調査依頼です」
『探索者の暗黒時代』
ダンジョンにおいて『宝箱』の存在が明らかになった時、多くの人間が一獲千金を夢見て押し寄せた。
それは消費と生産を生み出したものの、数多の犯罪の温床となりダンジョンタウンの治安を一気に悪化させた。
その結果、ダンジョン史の中で「探索者の命が最も安かった時代」と言われる。
当時を生きた者達は皆、ヘレスが掲げた理想「生きる為に探索せよ」という言葉を笑った。
そんなものは誰しも分かってる。分かっていても何が最善か分からない。
誰の命も、等しく軽かったのだ。
*1 ダンジョン内に点在する行けば何かが起こる場所。モンスターに襲われたり宝石を拾ったりと様々。




